第十一話 生活は急には変わらないが慣れるのは早い。(Life does not change suddenly,but easily adapt.)
窓から入る日差しに、太郎は目を覚ました。枕もとの目覚まし時計を探すしぐさをするが、見つかるはずもない。
「……ああ、そっか、日本じゃあないんだっけ」
ここは異世界。勉強に追われることもなければ、親にせっつかれることもない。
夏休みが明ければ訪れるだろう受験シーズン特有のピリピリした空気もない。その全部が、もう太郎には関係のないことだ。
いつもなら太郎が起きるころには寝坊したと騒ぎ出す妹の声も、それをたしなめる親の声もない。
少しの寂しさを感じながら、さえてしまった目で二度寝も無理だろうとあきらめて体を起こした。
あの日太郎は家の一室を貸してもらい、眠りについた。外から見た時も大きい家だと思ったが、外見に違うことはなく、空室にベッドを運び込むだけで済んでしまった。
ぐぐぅ~~。
太郎のおなかが鳴る。家族でもないのに毎食用意してもらうことに罪悪感を覚えないわけではなかったが、仕様がない。体は正直なのだ。
何か食べさせてもらおうと、太郎はこの家のリビングへ向かった。
「はよーっす」
「あら、起きたのね。もう朝遅いわよ、タロー」
リビングでは隣接する台所でベレンが皿を洗っているところだった。もう朝食は済ませたらしい。例によって現地人は早寝早起きだった。この世界での燃料は人間が直接補う面が強いため、致し方ないのだが。
そして皮肉のきいた言葉を投げかけるベレンがよそってくれた朝食、木の器に入った外国風情漂うシチューモドキを食べ始める。
ギンタークはもう工房に行ったようだ。クリエナも、驚いたことにもう働いているらしい、この時間にはもう勤め先へと行ってしまう。
異世界に来てから数日、太郎はだんだんとここの生活になじんでいった。一人でできることに限度があるため、大体はベレンにつきっきりだが。
そう、太郎には力法具は使えなかった。次の日にはベレンの棒--発動具というらしい--を借り、起動が一番簡単らしい灯篭の力法具を起動させてみたのだ。
「……つかないわね」
「ああ、つかないな」
やる前にベレンが実演して見せてくれたときは、棒をかざすだけで灯篭は優しい光を放ったのだが、太郎が真似してみてもうんともスンとも言わなかった。
花畑の件で予想していたことではあったが、太郎は正直かなりがっかりした。せっかくの異世界だが、魔法チートではなかったらしい。
「まぁなんだ、タローは力法の理屈なんかも知らないらしいからな、それでうまく力が動かせていないのかもしれない。まずはそこから知らないといけないのかもな。お前の友達にいいのがいただろう、呼んでみたらどうだ?」
ベレンは渋っていたが、そのギンタークの発言により、ベレンの友達(?)に講師を頼むことになったのだった。
さすがにすぐにというわけにもいかなかったらしく、それまではベレンについて行ったり、ベレンが町を案内したりしていた。
そして、今日がその講師がやってくる日。
太郎はより一層の覚悟を決め、時間を待ったのだった。