86.調査活動報告覚書 No.1
遅くなりました Orz
以前から話は上がっていたのだが、いきなりプロジェクトが起ち上がり私がその部署へ配属されることになった。
当初は大学、研究所からのデータを収集精査し可能性の有無を模索していたのだが、ある日システムエンジニア担当のカセベ(仮称)が私に話を持ってきた。
「カジマさ〜ん。これつかえね?」
民間からの出向という形で入ってきた彼は、私達の常識の範囲外の存在だ。
私自身は己の規律外のものには特に何ら思いを寄せることもない。まぁ、自分のテリトリー内の人間には容赦がないとはよく同僚には言われるが。
それなりに私は人付き合いは問題ないと思ってはいる。
そう、彼に対してもそれなりの付き合いが出来ていると思うのだが………。
年上の人間に対してタメ口はどうかと思う。
年功序列の階級社会の人間としてはやるせないという部分ではある。
それはさておき、カセベ(仮称)がホロウィンドウに表示してきたのは、とあるゲームの画面の1部だった。
街中の屋台の動画が映しだされている。客を呼び込む男の姿や通りを笑顔で駆け抜ける子供達の姿が生き生きと表現されている。
普段、映画など見ない私であるが、よく出来た―――ーいや、かなりの出来の映像であると認識させられるものだった。
「これがどうかしたのか?」
「ここに映ってる奴らがAI―――人工知能を載せたNPCだとしたら?」
NPCが何かは知らないが、人工知能と言われれば耳を傾けざるを得ない。
それこそが我々が求める計画の全てなのだから――――
この国の人口数は以前ほどではないが、減少の一途を辿っている。
そこで重要なのは労働力の確保だ。
地下資源の採掘等の恩恵で国自体は潤っているが、その分働き手は減っている。
国家としても手を拱いている訳もなく、長期的なスパンで見れば結婚、出産などを奨励し養育や教育に補助をしている現状だ。
だが国防に関して言えば厳しいものがあると言わざるを得ない。
何しろ、職業選択の幅が有り過ぎてなり手が少ないのだ。あるいはなっても物にならず短期間で辞めていく。
現在はなんとか維持はしているものの、そう遠くない未来には破綻することが目に見えている。
そこで出て来たのがAIによるロボットの運用利用だ。
現在はサービス業でもAIを搭載したロボットがカウンターで応対をしている。
突発的なことには人間が対処せねばならないが、通常の取り扱いは問題なく行えている。
ならば国防に関してもそれを利用できないかという訳だ。
近未来SFでもあるまいしと言われるものの、現在の技術を慮かればあながち夢物語とばかり言えないものなので、人員を割いて計画が発動したということだ。
だが、その映像を見て私は疑念を抱く。なのでそれが呟きとして漏れてしまう。
「まさか………」
軽くNPCの説明を受け内容を理解したものの、現在のCG技術を思えばそんな言葉も出ようものだ。
「そう思うっしょ?でも前はこんなんじゃなかったんだよ〜」
そう言って別の似た様な光景の映像を見せてくる。
………なる程、映しだされているNPCとやらは、同じ様なものだがその表情には生気が無いように感じられる。
「だが、このゲーム会社の人間が演じている可能性はないのか?」
有り得ないとは思うが、私はそんな事を思い付きカセベ(仮称)へと問い掛ける。
「1部なら無い事はないと思うけど、現実的にはどうかなって気はするな〜。ま、それも含めて調べませんかってこと〜」
一理はあるかと思い調査の許可を出すことにする。態度はともかく彼の技術は1流だと理解しているので、結果はすぐに出るだろう。
「いいだろう。すぐに調べて見てくれ」
私がそう許可を出すが、カセベ(仮称)は言い難そうに口ごもりながら話し始める。
「何だけど〜。これってVRゲームなんよ〜。何で直でゲームの中に入らないと厳しいというか〜………。現状で、ここのサーバーに侵入できないんよね〜」
「っ?君でも難しいのか?それなりの設備は用意したつもりだが………」
「ん〜、ハードでなくソフトの問題だから、セキュリティーというか、まるで侵入込む隙が無いっていうか。お手上げ状態〜」
本当に手を上げそんなポーズを取る。彼にそう言わしめるというのは相当なものなのだろう。おそらく向こうにも腕利きの人間がいるのだろう。
「………何が必要だ?」
「ちょうどこれから新規ユーザを募集するらしいから、専用のHMVRDをあればあるだけい~かな〜」
専用のハードウェアがいると聞き少し目を見張るが、驚きをすぐに収めホロウィンドウを開き行動を開始する。
ふと思い付き私は彼に聞いてみる。
「君もこのゲームをやっているのか?」
私の問いに少し変な動きをした後否定してくる。
「いやいや、やってないよ~。あはははは〜」
私は溜め息が出そうになるのを抑え、嘘だなと心の中で呟く。
「あと、こっちのオダメのAI造ってる研究所も面白そうだよ〜」
そう言って、とある研究所の資料を送ってくる。ふむ、オーダーメイドで1体ごとの受注生産か。
「了解した。引き続き調査を頼む」
