188.姉への慰労、そしてカアンセの街へ
「でもさ、少し時間が経ってからってのは変じゃない?あの手の人達って見境ないから、すぐに騒ぎ出すんだけど」
あくまで僕の経験則で、そういうものであるのだと理解している。
だからこそあの時僕はすんごくほっとしたのだ。
「おそらくジャス某が消えた事で、他にPCが少数だったので雰囲気を見てこちらに来なかったのだと思うのです」
ふむ。そういう状況もあったりするのかな?むむぅ。
確かに人ってそういう所があるのは分かる。1人じゃ何も出来ないのに人数が増えると同調と協調と安心感が増して、つい枠を超えて行動してしまう事がある。
それが社会を動かす原動力となる事もままあるけど、大概は他者に迷惑をかける事ばかりになる。
大多数で他者を貶める。否定する。隔絶する。
自身がいつかその立ち位置になるのかを悟り、他者を追い落とすかの様に。
大抵は好奇心が膨張しその一瞬だけの自身の興味を満足させるために動くのだけど、それがどれだけその他者を追い詰め追い込むのかを、自身が味わわなければ気が付かないものだ。(気付いた時は後の祭りとなる)
所詮他人事。我が身になんぞ関わりがなけれ傍観者として楽しめればいいというのが彼等の本音だろう。
だから他人に迷惑をかけても、自身の欲求が満たされればいいという傲慢かつ自我肥大の典型的なものである。やれやれだ。言い過ぎかな?
「商店街の皆に迷惑かけてないといーけど………」
「大丈夫なのです。聞いてくるPCに商品を売りつけて話をしてるのです。その後“そんな人間は知らない”って言ってるのです」
逞しいというか強かな人達ではある。
さすがに僕はそこまで達観できるものではないのだけど。
「なのでマスター、しばらくはプロロアの街には行かない方がいいのです」
「グッ!」
「お〜」
「チャ!」
ウリスケとアトリとルリが右手をしゅたっと上げて声を上げる。さんせ―って事かな。
「うん、そうだね。じゃあ明日はカアンセの街にログインするかな。っと、ラミィさん明日大丈夫ですか?」
べへ〜とパンを食べて満足そうにしてるラミィさんに訊ねると、上を見上げてウムムと唸って答えてくる。
「だなぁ〜………現実で昼過ぎってとこだな。………あ?なんだ?その子は」
時間を答えるラミィさんがルリを見て首を傾げながら聞いてくる。そういやルリの紹介ってしてなかったっけ。
「えーとですね、知り合いのパーティーとカアンセに行く途中のイベントで、従魔になった仔です。名前はルリって言います」
「チャ!」
僕が簡潔に言うのに、何故かラミィさんは口をあんぐりと開けて呆けた様にこっちを見てる。どしたんだろ?
「えー………悪ぃんだけど、そこら辺の状況を詳しく説明してくれん?」
眉間に皺を寄せながらラミィさんが説明を求めてくる。んー……なんか問題あったんだろうか。
ラミィさんの求め通りに僕はルリを従魔にした経緯を説明していく。
それを聞いたラミィさんが更に口をがっくんと落として唖然とした顔をしていた。
その表情から“何じゃそりゃ〜〜〜!”という声が聞こえてくる気がした。気がした………気がしたよ〜……。
「うん………。だいじょぶ。昼過ぎには行くから………」
ラミィさんが何かを決意というか諦めた様に言葉を紡ぎ言って来る。
僕のせいではないのだけど、何となく申し訳なくなってきてしまう。
まぁここで謝るのは筋違いだと思うけど。
「……じゃあ、カアンセの街の冒険者ギルドで合流って事で」
「おう、わーった。サキにも知らせといてくれるか?」
「はい。了解です」
「つー訳であたしは用事が出来たんでこれでログアウトするわ、じゃあな!」
そういってラミィさんがログアウトしていった。………然も有りなんと言ったとこか。
いろいろと想定外の事案が沸き上がってきたせいで、これから話し合いをするんだろうと想像する。ご苦労様としか言いようがない。
ラミィさんを見送り、僕もログアウトの前にディセリアさんと話ししておこう。
僕はウサギさんの動きを監督してるディセリアさんに話しかける。
「ディセリアさん、ちょっといいですか?」
「うん。あとディセでいい。さん付けもしなくていーです」
