201.試行錯誤に試作する
「ダメでしょうか?」
僕が少しだけ不安そうな顔をして再度訊ねると、その男性は微妙な表情をして承諾してくれる。
「こっちは助かるけどよぅ。だが、何するんだい?こいつで」
まぁ下魚って言うぐらいだからその疑問は当然だろう。
「僕の故郷に似た様な食材があるんで、何か作れないかと思いまして、ええ。もちろんダメだったとこはちゃんと処分しますんで」
「へぇ〜………。まぁ何事も自分でやってみねぇと分かんねぇしな。でも本当にそいつぁ煮ても焼いても食えねぇぜ」
その男性は嫌そうに顔を顰め、積まれたイカっぽいのを見て言ってくる。食べた事あるのかな?
「不味いんですか?これ。それとも、もしかして臭いとか?」
となると、ものは試し以前の話なんだけど、どうなんだろ。
「それ以前の問題ぇよ。煮ても焼いても身が縮んでカチンカチンに固まっちまうのよ。あやうく歯ぁやっちまうとこだったぜぇ?」
「へぇ〜………そうなんですか」
僕がちらりとイカっぽいのを見やると、姉達が匂いを嗅いだりツンツンと指で突いていたりしていた。
「イカなのです」
「イカよねぇ」
「グッ!」
「チャ!」
「いかくう」
そんな呟きが聞こえてきて、頭の上ではアトリがなんか滾ったような声を上げる。
まぁいいや。とにかく実践あるのみって事だ。
「それじゃ、頂いていきますね」
「おぅ、必要な分持ってってくれや」
はい。とりあえず全部いただきます。
「ありがとうございます」
男性にお礼を言ってから、僕はメニューを操作して山と積まれたイカっぽいのを収納していった。
「…………はぁあ?」
おや?ぱかりと口を開けて男性が唖然としている。やっぱ全部はダメだったのだろうか。
「全部はダメでしたか?」
「………い、いんや!全然!!逆に助かるぜぇ………」
「ありがとうございます。じゃ、失礼します!」
「お、おう」
大量のイカっぽいのを回収した僕達は、この後港を出て調理ができる場所を借りるため冒険者ギルドへと向かった。
「あのイカで何か作るの?ラギくん」
「うん、出来ればそのつもり。まぁダメだったら手持ちの肉でも焼く事にするよ」
姉の問いに、僕は頷きつつ第2案についても話す。
「しまったのです!そうなったらララ達の分がっ!!ぬをぉぉ………」
僕の言葉にララがそうだったって感じで、頭を抱えだす。
ふふ〜今更なのだよ、ララさんや。
ただあのウマ肉もクセがあるからなぁ。それにあまり手のこんだ物は作れないし、悩ましいところではある。
幸い作業場は冒険者ギルドの奥にあり、個室を借りる事ができた。(カアンセのアレはやっぱり解せぬ)
作業場の中は8畳ほどの広さで、中にはテーブルが1つと背もたれのない椅子が5脚あるだけだった。
「サキちゃん。多分時間かかると思うから、あれだったらログアウトしてていいよ」
僕が調理器具をテーブルに出しながら、姉へと言ってみる。
どう見ても1、2時間で終わりそうにないので、時間がもったいないと思ったからだ。
「ん〜大丈夫。こういう機会ってあんまないし、のんびり見てるから。それにアイテムやら何やらと整理しときたいしね」
そう言って姉は壁に椅子を移動させて座ると、メニューを出して何やら始める。
まぁ姉がそういうのなら、大丈夫なんだろう。
あらかた料理器具を出してから、今度は食材の確認だ。
港で貰ったのは全部で23杯(でよかったよね?)の中の1つをテーブルの上に実体化させる。
「ふわぁ………。こうして見ると大っきいのです」
「グッ!」
「くていい?」
「チャ、はむ」
君等自由すぎくね?
