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38.とあるプレイヤー達のファンクラブ

遅れました

クラウン=ギルド、クランと思ってくれれば

ブクマありがとうございます

 

 

 リクライニングチェアに横になり、HMVRDをかぶりVRルームへライドシフト。そこからゲームを選んでログインする。

 そこは現実の世界とはまったく違った別の世界。中世ヨーロッパ風の石で出来た建物とそれを囲む城壁は、いつ見てもそのリアルな質感は俺に感嘆の息を吐かせる。


「今日は何をやるかな………」


 メニューを開いてフレがログインしてるか確認するが、名前が灰色表示なのを見て誰も入っていないことを知り溜め息を吐く。


「とりあえず飯でも食って満腹度を上げとくか………」


 このゲームの味覚野エンジンはかなりいい仕事をしているようで、現実の料理と比べても何の遜色もないほど味がいい。

 満腹度は0になるとHPがじりじりと減っていくので、ある程度は満たしていないと困ることになるのだ。俺は行きつけのPCがやっている食堂へと向かう。

 この【アトラティース・ワンダラー】を始めて3年近くが経とうとしている。今いるのは円門2を通過した、いわゆる第3サークルエリア、そう最前線と言っていいところだ。


 βテストには選ばれなかったが、何とか運用開始前にはソフト一体型HMVRDを手に入れその世界に浸り過ぎてオバに叱られたこともあった。何とか説得と交渉をして事なきを得たが、今ではオバがすっかりこのゲームに嵌まってしまっていた。

 ただ最近は大学受験を控えていることもあり、プレイ時間はそれなりにして補講や予備校に行ったりしている。


 そのせいか、長めのクエストやダンジョンに入ることも出来ない状態になっていて、夢中とか嵌るという気にならなくなっていった。

 そう、中だるみというかエアポケットに入り込んだというか、ゲームをやってると(とくにRPG)そんな時間がままある。このままエタったりとか。それはモニターヴューでもVRでも同じなんだと今は思っている。他のVRゲームでもキャラゲーとかシュミレーションとかを発売してるし結構売れてるみたいだが、このゲーム程の鮮明さや解像度とシステムとかにはまだ程遠いと俺は感じてる。それにHMVRDと一体型ソフトというのはなかなか止めるに止められない。なので日々をただ惰性でゲームをやっているのが今の俺である。

 食堂に入り店主のPCに声を掛ける。


「ちわ―――っ。おススメ定食ひとつ」


 俺が声を掛けるとドワーフのおっさんが「あいよ」と渋い声で答えてくれる。

 席に着きしばらく待っているとおっさんがドンブリとパンを持ってやってきた。


「おまち」


 テーブルにドンブリとパンがいくつか入ったバスケットがコトリと置かれる。

 ドンブリの中には茶色いスープと大きめの肉と野菜がゴロゴロ入っていて、旨そうな匂いに鼻をヒクヒクさせる。さっそくスープを飲みパンを口にする。おっさんがカウンターに戻らずに俺の向かいに座る。


「元気ないぞ、………飽きたか?」


 図星の隣辺りを指され、思わず食べる手を止めてしまう。


「いや、何と言うか倦怠期?みたいな?」


 俺が言葉を選びながら話すと、おっさんは「ああ」と言って納得の顔を見せる。


「長いことこの手のゲームをやってると誰でもあることだ。たまに違う目線でプレイするのもいいんじゃねぇか?」

「違う目線ねぇ~。たとえば?」


 そう問いかけるとおっさんはニヤリと笑って答える。


「そうさなぁー、戦闘バカのお前さんなら生産系のスキルを採ってみるのはどうだ?【調理】スキルとかをよ」


 くっくっくっくっと笑ってそんな事を言うおっさん。リアルでもカップラーメンを作れるだけの俺に料理をすることなど無謀もいいところだ。いや、もしかしたら………、やっぱ無理だな。


