217.騒々しいクライアント
遅くなってすみません <(_ _)>
「このような時間に、どちら様でしょうか?」
僕は鳴り続くチャイムに慌てて(誰か分かっているけど)どちら様ですか?とドア越しに訊ねる。
ピポッ!
ふぅ、止まった。いくらアパートから離れているとはいっても、深夜と言っていい時間にあれはちょっと不味いものがある。
『ああ!私だ』
『おう!あたしだ』
いや、誰よ。分かっててやってるのか、それともこれが素なのか判断に迷うところだ。
ホロウィンドウに映し出された2人の人物は、まさしく学長さんとフドウセンセーであった。
「………センセー、こんな時間にどうしたんです?」
作業に夢中になっていたせいで時間を気にせずいたけど、もう深夜0時になろうというところだ。
とは言え外でこれだけ騒がれるのもご近所迷惑なので、さっさとドアを開けて2人に入ってもらう事にする。
「よ!ササザキ、お邪魔するぞ」
「夜分遅くにすまない!だが、居ても立ってもいられなかったのだ!ジュリアーノ完全体に会えるのが待ちきれなくてなっ!」
おぅふ、2人とも元気だぁ………。センセーは相変わらずだし、学長さんも言ってる事は常識的なんだけど、行動が伴ってないって感じだ。
あ、そう言えば。
「ところでよく分かりましたね、機体が完成したのってついさっきなんですけど?」
よく考えてみたら、誰かが知らせない限り分かる筈もないのだ。で、消去法により自ずと答えが出て来るというものだ。
「おう、ララさんが連絡してくれたんだぜ」
「ああ、ララさんがさっそく一報をくれてな」
あ〜うん………だよねぇ。
ホロウィンドウの投影されたララを見ると、申し訳なさげに頭を下げていた。
『ごめんなさいなのです、マスター。まさかこんなに早く来られるとは思ってもみなかったのです』
「うん、大丈夫だよ。気にしてないから」
ララと小声でそんなやり取りをして2人を見やると、ウサロボを前になんでか打ち震えていた。
「ふぅおお………ジュリィ」
「ほっほぉー、すげー凝ってんな。こりゃあ」
はぁやれやれ。こうなったらAI搭載までやるしかなさそうだ。
本来ならAI搭載は、明日に回そうと思っていたんだけど、注文主がこんな状態じゃ、このまま帰すって訳にもいかないだろう。
僕が溜め息を抑えながらこれからの作業について頭の中で組んでいると、再びチャイムがピンポーンと鳴り響く。
『マスター………』
「あー、いーよいーよ」
多分ササミさん辺りなんだろう。
「どちら様ですか?」
ホロウィンドウに映る姿で誰か分かっているけど、とりあえず様式美として誰何する。
『やぁ!ササくん。連絡をもらって早速来たよ。さぁさぁ入れてくれ』
深夜にもかかわらずササミさんのその目は爛々と光り輝き、今か今かと待ち構える態勢となっている。
………そこまでのもんかなぁ。
もちろん僕が作ったものを、待ち焦がれるような思いでいて貰えるってのは有り難いし嬉しくもある。
けど、少しばかりアクションがオーバー過ぎる気がしないでもないのだ。
逆にこれだけ期待させといて、肩透かしを食らった―ガッカリだぁ〜と言われるおそれもあるのだ。ひぃいい………。
まぁそこんとこは当たって砕けろの精神でいいかな。砕けませんように〜………。(それにAI部分ははともかく、機体に関して言えば返品補修有りなのだ。今回は最初って事で)
「お〜〜、いい機材使ってんじゃん」
「ほほぅ、ここがこうなって、ふむぅふむぅ!」
センセーと学長さんが後ろで何やらやってる。あんまりいじくんないで欲しいんですけど………はぁ。
とりあえずササミさんを中に入れて、それからかな。
ロックを解除してドアを開けてササミさんを招き入れる。
「やぁやぁ、待ってたよ!私の大佐はどこだい?」
スタスタと中に入りササミさんがウサロボの置いてある所へさっそく向かって行く。
テンション高いなぁ〜と半ば呆れていると、後ろから声がかけられる。
「あの、夜分恐れ入ります。お手伝いロボットさんが出来たと伺いまして、サキさ、オーナーに至急受領に向かってと指示されまして来させていただきました」
………へ、誰?どちらさん!?
