82.初めてのVRゲーム
*
私は今来た道を回れ右をして、早足で歩く。
上手く行っていたはずだった。いや、この数年上手く行っていたのだ。
ところが数日前、ソサエティーの理事の1人から内密の面談があり、そこで私達がやっていたことが暴露されてしまった。
表情には出さないものの、内心は大荒れに荒れていた。
一体どうやって、何を使って、何処からっ!!
目の前に表示されたホロウィンドウをみやり、自問自答を繰り返す。
「で、ですな。私は特に司法に訴える等とは少しも思っていないのです」
壮年の男性―――ソサエティーの理事のアオイ氏がそう言ってくる。
その声に俯いていた顔を上げる。上げてしまう。これでは白状したのと同じ様なものだ。
背中に汗がジトリと流れる。
「ここがスキャンダルに巻き込まれるは本意ではありませんし、そちらの理事に対しても特に隔意はありません。そちらはどうかは知りませんがね。ですがひとつ条件を付けて貰えれば―――それから、やるのであれば平等にやって頂きたいものですな」
「アオイ様………それはどういう意味で………っっ!!」
別のホロウィンドウが出され、私は進退窮まったと思った。
ある事を切っ掛けに、私が仕事に生きる決意をし、ある商社で業績を上げていた時、その親会社である商業組体からスカウトされ転職し、そこでも「女のくせに」「ババァ」「ハイミスが」等と罵られながら、それ等を跳ね除け逆に利用しながら業績を上げていき、系列銀行の支店長補佐まで登りつめた。
しかし商業組体のパワーゲームに巻き込まれる形で職を退き、そこからこの事務局長の職に就く。その時1人の理事からこの話を持ち掛けられ今に至るわけだ。
しかし、もう事の趨勢は決したと思っていた私は彼の言葉に驚きを表す。
「私はこの事を悪と断じてる訳ではありませんよ」
「それはどういう意味ですか?」
先程と同じ言葉で、しかし全く違うニュアンスを彼へと問い掛ける。
「言葉通りですよ。私が望むのは機工学部への予算申請時の承認だけです。私供にとってそれがベストでありベターであるのですから」
薄く笑いながら席を立つ、恐らくはコミッションの理事にも釘を刺しているのだろう。
私は了承するように首を縦に頷く。
「……分かりました。よろしくお願いします」
そして彼はホロウィンドウにあるデータを消去していった。
「これは信頼の証ということで、他の物はすでに消去済みです」
「………ありがとうございます」
程なく機工部のフドウゼミから予算申請がされてきた。
HMVRD数台と環境ソフトが数十枚。学内の予算金額を考えれば微々たる物だ。このタイミングを見ると、おそらく彼らがこの結果の張本人なのだろう。
ひと言嫌味を言ってやらねば気が済まぬと思い、ゼミ室へと向かうと彼がいた。
キラきゅんが―――――――
年甲斐もなく頬が熱くなる。だが、彼にしたことを思うと逆に精神は冷えていく。矛盾している心と感情。
私は矛盾している思いを胸に抱え、ゼミ室に入ることなく回れ右をして職員棟のある自分の執務室へと逃げ戻る。
なんという偶然。なんと言う運命の悪戯。
椅子に寄りかかり天井を仰ぎ見る。そしてため息をひとつ吐く。
あれから大きくなって背も高く大人びた顔をしていたが、面影は残っている。
あの蒼き蕾の君の成長した姿がそこにあった。
でへへっ。
私が顔を緩め、人様に見せられない様な表情をしていると通話コールが鳴り響く。
こんな時にいったい誰だろう。私は表情を引き締めいつもの顔へと戻す。
ホロウィンドウに表示されてる相手は[UNKNOWN]となっている。いや、あるいは理事からかも知れない。
コールに出ると、そこには出来損ないのロボットが現れた。何だこれは。
「誰です。こちらは事務局長のナンバーです。用のある方は事務方を通して下さい」
冷たく命令口調で応対する。こんな変なものにかかずらってるヒマはないのだ。
『よろしいのデガス?事務方の人に事務局長である“元蒼き蕾の君の親衛会長”のヨウカ サツキさんをお願いしますと言ってもデガス?』