「まぁ、【調理】は冗談だが、【木工】や【鍛冶】とかはいけるんじゃねぇのか?」


 なるほど、そっち方面なら俺でも出来るか………。けど食指がそんなに伸びないし、そんな気にもならないな。とりあえず保留としとこうか。


「その内グライベとかあるかもしれないから、それまではだらだらしてるよ」


 スープとパンを食べ終えて、ひらひら手を振りおっさんに答える。辞めたりはしないよと、勿体無いしな。


「そうか、馴染みがいなくなるのも寂しいからな」


 かっかっかっと笑いながら席を立ちカウンターへと戻っていく。


「………………」


 こんな風に気遣ってくれるPCひともいるから辞めらんないよなと心から思う。リアルとヴァーチャル、どっちが本物と言えるのかなんてふっと考えてしまう。

 木のコップを手に取り水を飲み一息つく。


 ま、ダラダラついでに掲板でも見てみるか。今のところ客も俺1人だし少しぐらい居座っててもおっさんも文句は言わないだろう。

 ウィンドウを出して、ゲーム内掲示板を呼び出す。


 そしてこれがこれからの俺を運命付けることになる。


 いくつかのスレを流し見てると【はけ―――――ん!!美人な受付嬢】のスレを見かける。

 へぇー、美人な受付嬢か………。ギルドの受付嬢何だろうか。何となく気になってそのスレを見てみることにする。

 500程の書き込みのある、それ程加速もしてないスレだった。ズラズラ流して読んでいると画像が添付してあったのでそれを拡大してみる。


 心臓がドクンと跳ねる。


 俺はその画像に釘付けになってしまった。

 そこに映っている女性は茶色の髪を三つ編みでまとめ右肩から前に垂らしていた。年齢は20才前後、女子大生か教育実習に来たての学生のようで、眼鏡をかけた少しタレ目がちの藍色の瞳。


「うおおおおおっっっっ!!」


 隠し撮りらしいその画像を見て思わず俺は声を上げてしまう。


「な、何だ!どうした!?」


 カウンターにいたおっさんが驚いて俺に問いかける。その声に自分の行為に気づき顔を赤らめながらおっさんに大丈夫だと答える。


「い、いや、ちょっとだけビックリしただけだから」

「ん、何に驚いたんだ?」

「い、いや、えっと、コフェ頼むよ。コフェ」


 誤魔化すように答え、ついでに飲み物を注文する。おっさんは俺の様子に訝しみながらも注文を受けてくれる。

 あらためてスレを見直す。まだ胸がドキドキしている。VRデバイスの調子がおかしいのか?メモリーメンテもアウターメンテもこないだやったばっかだから大丈夫のはずだ。

 ならこのドキドキは何なんだ?


 動揺を抑えながら画像をスクロールしていく。

 名前はキリー………さん。プロロアの冒険者ギルドの受付嬢だとか。ただ俺には彼女とあったという記憶がとんと無かった。

 オープン時には、時計台広場で冒険者ギルドの登録をした覚えがあるが、クエストを請けに行った時こんな人がいただろうか………。きっと最近になって受付になったんじゃなかろうか。そうに違いない。


 ちなみにオープン当初は混雑を避ける為、受付を別に用意して並列処理をしていたらしい。

 俺は全く知らなかったが。

 俺が書き込みを流し読みしていくと、後ろの方にまた画像が添付されていたので、またそれを拡大する。


「おおおおおおおおおぅぅぅぅぅっっっっ!!」

「うをっ!!なんだ?どうしたっ!?」


 俺の叫びに飲み物を持って来たおっさんがまた驚く。


「いやいやっ!この娘可愛くねっ!ほらっ!」


 何枚も添付された画像をおっさんに見せる。

 受付にいた時は白のブラウスに赤茶のベスト、グレーのタイトスカートに黒ストという姿なのだが、その姿は白ブラウスに蝶ネクタイ、黒のフリルスカートの上に水色のエプロンを身につけたウェイトレス姿だった。そして俺の眼に白ストの絶対領域が深く焼き付く。


「おーっ、たしかにかわいいな。お前はこういうのが趣味なのか?」


 飲み物を俺の前に置いてニマニマおっさんが聞いてくる。


「えっ!?い、いや、うん。そうかも………」


 おっさんの問いに、少し落ち着いて俺は返事をする。


「何なら会いに行ってみたらどうだ?どうせやることもないんだろう?」


 会いに行く?俺が!?また胸がドキドキしてくる。……そっか、画像が彼女の全てを写しだしてる訳ではないだろう。

 実物の彼女を見るのも悪くない。いや、見てみたい。

 俺はコフェを一気に飲み干してプロロアへ向かうことに決めた。


「おっさん!俺行ってくるわ!!」

「おう、頑張れぇ〜」


 代金を払って食堂を出て、転移ゲートへと向かう。

 このゲームはエリアボスを倒すことによって円門を通過でき、次のエリアへ進んでいける訳なんだが、現在は第3サークルエリアまでが開放されており、第2サークルエリアには街が6つ、第3サークルエリアには8つ存在している。

 そのうちの一つであるヘーレイリラの街の転移ゲート(全長5メートル程の凱旋門みたいなもの)から円門1手前のマルオー村へ転移する。

 そこからは東街道を西へプロロアまで徒歩で向かう。ってか走ってる。


 ウホホホホホホホホ―――――――――ッまっててください!キリィ―さぁ――――ん!!

