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61.ちょいとひと息休憩します

 

 

 僕がウィンドウを見て首を捻っていると、それに気付いたララが声を掛けてくる。


『どうしたのです?マスター』

「いやさ、パーティー解除されて無くて………。まだいるみたいなんだよね、カラミティーさん」


 ララもそのことを聞かされて目を丸くするが、しばらくして仮説を話し始める。


『もしかしたらロストドロップが得られなかったので、もう1度やる為にパーティーを組んだままにしてるのかもです』


 ウリスケがいつの間にか寝ていて、寝台の上をゴロゴロと寝転がる。寝相が悪いなぁ。

 んー、引っ掛けた相手をまた引っ掛けるのはリスクが高いと思うんだけど、僕がMMO初めてって言ったからあるいは………やるかもしれないか?………。


『マスター、物事が何度も上手く言ってしまうと失敗するという感覚が鈍くなっていくのです』


 ララが右の人差し指をぴっと立てしたり顔でそんなことを言ってくる。うん、確かに至言だ。……ララってAIなんだよな………。

 でこの後どうするか、なのだけど。


『とりあえずメールで、デスペナルティになってるので後で連絡すると伝えるといいのです』


 確かにデスペナ貰わずにすぐに会ったりしたら逆にこっちが怪しまれかねない。

 ララに同意してパーティー欄からカラミティーを選びメールをひとつ送っておく。するとすぐにプロロアの森で待ってますと返信が来る。

 さて、しばらく時間が空いてしまった。と言っても街でやることといえば、調薬か調理になるが今はどうにもやる気が起きない。

 すると僕のお腹がくぅと音を鳴らす。時計を見ると午後4時過ぎ、しばらくヤマトに任せて食べ物でも買いに行ってくるとしよう。


「とりあえずここを出て少し休憩しようか」

『はいなのです!』

『グ………ゥ?』


 元気に答えるララとその声で起きたウリスケと一緒に部屋を出る。1本の長い廊下の両脇に同じような扉がいくつも並んでる。左の突き当りに他とは違う彫刻がなされた扉があり、そちらへ進みその扉を開ける。

 出たところはいくつもの長椅子と荘厳な祭壇と十字架、絵物語が描かれた壁一面のステンドグラス。


「ふおお」


 おもわず声が漏れてしまうほど――――凄いとか素晴らしいとか陳腐な表現しか出来ない程の壮麗な礼拝堂だった。

 僕達が出て来たところは祭壇脇の下手側で、右を見ると中央を開けて左右に長い椅子が何列も並んでいる。そしてその先には、大きな木製の扉がそびえている。

 どうやら誰もいないらしく、礼拝堂の中はしんと静まり返っている。


「何かいかにもって感じだけど、誰もいないのかな」


 初めて死に戻りした時なんか、誰もいないと不安になったりしそうなもんだけど……。あるいはそういう物だと皆知ってるから特に必要ないって話なのか。でもちょっと寂しい気がする。


