日常
先生。
学校や保育園などで子供たちを指導する、いわばお手本的存在。プライベートを除けば生徒たちの一番身近な人物であり良き理解者兼相談者。ただ、先生にも色々なタイプの人がいる。もちろん人間は人それぞれ十人十色の人格を持っており全く同じクローンのような人間は存在しない。つまり、人間である限り全てにおいて完璧な人物などいないはずである。だがしかし。天は人に二物を与えずというが絶対に、嘘だ。そんな取り留めもないことを考えながら少年_草場春は黒板の前で絶えず口を動かす教師を見つめる。
こんなことを思うのも全部あの人のせいだ。心で悪態を付きながら一週間前の出来事を思い返す。今考えてみてもおかしな話だった。
季節は夏。登下校時は半袖でも暑いのに教室の中だと冷房で少し肌寒い時期だ。ついこの間長く思えた梅雨が明けて、外ではこれでもかという程に太陽が紫外線を放ってくる。
春はごく普通の男子だった。特別な才能があるわけでもなく運動神経も普通。絵を描く事は昔から得意で、それ故に美術部所属という高校生男子にしては少し寂しい肩書きを持つどこにでもいるような凡人だった。
「起立、礼」
いつもと変わらない朝礼で担任の話を聞き流しながら、ふとグラウンドを見渡した。春の座席は一番窓側、そして高校二年生の教室は全て五階にあるので眺めは良いのである。その時視界の端で何かが光るのを見つけた。
(何だあれ)
それは小さな光を放ちながら不安定に揺れている。最初は窓に太陽光が反射しているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
(あ、消えた)
何かに反応したように動きを止めたそれは、やがて空間に溶け込むようにしていなくなった。不思議な出来事に首を傾げていると、いつの間にか朝礼が終わっていたらしく教室はいつものざわめきに包まれていた。
「おいシュンってば!」
「うわ、何?」
「何、じゃねーよ。さっきから話しかけてんのにとことん無視しやがって」
しまった。喧しい幼馴染みの存在をなかったものにしていたらしい。
「ごめん、気付かなかった」
ここは非を認めて素直に謝った方が早い。直感がそう告げている。
「全く、夏バテしてんじゃねぇだろうな」
あぁ、こいつの紹介を忘れていた。
朝日奈鏡。俺の幼馴染みでサッカー部。クラスの元気印で頭が良く人望があるので皆の人気者だが、何故かことあるごとに俺を連れ回す変人だ。
昔は二人揃って名前が女みたいだとよく言われたため、「名前は音読み!」と共に訂正すること数多しな親友だ。俺には幼馴染みと親友の違いがよくわからないので両方としておこう。
「それより話聞いてたか?今日から教育実習生来るんだって」
「へぇ。どんな人?」
「大学出たての二十二歳で、長身眼鏡の理系専攻だと」
「なら俺には関係ないね」
俺は美術大学に行くことを決めているので、一般的な教科は全て学んでいるが、専門的なものは選択していない。
「そう言わずに会いに行ってみようぜ!なんか面白そうだったし」
「え、会ったの?」
「朝学校に来た時にな。見たことない人がいたから名前聞いたら実習生だって言ってた」
すぐ知らない人と関係を持とうとするお前の神経の太さを尊敬するよ。いつか面倒なことに巻き込まれても俺は干渉しないからね。
「そいつ先生に見えねぇの!」
「どういうこと?」
「だからそのまんま。先生に見えないんだって。むしろニートって言われた方が納得できる」
「それ先生としてどうなの」
いや、正確には先生ではなく実習生なのだが。それでは生徒に舐められるだけではないだろうか。たわいない会話をしながら一限の授業の支度をする。今日もまた暑い一日になりそうだ。