資料を流し読みながらカセベ(仮称)に作業を依頼する。何だかんだと言っても仕事は出来る人間なのだ。
「分っかりました~」
何とか専用ハードを10台確保して、上司の許可を取り調査を開始する事となる。
心中ではゲームプレイをしてていいのだろうかという思いもあるが、AIが最も活用されている場所と認識すれば否やもない。
私とカセベ(仮称)を除いた残り8名とともに時間が来たのでHMVRDをかぶりライドシフトをする。
VRなど高校以来だ。
どうやら人数調整の為、段階的にログインさせる仕組みになっているようで、私達が選んだのはカセベ(仮称)の薦めもあって最終組となっている。
すでにカセベ(仮称)の指導でキャラクターメイキングは終わっており、それぞれ役割分担を決めスキル等も決定している。
現在はそれぞれがハードをリンクした状態でVRルームに待機している訳だ。
私達が学生時代に訓練していた場所に設定されたVRルームに8名が私とカセベ(仮称)の前で整列をしている。
「事前に通達していた様に、このゲーム内でのNPC――――AIの動向調査が主目的である」
このチームに選ばれたのは、男性5名女性3名の特防隊から派遣されて来た者達である。
このVRルームでは私も含めて現実の姿を映し出している。
私は彼等にこれからの活動と注意事項を伝える。
「各自、先に決定した小隊毎に行動をし、一定時間ごとに音声記録を提出してもらう。何か質問は?」
私の言葉に女性隊員が挙手をしてくる。黒髪のショートボブのやや小柄な女性だ。確か“カメヤマ(仮称)”だったか。
「NPCとはモンスターも含まれるのでしょうか?それと行動範囲について教えてください」
その問いに私は少しだけ考え込むが、軽くレクチャーを受けたのみだったので、カセベ(仮称)へ顔を向けて彼に任せる事にする。
「NPCはモンスターも調査対象になります〜。行動範囲はエリア全域と考えて貰っていいです〜」
カセベ(仮称)のエリア全域という言葉に少しだけ頭を悩ます。
かなりの時間を調査に費やすことになりそうだと理解したからだ。
カメヤマ(仮称)は笑顔を見せて了解しましたと頷く。
彼女が何を考えてるのは分からないが、小隊単位で行動するので問題ないかと思い直す。
「時間です」
指定された時間となったことをカセベ(仮称)が伝えてきたので、最後に事後の予定を伝えログインすることにする。
「ではログイン後すみやかに集合、小隊単位で調査活動を開始する」
「「「「「「「「はっ、了解しました!」」」」」」」」
そしてホロウィンドウを出してゲームを選びログイン。
周囲が白に染まり風景が掻き消えて行く。
すると目の前には巨大な門と左右に広がる高い外壁が見えていた。
『“ようこそ【アトラティース・ワンダラー】へ”』
どこからか女性の声が響き聞こえてくる。ガイドのようだ。
今の私の姿は先に設定した通りの盾を手に持ち、剣を腰に佩いた姿となっている。
PCネームは全員を統一したものにしようとしたのだが、私を除いた全員!の反対に合い断念することとなった。それぞれ任意に自分で付けることになったのだ。
ちなみに私のPCネームはサージである。
簡単な説明を受けてからガチャチケというものが配布される。
これがカセベ(仮称)が言っていた特典のようだ。ありがたく受け取っておく。
説明を終えると、目の前の門の扉が静かにゆっくりと奥へと開いていく。その様子に現実との違いを感じながら門へと足を進めると、ガイドの声が何やら不穏な事を言ってきた。
何を言った?
しかし確認をする暇もなく、また周囲が白に染められて行った。
気付くとそこは街の中ではなく、いわゆるフィールド呼ばれる場所のようだった。
しばらく思考停止をしていると、ホロウィンドウが現れ新規ユーザーイベントが発生した事を知らせてくる。どうやら街までの競争イベントのようだ。
そ、そうだ。まずは街へ言って皆と合流しなけらばならないだろう。
とは言え、先に連絡を取った方がいいと思い返し、メニューを開きフレンド欄を確認しようとした時、逆に向こうから連絡がやってくる。
「うおっ!」
私らしくもなく思わず声を上げてしまう。
知人が誰もいなかったことに安堵しつつ、着信相手を見ると案の定相手はカセベ(仮称)だった。
いや、この中ではえーとオイレンシュピルランガード?………面倒だからオイランでいいだろう。
係員を呼ぶ時はコード名で呼ぶことにしているので、心の中ではオイランと呼ぶことに決める。
コールが鳴っているので通話を選ぶと、カセベ………オイランの声が聞こえてくる。
『か………じゃなかった。こちらK2、K1だいじょぶ〜?』
相変わらず脳天気な声である。
「こちらK1。大丈夫だ、そちらはどうだ?」
『はい〜、みんなと合流したよ〜。現在地はプロロアの南東エリアだよ〜。そっちの位置をマップで確認してちょ〜』
私1人だけはぐれた訳か………。私はマップを出して位置を確認する。
中央に灰色の四角の部分。そしてそのマップ全体は白くなっている。
そして右上の部分には緑の光が点滅している。
おそらくこの緑が私がいる位置なのだろう。
