一話 蛇王と人の街
―紅蝋の港町―
私は姿普通の人間と変わらないように変化させて街に繰り出す。ここ六十年程力をそがれていた上、何処ぞの馬鹿者のせいで眠らざるを得ない状況になっていたため、人の街に来るのは久々だ。
初めに買い取りをしている商人の所へ行き、採取をしておいた薬草や魔物の素材などを売って金を作る。そして賑やかな市場へと足を踏み入れた。
そこでは様々な人が犇めき合い賑わっていた。私は大通りを歩きつつ心眼で悪心を持つ人を見つけ出しては、すれ違いざまに白魚体を仕込んでいく。悪事をすればするほど命を食らうようにしてあるので、よっぽどのことがない限りは無害だ。一通り終えてから魔石を売っている露天商の所へ行く。
「よぉ兄ちゃん!見ない顔だな?ここは初めてか?」
「えぇそうなんです…賑やかでしたので…つい」
「そうかいそうかい!ここはいつでもお祭り騒ぎだからな!ん?何か見ていくか?」
「そうですね…そこに緑の魔石はいくらですか?」
「お!お目が高いね!これは風蟷螂から取れたやつでね!中々の上物だからかなりの量の魔力を貯めておけるのさ!」
私は機嫌がよさそうな青年の話を聞きながら、魔石を見る。私から見ると屑魔石だが、ちょっとした保険にはなりそうだ。
「ではそれをください」
「あいよ!」
私は青年から魔石を買い影の倉庫にしまった。私はそこを離れて紐を打っている店を探す。すると店舗を構えている裁縫屋を見つけて入った。
「いらっしゃいませーご自由にご覧くださーい」
私は棚を少し物色して良さそうな紐と強度増幅液を見つけてカウンターへ行った。
「はいはい…糸紐と薬品だね?二つで銅貨六枚だよ」
「ではこれで」
「はいちょーど!ありがとうございましたー!」
私は店を出て適当な宿屋を探してそのうちの一軒に入った。
「いらっしゃいませ!お泊りですか?」
「はい…二泊したいのですが…」
「はいはい…普通の一人部屋、朝食と夕食がついて二泊で銀貨一枚だよ」
「ではお願いします…これで」
「あいよ!じゃあこれがカギだね!部屋は二階の角部屋だよ…貴重品は持ち歩いて…風呂は大広場の大浴場を使っておくれ!外出するときは声をかけておくれよ」
「はい」
私はそう答えて階段を上がった。
(人の宿に泊まるのは初めてだな…とてもいい匂いがする)
私は部屋に入って鍵を閉める。そして背負っていたカバンを降ろして椅子に座る。影の倉庫からノミとシートと壊れた金属部品を出して広げて紐を加工する。その間に魔石に伝導が良くなるように細工をしてから磨き上げた。それから金属部品を直して魔石を嵌めて乾いた紐を繋げた。私は一度髪紐を解いてそれで髪を纏めた。そして鏡で確りできたのを確認した。
「よし…取り敢えずは良いか…もしもの時魔力不足ではシャレにならんからな…」
私はそんなことを言いながら外を眺めた。
―夕時―
「お客さん何か食べられない物はあるかい?あと好きなものは?…飲み物は?」
「えっと…冷たいものと燻製が駄目で…卵と鶏肉が好きです…飲み物はお酒を燗にしてください」
「あいよ」
私の言葉に女将は笑い厨房へ行った。私は適当な席に座り周囲の様子を見ながら待つ。いろいろな人で賑わっている様で皆笑顔で料理に舌鼓を打っていた。待っていると鶏のステーキと付け合せに温野菜とゆで卵の皿と、鶏のスープが来た。そして燗も一緒に来た。
「はいどうぞ…お客さん遠くから来たのかい?」
「?…えぇそうですが…」
「いやね…ここらへんじゃ燗にする人なんてほとんどいないからさ!」
「成程…そういえばここは酒場もしているのですか?」
「そうだよ!あっちの方で騒いでるのは冒険者の連中さ」
女将は朗らかに笑い答えてくれた。そして一通り会話が終わってから向こうの方へ行ってしまう。私は久々の料理に舌鼓を打った。
―――
久々なので風呂にも行ってみようと思い立ち、女将に声をかけてから大浴場へ向かう。大通りを進むと高い煙突がある大きな建物に浴場の文字が見えたのでそこに入った。
「いらっしゃい」
「鳴き鳥の宿に宿泊している者なのですが」
私は番台に座った男に先ほど女将に渡された木札を見せた。
「あいよ…じゃあ半額の銅貨一枚だね」
「はい」
「男湯はこっちだよ」
「ありがとうございます」
私は教えられた方の扉を開いた。その途端湯気と温泉特有の匂いが立ち込めていた。私は服を脱いで浴場へ向かう。まだ時間が早いせいか人はいない。体を軽く洗ってから湯に浸かるといい気持ちだった。
「ふふ…」
(久々だが…やはり温泉はいい…気分が和らぐ)
そんなことを思いつつ満足するまで浸かってから外に出た。外に出ると何やら大通りが騒がしいことに気が付く。私は野次馬をしている男に話しかけた。
「何かあったのですか?」
「ん?…あぁ…なんかよ…スリがあって被害者が悲鳴を上げた途端に犯人が倒れたらしいぜ?」
「…スリ犯が倒れた…?」
「あぁ…白目向いて泡吹いてんのよ…呼びかけても返事しねぇし…時期に騎士様が来るんじゃねぇか?」
「そうなのですか…」
私は男にお礼を言ってから路地を通って回り込む。するとそこで倒れていたのは昼間に私が白魚体を寄生させた男だった。
(…おや…あの時の男…早々に悪事を働いていたのか…あーあー…これは駄目だ…頭まで食い荒らされている…騎士が来る前に回収しないと…)
私はそう思い路地裏に入り人気がないのを確認してから影に手を入れる。そして男に寄生させた白魚体をすべて回収した。それが終わってから早足で通りに戻り宿へ帰った。
「おかえり!なんか大通りであったのかい?騒がしいけど…」
「スリが突然泡を吹いて倒れたそうです…」
「へぇ…おかしなこともあるもんだねぇ…」
「本当ですね…あ…私はもう休みますので」
「そうかい?…引き留めて悪かったね…」
私は女将と別れてから部屋へ戻る。そして影の中にしまっていた白魚体を出して吸収する。
(…人間の方が美味しいな…とはいえ…人を襲うのは避けたいものだが…)
私はそんなことを思いながら大騒ぎになっている大通りを窓から見下ろしていた。
補足説明
影の倉庫:魔術の一種で影の中に空間を作り出して物を収納する。容量は本人の魔力次第。玲瓏の場合はなんでも入る。昔寝ぼけて滅ぼした国の塔とかも入っている。
魔石:魔物の体内にある核。生まれたころは小さくて成長や進化をするにつれて大きくなっていく。種族ごとに大きさも変化する。魔力を貯める性質があり、タンクにしたり術式を掘って発動体にしたりする。玲瓏は厳密には魔物とは別の生物なので魔石を持たないが作り出せなくもない。