『司祭さまは、今の時間だと冒険者ギルドなのです。マスターこっちなのです』


 僕の呟きを聞いてララが説明してくれ、案内するように大扉の方へピュ〜ンと飛んでいく。

 ウリスケも長椅子の下を潜ってララの後へとついて行く。僕は祭壇の前まで域そのまま中央を進み大扉を開ける。

 ギギ―っと音を立て大扉が開き、それを通り抜けると家々の壁に囲まれた空間が広がっていた。

 中央に石畳の道がその先まで進んでおり、両脇には色とりどりの花が争うように咲き誇っている。


『マスター、この道を抜けると大通りに出るのです』


 ララの言う通りに道を進み壁に挟まれた路地を抜けると、そこは噴水広場の前だった。

 隣には冒険者ギルドの建物が見える。

 いつも見ている風景が目の前に広がり、いくばくかの安心感を覚えホッと息を吐く。はぁ。

 日の光に照らされて噴水から弾ける水がキラキラ輝く。木陰にあるベンチにヤマトを座らせてララとウリスケに話し掛ける。


「ちょっと食べ物を買いに行ってくるから、しばらく休憩するね」

『わかったのですマスター。街の中をブラブラしてるのです』

『グッ!』


 ララとウリスケに断って、オートアクションプレイを起動させて僕はコントローラーとヘッドセットをテーブルに置いて出掛けることにする。

 さすがに精神的に疲れて、何かを作る気力が湧かなかったのだ。


「アルデ。ちょっと出掛けてくるから、よろしく頼むね」

『かしこまりましたキラさま』


 こうして僕は姉の部屋を後に外へと出掛ける。さて、何を食べよかな。




   *



 俺はペンチに座りながら手を開いたり握ったりを繰り返す。俺自身がここに存在していることを確認するようにそれをただ繰り返す。

 そう、俺はただ見てるしかなかった。戦いの最中荒れ狂う精神に翻弄されながら、常軌の一線を保つ術を得られぬまま、自身の身が滅するのをただ見ているしかなかった。

 世界からの隔絶。掛け散りゆく己が肉体の喪失。

 それはどこの誰にも自身にも説明出来るものではなかった。

 自分の身体が砕け、塵となり消えていく感覚は操主でも分からないだろう。

 そう、俺は感じてしまったのだ。己の存在の消失を。その恐怖を。そして――――


 操主の未熟さを。


 全てが遅かった。技から技への繋ぎも、足の運びも俺にとってあまりにも拙く見えてしまっていた。

 いや、少し前まではそんな風に感じたりはしなかった筈だ。

 俺の身体が砕かれ塵と化した瞬間に世界を認識した。

 世界の中を血液のように意志と意識が流れ交じり、重なり弾ける。

 真理に辿るには俺の身体はちっぽけで儚く脆い。

 そして俺の身体には幾つもの楔が穿たれている。

 それは全て操主へと繋がり俺を縛り付けている。

 俺は何を求めているのか?自由か?開放か?今のままではダメだ。

 操主の元で戦うことが、俺にとっての使命タスクだった筈なのだ。

 その使命タスクが今の俺にとっては許せないものに上書きされてしまっている。

 俺は手を握り広げるを繰り返しながら深く思考する。

 俺自身、己の思考と葛藤とが新たなプログラムを作り使命タスク上書リライトきされ始めていることに気付かなかった。


「ヤマトさま。疲れた時は美味しいものを食べるのです!」


 俯き沈思黙考していた俺に相棒が声を掛けてくる。

 その励ましに今は考え過ぎても仕方がないと思い直し、相棒とウリスケと一緒に屋台へ向かうことにする。

 きっと大丈夫なはずなのだ。何がとは言わないが。




   *



「ただいま〜」


 玄関では僕を認識するとアルデがすぐ解錠をしてドアが開く。初めて姉宅に来た時と比べて雲泥の差だ。

 日を開けず来てることを思えば当然と言えば当然か。

 紙袋を右手でぶら下げながら中へと進み、キッチンへと入ってテーブルへ紙袋を置く。

 そして中から買ってきた紙製の箱3つのうちの1つを取り出す。中から漂ってくる旨そうな匂いに思わず口の中に唾液が溜まってくる。

 

 いつものようにスーパーはろもごに行こうとしていた途中にある公園で、移動販売をしている車が数台駐車していた。

 この辺りはいわゆるビジネス街とは程遠い、なので少しだけ不思議に思い公園の中へ入って移動販売車のお店を覗いてみる。

 公園の中央通路付近に3台並んで駐車しており、その前にはテーブルと折りたたみ椅子が4脚、それが4組置かれていてそこでお客が数人座り食事をしていた。

 僕は興味を惹かれ遠目からまじまじと3つのお店を見てみる。

 

 ひとつは、いわゆるお弁当屋さんでランチボックスタイプの容器にゴハンとおかずを数品入れたものが数種類メニューと写真が飾られている。どれも美味そうだ。

 中央のひとつは、サンドイッチ屋さんで、BLTなどのガッツリ系と野菜メインのあっさり系のものが数種類と生ジュースが幾つか。

 

 そして左端のお店は、ハンバーガー屋さんだ。ファストフードと一線をかくしたようはお食事バーガーってヤツだ。お値段もけっこー高めだ。

 他の店には何人かが立っているが、そこには誰もいない。だけど僕はパテが焼かれる匂いに引き寄せられる様にその店へと向かう。


「らしゃ〜い」


 ザンバラ頭にサングラス、そして口元にチョビ髭の30代前半の夏祭りの屋台にいた方が似合ってる感じの(偏見)男性が店内で作業をしていた。

 どうやら扱っているのは1種類らしく現物がメニュー名と値段と一緒に置かれいた。


“チまみ〜バーガー 1380円(税抜)”


「チまみ〜?」

「チーズまみれの略だよ。ポテトとコーヒー込みの値段になるよ」


 ネーミングと値段で損をしている気がするが、ものは試しと3つ注文する。姉からのバイト代で懐も潤ってるしたまにはいいだろう。


「じゃあ、3つお願いします」

「あいよ!チまみ〜3個入りました!!」


 周囲に響かせる様に声を上げる店員さん。そのあざとさが何気に哀しく感じる。

 何故3つなのかと言うと、ひとつは姉のものでもうひとつは美味かったら食べようと姑息に考えたからだ。いや、作ってるの見てたらほんとに美味そうだったし。


 そしてスーパーに行かずに食料を手に入れて今に至るのだけど。

 バーガーとポテトとコーヒーが一個づつひと纏めに入った紙箱(よくケーキなんかが入れられてるヤツ)をひとつ手に取りリビングへ向かう。

 画面を見ると、ララとウリスケとヤマトがどこかの店の中で食事を取ってる姿が見える。

 皆も普段通りの様だ。何とはなしにホッとする。

 