とディセリアさんに言われてしまう。そうは言っても呼び捨てというのは僕的にあまり言い慣れてないので、少しだけ妥協してもらう事にする。
「じゃあ………ディセちゃんで。呼び捨てって慣れてないんで、これでお願いします」
「………分かった。ではそれで」
僕がそう答えると、ディセちゃんは少しだけ頬を薄く紅色に染めてこちらを見ながら了承してくれる。
感情表現が豊かだ。とてもAIだとは思えないほどに。
それからディセちゃんの都合のいい時間を伝えてくれれば、ウサロボを起動させる事を決めてララに連絡役をお願いする。
ある程度の取り決めをを済ませて、ここで皆に挨拶をしてログアウトする。
「じゃあね」
「またなのです、マスター」
「グッ!」
「あでゅ〜」
「チャ〜……」
ちょっとだけ不満気なルリの頭をグリグリしてからログアウト。
VRルームの戻ると現在時刻4時ちょっと過ぎ、まずは姉に連絡をする。
メールで今日の都合と、父さんから食材他が送られて来たので、何か食べたい物があるかリクエストを聞いてみる。
すぐに返信が返って来た。………はやっ。
内容は6時頃には到着するので、リクエストはいつものカレーナポリタンと肉ドリアをお願いとあった。
了解と返事を送ってから、冷蔵庫の中身を思い浮かべながら必要なものをピックアップしていく。
ちょっと買い物にいかないとダメっぽいな、こりゃ。
買う物を決めてVRルームからライドシフトしてさっそく出かける事にする。おっと、その前に工房に行ってウサロボを止めておこう。
カレーナポリタンとは文字通りナポリタンにカレーをかけたもので、肉ドリアは挽き肉をゴハンにまぶしデミグラスソースをかけたその上に肉とチーズを載せてオーブンで焼き上げるものだ。
という訳で足りない食材を買いにマルチューへと向かう。
チープ&がっつり。言葉で表現するとこれに尽きるだろう。
なのでナポリタン自体は市販のもので、カレーはレトルトのやつだ。
以前僕が一から作ってみた事はあるんだけど、美味しいけどチープじゃないと言われてしまった覚えがある。姉は一体何を求めてるのやら。
マルチューに着くと、量が量なのでカゴを手に取りナポリタン麺を5玉、タマネギ、ピーマン、(ウィンナーは父さんが送って来たヤツがあるからいいか)を次々とカゴへと入れていく。
時間もそれ程ないので、パックのゴハンも4つほどぽいぽいと入れてピザ用チーズと他に何種類かのチーズも入れていく。これぐらいの豪華さはあってもいいかな。
会計を済ませてアパートにも戻ると、すぐにカレーナポリタンに取り掛かる。
とは言っても、大した手間にもならずにある程度は仕上がってしまうのだ。
ピーマン、ウィンナー、タマネギを輪切りにしてフライパンで炒めていく。
そこにレンチンしたナポリタン麺を投入して軽く炒めて、付属のケチャップ粉をふりかけていくと真っ赤に麺が染まっていく。これで食べる直前にレトルトカレーをかけて出来上がりとなる。
肉ドリアは挽き肉、ペーコンを炒めゴハンを入れてそこにゴハンを入れて軽く混ぜあわせ。耐熱用の深皿にゴハン、薄切り肉、デミソースを3層に敷いていき最後に薄切り肉、ウィンナー、ベーコンを敷いてデミソースをかけた上にチーズを山盛りに載せて予熱したオーブンレンジへと入れる。
これで準備はおっけーだ。後はもう何本かお酒を持ってくればいいかな。
そんな事を考えていたら、ドバガンとドアが開けられドタタと人影が僕へと突っ込んで来る。
「キっラっくぅうううう〜〜〜〜〜んっっ!!」
「あ、サキちゃ、どっぶふうぅっ!?」
僕の名を叫びながら姉がやって来て、振り返った僕のみぞおちへと突っ込んで来た。
かろうじて倒れる事は回避したけど、何気にお腹に響く。
「キラくんキラくんキラくんキラくんっっ!!ぷふぅうう〜〜〜………」
姉の突進をなんとか押し留めると、僕の腰を抱えながら深呼吸をしている姉の姿が目に入ってくる。
普段はここまでの事はしないんだけど、今回は相当なダメージを受けてたみたいだから仕方がないのかも知れないけれど、息吸い過ぎじゃなかろうか。
取り敢えず労いの言葉を掛けておこう。大変だったみたいだし。
まずは一旦離れて欲しいかな………うん。
