202.推測すれど想像できず
食材を油の中で泳がせながら、昨日の事を思い返す。
細かな泡が固くなった身から発せられるのが見え、しばらくすると縮んでいた身が元へと戻るように膨れ上がる。ぷくぅって。
昔お土産で貰ったせんべいを思い出した。
平べったい板みたいなものを熱した油の中へ入れると、これと似たように膨れ上がって厚みが出来てきてパリッとしたおせんべいへと形作られるのだ。
子供心に母さんの横でその変化を見てすんごい喜んでいた記憶がある。
大体1/3近くまで縮んでいた身が半分近くまで戻るとプカリと浮かんでくる。
「お〜………」
「ふわぁ………」
「グッ!」
「チャ!」
「ま〜べら」
ララ、ウリスケ、ルリ、アトリがそれぞれ感嘆の声を上げる。
「ん?どったの?あっ、出来たんだぁ。ほえ〜なんか美味しそうなんだけど、これ」
姉が鍋を覗き込み目を細めながら呟く。
この手の姉の第六感はなかなかに侮れないものがあるのだ。
油からバットへと移して、まずは先の事を踏まえて鑑定をかける事にする。
「ぶふっ!」
思わず吹いてしまった。まさしく何じゃこりゃ!である。
ボンボンテンタクーの素揚げ:焼いたボンボンテンタクーの身を
油で揚げたもの Lv 11 ★
誰もがこの手法を思い付かなかった調理法によって
開花したひと品
もう下魚なんて言わせないぜ!(満腹度 43%
HP+52 VIT+10)
「バフがついたのです!ラッキーなのです」
「………そだね」
あれだけ僕達を困惑と混乱に陥れてくれた食材は、見事にふつーに変化して行ったのだった。
そこから先は瞬く間に作業が進んでいく事になる。
食べられることが確定したことから、まずは港へ向かい集められるだけのボンボンテンタクーをかき集め、作る料理で使うものをお店で買って行った。
おかげでお金はすっからかんだ。
でも僕自身なんとも言えないわくわく感が胸の中からこみ上がっていた。
そう何かを成す前にその先にどれだけの変化が待ってるのか、僕自身の力でなんらかの成果が成しえるんじゃないかと言うそんなワクワク。
ログアウト寸前まで作業を行って、今日に至るって訳だ。
あとは物好きか、変なもの好きが来てくれるのを待つだけだ。
ララがかけ声を続けてると、1人の男性がこちらにやって来た。
「ありゃ………」
その人を見て、こちらの目論見が不発に終わったかなぁと思ってしまった。
そもそもこの“肉当て”はララの発案だ。
せっかくなので、何の肉なのかをあえて伝えずに(そもそもボンボンテンタクーと言われて誰が好きこのんで買うかって話でもある)それをネタに買わせてみては?と言う訳だ。
味に関しては僕もだけど姉も太鼓判を押してるので大丈夫だと思ってる。
それにこれへと添えるソースも用意してるし、それなりに自信はあったりするのだ。食べれば。
けど、まぁこればっかりは時の運というものだろう。
そして最初にやってきたお客さんは、僕がボンボンテンタクーを譲って貰う時に話をした男の人だった。
「なぁ、なんの肉か当てたら本当に10000GIN貰えるのか?………って、お、お前さん、あの時の!?」
はぁ、こりゃあやっちまったぜって話になるか。
この後切りのいいところで姉に暴露して貰うつもりだったんだけどなぁ。
「どうも。ええ、何の肉か当てたらもちろん差し上げますよ」
なるべく平静を装って笑顔で答える。
「………じゃ、1つくれ」
なんとも微妙な表情をしてその男に、僕はたった今揚がったばかりのフライを油から引き上げてバットへと置く。
「味付けは“黒”と“赤”がありますけど、どちらにしますか?」
そう。このままでも充分に美味しんだけど、今回は2つのソースを用意した。
“赤”はトマトっぽい野菜を細かく刻んで潰し、塩コショウを加えとろとろとトロミがつくまで煮詰めたもので、“黒”は―――
「マスター!ララは目玉を食べてみたいのです!」
え゛え゛………と僕はちょっとだけ半目でララを見る。どんだけ無謀者なのやら。
ある程度目処がついたところで、突然ララがそんなことを言い出してきた訳で………。
まぁ本人の希望なので、とりあえず焼く煮るとやってみると、どちらも似た様なものへとなっていた。
ソフトボール大の表面がゼラチン質の円な黒眼は、熱を加えるとやがて表面が弾けてネットリとした液体がフライパンへと広がっていく。
「イカスミなのです」
「グッグ!」
「くろすけ」
「チャ〜……チャア?」
皆してフライパンを覗き込んでそんな感想を言っている。
そう。ララの言う通りまさにイカスミっぽかった。
恐る恐る指をその液体につけてペロリと甜めてみる。
「っ!………ソースだ、これ」