瞬間、冷水を浴びせられた様に寒気が全身を貫き、身体が瘧に罹ったように震える。
「なっ、何故それをっっ!?」
私は声を荒らげてしまい、そしてその言葉で私のイニシアチブは失われ、このヘンテコなロボットへと移っていく。
15年ほど前、学生だった私は1人の少年に心を奪われ囚われてしまった。
煌めき輝くハチミツ色の髪、透き通るような白磁の肌。
そして見つめる先を射抜くような明るい碧眼。
そして、その笑顔に私は魅入られてしまった。
私はSNSで密かに彼の写真をアップしていて、そこで想いの丈を語っていた。
すると同志が何人か集まり、キラきゅんを衛る会“蒼き蕾の君の親衛会が発足したのだ。
だがその後、会員の1人が暴走し誘拐事件へと発展してしまう。
彼女は会の事は一切話をしなかったが、キラきゅんの姉にしっかり制裁を受け会は解散することになった。
私はその甘い恋心を消し去る為、仕事に生きることにしたのだ。
『挨拶が遅れましたデガス。ワーシ、フドウゼミで管理AIをしているフーちゃん3号デガス』
「…………」
馬鹿な!AIが自発的にこんな行動をする筈がない。裏でフドウゼミの誰か、もしくはフドウ教授が細工をしてるに違いない。
『ワーシが要求するのは、少しだけフドウゼミの皆さんに優しくして欲しいデガス』
ほうら、やはりそういう事だ。どこで私の情報を手に入れたかは知らないが、この程度で靡くほどヤワな人間ではない。
眉間に力を込め偽AIを睨みつける。
『ワーシと同じくキラ様を愛でる同志としてお願いしますデガス。これは同志の好として贈らせて貰うデガス』
私の端末に、メールで添付ファイルが送られてくる。
それを見た私は直ぐ様胸を叩き返事をする。
「任せて下さいっ!同志よっっ!!」
キラきゅんの写真の前に私はその軍門に下ったのだった。
*
ゼミの環境が大幅に改善されてから数日後。
今日からいよいよ新規ユーザーの僕がログイン出来ることになっている。
最初は最後の順番の方で申し込んだのだけど、ガチャチケ目当ての人がけっこーいたらしくすでに定員で、結局1番空いてる真ン中の時間にすると連絡したのだ。
クリスマスイブの午前0時から開始されたらしいゲームは、何かと波紋を呼んでるみたいだ。
僕自身は何も知らない状態でプレイしようと思っているので、特に情報を調べたりはしていない。(学習してない)
姉はカレーを食べに来た日からアパートに来てない。何やら立て込んでるらしく、メールでやり取りするぐらいだ。
そしてメールで頼まれたのは、キャラメイク時の種族をエルフにしてねとの事だった。
何故かは分からないけど、特に何か拘りがある訳でもないので、姉のメールに分かったと返信して作ったのが次のキャラクターだ。
【名 前】 ラギカサジアス
【種 族】 エルフ族
【職 業】 ー
【Level】 1
[HP] 50/50
[MP] 25/25
EXP 0
GIN 0
STR 5
VIT 5
AGI 8
DEX 7
INT 10
WIS 8
LUK 2
[メインスキル 5/5] 弓 手甲 水魔法 索敵 識別
[サブスキル 0/0]
名前は少しもじって逆さまと濁点を加え、そこにアルファベット分解した苗字をアナグラムで並べ替えた。そんで武器は、2つ取ることにした。
VRルームでした経験で、やっぱりじーちゃんに教わったものを使えたらと思い手甲を。となると遠距離に難があると思って弓を取ってみたんだけど、ちょっと無理があるかな。
どうやら種族ごとにパラメーターにバラつきがあるみたいで、エルフはAGIとINTが高い。知能と素早さと考えると、魔法使いか盗賊だとかが妥当なのだろう。
何となくで決めていったけど、結局は状況に合わせていくしか無いのだと思う。それに何とかなるだろうという予感がするので気楽に考えて設定を終わらせた。
【職 業】に何も無いのは、僕が職業でスキルを選ばなかったのと、選んだスキルで該当する職業が無かったみたいだ。