数分後チーンというオーブンからの知らせにある程度回復した姉を居間へと座らせて、調理の続きを再開する。(姉のところには冷えた缶ビールと、前に作ったFベジの漬物を置いておく)
ミトンを嵌めて熱々の深皿を取り出して用意してあった平皿の上へと載せる。
「ぬっぴょおぉ〜〜〜っ、美っ味っ!んぐんぐ、ぷっは〜〜〜っ!」
姉の奇声が今から聞こえてくる。どうやら大分調子が戻って来たみたいだ。
後はストックしてあるレトルトカレーを温めるだけだ。
お湯を鍋に張り沸かした中に、レトルトカレーパックを2つ軽く上下に振ってから入れる。
「ララ、タイムカウント3分でお願い」
『了解なのです。カウントスタートなのです』
ナポリタンを軽く解しながら大皿へと移し、粉チーズとタバスコをチョチョンとかけて行く。
この辺りは好みが別れるとこだけど、うちはこんな感じである。
『マスター、3分経ったのです』
「はいよっと」
コンロの火を止めて沸騰している鍋からレトルトカレーを引き上げてソースポット(魔法のランプっぽいやつ)へと注いでいく。
カレーの香りが広がり食欲を促してくる。こくぅ。
ナポリタンそのものにドバっと掛けるのもあるんだけど、小分けの方がどちらも楽しめるいう利点もあるのだ。
「ふぉおおっ!待ってましたっ!!」
大皿のナポリタンとソースポットのカレーを卓袱台に置き、更に取皿とフォーク、スプーンを手に居間へ戻り、またキッチンに行って肉ドリアを運んでいく。
「ふぉぉおお〜〜〜〜っ、ふぉぐぅうう〜〜〜っ!!」
姉はすでにトングでナポリタンを取り分けカレーを掛けて頬張っていた。そんでビールをごくごくごきゅんと飲み干す。
すでに最初の6本は全部空になっていた。………はぁ。
今日ぐらいは仕方ないかと思い、姉に訊いてみる。
「サキちゃん、まだビールでいい?」
「あぐ、んぶふっ………えーと、ハイボールか水割りお願い」
「了解。ちょっと待ってて」
姉の要望を受けて、僕はキッチンに戻りウィスキーグラス(姉専用)を出して父さんが送ってきた高そうなウィスキーを1/3ほど入れて炭酸水を注いで軽くかき混ぜていく。
どうせお替わりするだろうから全部持って行く事にしよう。
その時僕はすっかり忘れていたのだ。姉がゲームでも【酩酊】状態になっている事を。
「これ、これっ!このチープなのがまたっ!………くぅうっ」
ガツガツと口の周りを汚しながらカレーナポリタンを姉が頬張っている。
これは相当イッちゃってる感じだ。(精神的に)
カレーナポリタンを食べ終えると、今度は肉ドリアへと取り掛かる。
スプーンでごっそりとドリアをすくい取ると、チーズがとろ〜んと伸びて見ため的にも美味そうだ。
「んんっ!おッホ―――っ!これこれっ、ふっふっふほふほふぅっっ!」
姉が熱々の肉ドリアを口に入れて喜びの声を上げる。テンションたっかぁ………。ともかく今日は姉が満足するまで従う事にしよう。(決していい年をしてなどとは禁句なのだ)
カレーナポリタンを食べ、肉ドリアを食らい(残った1/4は僕が頂いた)ハイボールを堪能して満足そうな姉に明日の予定を伝える事にする。(よく考えたら食べる前に言っときゃよかった)
「で、なんだけど。明日ミラさん達とカアンセからデヴィテスに行く予定なんだけど、サキちゃん予定大丈夫?」
「んあ?……へげ?………ん〜……らいじょぶ〜じょぶ………」
ハイボールを煽り飲み干した姉が胡乱げに返事をしてくる。
大丈夫か?これ………。
少しだけ不安になるものの、◯ブがあぁぁとかじじぃがぁぁとか愚痴めいたものを漏らす姉をなんとか午前様になる前に寝かせて、僕も眠る事にする。
朝になり目が醒めて外を見ると、雨がザーザーと降っていた。
「雨かぁ〜………。今日はお休みだな」
さすがに雨の中を走り込むまでじゃないので、今日は室内での運動に切り替える。
腹筋、腕立て伏せ、スクワットからじーちゃん仕込みの体操もどきをしてから座椅子に座りイメトレをこなしていく。
「はお〜………キラくん」
そこに姉がボサボサ頭でやって来た。まだ少しお酒が残ってる様で、クシャクシャな顔になってる。
やっぱりちょおっと飲ませ過ぎちゃったようだ。(ウィスキー1本まるまる飲んじゃったもんなぁ〜)
