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死人探偵  作者: 鷹樹烏介
20/27

水底に潜むモノ

 桑田の住居やさは、魔法使が入手した個人情報で判明している。

 有楽町線池袋駅から三つ目、小竹向原駅のすぐ近くだ。

 麹町警察署の最寄駅である麹町駅にも、財団法人犯罪被害者支援会の最寄駅の市ヶ谷にも乗り換え無しで一本につながっている。

 奴の住居やさを張るのに、カローラ・バンを使うことにする。

 営業で使われる事が多いファイブドアハッチバックの車種だ。

 この車の持ち主は、悪質な消費者金融に騙されて借金が嵩み、夜逃げした老人のものでエイブ老人に頼まれて夜逃げを手伝った特に使用したものだ。

 夜逃げの報酬を払えない代わりにと、受け取った車。要らないと言ったのだが。

 俺は殆ど車を使わないので、駐車場に預けたままだ。

 新宿三丁目にあるその駐車場は、やはりエイブ老人に頼まれて『便宜をはかった』駐車場で、このバンは従業員用駐車スペースにタダで停めさせてもらっている。

 駐車場の管理人は、フィリピン人女性で、一時期日本に多く出稼ぎに来ていた女性たちの一人。

 中国人の密入国組織に騙され、人身売買同然に日本に来たクチで、逃亡を図った際に見せしめで暴行を受けた女性だ。

 この案件は昔、如月に頼まれて『便宜をはかった』案件で、彼女は死んだことになり、新しい身分証を得て、ここに就職している。彼女もまた『死人』なのだ。

 俺を見て、川村マリアが笑う。

 『川村という男と結婚し、日本に帰化。川村とは死別したが、籍は抜かなかった』という設定だ。

 かなりの美人なのだが、額から大きく曲がって顎まで半円形にざっくりと傷が走っている。これは、「顔を剥がされ」そうだった時の傷だと、マリアは語っていた。中国人マフィアはやることが、残忍で残酷だ。

 顔面神経がそのときどうにかなったのか、引き攣ったような笑みになるのが痛々しい。

「あ、伊藤さん。お久しぶりです」

 流暢な日本語。もう彼女は故郷に帰るとこは出来ない。中国マフィアの報復が家族にまで及ぶから。

 彼女の証言で、密輸入組織の末端のいくつかが潰された。

 未だに、中国マフィアは、タレ込んだのが誰なのか探しているらしい。彼奴等は面子を潰されると、ダニに様にしつこい。

「助けてくれてありがとう」

 そう言ってマリアは深々と頭を下げる。

 監禁され、暴行を受けていた彼女を助けたのは俺ではない。

 おそらく『互助会』の末端にある黒澤のような暴力装置が実行部隊になったはず。

 俺は、彼女を保護し、かつて『便宜をはかった』結果事情を問わないことにしてくれる病院に担ぎ込み、『便宜をはかった』結果優先的に公文書を偽造してくれる『偽装屋』を使って新しい身分証を作り、『便宜をはかった』結果色々と融通してくれる駐車場を就職先として紹介しただけだ。