ただ冒険者ギルドに登録すると、冒険者という職業?になるというので特に不安になってはいない。
無職とかにされたらさすがに嫌だけど。
で、今は午前8時。
まだゲームは始めていない。本来なら午前2時に始めることが出来るのだが、あえてそうせずその時間はぐっすり寝て、いつもの日課を終えてまったりしている。
何故かと言えば、ひとつは混み合った中で行動するのは嫌だったし、その時間に必ずログインして下さいと何処にも書かれてなかったので、ってか真夜中にゲーム始めるのも何だかなぁ(僕談)と思ってスルーしてしまった。(天邪鬼とも言う)
姉にはログインする時は連絡してねとあらかじめ言われているので、端末でメールを送っておく。
さて、クリスマスにゲーム三昧というのも少し寂しいかもとは思うが、せっかく頂いたものだし、ゲーム内でララやウリスケ達にも会いたいと思うので行ってみることにしよう。
「ララ戸締まりよろしくな」
『バッチグーなのですマスター』
アパート担当のララに………って言うのも複雑かつ変な気分なんだが部屋の管理をお願いして、とりあえず気分は棚上げしとくことにし寝室へと向かう。
居間でやってもいいと思うのだけど、朝からカーテン閉め切って座椅子に寄りかかるのも体裁が悪いので、ベッドで横になって始めることにするわけだ。
じーちゃんに譲られたこのアパートはけっこー変な作りをしてて、何でかベッドや布団のある部屋には窓がない。
小さい頃アパートに遊びに来た時、じーちゃんに聞いたら「オレ明るいとこで寝られんの」と言ってた記憶がある。
僕なんかはどこでも寝れるタイプだからか特に気にはならないけど、この部屋は僕も過ごしやすい場所なので気に入っている。
6畳ほどの広さの部屋の端に置いてあるベッドへ腰を下ろしHMVRDを被り横になる。
脇にある起動スイッチを入れて目を瞑る。そういや最近洗濯前のシャツが無くなって代わりに新しいシャツが置いてあったりするんだけど、あれは何だったんだろうか………。たぶん姉の仕業だと思うけど何の意味があるのか、そんな益体もない事を考えながら、意識が暗闇へと沈んでいく。
そして気付くとアパートの居間に座っていた。あ、いや、ここはVRルームか。卓袱台に座椅子。壁には大きな本棚。
この前レイアウトした時のままだ。当たり前だけど。
そこへHMVRD担当が、淡いピンクの光の玉の中からパァンと光を弾かせて現れ、僕の目の前にやってくる。
「おはようなのですマスター!」
「うん、おはようララ」
ペコリとお辞儀したララに僕も挨拶を返す。
相も変わらず元気なことだ。
「マスター飲み物は何がいいのです?」
ララがそう言ってくるが、今日はゲームをする為に来たので、ここでもまったりする訳にも行かない。すぐにログインすることにする。
「今日は飲み物はいいや。ララ、【アトラティース・ワンダラー】のソフトを出してくれる?」
「はいなのです」
ララは嬉々として本棚へ飛んでいき、1冊の本を引き出す。
本来なら僕が自分で取ればいいんだけど、ララがお世話したそうな表情を見せるので、VRルームではお願いしている。
よっこらしょっと担いできた本ををララが卓袱台へ置いてくれる。
本をタップするとホロウィンドウが現れタイトルと、ログインボタンが表示される。
僕は少しだけドキドキしながらそれを押す。
「行ってらっしゃいなのですマスター」
「うん、行ってくるね」
部屋全体が白い光に覆われゴォという音とともに光の氾流に思わず目を瞑ってしまう。
次に目を開けると前方には左右にどこ迄も続く漆喰のような壁と正面には5mぐらいの巨大な木製の門。
足元は煉瓦で築かれたと思われる石畳が延々と続いている。
確か前の時はプロロアの街の中からのスタートだったと思うけど、今回は違うんだろうか。
『“ようこそ【アトラティース・ワンダラー】へ。歓迎します、新たなワンダラーよ”』
僕は思わず上の方を見て声が下であろう場所をキョロキョロしてしまう。天の声ってやつか?
