53.キラくんの行動を観察する その11
姉回です
こんな人間いないと思うけど、いないよね?
翌日、ちょっとした打ち合わせの後外食してると、端末がピリリとキラくんが家に来たことを知らせてくる。むむっ。タイミングの悪いこと。でも今日は確か学校で論文書くって朝言ってたんだけど何かあったのかな。
仕方がない。この後の顔合わせ?で今日は終わりにして、さっさとキラくんの観察に向かうことを決めて愛車へ乗り込み目的地のホテルへと車を走らせる。
一流と呼ばれるかなり大きなホテルの地下駐に愛車と停めて1階のラウンジへと足を運ぶ。
約束は1時ちょうどだから20分の余裕がある。喫茶ルームのソファーに座りコーヒーを注文し待ち人が来る前に状況を確認しておこう。
あたしは愛車に乗り込んだ後、HMVRDを起動させミニPCでレリーと連絡を取ってゲーム内にログインしてもらったのだ。
もちろんキラくんの行動を記録してもらうためだ。レリーにミトスを利用したアプリを使って連絡する。
[レリーそっちの様子はどう?][あるじ様、キラ様は買い物をなされています][何か買ってるの?][はい、スキルショップで【調理】スキルを購入しました][プロロアに戻る様子はある?][いえ、ララ様が張り切って何やらやろうとしております][了解、後で行くからそれまでよろしくね][かしこまりました、あるじ様]
ミニPCをしまってしばらく待っていると、約束の時間より10分遅れて高そうなスーツを着たあたしよりちょっと年上位の男性と、腰巾着の様に鞄を抱えた若い男がこちらにやってきた。
人に頼み事をしておいて遅れてくるって、どういう神経してるんだろう。この時点であたしのやる気ゲージはマイナスへ移行する。
「あんたが例のアドバイザーか………。ふうん、へぇ」
男がジロジロ舐める様にあたしの顔と身体を覗き見る。本来ならこんな顔合わせの必要など全く無いのだ。知り合いからの頼みでわざわざ来てやったと言うのに、時間に遅れる上にこの扱いをされてはもう絶対に断る一択しか無い。
「まぁまぁか……。部屋を取ってある。そこで話を聞こうじゃないか」
「はぁ?」
この男は何を言ってるんだ?自己紹介もせず部屋を取ってあるから何?
「判らない女だな。仕事が欲しけりゃ俺と仲良くなれってことだよ。そんな事も分からねぇのか?早くしろ!」
今時こんなアホウな事を言って、やっている人間がいるとはってか何か勘違いをしているようだ。別にあたしは仕事が欲しくてここに来たのではない。世話になってる人が拝み頼むから来たのだ。
こんな扱いを受けてまで仕事を請ける気はさらさら無い。そう結論付けて帰ることにする。
「えー別に仕事も欲しく無いし、頼まれたから来たのでそういう目的であれば帰らせて貰います」
「おい、お前!何を言ってるのか分かってるのか!専務を敵に回して只で済むと思っているのか!仕事など出来なくしてやるぞ!!」
腰巾着の言葉にさも当然と言った様に、うんうん頷いている。こんなのが専務ってあの会社末期的じゃなかろうか………。
「あなた方程度でどうなるとも思いませんが、どうぞ御随意に。では」
そう言って回れ右して喫茶ルームを後にする。あたしの言葉に呆然としながらハッと我に帰ると顔を赤らめて大声で罵倒する男。
「貴様!覚えていろよ!!」
はい、覚えておきます。きっちりしっかり受けた分の憤りは返させていただきます。その前にこんな事を頼んできた奴にきっちりかっちり片を付けさせて貰わなければ。
地下駐に戻り愛車に乗り込み発進。目的地を指定された愛車は安全運転で道路へすべるように進入して流れに乗る。
まずはあの男の事とあの会社不味くない?と端末を使って情報を拡散させてからあたしは「はぁ~」と溜め息をひとつ吐き眉間に皺を寄せ思わず考え込んでしまう。
あたしが会う男ってのは、どうしてあんなんばっかなのだろう。
キラくんがいるので全く出会いが欲しいなどと1毛程も思わないのだが、何故か態度が傲慢かつ蔑むか、やたら馴れ馴れしく近づいてくるか、がやたらと多い。
出会った男共の7割近くがそんな感じだ。はっ、これはキラくんの出会いが素敵過ぎて他がマイナスって、そういう事なのだろうか。
ん?そういや数少ない友人のモトマチ――――今は電算省のキャリア組で課長をやってる―――――が何か言ってたような。んーと、あんたは男共にとっては誘蛾灯みたいなモノだから(顔とかスタイルとか)少しは防壁張って気をつけなって言われたな。
でも整形するのもなんだし(キラくんが嫌がりそう)あたし食べても太らないしねぇー。はぁー坊主にでもなるか?とアホな事を考えてるうちに愛車が目的地に到着する。
バンゲ・トレーディング・オフィス。倉庫を改造した為替、株式、FXなどを取り扱う個人経営のトレーダー集団の巣窟だ。(個人経営の労働組合みたいな?違うか。どっちかって言うと冒険者ギルド?)
