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180.とあるプレイヤーの誘導される正義の鉄槌

遅くなりました入力間に合わずm(_ _)m

いつもより長めです

 

 

 この日もオレは学校から帰ると、HMVRDを被りライドシフトして、VRルームで日課のゲーム内スレ流しをしていた。

 要はゲーム内掲示板でカキコされた情報を見ながら有用つかえそうなモノをピックアップして分析しているのだ。

 

「なーる!武器スキルと生産スキルで派生アーツか。………ふーん、両手剣で使えんのあるんかな?」

 

 オレはホロウィンドウをスクロさせて流し見ていく。

 攻略スレだと、幾つも作られたナンバリング順に眺め見るだけで時間がかかってしまうので、気になるもの以外はこうして軽く浅く見ていく訳だ。

 時間短縮にはいいが、逆に重要なものを見逃すこともあるので一長一短と言える。

 スレ流しをする中で、こんなスレタイがあったのでスクロを止めてよく見てみる事にする。

 

「なになに、【ろくでなしプレイヤー】要注意人物Part17【死ねばいいのに】!?物騒なスレタイだな………これ」


 まぁこの手のVRMMOじゃ、どうしたって出て来るものだ。

 他人の迷惑を省みず、我を通し粗暴に振る舞う者。

 他者へと自身の欲望の為に愉快犯的な行動をする者。

 このゲームじゃ出来ないけど、他所を害して愉悦に浸る者。

 

 オレはこの手の人間がどうしても許しておけなくなってしまう。

 それはニュースで報じられる犯罪者に対しても同様だ。

 殺人然り成りすまし詐欺然り、自分が被害者でもないのにそれと同様の気分になって憤ってしまう。

 義憤と言えばそうなのかも知れない。ただ何故か不思議とその行為が許せないのだと心が吼えるのだ。

 

 オレはそのスレタイを選び内容を見ていく。

 ………確かにろくでもない奴等ばかりだが、ただどう見てもカキコしてるPCも正しいとは言えないものばかりだ。お互い様だろって感じだな。

 

 まぁ鬱憤晴らしも兼ねてるのも掲板の特徴ではある。

 自分がやられた事を適当に膨らませ誇張させてカキコする。なんてのはザラだし嘘を載せる奴もいない訳じゃない。

 だがそれを判断するのも見てるオレ達であればこそだ。

 そしてスクロするその中で目につくものが出て来た。

 

「えーと……“ルウージ村を出て街道をしばらく進んでいると南の方でモンスターをトレインしてるPCがいて、いきなり俺達の方に向かってやって来た。何とかトレインのモンスを倒すと、そのPCがやって来て礼も言わずに自分のモンスとトレードしとろか言ってきやがった”」

 

 なんだこいつ。礼儀とか、人に相対するときの常識とかすっ飛ばしてんじゃんか。ここまで馬鹿やるのも珍しい。

 そいつはその後もしつこく交換トレードしろとか繰り返し言って付き纏って来たらしいが、強く文句を言うと睨みつけて先へと行ってしまったらしい。

 つくづくろくでもない奴だ。

 名前はさすがに書かれてないが、人相風体はしっかりと載せられていた。

 

「銀色長髪エルフ男と、真っ赤なボーアと妖精?の従魔ね………」

 

 へー………妖精の従魔なんて見たことも聞いた事もないな。

 まぁいいか。更にスクロさせていくと、出るわ出るわエルフ男の悪行が幾つも幾つも。

 

「ほんっとにろくでもない奴だな。このエルフ男」 

 

 ギリギリと怒りが込み上げてくる。許せんなこの野郎は。

 これはオレ達の出番じゃなかろうか。

 そこへゲーム内のフレからメッセがホロウィンドウに表示される。

 

 オレはそのタイトルをタップしてメッセを読んでいく。何ともグッドなタイミングだ。こいつもオレと同じスレを見ていたみたいだ。

 証人らしきPCと接触したらしい。話を一緒に聞かないかと書かれてあった。

 

「ふっ、オレ達“正義の鉄槌ジャスティスジャジメン”の出番だな」

 

 オレはちょっと中2病臭い台詞を口にしながらソフトを取り出しログインを――――

 

