209.キラくんの行動を観察する その36
姉回です
真の暗闇。
現実の世界では味わう事の出来ないその感覚に戸惑うものの、足元に地面を感じたあたしは慌ててラギくんを探す。
と言っても自分の姿も見えない現状では、周囲を見渡すことすら不可能だ。
こんな時は精度の高過ぎるVRシステムが恨めしくなってくる。
「あ、こっち?」
あたしはその何とはなしに微かに聞こえたような気がしたラギくん声に、勘めいたものに突き動かされるように足を踏み出す。
そこにララちゃんとウリスちゃんの訝しむような声が、進む方向から聞こえてきた。
そしてルリちゃんの声が聞こえると、周囲に青い光が幾つも現れて辺りを照らし出したことでラギくんの姿を見つける。
あたしはキラくんが両手を膝に置き俯きながらはっはっはっと言う呼吸音を耳にして、そのまま近寄りきゅっとその身体を優しく抱きしめる。
キラくんの身体がビクンとなるのを感じながら声をかけて行く。
「大丈夫。大丈夫だよ、キラくん」
現実でキラくんは経験してるのだ。動けない中の暗闇というものを。
“あの女”に拉致され救出された時、キラくんは頭に袋を被せられ耳にヘッドホンをつけられた状態で両手足と胴体を拘束されていた。
会社役員とのたまって逮捕された時、その女は「その子が可愛いのが悪い」と取り調べの際供述したという。
父さんが社会的経済的制裁行ったのは言うまでもない。(マジ怖かった。もしかしたら今でも紐づけしてるかもしんない)
周囲が少しだけ明るくなった事でラミィ達もこっちにやって来たので、小さく囁くようにキラくんに聞いてみる。
心底情けなさそうに眉毛をへにょりとさせて頷いてくる。
全くあのタジマは限度とか節度とか学習してないのか。また〆る理由が1つ増えた。覚えてろよっ!
そしてルリちゃんが出してくれた光である程度周囲の状況が分かって来た。
ラミィの言う通りまるっきりダンジョンてな感じの部屋のようだった。床や壁は石造りのもので、出口は見当たらない。
ラミィと会話を交わしながら、この時点で完全にタジマ仕業であると確信する。
そこにアンリが疑問を呈する。そうアレ1人でこんなものが設置できる訳ない。
となれば、それはレイちゃんが関与してるのが目に見える話ってな事になる。
となると―――アレばかり責める訳にもいかない部分は出てくる。(デザインやら基礎設計はアレだろうけど)でも1発は殴る。
そんな事を言い合ってると、ララちゃんがウリスちゃんを制止しようと声を上げるのが聞こえたかと思うと、また地揺れが起こりだした。
ラミィが警戒を促し、皆が互いに背を寄せ事態に備える。
あたしはキラくんの肩に手を置いて何が起きてもいいように態勢を整える。
けど特に何が起きるでもなく、いや暗かった空間がパパッと明るくなり周りの状況がはっきりと分かって来た。
あたしは周囲を見回しながら得心を得る。
へっ、あたし達に挑戦するたぁい~度胸だ。
あたしは8カ所ある入り口を舌なめずりをしながら睨み付ける。
ララちゃんはウリスちゃんに注意してたけど、これはウリスちゃんのファインプレーだ。
ウリスちゃんの立ち位置(50~60cm程の)の高さの位置にギミックがあるなんて、【看破】や【探査】スキル無しに調べるなんてのは、どう見繕っても不可能と言っていいだろう。
まぁ【直感】スキルに代表される感覚系のスキルがあれば、あるいは―――とも思わなくもない。
それにウリスちゃんのお陰で次へのステップ踏めるというものの、これはさすがに判断に迷うものが出てくる。
もしこれが普通のダンジョンであればこの状況はもちろん当たり前だし、もちろんPCはこれに喜々として挑戦するだろう。
そう普通のダンジョンであればだ。
なんせ視界の左上でチカチカとインフォメーションピクトが点滅しているのだ。
あたしがチェックしてみると、視界中央にログアウトしますか?のメッセが現れてくる。
ようはこのダンジョンは“ログアウト”させる為だけのものって事だ。
なんとなく意図は読めるってもんだけど、だが断る!あたし達があのタジマの挑戦を受けない訳がないのだ。
隣にいるラミィも舌なめずりをし、フンって鼻を鳴らす。
そんな事を考えていると、落ち着きを取り戻したラギくんががいきなりテーブルを出して休憩を始める。
自分を取り戻したようで何となくほっとする自分と、ラギくんのやる事に肩透かしを食らったような、そんな自分もいたりする。
いんやっ!ラギくんのやる事に異を唱える事なんてあたしには全くもって無いのだ。
てな訳で一旦まったりまったりしつつ、もろもろを回復させてからあたし達はダンジョン探索に挑むことにしたんだけど、どこから手を付けていいのやら悩んでしまった。
どこに進めばいいか考えていると、ララちゃんがラギくんに耳打ちしそれを聞いたラギくんが何かアイテムを取り出す。
それを見てあたしは言葉なく瞠目する。
おそらくラミィも同様にアレを見て驚いている事だろう。(アンリは知らない)
あれは開発も佳境に入り追い込みの追い込みな状態だった時、大恩ある方から期間限定でいいのでエンジニアを1人使ってやって欲しいと言われたのだ。
あたし達は渡りに船と義理人情で、一時的にその彼を受け入れた。
その時彼―――イワナフ・カリヤからお近づきの印という事で貰ったのが件のクッキーだ。
今でもあの味を鮮明に食感や甘味を思い出す事ができる。じゅりゅり。
それが今目の前に現れたのだ。間違いなく。
ムクリと起き上がったクッキーを見ながら、あたしはコクリと喉が鳴るのを自覚する。
本っ当〜〜〜っに美味かったのだ!あのクッキーはっ!