ララがイカっぽいのの胴体をベシベシと叩き、ウリスケが足の部分をゲシゲシと突き、アトリとルリがエンペラの部分囓っていた。いや、噛んでいるだな、噛み切れない感じで口をむにゅむにゅさせてる。
それでもなんか幸せそうな顔をしてる気がする。
「アトリ、美味いの?」
「じみじみ」
「チャ〜〜」
じみ?ああ、滋味って事かな?滋味ねぇ………という事は味に関して言えば問題ないって事になるのかな。
とりあえず煮ても焼いても食えないって話だから、まずはそっちを試してみる事にしよう。
はじめにこのイカっぽいやつの身体をいくつかにって、そいういや鑑定してなかった。
そっちを先にやっておこう。でこんなん出ました。
モンスター:ボンボンテンタクー Lv 15
水系モンスターで足先にあるボンボンを叩きつけて
魚系モンスターを混乱させて捕食する処刑者
だが網に絡め取られると為す術なく捕まってしまう
その身は煮ても焼いても食すのは困難である
いわゆる害獣って奴なんだろうか。
放置すると獲るべき魚系モンスターを食われてしまうってことを考えると、獲らないとダメな話ってことなんだろう。
しかも食べるのが困難だとか、なんじゃそりゃである。
それよりも気になる事があったりする。
「ララ、水系モンスターってドロップアイテムにはならないの?」
「もちろん倒せばドロップアイテムと経験値を得ることが出来るのです」
そう確かにモンスターを倒せば、HPが0になれば光の粒子となって消えた後に、ドロップアイテムやお金と経験値が手に入る。
それがゲームといっちゃゲームなんだけど。
この辺はVRと言うものになると、全く様変わりしてしまうんじゃなかと僕は思ってる。
これまでゲームってのは自己の投影行動と思っていた。(僕は)
僕自身に成り代わり主人公が行動することによって物語が進んで行くのだと。
でもVR、いやMMOというものが主人公でなく僕達自身が行動する事によって状況が進むというもの。
それは大多数の選択によって色々と変化して行くという、現実の状況にも似かよって来る気もしてくるのだ。
それに対してそれぞれ好悪はあると思う。
もちろん僕は気に入っていた。
ドロップじゃない状態のこれは案外現実を投影してるのかもしれない。PCとNPCの境界を分けるように。
でもララの言葉で僕の推測は意味がなくなる。
「水系モンスターは、陸に揚げられしばらくすると身体が残るのです」
………ああ、そうですか。
とりとめのない思考をやめて、まずはこのボンボンテンタクーを切り分ける事にする。
何をするにもその身をばらして行くとこからだ。
胴体の下中央から正中線に沿ってエンペラの方へと包丁の刃を上に向けて真っ直ぐに切っていく。
その身は特に抵抗を示すことなく、スルスルと切れて行った。
そして切り分けた部分を両側に開くと中身が露わになる。
ちょうど足の少し上の部分に拳大の黒目玉とその間にペン先のような形をした口吻が出てきた。
その円な瞳になんともな愛嬌を僕は感じてしまった。ぷりちーかつきゅーてぃーな。
ちょっと包丁が立て難くなってきた。
「マスター、この目ん玉は食べれるのです?」
「…………どうかなぁ」
ララがボンボンテンタクーの目玉の前で覗き込みながら言ってくるのに、僕はどっちつかずの返事を返す。
「魚の目玉はこら〜げんがたっぷりなのです!」
口元に涎を垂らしてララが目玉をガン見している。………すまぬ、円な瞳よ。
ララの欲望を叶えるべく、その瞳へと刃を立てる。
サクリとさほどの抵抗を見せることもなく、目玉と口吻を取り除いていく。
そしてその目の上には、本来のイカであればワタの部分であるところにソフトクリームの様に螺旋を描く何かが上まで伸びている。
この辺は玄人好みの部分ではあるけど、とりあえずスルーしておく。
まずは身の部分の処理をするのが先決だ。いや、興味はめっちゃあるよ、うん!
本来の以下のワタ部分って苦味と旨味が相まって美味しいから。(ゲームはどうか分からないけど)
まずは足部分を切り分けてから分別し、1本の足を選んで足先のボンボンを取り除き厚さを変えて切っていく。
生ではあるけど細かく切ったのをパクリと口に入れて咀嚼する。
「んぐんぐ……‥。ビミョー」
「グッ」
「………ゴムみたいなのです」
「ん〜〜ん〜〜………」
「はむはむ、チャ!」
なんとも噛み切れず反応も乏しい。
仕方なく、ゴクンと飲み込む。ん〜……やっぱ、ビミョ〜………。
「ま゛ま゛ま゛マ゛ズダぁあ゛あ゛」
ん?なんかララがテーブルに身体を伏せてピクピクしてる。
「ググググゥウウ………」
「びびび………」
「チャ〜?」
そしてウリスケやアトリまでもが、身体を震わせ倒………。(ルリはそれを見て首を傾げてる)
ん?あれ?なんか僕も手や身体が痺れてる?
そして僕もテーブルへと頭をガツンと打ち付けてしまう。
「はあっ!?ラギくん!」
姉の驚く声が聞こえるけど、身体が痺れて反応できない。ああ、揺らさんといて……。
視界の上に何かが点滅してる。ん〜………何でしょ、これ?