パッと見、なんとも地味(失礼!)な若い女性が、こちらを窺がい見るように話をして来た。
年のころは20才前後で、緩めの三つ編みの少しだけぽっちゃりの娘さんだ。
『マスタ―、この方がアヤメさまなのです。サキさまに連絡したのですが、どうやらアヤメさまに受け取るように指示されたみたいなのです』
ララが小声で彼女の身元を説明してくる。あーそういやサキとか言ってたか。
「あーえー………。初めまして、ササザキ サキの弟のキラです。姉がお世話になっております」
とりあえず本人ががいないので、一般的な挨拶をしておく事にする。(いたら殴られる)
「い、いいえ!いつもいつもお世話になってるのはわたしの方で、はい、本当に、あっ、すいません。わたしサキサカ アヤメって言います」
ペコペコと繰り返し頭を下げて挨拶をしてるアヤメさんに何と答えようと考えてると、後ろからまた声が聞こえる。
「ふぉおっっ!大佐だよ!ウルフレンド大佐だよっ!」
「あえっ!?あっ、ディジーさん。あっ、ちょっと失礼しますっ!」
自己紹介のさなかササミさんの興奮した声が聞こえると、サキサカさんはそちらに視線をやると挨拶もそこそこにスタタタタと移動してしまう。
「はぅううっ!ディジーさん!めっちゃ、かわいいっ!!」
「あっ!ササさん。例のヤツある?」
「もちろんだよ、フっちゃん」
「ぬふふふぅ………なんと愛らしく凛々しい。………ジュリアーノっ!」
4人がひとしきりウサロボを愛でてると、やがてクルっと振り返り僕へと視線を向けて全員が言ってくる。
「何故動かないんだい?
なぁ、動かんの?ササザキぃ
あのあの、本当に出来てるんですか?
ササくん、大佐が動かないよ? 」
同時に言われても聞き取れないし。
まぁ、そりゃあねぇ。
いま現在は仏作って魂入れずって状態だから、そう言われるのはしょーがない。
『ごめんなさいなのですマスター………』
それにララが申し訳なさげに小声で謝って来る。
「気にしない気にしない。案外こっちが正解かもだよ」
僕のその言葉がまさに的を射てる事など、この時点では知る由もなかった。(当たり前だけど)
「「最初はグー」」
「じゃんけんぼっ!
じっけったっ! 」
「あいこでぽっ!
あいこったっ!」
「あいこでぽっ!
あいこったっ!」
現在学長さんとセンセーが、どっちが先にAI搭載させるのかで勝負している。
ササミさんは最後でいいと辞退し、アヤメさんもどうぞどうぞと譲った末の勝負って訳だ。
僕は全員に問われたAIについての事を簡単に説明し、今から同時に搭載すると言ったら異議を申し渡されてしまった。
なんでも2人お互いの出会いの瞬間を大切にしたいのだという、学長さんの主張に他の3人が得心したように頷いたからだった。
まぁ注文主希望であれば別にそれで構わないのだけど、そこで2人が順番で揉めたって訳だ。
「あいこでぽっ!たまには私に譲るがいいっ!」
「あいこったっ!そいつはこっちの台詞だってーのっ!」
この後、あいこが数十回に及んだこともあり、僕は急遽勝負を一旦止める。
「ストップです。お2人とも」
「「なんだっ!!邪魔するなっ!」」
「ひぃいいっっ!」
僕が手を2人の前に差し出して止めると、ギヌロって感じで声を揃えて睨みつけて来た。
それにアヤメさんが反応して声を上げる。僕はまぁ、慣れてるんで気にもならない。
「はいはい。今のままじゃ決着がつきそうにないんで、別の勝負でお願いします。はい、これ引いて下さい」
「っ?何なんだ、このペン」
「ふむ、赤と青かい?これを引くのかな?」
センセーが訝しげに聞き返し、学長さんはさすがに大人らしく僕の意図を察して聞いてくる。
「はい。下にシリアルナンバーが入ってるんで、数字の少ない方を先にします。ちなみに早いもの勝ちですから」
「「こっち!」」
と僕のあ思惑とは反対に、互いに別のペンを指し示す2人。
そして互いにペンを引いてナンバーを確認してもらう。
「ちっ………」
「はっはっはー!私が先だな。アキラ、悪いがジュリィとの初めての逢瀬はいくら君でも譲れないのだよ」
ペンのナンバーを見比べ学長さんが小躍りしてセンセーへと言い捨てる。
センセーは眉を顰めて本当に悔しそうな顔をしている。
いや、本当にそこまでのモノじゃないと思うんですけど!