閉ざされたシャッターの脇にある出入り口のドアを問答無用でドバンと開け放ち中へと入る。ボディブローの1発も入れてやりだい気分なのだ。
「「「「「すいませんでした――――――――――っ!!」」」」」
そう言って、あたしの目の前に土下座する5人の男女がいた。
くっ。先に手を打って来やがったなこいつ。ってか他の4人まで何で付き合ってるんだろうか。ん~?
「で、バ・ン・ゲ・さ・ん?何があったか分かってるみたいだけど。何であんなものを紹介してくれやがったんですか?」
上目遣いでこちらを見上げている30代後半の男性をねめつける。
「いやっ、優秀な投資アドバイザー紹介してくれってこいつ等に言われてさ。ほら、あの会社には色々便宜はかって貰ってたから、うちからだとササやんしかいないんで頼んだんだよね」
言い訳がましくそんな事をのたまう彼を、目をすぼめて睨んだ後立たせる。
「とりあえず立ってくださいバンゲさん」
あたしの言葉に許されたと思った5人がやれやれと立ち上がった。そこへバンゲさんへボディブローを食らわせる。1歩後退する4人。
「ぐふぉおおぅっっ!!」
お腹を押さえて蹲るバンゲさん。制裁終了。
「うぐぅー。酷いぞササやん」
涙目でそう訴えてくるバンゲさんに、あたしはホテルであったことをカクカクシカジカと説明する。
女子2人はドン引きして「ないわー、それないわー」と呟き、男2人は目を丸くして「え?殴らなかったの?そんな奴」と驚いている。
バンゲさんはまだ涙目で「ササやん丸くなったね~」と言っている。
さすがのあたしもホテルの往来で暴力沙汰は起こさない。たぶん。
「だから写真なんて送れなんていってきたのか。悪かったなササやん」
小鹿のように両脚を震わせながら何とか立ち上がり、手を合わせて頭を下げるバンゲさん。つか写真まで送ったんか。ちゃんと許可取れよ!
「あーもういいですよ。完全に断りましたから、って何であたしが来るの土下座で待ってたんです?」
『ちょっと前にTELがあって、何であんなのを寄越したんだって怒鳴って来てさ。別の人間寄越せって言われて、きっとササやんが何かやったんだと思ったんだけど、向こうがそんな事やるのは予想外と言うか何と言うか………」
何そのあたしがトラブルメーカーみたいな言い方。失敬な。
「誰か、あそこの株持ってる人いる?いたら売った方が良いかも知んない。あたし呟いちゃったから」
「なっ!?」「えっ?」「はぁっ?」「ちょっ!」
4人が慌てて自分のオフィスへ走っていく。バンゲさんも肩を竦めて、「何だ丸くなってねーじゃん」と言って自分のオフィスへ戻って行った。
あたしもこの世界に入ってけっこー経ってるので、ある程度この世界でネームバリューを持っている。そのあたしがある事ある事ネットに流したので、その効果は推して知るべしだ。
少しだけ気を取り直し、あたしも自分のオフィスへと向かう。この倉庫には個人が利用出来るように12畳ほどの大きさのプレハブボックスが12基設置されている。
それぞれがトレ-ダーとして個人で運営し、オフィスをバンゲさんから借りているという訳だ。
生き馬の目を抜く世界でも隣に誰かがいるというのはありがたいらしい。たまに迷惑を被るけれど。
電子ロックを解除してオフィスの中へと入る。『おはようございますサキさま』とオフィスAIが挨拶して来る。
部屋のPCのモニターは随時現在のトピックスやデータを表示しており、他のモニターにはその手の掲示板やCS番組、ネット配信中継等を垂れ流している。
あたしは社長椅子にドカリと座りHDVRDをかぶりライドシフトする。もー時間食っちゃった。
ログインするとマルオー村の噴水広場にある木の幹へと転移する。
背中の翼を広げ空中に漂うと、近くにいたレリーとメギエスが気付いてあたしの方へやって来る。
「お待ちしておりました。あるじ様」
「ちょっと少しばかり立て込んじゃった。ありがとうレリー、メギエス」
「おそれいります」
「ガゥ〜」
広場を眺めてみるとキラくんがベンチの前に座って何やらしている。何ともかぐわしいい匂いがこちらへと漂ってくる。あふぅ、肉が焼ける匂いがっ!
これは焼きブタ!その匂いに思わず口が緩んでくる。
レリーはあたしの姿に動じることもなく、今迄の事を報告してくれる。
「キラ様はログインされてからララ様に連れられて、スキルショップでスキルを購入されてから道具屋へ行き、調理道具を購入して現在に至ります」
ふんふん、ララちゃんの希望で【調理】スキルを買って、調理道具を買って今現在お料理の真っ最中ってことなんだね。了解。
ここからじゃ良く見えない。なので少し近くで様子をうかがうことにする。
じゅーっ、じゅーっと肉の焼ける音と匂いがさらにあたしの食欲を刺激してくる。しかし、今のあたしはただ見てるしか無いっ!