そして1分程経って身体が元に戻った。
「も〜びっくりしたよ、ラギくん。いきなり倒れるんだもん」
「ごめん、サキちゃん。イカ食ったら、こんなんなっちゃった」
何とか回復した身体を起こして姉へと言う。
「はぁ~、なんで鑑定しないのよ?」
「え!?したよ?」
「でも切り身にした時は鑑定しなかったでしょ?」
ん?1回鑑定したらそれで充分なんじゃなかろうか。
僕が首を傾げると、姉ははぁと溜め息を吐きながら説明してくる。
「水系モンスターって、食材に加工すると品質やLvが変わる事があるのよ」
ぐふっ、なんとそんな事があるとは………。全く知らなかったよ。
「知らなかったよ。まじ?」
「まじまじ。でも状態異常がつくとかは初めてかな」
なる程、さっきのは状態異常だったのか。
てな訳で、改めてボンボンテンタクーの切り身を鑑定してみた。
ボンボンテンタクーの切り身:ボンボンテンタクーの足部分を
切り分けたもの Lv 8
煮ても焼いても食すのに困難なもの
生の状態で食すと身体に痺れが起こる
少しだけ危険 (満腹度 5パーセント HP+3
状態異常【痺れ】:微)
「………………」
よもや食材?で状態異常が起きるとは………。
なかなかの曲者みたいだ、こいつは。
「ふぅ~、酷い目に会ったのです」
「グゥ………」
「おおぅ………」
「チャ?」
ララ達が手や首を振って起き上がる。どうやらルリは状態異常に罹らなかったみたいだ。(耐性でもあるのかな?)
皆に問題がないことを確認して、新たに気を引き締めて作業に入る事にする。
まずは煮ると焼くから。
「いや………これはぁ~………」
「このままでは無理なのです………」
「グゥウ………」
「かた」
「チャ~………」
足の部分を1cm、2cm、3cmと後細切れにしたのもをフライパンで焼き鍋で煮てみたものの、しばらくするとその身が縮んで固くなっていったのだ。
触った感触としては軽石の様だけど、とても噛み千切るなんて出来そうになかった。
叩くとコンコンとか音するし。
「ふ〜ん。鑑定通りみたいね。ん、かったっ!」
姉が縮んだ身を取り上げて躊躇せずにその小さな塊を口に入れ涙目になる。
焼いたり煮たりすると、状態異常はなくなるので、食べる事は出来そうだけど………いや、無理だな。
色々と試したものの、結果は変わらなかった。
あと残ってるのは――――
「マスター、油が煮立って来たのです」
僕がボンボンテンタクーの身を切り分けてると、ララが準備ができたのを知らせてくる。
「よし、じゃあやって見ようか」
生は危なさそうだから、まずは焼いたのを入れてみよう。
僕はコロコロと固まったボンボンテンタクーの身を熱くなった油の中へと投入していく。
「おお〜〜………」
「ふわぁ〜」
「グッ!」
「チャ」
「ま〜べら!」
翌日ログインして商い者ギルドへと行き、ギルドの人に呆れられつつも出来たものを食べてもらい問題ない事を承認してもらい、(めっちゃ驚いていた)屋台を借りて指定された場所へと向かう。
すでにたくさんの屋台や露店が軒を連ねて掛け声をかけていた。
「ずいぶん端っこなのです」
「グッ!」
いわゆる屋台通りと言われる通りの一番端っこに、僕達は屋台を設置する。
この辺りは日割りの商売用の場所みたいで、渡りの行商人や一般の人間が趣味で作ったものを売る場所みたいだった。
だからあまり人が通っていない。まぁ、何とかなるかな。多分。
僕はさっそく用意を始める。温まった油の中へそれらを入れて行く。
そして売り子のララが声高らかに大きな声を出して周囲へと宣伝を始める。
「らっしゃい!らっしゃ〜〜い!ここで出すのは“とある肉フライ”なのです!ひとつ1000GINになるのです!そしてこのお肉が何かを当てた方には、先着1名に10000GINを差し上げるのです!」
人がいないにもかかわらずざわりと空気が騒ぐ。
もちろんこれも商い者ギルドで了承してもらった事だ。
許可はするが、あとはそっちで勝手にという事らしい。
さてさて、吉と出るか凶と出るか。
まぁしばらくはお客も来そうにないし、のんびりやるとしましょう。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます!感謝です!(T△T)ゞ
誤字報告ありがとうございます!めっちゃ助かりです!m(_ _)m