「さぁ!さっそく頼むよっ!」
「はい、了解です」
テンションアゲアゲMAXの学長さんを横目に、僕は執事服のウサロボを手に取り準備を始める。
この手の愛玩ロボの頭脳に関して言えば、現在大体2つのパターンが主流になっている。
すなわちネットに保存されてるプログラムから遠隔操作のごとくロボを動かすものと、ロボ内に直接ストレージする独立稼働のものと。
どちらにも一長一短あるので、どちらが1番というものではない。(と思う)
どっちかと言うと制作者の志向とか、注文主の意向といったものがウェイトを占めると思う。
はい。趣味です。
僕的にはやっぱ遠隔操作システムってのは、上から目線と言うか操り人形的な感じがなんか違うんじゃね?って気がしてならないのだ。
このあたりの事について注文主の皆には、了承を得ているので好きにやらせて貰っていたりする。(ありがたい事だ)
「ララ、お願い」
『了解なのです。ジュリアーノさまよろしくなのです』
『……………』
僕がララに頼むとホロウィンドウが起ち上がり、ジュリアーノと通信を交わし始める。
「ゼロイチ起動」
起動コードを告げると、円らな瞳がピカリと明るく光り明滅を繰り返す。そして微かにに両手足を動かす。
そのまま作業台に置くと、ウサロボは身じろぎすることなく直立する。
『では、移行作業を始めるのです』
『…………』
ララの作業開始とともに、ウサロボの前にホロウィンドウが現れてプログラムの転送が始まる。
さほど(3分位)時間がかかる事もなく転送が終了してホロウィンドウに“COMPLET”の文字が表示され消える。
そして赤く光る瞳が瞬きのように点滅を繰り返した後、ウサロボが首をめぐらし学長を眼前に捉えると何とも優雅な会釈をした。
『お待たせしました。我が主人よ』
まるで高貴な女性に仕える従者のように、その執事服のウサロボは動きを表した。(あくまで僕のイメージってことで)
「っ!っ!っ!うむっ!これよりよろしく頼む、ジュリアーノ!」
『はっ!このジュリアーノ・グラナ・ヴリリアント。粉骨砕身これよりマイ‐ミスティアへ御仕えいたします』
………うわぁあ……なんか中〇病全開なんですけどぉ。
いや、どっちかと言えば、騎士物語の方がしっくりくるか?
どの道僕が突っ込むとこじゃない。はい、ないんです!