「大丈夫?サキちゃん」
「ん゛ん゛大丈夫ぅ〜ぶふぅ………。んぐんぐ、ぶはぁっお替り〜」
居間に入って卓袱台にうつ伏せになる姉に、水を渡し声を掛けるもくでーとした表情で水を飲み答えてくる。
まぁ、しばらくすれば酔いも醒めるだろう。うん。
さてと、では朝ゴハンを作るとしますか。
ご飯はすでに炊けてるので、ベーコンエッグと卵焼きを作っていく。出来上がる頃には姉もしっかり回復していた。
「キラくんは今日何時からゲームにログインするの?はぐはぐ」
「これ食べたらちょっと行こうと思ってるよ。色々買いたいものがあるから」
「分かった!じゃあ、あたしも行くねっ」
「うん、了解」
ニッコリと笑顔で言ってくる姉を見て、精神的にも大分回復したみたいだとひと安心する。
天気予報を見てみると、今日は一日中降ってるみたいだ。まぁそんな日もあるだろう。
食器を洗い終えて居間に行くと、姉がTV相手に何やらやっていた。
「くにゅうっ!おのれっイケメンめっ」
イケメンアナウンサー、タマキヤマくんとのじゃんけん勝負に負けた姉が悔しがるのを見ながら、僕はHMVRDを取り出して準備をする。
「あっ、あたしも行くね」
僕の姿を見て姉も慌てながら居間を出て行った。も少しゆっくりしててもいいんだけどなぁ。
そんな事を考えながらライドシフトをして、VRルームからカアンセの街を選択してログインする。
「あれ?ここって、ショビッツさんの家!?」
よく見るとここは、あの日の歓迎会という名の宴会をやったショビッツさんの家の作業場だった。
そいうや、ここでログアウトしたんだったっけ。
「マスター!お帰りなさいなのです」
「グッグッグッ!」
「おか~」
「チャ!チャチャチャ!」
魔法陣から出てきたララ達が挨拶してきて、ルリはそのまま僕に飛びつき頭の上へ。
「う゛ぇええっ!?まだ酔ってるぅ………」
僕の隣に現れた姉は、へらんへらんと身体を揺らしてへたり込んでしまう。
あ………、そういや言うの忘れてた。僕は姉にララから教えられた事を伝える。
「………そういやそんな事もあったわ………。不覚っ!」
姉がかくんと頭を落とし項垂れる。………こりゃ、しばらく動けそうにないかな。
「おっ!来てたんかラギ坊!なんだサキ助はまだ酩酊してんのか?しょうがねぇなぁ~」
ショビッツさんが姉を見て呆れ気味にカラカラ笑いながらそんな事を言う。本当にしょうがない。
「すいません。そんな訳なんでしばらく休ませて貰えますか?」
「おーいいぞ~。なんだったら作業してくか?」
「いえ大丈夫です。間に合ってますんで」
ついでと言って働かせようとするショビッツさんの言葉を即拒する。
道中の準備は終わってるけど、いろいろ街中で見てみたいものもあるのだ。
「あ、そうだショビッツさん。カアンセの街ってお店とかってどこにあるんですか?」
そういやとショビッツさんに店の場所を聞いておく事にする。
冒険者ギルドで聞くのは、なんとなく余計なものがついて来そうなので憚れるというか、まぁそういう事で。
*
ゲームでの作業をいったん終えて、私は研究所へと戻って来ていた。
あちらの身体にコンバートされた事により、食事を摂るという行為が出来た事は私にとって一番の収穫だった。
あのトロトロのスープ。程よく口の中で解れる野菜。
そして嚙むたびにじゅわんと汁が口に広がってくる肉。
どれもこれもが私を魅了してやまないものばかりだった。
そして最後に食べた細切れ肉を挟んだパンも。
きっとイカのゲソもタコのゲソも、あれと同様に美味しいものに違いない。くふふ。
私がプレイベートルームで記憶を反芻してると、姉達がぞろぞろとやって来て興味津々に私を見てくる。
「ディセ、ディセ!あっちはどうだった?どうだったんだっ?」
好奇心丸出しに、食い気味にメイ姉が訊いてくる。少しくらいは落ち着いてほしいものだ。
そしてその問いに私は目を見開き確信をもって答える。
「うまかった!!」
姉たち全員が首を一斉に傾げ、さらに質問攻めにあってしまった。
いや、だって、美味かったんだからしょーがない。
(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




