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死人探偵  作者: 鷹樹烏介
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遠雷

 麹町警察署は、監視場所設置が難しい。

 唯一の個人経営の喫茶店は、客の出入りが多いとは言えず、大勢の客に紛れることは難しい。

 聞けば、この東京の一等地に自社ビルを建てているオーナーが空きスペースを使って経営している喫茶店で、客が入らなくても家賃などのコストはかからない。

 暇なので、人間観察は意外と鋭い。

 俺の様な『死人』には鬼門とも言える店だった。

 なので、レジで真近に顔を合わせるのを避けたいということもあり、逃げるように退店したのだ。

 豪華な牢獄であるタワーマンションの天辺では得られない情報は、本人が秘密にしている情報。

 例えば、金子に何かの茶封筒 ―― 多分、金だ ―― を渡した麹町警察署の桑田が、裕子の勤務していた財団法人に足を向けたが、表向き桑田とこの財団は何の関係もない。

 裕子の勤務先がクサいと予測はしていたが、これで確証を得た。

 あとは、この財団法人がどういう団体なのか、ベールを剥がさなければならない。

 この周辺を歩く。

 麹町警察署周辺と同じく、オフィス街ではあるが、飲食店も多く、古い住宅街も表通りから外れたところに広がっているので、人の息遣いがまだ感じられる一角だった。

 こうした場所に必ずあるのが『テナント募集』の張り紙。

 それを横目で見ながら、連絡先を頭に叩き込む。

 人手が足りない。

 松戸は如月がらみとわかった時点で、手を引いてしまった。

 あと二人は欲しいところだ。


 また魔法使に連絡を入れる。

 こいつに頼るのは気が重いが、おそらく彼女は如月と連動しているはず。

 如月が鼻を突っ込んでいる事案なら、断らない。

 メールで、財団法人の名称を伝える。

 予め調べているのかもしれないが、如月の言うところの『情報の共有』を促したわけだ。

 今度は、松戸に連絡を入れる。

 奴は興信所を営んでいる。その人脈を利用させてほしいと思ったのだ。

「よう」

「おう」

 言葉短に挨拶を交わす。

「如月がらみは受けんぞ」

「知っているよ。腕っぷしが強くて、気が利いている男を紹介してくれ」

「黒澤に頼めよ。アイツ向きじゃねぇか」

 何と答えていいか迷う。

 黒澤の毀れっぷりは、見た者じゃないとわからない。

「……奴は、休養が必要だ。桃山とも離れた方がいい」

 舌打ちが聞えた。

「特高くずれのクソ野郎と組んでるのか?」

「らしいぜ」

 特高とは『特別高等警察』の略称だ。

 戦前、左翼や右翼の過激派を取り締まった秘密警察で、その流れを汲むのが公安警察である。

 勿論、今の公安警察と違って、特高はナチスのゲシュタポの日本版みたいな強硬強権を振るって恐れられていた。それになぞらえ、公安を蔑みをこめてそう呼ぶ警官もいる。松戸はそれだった。奴は公安は嫌いだったし、桃山も大嫌いだった。