手渡された手の平大のクッキーを袋から出して、あたしはひと口齧り取る。(ちなみに頭)
子供だましのお菓子と思いきや、噛み砕いた瞬間かすかな甘味から始まりホロリと崩れたかと思うと香りが爆発的に広がり鼻腔を覆い尽くしていく。
『『『『『ほわっ!?』』』』』
その時いたスタッフ全員がそんな奇声を発した。
その後の行動は推して知るべしだ。
全員が咀嚼を終えると、イワナフへと視線を向ける。
その理由を判ってるらしいイワナフは、笑顔で方を竦めて両手を上へと掲げ見せる。
いわゆる“もうないよ”のポーズである。
あたしを含めた全員が絶望の表情を見せた。
そのお菓子はとある国で珠玉の逸品と言われるもので、作られたものはその国だけで消費されるもので、ほとんど国外に出される事はないと言われ、あたし達は更に愕然としたものだった。
おそらくイワノフの人心掌握術の一端だったのだと思うけど、それによりイワノフはスタッフ達に受け入れられたのも事実だ。
それが今、目の前で動いて手招きをしてるのだ。動揺するなという方が無理である。
あたしが無意識に手が伸びそうになった時、ルリちゃんがそいつに齧りつき食べてしまう。そして緩む顔。
あたしとラミィはその姿に思わずあ゛あ゛〜………という表情をしてしまう。
その姿にアンリは首を傾げ(あの時アンリはいなかったから分かってない)、ラギくんはララちゃん達へと食べちゃダメだよと注意をする。……‥うぅ、ふぅ。
そしてあたしとラミィ(とララちゃん達)の勝負が始まる。
その道順番は決めなくちゃいけない。ラギくんの従魔―――ララちゃん、ウリスちゃんそしてエレレちゃんの後にアレを口にする資格を得る勝負が始まった。(ほかは棄権)
あたしのチョキがラミィのパーを凌駕した。よしっ、よしっ!
まぁ順番が決まったとは言っても、ダンジョン攻略を優先するのが先決だ。本当だよ?
この後はクッキーズが行動不能になる度に(水がかかっただけでダメになるって………)、ララちゃん、ウリスちゃん、エレレちゃんの順で食べられていき、次はあたしの順番となる。
クッキーズのナビで、困難と思われていたダンジョンは特になんの問題もなく進む事が出来ている。
そこでラギくんがこの後クッキーズの案内が必要かなと聞いてきたので、あたしは必要以上に気勢を張って是と言う。
いるいる!絶対いるって!
ここまで来れたのも全部このテマネキクッキーズのおかげなのだ。
さすがにダンジョン馬鹿のタジマだけあって、これまでの道中もそれなりに難易度はかなりのものだったのだ。
それをクッキーズの案内であっさりと通過することができてしまった訳だ。
プログラム的に考えれば、こんな小っさいアイテムにこんな行動が出来るはずがない。
多分であるが、ダンジョンに付随した別ルーチンでシステムを動かしてるんじゃないかと想像する事ができるのだ。
2ヶ月といなかったイワノフの実力を垣間見る思いだ。
結局彼のアイディアを採用したのはこれだけだったけど、その技術力をまじまじと見せられたと言ってもいい。
イワノフ。何とも不可思議な人間ではあった。結局何者だったんだろう?