 時折出てくるモンスター走りながら瞬殺して、やっとプロロアへと辿り着く。ちょっとハイになってたようだ。満腹度が結構ヤバイ事になってる。

 門をくぐり大通りを西へ向かうと、立ち並ぶ屋台から肉の焼ける香しい匂いが漂ってくる。串焼肉を売ってる屋台のようだ。

 俺は迷わずその屋台へと飛び込み、串焼肉を何本か注文する。


「っらっしゃーい!はい、5本ねぇ、ちょっとまっててねぇ〜」


 ジュッワーと焼けている串焼肉を器用に返しながら女性店員が明るい声で注文を受ける。?あれ、なんか妙に受け答えが滑らかというか、すんなりという、PCがやってる店なのかと店員を見てみれば、頭の上に黄色のマーカーが付いている。彼女をついまじまじと見ていると。


「何だいあんちゃん。あたいの顔になにかついてるかい?」


 焦ったように顔を撫でる店員に、俺は心にもないことを言って誤魔化す。


「あ、いや、つい美人さんなんで見惚れちゃった。悪いな」


 ここでは簡単に言えるのにリアルでは口にすることも覚束ない。ええ、ヘタレと言ってくれていい。


「え―――っ、そんなこと言われちゃ仕方ないねっ!1本おまけだよっ」


 葉器はうつわに盛られた6本の串焼肉を受け取り、歩きながらそれを齧る。!うまい。塊肉でなく薄く削いだ肉を何枚か丸めて固めている肉は、口の中に肉汁が溢れ旨味が広がり出す。それが1本の串に3個刺さっている。それを貪るように6本食べると、気合いを入れ冒険者ギルドに向かう。


 スゥイングドアをくぐるといつもと同じ光景が俺の眼の前に広がる。

 冒険者ギルドの内装はどの街に行っても同じようなものだ。少しはそれぞれ特徴をつければいいのにと思うが何故か似たようなレイアウトである。


 受付を見てみるが、彼女はおらずPC職員が作業をしている。依頼を受ける訳でもないので喫茶スペースへ足を進めると、そこには知った顔が笑顔を向けて右手を軽く上げていた。


「やぁ」

「なんでお前がここにいるんだ?ジーカ」


 足早に彼女の方へ歩き、向かいの席へと座る。

 彼女はジーカといい、トップクラウン【マップペイント】のサブマスターをやっているエルフの魔法使いだ。何でそんな人間がこんなところにいるのか。今頃円門3の攻略にマップを歩きまわっていると思っていたのだが………。


「君こそキョロキョロと誰か人探しか何かかい?レオギル」


 ニマニマとおっさんのようにこちらを見ながら見透かすように笑みを浮かべる。やっべっ、もしかして俺の目的がバレてれるっぽい?ん、もしかしてこいつも掲板を見た口なのかもしれない。

 確かホーンドに聞いたことがある。こいつジーカは女の子大好き人間だとか。あいつの言うことはあんま信用ならんけど、もしかするとほんとなのかもしれない。


「いや、ポーションとか色々仕入れに………」


 前もって用意していた言い訳をしようとした時、“彼女”が現れた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。どのようなご用件でしょうか」


 透き通るようなソプラノボイスが俺の心を鷲掴みにする。声の方向へ顔を向けるとそこに“彼女”がいた。

 画像と同じ姿、いやそれ以上の輝きをまとって俺も眼を捉えて離さなかった。


「くすす。どうやら君もキリー嬢が目当てのようだね」


 思わず声を上げそうになった寸前ジーカがそう言って笑う。何とか声を押し留めドカリと椅子に座る。(思わず立ってしまっていた)そして憮然とジーカに吐き捨てるように言い返す。


「悪いかっ」

「いやいや、悪くなど無いさ。いわば私達は同じ想いを持つもの同士というものだろう?」


 眼を三日月のように細くし笑みを浮かべる彼女に、ホーンドが本当のことを言ってたと確信する。(あとで謝ろう)


「それにほら、他にも御同輩が来たみたいだよ」


 チラチラとキリーさんを見ながらもジーカの言葉に入り口からやってきたPCを見て口をあんぐり開けてしまう。

 なんで最前線にいるはずの奴等がここにいるんだよっ!!


