90.ヒィデェーオ食堂でひと仕事
アトリに手を伸ばし掴もうと金ピカPCがするけど、透明な壁に阻まれ弾かれる。
「ってめぇっっ!それよこせよ!!」
子供かっ。
確かVRのライドシフトには年齢制限があり、15才以上じゃないと利用できないと思ってたんだけど、金ピカPCの行動を見てるととてもそんな年齢には見えない。
「あうと」
アトリがそんな風に呟くと、騒ぎを聞きつけたギルドの職員さんがこちらにやってくる。
そして金ピカPCの前に来ると冷たい表情で警告をする。
「申し訳ありませんが、あなた様の行動は著しく逸脱した行為でございます。今後このような行動は取られない様お願いします」
「はぁっ!?こいつがそれをよこさないのが悪ぃんじゃねぇか!俺じゃなくてそっちだろっ!!」
僕の方を憎々しげに睨みながら職員さんにそう怒鳴る。
いや、どうしろと。再度アトリが同じ台詞を告げる。
「あうと」
偶然なのかアトリの言葉の後に、職員さんが金ピカPCに冷たく言い放つ。
「ご理解頂けなく残念です。では詳しく説明させて頂きますのでご同行願います」
するといつの間にいたのか、筋骨隆々で長身のスキンヘッドの男性が金ピカPCの両肩をもみ掴み持ち上げる。なんか港でコンテナ持ち上げるクレーン車みたいだ。
「ってめぇっ!やめろっっ!俺を誰だと思ってんだっ!!ごらあっ!!」
とても迷惑なPCだと思ってます、と心の中で答えておく。
ジタバタ暴れる金ピカPCをそのまま掴んでスキンヘッドのNPCは職員さんと連れ立って奥へと去って行った。
ザワついていた周囲も事が収まったのを見ると、元の所へと戻っていく。
あーびっくりした。傍若無人とはまさにあの事だ。
さて、変なのもいなくなったことだし、僕も依頼を請けることにしよう。
ウリスケとララもいつの間にか戻って来てたので、皆で受付へと向かう。
「災難でしたね。大丈夫ですか?」
先程金ピカPCに対処してくれた職員さんが応対してくれる。
「ええ、大丈夫です。でもああ言うPCって多いんですか?」
「それ程ではないですが、いることはいますね。ただあんなに酷くはないですね」
そう職員さんが教えてくれる。前髪パッツンの茶髪ポニーテールで見た目は可愛い感じなのに、印象は凛々しく感じるNPCだ。
ヤマトを操作してる時にいた、最初やる気無しだった受付嬢は見当たらない。
「あ、クエスト依頼お願いします」
僕は話を戻す為、本来の目的のクエスト依頼の申請を職員さんに送る。
「はい。………あら、これをあなたが?」
クエスト申請を見て職員さんが意外そうな顔をしてこちらを見てくる。
「え?何かまずいんでしょうか」
少しばかり不安になって僕は彼女に聞いてみる。
僕の問い掛けに職員さんは我に返り元の表情に戻って答える。
「いえ、この手の依頼はほとんど全く請ける方がいませんでしたので、少しだけ驚いたのです。申し訳ありません」
「じゃあ請けても大丈夫なんですよね?」
「はい。問題ありません………では受理いたします。カードをお願いします」
僕はメニューから出したギルドカードを渡すと、職員さんが迅速に手続きをしてくれる。
「カードをお返しします。こちらがお店の場所になります。店主のチノッグさんにこの木札を見せれば分かると思います。後はそちらの指示に従って下さい」
職員さんからカードを木札を渡される。
僕はそれ等をしまって、冒険者ギルドを出る。ララとウリスケも僕の後ろを着いて来る。
「さっきの金ピカの人、変だったのです」
「グッ!」
「おかし」
3人がそれぞれそんな事を言ってくる。たしかに変な上におかしかったことは否めない。行動が幼稚すぎるのだ。まるで我儘いっぱいに育てられた子供のようだった。
「でも、今後会う事もないだろうし(会ったら逃げるし)、気にしなくてもいいと思うよ」
「なのです」
「グッグ」
「おけ」
てな事を話しながらまたもや北の大通りへ向かう。通りの右側にあるパン屋の脇の路地へと入り、その先へと歩を進める。
「………こんなとこあったんだ」
路地を抜けるとそこには商店街が左右に広がっていた。
長さ200m程の通りには幾つもの店が軒を連ねていた。
「マスターあそこなのです」