『“この世界に来ていただく前に、少しだけお願いを聞いていただきたく、こちらにご案内いたしました”』
妙に胸に落ち着く優しい女性の声が周囲に響く。
そのお願いは現実で過ごしていれば、ごく当たり前のことだった。
ひと言で言えば悪い事はしない。人としての節度を守ること。それは、ただ単純ゆえに難しい事。
僕は特に考えもせずに了承する。
「分かりました」
次にナビゲーションスピリットの話になる。ぼくはララと同じアテンダントスピリットの方を探すことにしてる為こちらは遠慮しておく。
「えー、自分で頑張ってみます」
クスリ。
ん?なんか笑われた気がする………。まぁいいか。
『“では、初回ログイン特典をお贈りします”』
ピロコリン
[ガチャチケ を てに いれました]
目の前にホロウィンドウが出てきて、チケットのイラストと×40と表示される。
「これはどう使えばいいんですか?」
僕の質問に丁寧に天の声が教えてくれる。
『“メニューからアイテムを選び、その中のチケットを選んでください。するとギミックが現れます。やってみますか?”』
天の声のその言葉に好奇心を刺激され、僕はやってみる事にする。
メニューの出し方は前もって予習してあるので、パチンと指を鳴らすとメニューがポンと現れる。
その中のアイテムをタップする。別のウィンドウが表示され[つかう][しらべる][わたす]と出る[つかう]を選ぶとさらに画面が現れ、HPポーション5とガチャチケ40とある。
僕はさっそく使ってみることにする。
『“使われますか?”』
「あ、まずいですか?」
『“いいえ、構いません。途中で終了する時は「戻れ」と命じるかアイテムを3度タップすると戻ります”』
天の声(バックアップメモリーを思い出す)からの注意を聞いた後、僕はガチャチケの項目をタップする。すると目の前に直径50cm程の球体がポンと出現する。あービックリした。
球体の中央部にいわゆる回す用の取っ手が付いていて、下の部分には取り出し用の四角い穴がある。
そして上部には40の数字が大きく描かれている。
取っ手を手に取りガチャリと1回転させる。お約束のプラスチックのカプセルが取り出し口から転がってくる。
慌てて受け取ろうと手を差し出すと、勝手にパカリと音を立て割れてホロウィンドウが表示される。
アイテム:タワシ Lv1
タートルチャルドイのタテガミを
切り揃え丸く整えたひと品
様々なものを洗うのに適している(耐久:20)
「……………」
タワシね。何に使えばいいのかよく分からないけど………。洗い物にでも使うかね。
気を取り直して次々と回していく。
出て来るものはそれ程大したものじゃないけど、それなりにいいと思うものが幾つか出て来た。
ポーション系が7割と、タワシなんかのアイテムが2割、ちょっとした食べ物が残りで後はレアっぽそうなのが幾つか。
さすがに40回連続で回すと身体は疲れてるわけではないけど、気疲れみたいなものを感じる。はぁ。
ゲームを始める前に疲れるのもどうかと思うけど、まぁ面白かったから良しとしよう。うん。
メニューからアイテムをソートして分類してから立ち上がる。
埃は付いてないけど、パンパンと服を叩いて門へと向きなおる。
『“よろしいですか?”』
立ち上がると天の声が聞こえてくる。待たせてしまってスミマセン。つい夢中になちゃう癖があるんです。はい。
「はい。お待たせしました」
『“では、門を開放します。いきなり驚くかも知れませんが、すぐにメッセージが現れますので安心して下さい”』
天の声が不穏な事言った後、巨大な門がギギギィ――――ーッと音を立てて左右に奥へと開いていく。
光が漏れ溢れてくる。
「うおっっ!」
その光景に僕は思わず声を上げてしまう。
『“ワンダラー・ラギカサジアスよ!良き冒険を!!”』
その声に背中を押され、よしと気合を入れて僕は1歩踏み出し門を潜り進む。
光が収まるとそこはプロロアの街でなく、はるか向こう迄草原が広がっていた。
「ほわぁっっ!?」
ピロコリン
[ニューカマーイベント]
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます




