181.キラくんの行動を観察する その30
姉回です(タイトル詐欺)
レリィのあたしを呼ぶ声に意識が浮上して来る。
『あるじ様』
「ん………あぁ…………」
目が覚めるとそこは、キラくんの工房に作ったあたしの秘密基地の中だった。
時間は午前6時少し過ぎたとこ。
いつの間にかスーツはきちんとハンガーにかけられてスウェットに着替えてお気にの椅子の背もたれを倒して寝入ってしまったようだ。
そこら辺の記憶はないものの、酔いはしたがきちんと行動をしていたという事で少しだけ安堵する。
それにしても昨日は何とも素晴らしい豚肉祭りだった。
普段食することのない豚肉さんをこれでもかっていうほど堪能させてもらった。ふふ~~~。
あ、思い出すと涎が出てきそう。じゅる。
あたしは軽く伸びをすると、服を着替えて工房を出る。
するとちょうどキラくんが日課をこなして戻ってきたとこだった。
あたしは昨日見たあれを思い出し、思わずニマニマしてしまう。
怒ったキラくんが父さんの口調になったやつを。
それを見たキラくんがそっぽを向くも、それすらもあたしにとっては愛おしいものだ。
朝食を食べてからキラくんに抱き着き、キラくん成分を充填してあたしは愛車に乗り込みバンゲさんのとこへと向かう。
酒精はすでに抜けているので問題なし。
今日からアヤメちゃんにいろいろと学んでもらうことになってるのだ。
そんな時雇用主が遅れるというのは、ちょい体裁が悪い。
という訳で、法定速度を守りつつ愛車をぶっ飛ばす。
1時間程でバンゲさんのとこに到着する。時間は7時ちょっとすぎ。
まだアヤメちゃんは来てない様だ。ほっと安堵しつつ駐車場に愛車を駐車して建物の中へ入ろうとすると、その影から声を掛けられる。
「…………おはようございます、ササザキさん」
もこもこの格好をしたアヤメちゃんが、白い息を吐きながら挨拶してくる。
ありゃりゃ、間に合わなんだ。やれやれ申し訳ない。
それもこれもミラがお酒を飲ませるからだ。むむぅ………。
まぁ、さらに飲んじゃったのはあたしなんだけど。
「ごめんね、アヤメちゃん。待たせちゃった?」
「い、いえ。少し前に来たんで大丈夫です」
嘘か本当か分からないけど、まぁいいや。
あたしはアヤメちゃんを促して建物の中へと入る。
建物(倉庫なんだけどね)の中も外と同様の寒さで、あたしはアヤメちゃんを伴って自分のブースへと入って行く。
「………わぁ、あったか」
レリィによってあらかじめ暖められた部屋の中は、外の空気と打って変わってどことなくほっとする。
これからしばらくはアヤメちゃんには実機を使ったシミュレーションゲームをやってもらう事にしている。
今では携帯端末でひと株から買えたりするシステムもある事はあるけど、基本はこっちだ。
講義が始まるのは10時前との事だから、1時間弱ほど機器の扱いを覚えてもらう事にする。
習うのも大事だけど、この手の事は慣れないと身体が竦む事があるらしい。(あたしはないけど)
「じゃあ、これからこの機器を使って取引のシミュレーションをやってもらうわね」
「えっ、ええっ?もうですかっ!?」
「もうでーす。はい、ちゃっちゃと始める」
「ひえぇっ………」
おそらくアシスタントめいた事をやると思っていたらしいアヤメちゃんは、あたしの言葉に目を回しながら指示に従って機器を扱い始める。
まぁ講義やゼミで使っている様なので、問題ないと思うけどね。
その間あたしは今日の予定やら何やらをチェックしておく事にする。
スケジューラーとメールをホロウィンドウに表示させて、レリィと一緒に1つ1つチェックしていく。
今日は特に面倒そうな取り扱いもなさ気で、のんびりと過ごせそうだ。
と思いきや、ミラからのメールにちょっと相談したい事がある旨が書かれてあった。多分レイちゃん絡みだと思う。
なる早と会ったので、午後からそっちに向かうと返信しておく。
時間が来たので、アヤメちゃんに作業をやめてもらってそのまま愛車で送る事にする。(ちょい時間オーバーしたので)
後部座席で恐縮してるアヤメちゃんへ、そういやと訊ねる。
「そういえばあの方達には謝りに行ったの?」
「………はい。でも何故か泣かれてしまいました………」
あの後GBタウンへ行って謝罪に行くというので付き合おうかと言ったんだけど、アヤメちゃんは自分一人で皆さんに頭を下げに行きますと言ったのだ。
「なんで急にいなくなったんじゃ!心配したじゃろ!って。本当に心からの言葉を聞いて私も泣いちゃいました」
ふむふむ。どうやら関係修復は成ったみたいなので良かった。
この後は定期的にあっちに行ってお世話をすると話してくる。
あの方達はそれなりの資産家だし、顧客としては最高だろう。もちろんあたしもご相伴に与かるつもりだ。
初日だけどアヤメちゃんの能力を見た限りではまずまずと判断できる。まぁはじめからできる人間なんてそうそういない。
アヤメちゃんを講義前に何とか送り届けると、あたしはミラのとこへと向かう事にする。
そこへララちゃんから連絡が入ってきた。
なんでもウサちゃんの制作にあたって、外見と中身を別々に作りたいとキラくんが言ってるらしい。
なる程。AIであるならあそこがいいという事でララちゃんもお願いするようだ。
ならこっちからも圧力をかけておく方がいいかな。
あたしは信号待ちの間にキザキへと連絡する。そしてひと言。
「ララちゃんの話。よろしく!」
『………了解です』
ふっふっふー。これでウサちゃんロボが手元にやって来るというのなら、誰に迷惑を掛けたとしても気にしない気にしないだ。あっはっはっは―――――っ!