「一人心当たりがある。話してみるよ」

「助かる」

「期待するな。あぶねェかもしれんと、正直に言うぞ」

「それでいい」

 俺は松戸との連絡を終えると、もう一人に電話を入れた。

 新宿中央公園でホームレスをしていた「教授」と呼ばれていた男だ。

 今は、偽造された身分証明書があり、高橋という名前になっている。

「俺だ」

 返事はない。だが、通話は切られなかった。

「教授……今は、高橋だったな。どうだ、仕事は見つかったか?」

「なんだよ、高橋たかはし正則まさのりって。名前がダサいよ」

 魔法使が用意する名前は、古めかしい物が多い。

 それには理由がある。行き倒れの人間の名前を使っているからだ。

 いわゆる『行旅こうりょ死亡人しぼうにん』と呼ばれる身元不明の死亡者のこと。

 『行旅死亡人』には老人が多い。だから、古い感じの名前になるのだ。

 実は、それらの全てが身元不明ではなく、意図的に身分証などを抜き取られる場合がある。

 死んでいるのが分かっている身分は、色々と使い途があるからだ。

 これらを取引する連中を『背乗屋せのりや』という。

 自殺の名所や、廃墟や、橋の下や、ホームレスのたまり場などを巡回し、死んでいる奴を見つけて、身分を奪う。

 奪われた身分は、密入国してきた違法外国人や魔法使のような犯罪者の間で、高値で取引される。

 そういうマーケットがあるのだ。日本人と見た目が似ている中国人や朝鮮人、教授のようにわけありで新しい身分証が必要な者が取引先になる。

「名前にダサいもクソもあるか。全国の高橋さんに謝れ」

 俺の言葉に舌打ちが返ってくる。

 どうも俺の通話相手には、マナーがなっていない輩が多いようだ。

「今、引っ越し用に住民票を取得しているところだよ。年金手帳とマイナンバーまで用意されていたんだが、あんた何者だ?」


 神楽坂にある有名な中華料理屋で、ホームレス時代は『教授』と呼ばれていた男と会う。

 今は、高橋 正則 という名前で、住所は俺が与えられた住所に同居している扱いになっている。

 俺に言われた通り、散髪に行き、無精髭も剃り、こざっぱりとしている。

 レンズに罅が入っていた眼鏡も新しい物に変えてあった。

 服は、俺の本来の住所の箪笥にあった吊るしの背広を着ている。

 ネクタイは無し。ワイシャツは何の変哲も無い白だ。

 その仇名のとおり、こうして身なりを整えると、どこぞの大学の教授に見えなくもない。

「ここは、大食い挑戦企画で有名な場所でね。餃子百個とか、巨大餃子とか、一升チャーハンとかあるんだよ」

 『教授』改め『高橋』がそんなことを言う。

 だが、大食いメニューに挑戦する気は無いようだ。来て見たかっただけらしい。

 店はチャレンジメニューがあるだけで、普通の中華料理店だった。

「生活は落ち着いたみたいだな。就職先は決まったか?」

 普通盛りのチャーハンを食べながら聞く。

 高橋は餃子と八宝菜を頼み、白飯を旨そうにぱくついていた。

「いくつか、目星はつけている。寮があるところを探しているんだ」

 まぁ俺の家は仮の住まい。寮付の仕事を探すのは職と住居を同時に探せて合理的だ。

「その前に、アルバイトをしてみないか?」

 途端に高橋が警戒する目つきになる。

 親切ごかしに援助したのは、ヤバい仕事をさせるためと、疑ったのだろう。気持ちは、わかる。

「興信所の仕事と思えばいい。あるビルに出入りするやつの顔写真を撮るだけだよ」

 監視場所の目星はついた。

 裕子が勤めていた財団法人の入っているビルの斜め向かいに古いオフィスビルがあり、その一室を借りる算段をつけていた。

 トイレの小窓から、財団法人が入っているビルの入り口を見下ろすことが出来る。

 そこを望遠付カメラで押さえればいい。

「写真を撮るだけか?」

「そうだ」

 高橋が考え込む。

「日当で欲しい」

「八時から二十時まで拘束。昼一時間休憩あり。で、日当一万五千円」

 それで交渉は成立した。


 錦糸町の喫茶店。

 今、流行しているらしいドリップコーヒーを淹れてくれる、いわゆる『サード・ウェーブ』とか言われる喫茶店だ。

 店内は、珈琲の香りがする。肝心の珈琲は、まぁまぁの味わいだったが、やはりエイブ老人の珈琲の方が旨い。

「伊藤さんスか?」

 気配も足音もさせず、ぬっと大柄な男が俺の視界に入る。

 強い短髪。どっしりと胡坐をかいた鼻。目つきが鋭かった。

「ああ」

 用心深い態度で、俺の正面に座る。

 俺から目線を外さない。今ここでいきなり珈琲カップを投げつけても、ひょいと躱してしまうだろうなと思う。身体能力は高そうに見えた。

「松戸さんから、紹介されてきました。田中です」

 両手をポケットから出して、テーブルの上に置く。

 害意が無いのを態度で示したのだ。右手の甲に、手術の跡があった。

「靭帯をやりまして。再建手術をして、リハビリもしました。問題ないっすよ」

 俺の目線を読んだか。図体がデカくて粗暴に見せながら、なかなか頭の回転もいい。

 それに、妙な力みもない。修羅場を潜っている証拠だ。

 松戸が目をかけるだけある。

「興信所みたいな仕事だけど、君を雇いたい」

「松戸さんや須加田さんの手伝いをすることがあるんで、慣れてます」

 厚い唇に笑みが掃く。

 俺は、高橋がカメラなどの機材を運び込んでいる雑居ビルの場所を、この田中と名乗る青年に教えた。

「聞いてると思うが、ちょっとヤバ筋の相手だ。注意してくれ」

 念を押す。田中がふっと浅く笑った。

「ハイエナみたいに、用心深くやるっす」

 そう言って、熱い珈琲を田中が平気な顔をしてぞぶりと飲んだ。


 俺は一旦、棺桶の様な巣穴のような、信濃町の巣穴に戻る。

 監視場所を賃貸する手金を打ったので、金の補充をするためだ。

 樽から一掴み金を掴み、財布に入れる。

 黒澤を使うと言う手があったが、あんな様子を見ては痛々しくて見ていられない。

 しばらく簡易ベッドで横になっていたが、高橋から監視場所設置が終わった旨のメールが届く。

 俺は、助手兼護衛として田中という青年がそちらに向かう事を返信した。

 出入りする者を洗う。一人残らず。

 中央線を使って新宿に向かう。

 そういえば、もう季節は春を過ぎ、初夏に向かっている。

 雨雲に黒く塗りつぶされた西の空で、遠雷が煌めいてゴロゴロと鳴った。


 

 

 

 

 

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