 俺は荒事には向かないんでね。

「もう、俺にお礼なんかしなくていい。それより、車を使いたいんだが」

 マリアが、事務所のカウンター越しに鍵を渡してくれた。

 指がふれあい、一瞬だけ強い目でマリアが俺を見た。

 だが俺と目が合うと、ふっと目線を外てしまう。たしか、裕子もそんな感じだった。

 俺と目線を合わせようとしない。

「何度かエンジンかけておいたので、バッテリーは大丈夫だと思う。燃料は満タンにしてあるよ。お掃除もしてある」 

 外見はわざと薄汚いままにしてある。使い潰された営業車に見せかけるため。

 内部はマリアがきれいにしてくれていた。

 俺はグローブボックスから適当にマグネットシートの会社ロゴを取り出し、ドアに貼りつける。

 このシートを変えるだけで、一見すると別の車に勘違いするようになる。数多く出回っている車なので、尚更。

 まぁ、ナンバー見られたら、あっという間に看破されちまうが。

「ありがとうマリア。助かるよ」

 そう言って、エンジンをかける。

 泣いているような、笑っているような顔で、マリアが手を振った。


 車を運転するのは久しぶりだ。

 葛西署の生活安全課に勤務していた頃は、毎日所轄内をパトロールしていたものだが。

 小竹向原は、都心に近い割に、閑静な住宅街だ。

 駅の近くに公園があり、その脇に路上駐車する。

 公園の周囲には小さなアパートが散在し、その中の一つ『L2アパート』が桑田の住居やさになる。

 シートを倒して寛いで、仕事をさぼっている外回りの営業職を装う。

 バックミラーを傾けてL2アパートが見えるようにしてある。

 街灯の位置は確認していた。

 アパートの入り口には丁度灯りが差し込むようになっていて、顔の確認は出来る。

 ひたすら、待つ。

 俺は一旦張り込みになると、待つのは気にならない。

 タバコを咥えようとしてやめた。

 この車内を拭き掃除しているマリアの姿が浮かんだ。

 日中は薄暗い半地下の駐車場に居て、夕方になると闇の隠れるようにして外に出る。

 伸ばした髪とマスクで傷を隠し、ひっそりと生きている。

 俺と同じく『死人』の人生だ。

 彼女の肩にも、死神はその骨ばった手を置いているのだろうか。

「死んじゃえよ」

 ……と、囁いているのだろうか。


 深夜になった。

 今日はもう帰ってこないかと、あきらめた頃、やっと桑田が帰ってきた。

 手に提げているのはコンビニの袋。

 ビールか何かを買ったらしい。

 階段を上がり、視界から消えたが、奴の部屋の明かりが点く。

 202号室。それが桑田の部屋だ。

 人影が窓に踊り、カーテンが閉められた。

 わずかに開いたカーテンの隙間から細く明かりが漏れている。

 チラチラと光が瞬くのは、テレビでもつけたからだろうか。

 桑田の帰宅時間、買っていた品物、部屋に入ってからの類推される行動、そういった事柄をメモに書く。

 現時点では殆ど役に立たない情報だが、思わぬ時に役立ったなんてことがある。

 警察官だった時は、そうした地味な捜査の積み重ねが事案解決につながったものだ。

 念のため、公園の反対側に車を移動させる。

 桑田のアパートから死角に入ったところで、俺は車を降りて強張った背中を伸ばした。

 公園の公衆便所で小用を澄ます。

 トイレの場所を確認するのは、警官だった頃の癖だ。

 車をロックして、駅に向かって歩く。

 桑田のコンビニに袋は、日本で一番数が多いコンビニのだった。

 ビールを持っていたことから、酒類販売が許可されている店舗と推理出来る。

 駅から桑田のアパートまでの経路にコンビニは二軒。

 そのうちの一軒に桑田は立ち寄っている。

 中でミネラルウォーターを一本買って、レシートを受け取る。

 そのレシートを、スマホで撮影した。

 防犯カメラを魔法使にハッキングさせるためだ。

 昔はビデオで録画していたが、今はデジタルデータを店内のPC上に保管している。

 魔法使いなら、侵入できるかも知れない。どういう仕組みなのか、俺にはさっぱりだが。


 今のところ、捜査線上に上がった警官は桑田だけ。

 だが、彼奴は末端だ。もっと上に、警察官僚の誰かが居る。

 それを、下駄みたいな面の如月は俺を使って炙り出そうとしているのだ。

 如月に良いように利用されるのは業腹だが、裕子を殺し、俺を殺しかけたやつは、全員引きずり出して、ぶちのめさないと気が済まない。

 マリアの昏い目を思い出す。

 多分、俺も同じ目をしているのだろう。


 ―― 理不尽……


 その想いがずっと俺の胸を焼いていた。酸の様に。

 権力を盾に、仄暗水底に誰かがいる。人を殺しても何とも思わない、俺の様な毀れた輩が。

 そいつをつつきまわすことに、俺は黒い情熱を感じていた。

 危険な相手だという事は分かっている。

 だが、ドブ泥に手を突っ込む事をやめられない。

 いつか、その手を噛まれ、泥に引きずり込まれ、俺は死ぬのかもしれない。


 ―― それでもいいか


 そんな声も、俺の中にある。

 もともと、俺は『死人』なのだ。

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

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