ララがそう言って左へと飛んで行く。
路地を出て通りの向こう側の左に目的の食堂があった。
商店街の中は行き交うNPCもまばらでとても活気があるとはいえない。
こんなんで商売が成り立つんだろうかと思うけど、そういやゲームなんだよなと思い至る。(前にもこんな事を言った気がする………)
通りを横切りララの後に付いて食堂へと入る。
「ごめんくださ――――い」
「おうっ、らっしゃい!メニューはそこの3つだ。決まったら言ってくれ」
僕の呼び声にカウンターから顔を出したのは。
ダルマさんだ。
合格祈願や当選祈願に使われる眉と髭に鶴と亀をあしらったありがたアイテムのそれである。
「おっ、あんたら冒険者か。珍しいな」
真ん丸の目をさらに大きく見開いてそう言って来る。
僕がギルド依頼のことを話そうとすると、ララが料理を注文する。
「ララはカレーセットをお願いなのです」
「グッグッ!」
「ウリスケさんはシチューセットなのです」
「アトリすーぷ」
ララ達が注文すると、ダルマさんが僕に顔を向けてくる。僕はその視線の圧力に根負けして注文をする。
「えーと、シチューセットお願いします」
「はいよっ!カレー1、シチュー2、スープ1まいどっ!!」
料金を先払いして奥のテーブルへ座りしばらく待つ。
店内は誰もいない。ガラガラだ。
「はいよっ!お待ちどう!!」
ダルマさんが料理を4つ器用に手に持ってやってくる。厳つい顔に比べ体は細マッチョだ。何ともアンパランスな感じがする。
「ごゆっくり」
ニカリと笑うその顔は妙に愛嬌がある。
目の前に置かれた料理は深皿にたっぷり盛られたブラウンシチューに大振りのパン(バターロールのお化け)が2つ。
ララのはいわゆるスープカレーに野菜がゴロっと入ってる。
アトリのは琥珀色の透き通ったスープにやはり野菜がゴロっと入ってるものだ。
けっこーボリューミーだけどみんな食べれるのか?
ま、余ったら僕が食べればいいかと思い食べ始める。
「っ!」
野菜――――ジャガイモの様なそれをスプーンで崩し口に運ぶ。
スープが中まで染みていて、ホロリと口の中で解れていく。頬が喜びを表すようにきゅうっと締まる。
美味しい。凄いとかほああっという感じはなく、滋味がよく優しく何とも安心させてくれる。そんな美味さ。
「おいしいのですっ!」
「グッグッグ―――ーッ!!」
「うま」
3人が先を競うように食べている。ララははぐはぐ、ウリスケはガフガフ。アトリに至ってはコココ―――ッと水飲み鳥の高速版と言わんほどの速度で料理をついばんでいく。
僕はスープを掬いゆっくり噛み締めるように味わう。
ビーフシチューっぽいブラウンのスープはコクがあり、なのにしつこさがなくて後をひく感じだ。
パンを手に取り2つに割る。ファンタジーお約束の固いパンではなく、ふんわりもっちりの大きなバターロールのようなそのパンは、シチューに付けると吸い込むようにたんまりとシチューが染み込んでいく。
そのパンを口にするとしっかりと染み込んだチューがじゅわりと口いっぱいに広がり、バターの香りがなんとも鼻腔をくすぐり抜けていく。
「ん~~~~っ!!」
その美味さに思わず声が出てしまう。
「その手があったのですっ!!」
僕の様子をみていたララが、そう言ってパンをカレーに付けて食べ始める。
ウリスケとアトリも同様にパンをシチューやスープに付けて食べ始める。
「グッグッグ――――ッ!!」
「じゅわ、うま」
みんな美味そうに次々にパンをスープに付けて食べていく。ウリスケは………ともかく、アトリはどうやってパンやスプーンを掴んでるのか分からない。
ゲームの仕様だと言われてしまえばどうしようもないんだけど。
結局誰も食べ残しをせずにすべて平らげていった。もちろん僕も美味しく堪能させてもらった。
どうやら食器はセルフサービスでカウンターへ持っていくシステムらしいので、食器を持って行った時に僕は本題に入ることにする。
タルマ店主に木札を見せてクエスト依頼をしに来たことを伝える。
「え?あんた等がか?」
ダルマ店主が目を見開き聞いてくる。そんなに珍しいんだろうか。
いえ、僕“等”でなく僕なんですが。と言おうとするとダルマ店主が役割分担を決めていく。あれ?