ぐはうっ!!
ここ最近、生殺し率がやたらと高過ぎる。変な奴に枕営業強要されるとか、今日は散々だ。
バンバンと悔しさのあまり駄々をこねるように手を叩いていると、「ガゥ?」とメギエスが心配そうに鳴いてくる。
はっ、いかん。つい我を忘れてしまった。
「ごめんメギエス。痛かったわよね」
「グアッ」
メギエスがいいよーって感じで返事してくる。……なんかメギエスも感情豊かになっている。接するあたしもおかしいとは思うが、この子にもAIプログラム組み込んだからその影響も出てるのだろうか。うんうん、愛い奴だ。
「ふふっ。ふふふっ」
あたしが1人漫才をやってると、後ろで女の子座りしていたレリーが身体を震わせて笑っている。ありゃん、こりゃ恥ずかしいところを見せちゃったわね。今日のあたしは情緒不安定の様だ。
気を取り直しキラくん達の方を見直す。するとキラくん達の前に4人の女の子達が、お皿を持って焼かれている肉を物欲しそうに見つめている。いつの間に。
4人ともおんなじ顔をしている。あんなNPCいただろうか。ん〜碌にチェックして無かったから覚えてない。
「あるじ様。こちらを」
さっきまで笑っていたレリーがウィンドウを出してこちらに見せてくれる。
うちのサポートAIちゃんが優秀すぎ。
ウィンドウを操作すると、そこにはマルオー村に配置されているNPCの一覧が表示されている。
マルオー村の住人は50人程でズララ〜とスクロールさせてるとプロフとフェイスショットが流れていく。あった。同じ顔が5人、上から下に並んでいる。
あーこの娘達ね。ウー、ス―、サァン、リャン、イーの5つ子姉妹。キャラデータを複数流用して配置するのは良くあることだし、色違いの同じやつとか当たり前にある。
しっかし、このマルオー村のキャラかぶりは少し多い気がする。50人中半分以上の30人が双子や3つ子になってる。
ん―サポート要員を数人付けたと思ってたんだけど、けっこー追い込んじゃったんだろうか。だとしたら申し訳ないなー。
でもキャラプロフを見ているとその考えは違うと分かった。NPC1人1人のデータがやたらと詳細に記載してある。外見をスポイルした代わりに中身を充実させている。
それが全部で50人。アホか、凝り過ぎにも程がある。
そのお陰か村人が村だけで自給自足の生活をしてるっぽい。PCが通過するだけの村にこんな裏設定などを作っているとは甚だ驚きである。
4人の姿に気づいたキラくんが、彼女達に焼き肉をご馳走しだす。
くふぅううっ、何と羨ましぃ〜っ。
5人姉妹のその様子は普段何も食べてない欠食児童のように、ガツガツガフガフ肉を食いまくっている。キラくん、ララちゃんそしてクリスちゃんまでもが何気に引いてるっぽい。
しかし、ララちゃんのサポートがあるとは言え、VRならともかくモニターヴューでこれだけ失敗せずに料理を作れるのも珍しい。リアルスキルが高いとゲームでも出来るのだろうか。いや、ンな訳無いか。
案外レイちゃん辺りも、そこら辺補正してるとか………、いやないよね。
持っていた肉のストックが尽きた様で、4人が手を合わせてごちそうさまと言ってる。どの顔も満足そうに笑みを浮かべている。
うーっ!お肉ぅー。よし、今度リアルでキラくんにお肉焼いて貰おう。
生姜焼きとかポークピカタ、あと唐揚げとかチキンソテーも捨て難い。じゅる。頭の中のスケジュール帳にしっかりメモっておく。
ララちゃんの問いに4人のウチ2人がそれぞれ自己紹介をする。武器防具屋の娘に冒険者ギルドの娘みたいだ。
ポニテの娘が手をパンと打ち、キラくん達を武器防具屋へと案内していく。もちろんあたし達もついて行く。
武器防具屋の中はそれほど広くもないが、それなりに商品は充実している。プレイヤーは通過するばかりであまり立ち寄ったりしないみたいだ。
キラくん達は武器や防具を見て回り斧と服を購入する。その時おまけでナイフを貰ったり、冒険者ギルドで依頼を請けて貰えないかと頼まれる。
はぁ?今迄1件もクエスト請けられてないってどういうこと?
ちょいとウィンドウを出して調べてみると、何とまぁ村にあるお店の5軒あるうちの3軒がひと桁台で、宿屋と冒険者ギルドに至っては0件の利用数………。2年以上過ぎててこの数はないんじゃなかろうか。
プレイヤーはともかく運営の方で何か情報なり何なり流せなかったのかと甚だ疑問になる。
でもあるんだよねぇ〜、何でかけっこ―根詰めて作っていいの作ったぜ!と思ってもプレイヤースルーされたりしちゃうものって。
あれ地味に凹むよねぇ。
そんな彼女の頼みにキラくんは快く了承している。人がいいよねキラくん。
さて、今度は冒険者ギルドか。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