僕に続いてララ達も黒い物体を舐めていく。
「美味しーのです!」
「グ〜〜〜グッグッ!」
「まぁ〜べら!」
「チャチャチャチャッ!」
ルリに至っては口周りが真っ黒になっている。………やれやれ。
でも焼いた方は、液体というよりはねっとりしすぎてる感じで水やお湯でも溶けることがない感じだ。
そして煮る方は、それなりにいー感じになっていた。
水を多くして煮込むとウスターソースっぽくて、少なめにすると中濃ソースって感じになる。
なので黒目ソースに関しては、水を中位でいれて煮詰める事で味を整えていった。
ちなみにペン先みたいな口吻は食べられなかった。(本当金属のペン先っぽかったのだ)
「それじゃあ……‥“黒”で頼むわぁ」
この人何気にチャレンジャーだ。
「かしこま〜!黒入りま〜す」
「は〜い!黒入りま〜なのです」
「グッグ!」
「くろ〜」
「………チャ〜」
僕が注文の声を上げると、ララ達も次々と復唱していく。それを見て周囲が和む。
揚がったフライに刷毛で黒ソースをちゃちゃっと塗っていく。
そして木を薄く削った板で作ったお皿にフライを載せてお客さんへと手渡す。
「は〜い!お待ちですっ!」
「おう……‥、ごくぅ」
受け取ったフライをまずはじっと見て、それから意を決するかの様にフライについた棒を手に取り上部分へと齧りつく。
「っ!っっ!?あふっ!」
食感とその感触と熱さに目を丸くするお客さん。うんうん、びっくりするよね、噛み千切れないから。
そこでお客さんが棒を口元から話すと、その中身がみょみょ〜んと伸びだした。
「「「「「っ!?」」」」」
屋台の様子をチラホラと伺っていた周囲の人間が、それを見て目を瞠りゴクリと喉を鳴らす。
お客さんが慌てて口元へとフライを持っていき、絡めるように伸びた中身を食べていく。
程なく全部を食べ終えて棒だけが残り、お客さんは名残惜しそうにそれを見つめる。
そして僕へ向き直り、小声で問い質してくる。
「あんちゃん………本当にこれはアレなんか?………」
あちゃ〜、やっぱりバレて〜ら。まぁ嘘を言ってもしょーがない。
「ええ、そうです。レシピは商い者ギルドに提出してるんで、希望する人がいれば買えるみたいですよ」
何故か商い者ギルドの担当者が、作り方を教えてくれれば売上の手数料をチャラにすると言ってきたので、それに応じたのだ。(通常は売り上げの5%を納めるみたいだ)
だってずっと作る訳にも行かないし僕達は今回限りの商売だから、どっちかというと渡りに船って感じだった。
お客さんはしばし瞑目すると、くわっと見を見開き僕達を見る。
「ごちそーさぁん!美味かったぜぇ!じゃ、俺ァ用があるからな!」
そう言うと一目散と走り去っていった。
「……………」
多分商い者ギルドに行ったんだろう。あとはあれのかいしゅうかな?
あの人も商売人って事か。
でもおかげで最初から正体を明かさずに済んだ。ふぅ。
そしてそれを機に恐る恐るではあるけど、人が屋台にやって来る。
「あの……‥1つ下さい」
妙齢の女性がおずおずと注文して来る。
「黒と赤、味付けはどちらにしますか?」
「じゃあ赤で」
さっきのやり取りを見聞きしていたらしい女性は迷うことなく赤と言った。
「かしこま〜!赤入りま〜す!」
その後にララ達が復唱。
「熱いので気をつけて下さ〜い」
「ありがとう」
笑顔でフライを渡すと、それを嬉しそうに受け取り息を吹きかけながらパクリと一口食むる。
「ん゛〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!んぐっんぐ、なにこれっ!?アッツアツのトロトロ〜〜〜っっ!美味しっ!」
まるで通販番組の出演者のようにそんな事を言い出した。
いや、この人は姉でもないしましてやサクラでもない。なんなんでしょ。
そして今度はこれを皮切りに人が集まって来て注文を始める。
「俺も1本!黒で!」
「私は3本下さいな!赤よ、赤っ!」
「はいは〜〜いなのです!皆さん1列に並んで前の方から順番に注文を言ってなのです!たくさん用意してるので大丈夫なのです!」
「グッグ!」
ララが声を掛けてウリスケが列を整えるように人の波を並ばせていく。
そうして人が並ぶと、連鎖的に興味を持ってまた人が並ぶというあれが発生する。
そして前の方にいた人から、肉当ての事を聞くとさらに人が並んでいった。
一応500本分は下拵えで用意して来たけど大丈夫だろうか…………。
僕は次々と入ってくる注文を受けながら、推測した以上の状態に困惑した。
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