「えーと、お前さん等は―――」
「ララはララなのです。こちらはウリスケさんなのです」
「グッ」
「アトリ」
ダルマ店主の問いにララが自己紹介を始め、ウリスケとアトリがそれに続く。
「うむ、それじゃあラランは注文、ウリスンは配膳、アトリンは勘定を。そしてあんちゃんは材料の仕込みを頼む」
「はいなのです」「グッ!」「おけ」
3人が片手をシュピッと上げて了解する。僕以外が妙に張り切っている。いいんだろうかと少しばかり首を傾げながら僕も返事をする。
その時、食堂入口から人がやってくる。
「おやかた―――っ、スープセットとエールたのむっ!」
いかにもガテン系のNPCがダルマ店主に注文しながら席へと着く。親方と呼んでるんだ。僕もそうしよう。
「らっしゃいっ!あいよっ。お前等も配置につけ」
「はいなのです」「グッグ」「おけ」
再びシュピッと手を上げて持ち場?へ移動していく。あれ?
「あんちゃんはこっちだ」
ダルマ店主改め親方に後について、厨房を抜け店の裏手に移動する。
そこは裏庭のような場所で、手前には水場で石組みの大きな浴槽のような物に水が懇々と湧いてる様に見える。
奥には野菜や肉の保管庫があり、ジャガイモやニンジンやタマネギみたいな野菜が山積みに保管されている。そばには大きなカゴと包丁が置いてある。
「あんちゃんの仕事はこれの皮剥きだ。こっちのカゴ一杯になったらそこで洗って厨房に持ってきてくれ」
「………はい!分かりました」
「じゃ、頼んだ」
ダルマ店主――――もとい、親方はそう言って厨房へ戻って行った。
僕は山積みされた食材を見て若干冷や汗を感じるけど、頬を叩き気合を入れて作業に取り掛かることにする。
装備をいったん解除して身軽になってからそばにあった椅子に座り、包丁を持ってジャガイモに似た野菜の皮を剥き始める。
篭に入ってるヤツをひとつ取りだし、包丁を皮に這わせる。
「!?」
何となくリアルの感触と違った変な感じを受ける。
普段の自分の動きが阻害されてる感じだ。どうにも胡乱気な思いがする。
剥かれた野菜は少しばかり歪になっている。
う~ん、リアルで技術があってもゲームじゃレベルが上がらないとダメと言う事だろうか。
なら話は簡単だ。
お誂え向きに作業をするには都合よく目の前に野菜がある。
ふっと笑いと共に息が漏れる。それじゃやるとしますか。
僕は再び野菜を手に取り少しづつ少しづつ作業を進める。
こうして現在に至るのだけど、皮を剥いては洗い厨房へ運びまた皮を剥いていく。
なんでか食堂では注文の声がひっきりなしに聞こえている。今日は何かあったんだろうか。もしくはいつもこんなに忙しいのか。
そんな事を頭の片隅で考えながら、僕はひたすら皮剥きを続ける。
作業を繰り返すうちに動きが滑らかになり、作業もスピィーディーに運ぶ。だけど、雑にならないよう丁寧に作業をしていく。
熱中してるうちに時間が過ぎていて、親方が声を掛けてくる迄皮剥きをやっていたのだった。
店仕舞いということで、終わりに料理をご馳走になって依頼の完了となる。賄いうま。
親方から依頼完了の木札を受け取ると【調理】スキルのレベルアップが次々と起こり、結局10までレベルが上がったのだった。
親方にはまた依頼を出すんで手伝ってくれないかと言われたので、僕はよろしくお願いしますと答える。
たぶん僕じゃなくてララ達の力が欲しいんだろうなぁとは後で思ったことだ。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます (ー▽ー)ゞ
チノッグ親方は使えるものは何でもというお方ということで