てな事を言ってると新たなメールの着信をレリィが知らせてくる。
内容をレリィから聞いてみると、一応のお得意様から話があるからここに来いと言う事みたいだ。
一応というのは、ここのところ向こう側でゴタゴタがありしばらくご無沙汰であったからだ。以前はそれなりに交流があったけど、最近は音沙汰がなかったのだ。(だったら行けというかもだけど、まぁそういう関係だからなぁ)
相談したい事が向こう側であるとそれに応えるという関係で、それ程深い付き合いでもなかったというのが正しいか。
しかも会社じゃなくホテルのラウンジに呼び出すというのは、何ともやな予感がしてたまらない。
ミラへ遅れるとメールを送り、近くで軽く腹拵えをして指定されたホテルのラウンジへと向かう。
お昼前の時間、ラウンジのすファーに座っていると、30代半ばのやけに体格のいい脂ギッシュな太っちょが高級スーツをパンパンにはち切れんばかりにしてこっちにやって来た。
「お前がササザキか。げふっふっふ、なる程なる程。げえっふ」
舌舐めずりしながらあたしの隣に座ろうとしたので、すかさず立ち上がり反対側に回りこんで対面斜め側へと移動する。マナー以前の問題だ。
ドボフと座ったデ◯は、舌打ちしてから話しはじめる。
「知っているだろうが、礼儀として話してやろう。俺様は先日代表取締役社長となったゴシキ ショウジュロウだ。お前の事は爺ぃから聞いている」
いいえ、あんたみたいなの聞いた事ありません。いや、ほんとに。てかこんなのいたんだあの会社。
ああ、そういや先代亡くなられたんだっけ。結局その時は忙しすぎて行きそびれたしまって今に至っちゃったけど。
そっかー、孫が後継いたんだ。ってかこんなのが上になって大丈夫なのかな?あの会社。
あたしが胡乱げにデ◯を見てると、畳み掛ける様に馬鹿なことを言い出して来た。
「げっふっふっふ、わぁざわざ俺様が来てやったんだ。何も言わずに俺様の傘下には入れ。感謝しろよ!この俺様が使ってやるんだからな!げふっふっふっふっ!!」
「お断りします」
あたしは間髪入れず拒否の言葉を発した。条件反射?パプロフの犬的な?
「げふっふっふふっ、何か言ったか?お前は俺様に使われるべき人間なんだよ。げふっふっふふっ、その身体も心もなぁ〜、げっふ」
舐めるように(そして舌舐めずりしながら)デ○はあたしの身体を見てくるのに、思わずザッワワワと悪寒が走る。
それでもあたしは辛抱強く言葉を返す。
「そちらの傘下に入るメリットが全くありませんので、断固お断り致します。それでは失礼します」
交渉にもならない話し合いをあたしは打ち切り立ち上がる。
「げっふっふっふっ。いいのか?業界で働けなくする事など俺様にとって児戯にも等しい事だぞ?まぁ別の業界に行ったら俺様の専属にしてやるがな!げふっふげっふっふ!」
げふげふと脂ギッシュデ◯が脅しを掛けて、冗談にもならない馬鹿なことを言い出して来た。これ殴っていいよね?いや、こんなのに手を触れたくもないっ、キモっ!