よもや別れ際にいきなり求婚してくるとは思いもよらなかった。(もちろん即拒したけど)
そんな記憶を思い出しながら、ラミィと的外れな会話を交わしつつダンジョンを進んでいく。
惜しむらくは出てくるモンスターのバリエーションの無さだろう。
これが良ければあたし的には花丸上げてもいい出来だとも思う。
針金兵と影人間とか、もう少し考えて欲しいものだ。
本人としては奇をてらっているのだろうけど、従来の凡庸さが目に見えてしまうのだ。
お約束といえばお約束の自身の影との戦いとかベタすぎる。
まぁここでラギくんがはっちゃけるとは想像できなかったけど。
その姿は幼い頃に見たじーさまとの鍛錬を見るような思いだった。(ニヤと黒い笑顔を久々に見た)
さすがにこの時は、キラくんに付き合わなきゃと思ったのだ。(やっぱ相手する人間はいた方がいいしね)
お約束の無限回廊も、クッキーズと意外な事にトラップを次々と解除してしまうアンリのおかげで事なきを得て、セーフティーゾーンへと辿り着く事ができた。
そこでなんでララちゃん達が馬肉を狩ることに奔走したかの理由を理解した。
ラギくん作り上げたそれら料理はまじ美味かった。
肉の脂身としっとりパンのハーモニーがえも言えないものだったのだ。うまっ!………くっ、もうちょっと狩っときゃよかった。
そこで一旦ログアウトしてお昼ゴハンと休憩を取った時、そこでキラくんがあのダンジョンの目的がなんであるかをあたしに聞いてきた。
もちろんあたしは分かってる。これ以上進んで欲しくないから退散してね!ってヤツだ。
おそらくあたし達以外で合ったら、あっさりと白旗を上げカアンセから再度始めるだろうと思う。
だってモンス倒しても、GINも経験値も入らなとこにいても意味がないからだ。
そこであたしはレイちゃんが以前言っていた事を、キラくんへと話していく。
レイちゃんがゲームとしてではなく、あの世界を世界たらしめようとしている事を。
まぁキラくんに言ったとしても詮無い事ではある。
だってキラくんはただの1PCなだけなんだから。
ログインするとラギくんがログアウトしないですか?と提案してくるけど、ラミィはそれを跳ね除ける。
タジマへの意趣返しもあるけど、何よりクッキーズを口にする機会を失いたくなかったのあろう。
無限回廊と立体迷路を何の問題なく通過し、1本道を進んでいくと行き止まりに突き当たってしまう。
何かギミックかもしくは抜け穴らしきものを探してみるものの、何も見当たらない。
だけどクッキーズはその行き止まりの岩のような壁際で手招きをしているのだ。
要はこの先に道があるという事になる。
だけど何も見つけられない。
ルリちゃんが地面にしゃがみ込んで何かを探してる姿を見ると、少しだけ癒される思いだ。
あたしとラミィが馬鹿話に花を咲かせていると、ウリスちゃんが訝しむ声とカチリとスイッチが入る音が聞こえて来た。
すると目の前の壁がビリビリと震えて動き始めた。
「あっ!クッキーズがっ!」「グッ!」
壁がせり上がると同時に、通路にスルルーッと大量の水が流れ込んできた。
壁際で手招きをしてたクッキーズはその流れの勢いのままに呑まれあっさりと流されてしまう。
あ゛あ゛あ゛っ!次あたしの番だったのに~~っ!
クッキーズが流されて――――
あたしが声を上げると、ウリスちゃんが流されていくクッキーズを空を駆けて追いつくと、口に咥えてあたしの前に持ってきてくれた。
………まぁ、さすがのあたしでも、それは食べれないかな。
あたしは食べるのを諦めて、ウリスちゃんへと譲る事にする。くぅ………。
ウリスちゃん、本当に美味しそうにクッキーズを食べてる。ぐふっ………。
若干肩を落としながら開いたところからあたし達は中へと入る。
上を見ると天井がなく、ぽっかりと空間が開いて空が見えていた。
そして激しいスコールがいきなり降ってきた。あたし達は慌てて一旦入り口へと戻る。
水煙が立ち上がり先の方を見通す事ができなくなる。
これはあれだ。デヴィテスの街へ行く途中にあるスコールエリアに違いない。
よしっ!今こそアレを着る時だ!
ラギくん達に声をかけて、あたしは雨具を身に着ける。
ラミィに呆れられつつアンリに突っ込まれるものの、あたしとしては満足してるので問題ない。(ってかアンリよ。ルリちゃんがかわいーと言うなら、さっきの暴言取り消せや)
散発的に降り注ぐスコールに辟易しながらも、スコールエリアを通過していく。
上からの脱出も考えたけど、垂直登攀20mはさすがに無理だ。
白亜の通路に入って雨具をしまいまた1本道を進んでいく。
今度は行き止まりでなく巨大な両開きの扉が目の前に鎮座しており、あたし達がその前に立つと軋むような音を立てて扉がゆっくりと開いていく。
あたし達が中へと入ると、まっさきにそれを見たラミィが声を上げた。
天井の穴からスルスルと降りて来たワイヤーがうねり絡まりながら、それを形作りやがて姿が出来上がると、胸部と頭部が光り輝いて球体が現れ意思を示すように咆哮する。
名をワイヤードドラゴ――――針金の竜はその巨体を地面に打ち降ろすと、あたし達へと首を伸ばして威嚇するように再び咆哮する。
どうにもこうにもタジマは、このダンジョンをクリアさせたくないようだ。(クリア出来るのか?これ)
あたしは半分途方に暮れながらも、剣を抜きその巨大な竜と対峙する。
まぁタジマがやるといえば、今まで出して来たモンスターの二番煎じみたいなものだろうけど。(針金兵と影分身とか?)
どの道やっかいな事には変わりない。やれやれだ。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
誤字報告ありがとうございます! (T△T)ゞ




