第九話 それは守るべきもの。(Those what should be protected.)
しばらくの間、沈黙が訪れた。太郎は呆然と、ギンタークは頭をかきながら、次第に二人は顔を見合わせ、どちらともなく話し出した。
「悪いな、どうやら娘は勝手な勘違いを起こしているらしい。」
「あ、ああ…?そうなのか」
「何も知らない、だったな。無理もないか。じゃあ改めて、ここの仕組みを教えよう。
まず、ここは人間唯一の町であり、国だ。ここ以外に国といえる規模の拠点は存在しない。
そして、この町は力法……正確には力法具に守られている。町の外には野生動物やら山賊やら、魔獣なんてのもいるからな。力法による結界、撃退により俺たち国民は安全な生活が保障されている。
ここには貴族がいる。この国が出来た時の、重鎮の子孫だ。力のある力法師たちを指揮し、王とともに政をしたり、軍を率いて魔獣を討伐したりする。たまに自分たちだけで獣を討伐したり、治安維持なんてやってるやつもいるが、少数、しかも自己責任だ。」
ギンタークは小さい子供に言い聞かせるような口調で語る。
「この町は力法がすべて。すべての人間が力法を使え、生活用品や武器に至るまで、すべからく力法具で動いてる。お前も見ただろう、入り口の灯篭を。ここはそういうところだ。
ここでは子供が一定の年齢に達すると、とある儀式が行われる。そこでは一人一人が力法具を発動させ、棒…力法具を発動させるための杖を授かる。その儀式が行われるのが、お前が娘と会った花畑だ。あそこの花は特別だ。大地の力を吸い、その実を保つ。そしてある一定以上の花が集まると、ある特性を持つようになる。
『入り口以外からの一定以上の力量を持つ者の立ち入りを禁ずる』ってな。娘は入り口でお前と会わなかった。言いはしなかったが、おそらく門番も見ていなかったんだろう。お前がどこから来たかは知らないが、入り口以外から花畑に入れたということは、『一定以上の力量を持たない』と言っているようなものだ。
……この家で、娘以外に、女の子を見かけなかったか?…ああ、クリエナっていうんだが、その子は力法が使えなくてな、当然、力法具も使えないし、お前と同じで入り口以外からも花畑に入ることが出来る。」
そこで太郎は一つ疑問を覚えた。
先ほど、この国の人間は全員、そのリキホウというものが使えるとギンタークは言った。なのにあの女の子は使えないらしい。リキホウが魔法なのか超能力なのかは知らないが、とにかく、話が矛盾していた。
不思議そうなのが顔に出ていたのだろう、ギンタークは苦笑すると、絞り出すような低い声色で答えた。
「クリエナは儀式で力法具を発動することが出来なかった。発動するだけの力量が足りていたかった。『無能』に杖は授けられず、誰かに見向きされることもない」
「……ここでは『力法を扱えない人間は人間とみなされない』。みんなに当たり前にできることが、できないからだ。火を起こすことも、家の明かりをつけることも、水を出すことだってできない。『無能』は、『一人では生きていけない』んだ。」
「無能は人に非ず。簡単に言えば、差別の対象だ。俺は、いや、俺たちはそれを容認している。そして、この家では無能であるクリエナを匿っている。本当ならとっくに路地裏に放り出されるところだが、あの子は友人の娘でな」
太郎の頭に、この家に来る前に立ち寄った場所、薄暗い路地の光景が映し出された。
あれは、
「娘はお前を無能と判断した。だからここに連れてきた。」
あれは、貧民じゃあ、なかったのか。
「クリエナと重ねたんだろう。あれは態度のわりに優しい子だからな。ただ一度の儀式だけで人間扱いされなくなるんだ。それを目の当たりにしてきた。」
そう、ただ道具が使えなかっただけで、手助けされることもなく、いきどまる。そんなことがあっていいのか。
何とかしたいと、そう思った。しかし、太郎の思うより、この試練は重いものかもしれなかった。
「犬猫でも拾うようなもんだ。だが…」
「おれは力法が使えるかもしれない、からか」
「ああ、本当に使えるかは知らねぇ。だが、お前の話を信じるなら可能性は高いだろう。救世主が人間以下なんぞ、笑えもしねぇからな。」
ギンタークはおどけるように言う。実際はそこまで信じていないのだろう。現にクリエナの件は無暗に他言するような話ではないはずだ。
あえて裏を読むなら、『たとえ使えても使えなくても置いてやる』といったところか。
見た目にはあまり似ていない親子だが、案外中身は似ていたらしい。
「ベレンの優しさをふみいじっちまったってことか」
「それは違うな。ただあいつが勝手に一人で騒いでるだけだ」
「…手厳しいおやじだな。うちのおやじはもっと優しいぞ?」
「ははっ、そうかい。じゃあ、そろそろそっぽ向いた小娘を慰めに行くとするかね」
二人は同時に扉へ足を向けると、ベレンを探しに歩き出した。