それでもあたしは我慢を重ねていつもの様に、言葉を返して立ち去る事にする。
「どうぞ、ご随意に」
あたしが後ろを振り向き立ち去ろうとした時、背筋がザワワワっとヤな感覚が走ったので、振り向きながら右へと飛び下がる。
「ん?げふっふっふ、逃げるなよぉ〜」
口元に涎をちらと零し、それを舌で舐めとりながら手を空に伸ばしたデ◯をあたしは見やる。
そんなん逃げるわっ!キモっ!!
手を伸ばす、飛び退ける。手を伸ばすと何度か攻防が繰り広げられる。(ぎりぎり躱すとかキモくてやだよっ!)
何気に動きが機敏で素早いデ○の挙動に気持ち悪さを感じながら、あたしは最強呪文を発動する。
「誰か――――ーっ!助けてぇ―――――っっ!!」
両手で耳を塞いで肺から息を全部吐き出すかの様に、あたしは叫び声を上げる。そう悲鳴だ。
それを聞きつけた周囲の人々が何事かとこちらに注目する。(それまでも見てたけど)
「ちっ!げふっふっふ、次の機会があるだろう。お前は俺様のものだ、げぇ〜〜〜ふっふっふ〜〜〜〜っっ!」
余裕ぶった台詞と真逆に、警備員が近づくやゴ◯の様にカサササ〜〜と逃げて行った。はぁあああ…………助かった。
やって来た警備担当者に、軽く事情を話し同情されながらホテルを出て愛車に乗り込む。
ハンドルにドサリと寄りかかり力なく息を吐き出す。
「まじ怖かった………。ひぃいい」
今思い出しても恐怖が身体を支配する。落ち着け〜落ち着け〜………。今まで似たような事はあったけど、今日のは特別酷かった。何であんなんばっかあたしの前に来るのか………。
悪寒と鳥肌が同時発生とか、無いわ―無いわ―………。
ふうとまた息を吐き、ひと心地つけてあたしはレリィを呼び出す。
「レリィ」
『はい、あるじ様』
「アレについて調べてくれる?大至急」
名前はどうでもいいか。アレで充分。
『はい、すでに終了しております。表示します』
「お願い」
あたしがそう言うと、目の前にホロウィンドウが現れてアレの情報が表示される。
「……………」
いろいろ酷い。
よくこんなのトップに据えたもんだ。一族経営ってこういうとこ弊害あるよね。もう、ここ切っちゃお。
「おっ、これ取引に使えそ。あ、っとこれも」
すごいわ〜〜………。訴訟と示談のオンパレード。
あたしだったら間違いなく家族の縁切ってるよ、こいつ。
だけどキラくんが(もちろん全く全然あり得ないけど)こんなんだったとしても切れないかも知れないか………。愛とはかくも度し難い。
ある程度の材料を集め(もちろん表に出てないヤツとかも)、あたしはあの会社の実質的なトップへと連絡する。
この人は先代の懐刀と言われる人物で、中々に交渉に骨が折れる厄介なお人だ。
しばしの呼び出しの後つながる。
『………久し振りだね。サキくん』
声自体は落ち着いた渋めのバリトンボイス。でも本人は苦虫を噛んだような顔をしてるに違いない。
彼は本来ならあたしと仕事をしたいと思ってないからだ。
だからと言って事がそう簡単に済まないのかこの御仁の複雑なところでもある。
なんてったって先代命。
なんでか先代にあたしが気に入られてたからなぁ。何でだろ、ほんと。
「はい、ご無沙汰しております。それで実は―――――」
そして今起こった出来事を事細かに、あたしの心情をこんこんと交えて話していった。
そして契約の打ち切りを申し出る。
どうやらアレがやらかした事は知らなかった様で、それでも留意を促してくる彼に対して表のトップのスキャンダルをこれでもかと送り付ける。
彼はそれ等を見て舌打ちを交えて、最後にはこちらの申し出を受け入れ了承する。ひゃっほい。
最後にひと言を言って通信を切る事する。
「若輩者が何を言うのかと思いでしょうが、ひとつだけ忠告させて下さい。今何とかしないと“会社”が大変な事になります。ではお気をつけて」
おばーちゃんじゃないので、老婆心ではないのだ。
『……………』
しばらくの沈黙が何を意味するかは知らないけど、あたしはそのまま通話を切る。
「づがれ゛だぁ゛あ゛あ゛…………。はぁ〜キラくんに会いたい〜〜〜………」
シートに凭れながら呟きが漏れる。
「キラ様はバイトに行っています、あるじ様」
「あ゛あ゛………」
今日は踏んだり蹴ったりだ。仕方なしにあたしはミラのとこに向かう為、愛車は発進させた。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
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