 【アウトライブ】の鋭剣ヴォリオン、【ブレイクエイジ】の大弓使いのオルソゥ、【魔人同盟】のハヴァネロと【ファルコンエンブレム】のヒロシ&キーヴォと、このゲームでトッププレイヤーと言われるそうそうたる面々である。

 何でこいつらが!っと思ったが5人の鼻の下が伸びてる顔を見て納得する。本当に御同輩だ。

 俺達に気付いた5人が、こっちにやって来てもうひとつのテーブルにそれぞれ席につく。


「久しいなレオギル。どうしたんだこんなところで」


 以前グライベでユニオンを組んだ虎獣人のヴォリオンが声を掛けてくる。座っているのにやたらとデカイ。溜め息を吐きつつ俺はそれに答える。


「お前たちと一緒だよ」


 その答えに5人が一斉にピクリと反応をする。

 すかさずチャット申請のウィンドウが俺達6人の前に現れる。ジーカの仕業だ。赤みがかった銀髪のエルフ娘がニヤリと笑う。

 すぐさま6人が申請を許可するとジーカが話し始める。


ジーカ:キリー嬢に聞かれても困るのでね。さて、共通の目的の為にこの街に来た皆にわたしから提案があるのだがどうだろうか。


オルソゥ:共通の目的?何の事だ!?


ジーカ:もちろん、我らがキリー嬢を遠くから愛でる為の提案だよ。


ヴァリオン:どういう意味だ。


ジーカ:ようは彼女の迷惑にならないように、お互いで協定を結ばないかということさ。


ハヴァネロ:………なるほど。


レオギル:それは勝手に抜け駆けすんなってことか?


ヒロシ:おいらはキリーたんを見てるだけでい〜んだけど〜。


キーヴォ:うん、そだねぇ。


ヴァリオン:つーかそんな勇気は持ち合わせてねーよ。


ジーカ:君らがそうだとしても、あのスレを見た他のPCがそうとは限らないだろう?


レオギル:!

ヴォリオン:!

オルソゥ:!

ヒロシ:!

キ―ヴォ:!

ハヴァネロ:!


レオギル:俺達が防波堤になるってことか?


ジーカ:そう!私達で“キリー嬢を愛でる会”を皆で創らないかという提案なんだが、どうだい?


ハヴァネロ:親衛隊?


オルソゥ:………金の臭い…。


キーヴォ:愛好会ぃ〜?


ヒロシ:秘密倶楽部ぅ〜?


レオギル:いや、ファンクラブじゃね?


ジーカ:そうだね。で、どうだろうみんな。


 そんなジーカの言葉に皆首を縦に振り、嬢、様、たん、と紆余曲折あったが“キリーさんファンクラブ”がトッププレイヤーの間で成立した瞬間であった。


 いまはへーレイリラの街へ戻るために東街道を東へ猛烈な勢いで走り続けている。

 キリーさんに頼まれたへーレイリラの冒険者ギルドのキリーさんの友人に手紙を渡すためである。他の奴等もプロロアから彼女に頼まれて別の街へ向かっているだろう。


 あのあと7人で話し合い、ジーカが副会長、オルソゥが運営全般、そして俺が何故か会長に任命されてしまった。

 ジーカがキリーさんに頼んで撮ったスクショを俺に優先的に回してくれるというので、一も二もなく了承した。

 俺自身はずっとキリーさんを見ていたかったのだが、さすがに3時間以上もテーブルを占領しているわけにもいかず、クエストを請けるために依頼書を見ようとすると、真っ赤なウリ坊のような従魔を連れたいかにもゲーム始めという格好をしたちぐはぐなPCを見て声を掛ける。


 無表情ながらもこちらの言葉に丁寧に返すのを見ると好感が持てた。新人が入ってこないとゲームも終わるおそれもあるので頑張って欲しいところだ。

 それでクエストを請けキリーさんと少しだけ語り合い(そう!クエストを請ければ会話が出来たのだ!!)モンスターを狩って戻った時に、手を握られて頼まれたのだ。


『私の知人に手紙を届けて貰えないでしょうか?もちろん個人のお願いですので、幾ばくかはお渡ししたいのですけど』


 手を握られた瞬間、か――――――っとなってお願いをされた時には二つ返事で引き受けた。もちろんお礼は辞退した。


「キリーさん!俺はやるよ。うほほほほほほぉ―――――――っ」


 俺は奇声を上げながら全速力で街道を走り続けた。

 

 後にファンクラブは1000人を越える大きなものになるのだが、この時の俺はまだ何も知らない。




(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます

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