教師と既視感
そして午前の授業もあと一つで終わるという四限目にその男はやってきた。選択ではない必修授業なので、専門教科を教えるはずの彼が担当だとは思ってもみなかった。
「ほら、アイツだよ。例の教育実習生」
「確かに教師には見えない」
小声で隣の鏡に返しながら、教卓の前に立つ男に目を向ける。
前を大きめに開けたワイシャツに黒のジャケット、長めの前髪を横に流して赤いピンで留めている。背は鏡が言っていた通り高く百八十五はあるだろうか。無気力そうな顔には銀縁の眼鏡が乗っている。
「でもニートには見えなくない?」
格好は教師としては如何なものだが、ルックスには合っているし違和感がある訳ではない。
「オレが見た時はジャージだったんだよ。しかも猫抱いてた」
なるほど、それだとニートに見えなくもない。平日の朝に大の大人がジャージ姿で猫と戯れているのを見て労働者と思う人はいないだろう。ただし高校というニートには不釣り合いな場所であるが。
「今日からしばらく数Ⅱを教えることになった来島明です。皆さんよろしく」
外見に対して普通な挨拶から始まった授業。窓から降ってくる日光の暑さに耐えかねて制服のネクタイを緩める。板書を取りながら来島を見ると胸元が小さく光っている。あれ、こんなこと前にもあったような。そうだ、朝礼の時に見た謎の光と同じだ。
自己完結して周りを見回してみても前の教師の胸ポケットから漏れ出る光に気付いた様子の者は誰もいない。ちなみに幼馴染みは夢の中だ。
(後で聞いてみよう)
どうせ鏡に引っ張られて会いに行くことになるだろう。そう結論付けて、教科書の数式に意識を集中させた。