「おらっ!おめーは終わったんだから、そっちでイチャつけや」
「むっ!………そうだな。ジュリィ、しばし動きの不具合がないかそっちで確かめようか」
『Well、マイ‐ミスディア』
そうして学長さんとジュリアーノは、その場からセンセーへと場所を譲る。
黒メイドウサを手に取ると、さっき迄は付いてなかったものが鼻の上にちょこんと載っかていた。
いわゆるザーマス眼鏡と言われる逆三角形のフレームのモノだ。
つや消しブラックのそのメガネは妙に似合っていて小憎らしい。
おそらくセンセーとササミさんのさっきのやり取りの時だろう。
なんか突っ込んじゃ負けって気がするので、ここはスルーしとこう。
「ララ、よろしく」
『はいなのです。転送開始するのです』
ウサロボを起動させ黒メイドを前にララがAIの転送を開始する。
そして紫色の瞳が点滅を繰り返した後に覚醒。
いまか今かと待ちわびていたセンセーが声を掛ける前に、メガネのフレームを軽く押し上げてから黒ウサメイドが声を上げる。
『アキラ様っ!正座でございますっ!!』
「ふぅえっ!?さっちん?」
AIの転送を終えた黒ウサメイドが、いきなりセンセーへと正座を促す。
突然の黒ウサメイドの行動に、状況が呑み込めないセンセーが変な声を上げる。
『セ・イ・ザ!と申し上げたのでございます。アキラ様』
「え?なんでぇ?」
『そんな事も理解できないのですか?ア・キ・ラ・様はっ?』
「へ?はぁあっ?え゛え゛っ!?」
『あたくし、常日頃からアキラ様に言っておりますよね?常識的であれと。はい、正座です』
「は、はいぃい〜〜〜っ!」
そう黒ウサメイド―――さっちんさんからの威圧を受けて、慌ててセンセーがすぐさましゅばっと正座をして居住まいを正す。
『そもそもいくら待ちきれないと言って、このような時間に他の方の家を訪問するなどとあってはならない事なのです!』
『ロ〇テンマイヤーさんなのです』
ララがふぉお………と感動に震わせ声を上げ呟く。
理知的と言うか、凛々しい永遠の17才女性声優さんの声で滾々とセンセーへと説教している黒ウサメイド。………はい、次々。
次は姉の注文っていうか、アヤメさん?が要望したウサロボだ。
『アヤたん!』
「ディジーさん!」
『アヤたんっ!』
「ディジーさんっっ!」
『アヤたんっ!あっ、あわわわぁあっっ!』
「ああっ!ディジーさぁんっっ!」
覚醒した桃ウサロボ―――ディジーさんは、アヤメさんと互いに名前を呼び合い、足を一歩踏み出そうとしてパタンとこけた。
え?オートバランサーさんが仕事をしてない?え?あれぇ?
『えへへ、ドジっちゃいまひたぁ〜』
「もーディジーさんってば、相変わらすおっちょこちょいなんだからぁ」
………えー、おっちょこちょいで済ませられないんですけどっ!?
僕は端末に向かいテレメーターを確認してみる。
『オートバランサーをしっかり制御してるのです』
ララが半ば呆れる様に、僕が思った同様の言葉を漏らす。
そう。ドジをあえて制御しているのだ。あのディジーさんが。
それはジュリアーノも同様で、本来であるのなら優雅な所作など出来ようのないウサロボの動きを、プログラムを改変しながら制御していたのだった。
なっ、なんて恐ろしい子達っ………っ!
アヤメさんとディジーさんのキャッキャウフフを横目に、最後の1体へと取り掛かる。
ササミさんの(ウサ)ウルフレンド大佐である。
覚醒したウルフレンド大佐は、お馴染みの台詞を語り前髪をハラリと払う仕草をした。その姿はアニメと寸分も違わなかった。
ん?あれぇ?こんなモーション仕込んだっけかな?
「その姿では初めての御目文字だね、レンディ?」
『ああ、この姿でお嬢とまみえるのは光栄だよ』
うわぁ………こえもまんまそっくり〜………。(あんま考えんの、やめとこう)
この後しばらく4人と4体は語り合いを繰り広げ帰る様子も見受けられないので、僕は付き合いきれず皆にひと言と告げてアパートへと戻って眠りにつく。
翌朝、日課の後に工房へと行ってみると、4人が床にごろ寝してる姿が目に入りウサロボ達はそれぞれ思い思いの格好で待機していた。はぁ、やれやれだ。
結局4人に朝ゴハンを振る舞い、その後皆の帰路を見送る。
こうして何とも騒々しい一夜がようやっと幕を下ろしたのだった。
(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