「現在私は北東エリアにいるようだ。問題がなければそのまま街へ行き調査を行ってくれ」
『おっけで〜す。んじゃ〜』
何ともフランクな事だ。よもやゲームの中にいるせいで、頭が緩んでいるのではないか等と不遜な物思いにふけた後、街へと向かう事にする。
すると地面に矢印が現れて目的地の方向を指示してくれる。
現実にあるAR技術と複合させた避難誘導マーカーの様なものか。
私は周囲を警戒しながら南へ歩き始める。
しばらくすると緑のマーカーが上に表示された者達が、モンスター相手に戦闘をしているのが目に入って来る。
大きなブルドッグ3体を5人のPCが囲みながら攻撃している。後方には監督するかのように鎧姿の男がそれを見ている。
イベントの説明でもタイムアタック時には、モンスターは襲ってくる事が無いとあったので、私は特に注意を払わずそのまま進んで行く。
そしてようやく街の門前までたどり着く。
仕事柄海外へ行く事もあり様々な遺跡や史跡等を見る事があったが、目の前のこの光景にはそれに匹敵するほどの荘厳さを感じさせられてしまう。
VRの技術とはここまで進んでいたのかと、己の無知蒙昧にほとほと呆れてしまう。
もっと視点を広く大きく持たねばと省みる。
巨大な東門を仰ぎながら通り抜け、矢印に従い大通りを進もうとすると、視界の隅で何かがチカチカ光っているのが確認できた。
視線をそちらに向けると、路地の奥の方で「!」のマークがチカチカ点滅してるのが見て取れた。
私はそれに興味を惹かれ大通りの右になる路地の奥へと突き進む。
マークが点滅してるのは、側溝に石の板で蓋をされたその上からだった。おそらくその下に何かがあるのだろう。
そう言えばナビゲートスピリットが欲しいかと問われ、私は特に必要と感じなかったのでいらないと答えたのだが、その時別のスピリット取得の可能性もあると言っていた。
もしやこれがガイドが言っていた事なのだろうか。
側溝の蓋は隙間が狭く手では持ち上げることは困難で、いっその事このまま放置して行こうかとも考えたのだが、アイコンが点滅する度に胸のざわつきが急かせるように湧き上がる。
感情の制御がおぼつかぬまま、私は剣を抜き隙間へと差し込みテコの原理を利用して蓋を開けることに成功する。
そして側溝の中には、肢を内側に縮こませ苦悶の表情を浮かべた小さなクモのモンスターがいた。
現実であれば忌避すべき存在なのだが、私は躊躇なくそれを手に載せる。
するとそれの上にHPと書かれたゲージバーが現れてくる。ゲージは残り少なく1割を切っている。
私はとかくゲームというものは囲碁と将棋などや、大学時代の戦略シミュレーションという模擬戦闘ものしかやったことがなく、一応事前に調べてはいたが、あまり要領を得たとは言えない。
だが、現実に即せば何か回復させる手立てを講じるば良いということだ。
私はメニューを開き、あらかじめ課金とやらで購入したいたHPポーションをクモへと与える。
ポーション5個を消費してようやくゲージが完全回復する。
そしてホロウィンドウが現れアテンダントスピリット取得のイベントが開始される。
これは毒に侵されたスピリットに時間内に解毒ポーションを与えればいいという事だったので、所持している解毒ポーションを与えクリアすることが出来た。
アテンダントスピリット――――妖精とか精霊らしいのだが、どう見てもクモの身体に女児の上半身が着いたモンスターと言われるものにしか見えない。
クモ女児が気が付くとこちらを上目遣いで見てくる。つぶらな紫紺の瞳が私をじっと見てくる。
別のホロウィンドウが出て来て取得の諾否を確認してくる。
調査対象は何であれ、あればある程にこしたことは無いので、了承すると名前の入力を指示してくる。さて………。
彼女はアラクネーという種族らしいが、………どうしたものか。
アテンダントスピリットを窺い見るとクモの部分はクモ網クモ目オオツチグモ科であるいわゆるタランチュラの様な姿だ。
色は黒ではなく白くフワフワした毛が人型の上半身まで覆っている。
腰の辺り迄伸ばした黒髪は緩く三つ編みにしてそのまま垂らしている。
あどけなさの残るその顔は、その愛らしさに誰もが目を奪われることだろう。
私はつい思い浮かんだものを口に出してしまう。
「フブキ………。君の名前はフブキだ」
口にしてしまうと、もうそれ以外の選択肢はありえなく感じ入力をする。
「ハジメマシテますたー、フブキです。ヨロシクオネガイシます」
手の上に乗るフブキがそう言ってペコリとお辞儀をしてくる。
「………ああ、私を呼ぶ時は名前を呼んでくれ。サージと」
「ハイ、さーじサマ」
ニコリと笑顔を私に返してくる。………うむ、そうこれも調査の一環であると考え、私はフブキと語りながら目的地へと向かう。
この後調査としてゲームをプレイするのだがどう報告書に記載すればよいのか、私はしばらく懊悩することになる。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
Pt&ブクマありがとうございます ピシッ(T△T)ゞ