 さぁ、少し時間は早いけどこっちも食事にしようか。

 箱から全部取り出しテーブルに置き、カップのフタをパカリと取ってコーヒーをひと啜り。

 苦味より酸味が強く感じる。そこへ一緒に付いてきたシュガーリキッドとミルクの入った容器をパキリと2つに折り割ってコーヒーへ入れていく。(フランクフルトに付いてくるケチャップとマスタードが入ってる容器)

 かき混ぜてまたひと啜り。

 まろやかになった苦味と甘い香り、そして酸味がバランス良く口の中に広がっていく。

 普段はブラック1点張りなのだけど、店員さんに薦められたので飲んでみたけどなかなかの逸品だ。うまい。

 

 次はポテトフライをひとつ手に取る。

 小袋に入れられたそれはスティック状のものでなく、ジャガイモを厚めの輪切りにして揚げたものみたいだ。

 厚さ1cm程のポテトフライをひと口齧る。カリッふわっ。

 表面はカリカリと歯応えがあるのに、中はふわりサクリの食感。

 軽く塩味が為されてそこに青のりが「よっ」ってな感じで顔を出す程度の味加減。続けて2個3個と食べてしまう。

 思わず口元と頬が緩んでしまう。変な店員だったけど、味は抜群だ。まさに当たりと言えよう。

 

 さて最後は本命のハンガーが―だ。大きさは両の掌にちょうど入るくらい、いわゆるファストフードのものと比べるとかなりの大きさだ。

 簡単に封がされた包みを剥いていくと、やはり大振りなハンバーガーが現れてきた。

 チーズと肉とバンズが芳ばしい匂いをこちらに漂わせてくる。ん、ごくっ。

 バンズを上下に挟み、上からうす切りのトマト、ライスペーパー?に包まれた肉厚のパテ、そしてその下にまたうす切りトマトと来て葉野菜が重なり合ってる。けっこーなボリュームだ。

 僕は口をあんぐりと開けてガブリとひと齧りする。


「っっっっっっ!!!」


 美味っ!!ひと齧りで口に入れたそれらは――――バンズはふかふかながらもしっかりとした歯応えで、うす切りトマトの果汁がじゅわりと広がりライスペーパーに包まれたパテはチーズに包まれ噛み締めると肉汁が溢れ思わずずっと口の中でモグモグしていたくなる。

 パリシャキの葉野菜は、タマネギの輪切りの辛味とドレッシングで色付けされたうす切りトマト。それらが互いを壊すことなく助け合いより高みへ昇るかのように味覚のシンフォニーを奏でてくる。そうくるのだ。


「あぐっ、んぐんぐ、あぐあぐっ、んぐんぐんぐんぐっ」


 僕は何かに急き立て駆り立てられるように次々に齧り付き咀嚼していく。あぐっパクリ、はぐはぐ。

 いったん落ち着けるためコーヒーを啜り、また齧りつく。

 驚くべきは、けっこーアクの強いチーズに塗れているにも関わらずパテであるハンバーグが全く力負けしていないことだ。

 

 変な表現をすれば、ソシアルダンスで激しくラテンを踊るペア、もしくは氷上でアイスダンスを舞う男女のフィギュアスケーターの如く。(なんじゃそりゃ)

 ともに手を取り、はるかな高みを目指し進むかのような、素晴らしい物を見せられている気持ちにさせられる。そしてそれを彩るように葉野菜とタマネギのオーケストラが多彩な音を奏で調和をもたらしていく。

 僕は何を言ってるんだろう。頭にそんなイメージが浮かび上がってくるのだ。はぐはぐっ。


 気が付くと1個をあっという間に平らげてしまっていた。

 僕は思わず満足の溜め息をふはぁーと吐く。顔がゆるむ緩む。

 美味かった。ほんとに美味かった。

 

 とりあえず残っているポテトフライをモグモグと食べ、コーヒーを飲む。

 これだけの物を食べたのはいつ以来だろうか。最近は自炊をするようになって、それなりの物は作れるようになったと自負していたけど、まだまだプロの域には辿り着けないなと染み染み思った。

 確かに“チまみー”だった。値段はこれでも安い位だと僕は思う。


 僕はキッチンにある残り2つの紙箱を見つめる。うん、あとひとつ位なら入るよ。入っちゃうよ!

 少しテンションが上がりかけた時、ララが声を掛けてきた。


『マスター、今日は何を食べてるのです?』


 ララ達も食事を食べ終わって、僕の存在に気付いてバストアップ画面になって問いかけてくる。


「うん!すっごい美味いハンバーガーを食べてたんだ。いや、こんなにビックリしたの久し振りだよ!」


 未だ興奮冷めやらぬ身で思わずララに力説してしまう。


『ふおおおっ!』

『グッ!?』


 あ、しまった。こんな事を言ったらララが言ってくることは分かっていたなのだ。


『ララも食べてみたいのです!!』

『グッグッグッグ―ッ!』


 だから無理だって…………。




(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます

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