『シィホワ様が来られました』

「………ちっ」

 

 ホームセキュリティと接続リンクしてるクックさんが本棚の上から声を掛けてくる。

 クックさん―――紫色のヒヨコが羽をパタパタさせて、同じ言葉を繰り返してくる。

 

「なんつータイミングで………。はぁ〜、しゃーないか」

 

 あまりのタイミングの悪さに、つい舌打ちしてしまう。

 はぁ、と溜め息を吐きながらオレはVRルームから現実へとライドシフトする。

 

 オレが一人暮らしをする条件として、彼女の訪問時には必ず会うことを厳命されているからだ。

 自由である事は不自由の積み重ねとはよく言ったものだ。

 出撃ログイン前の高揚が少しばかり収まる中、オレの2歳年上の管理者兼許嫁(いいなずけ)へと会う事にする。

 

 許嫁などと前時代的にも甚だしいものだが、これは致し方なしと思う部分もある。

 そもそもオレのじい様とシィホワの爺様の他愛ない口約束が輪をかけでっかくなったものだ。

 家と家との関係を重んじると言う、うちの家系の中で逃れられない話でもあった。

 

 ライドシフトを終えたオレは、HMVRDを外し私室を出るとリビングへと向かう。

 2LDKの、オレとしては充分に広いマンションではあるが、そのリビングの一室で己こそが主人たるかの様に彼女―――シィホワがソファーに鎮座してオレを待ち構えていた。

 

「遅いですよ、タオロン。どれだけ待たせるのですか」

 

 いきなりの叱責に、オレは憮然としながらお茶の用意をする。

 これを欠かすと悪かった機嫌がさらに降下するので、今までの経験でオレは手際よくお茶を入れていく。

 いつもは日曜の午後一にやってくるのに、どういう風の吹き回しなのか。

 

 いや、どうせきっと何らかの苦情か苦言を呈しに来たに違いない。

 オレとシィホワの今の関係ってのは、こんなものだからだ。

 何かあると怒られるという。

 

 烏の濡れ羽色と称される艶やかに光る黒髪はまっすぐ腰程までに伸び、白磁と言われるそのかんばせには少しだけつり目でありながらも、それほどきつく感じさせない蒼い瞳は父親譲りのもの。

 ただオレを見るその表情は何の感情を浮かべる事なく、冷たい視線をオレへと射貫くように突き付けてくる。

 ハーブティーを2つ入れ茶器をそれぞれの前に置いて、オレはシィホワの対面のソファーへと腰を下ろす。

 

「昨日。とある生徒から報告を受けました」

 

 お茶をひと口含んで開口一番シィホワが話し始める。

 

「……………」

 

 なる程、オレはオレが信じる正義を示しただけだが、そうと受け取らない人間もいるという事だ。

 

「オレは注意しただけだよ。こんな事をやるなと」

「ええ。集団で取り囲んで恐怖心を煽って、大した事でもない事を大袈裟にしてね」

 

 他者から見るとそういう風に見て取れるという話であって、オレはオレの行動に非があるとはさらさら思っていない。

 オレはその事が許せなかったからこそ、行動を起こしたのだから。

 

「大袈裟じゃない。確かにあいつは友達にとはいえ金を借りて返してなかった。間違いなく自分のものにしようとしてたってのは調べ上げてあるんだ」

「そう。彼が必ず1週間後に返済してるのは、分かってるのかしら?」

「っ!」

 

 いや、………確かに5日経っても何もしなかった故に、そう判断したのだ。奴には返す意思がないと。

 だからこそ被害者はオレ達に“相談”してきたのだから。

 

「なんでそんな事が分かるんだよ」

 

 オレ自身の判断を糊塗する為にそう反駁を試みる。

 

「もちろん生徒会権限で調査した結果だけど?」

 

 勝ち誇った様にシィホワの目が細くオレを眇め見る。

 そう彼女はオレの通ってる学校の生徒会長なのだ。

 権力の不正使用なんぞ、彼女の前ではどうとでもなるのだろう。くっ………!

 ただオレの正義は彼女のその行為になんの憤りも沸くことはなかった。不思議と。

 

「もう金輪際(わたくし)に迷惑を掛けないで。いい?」

「…………」


 その氷よりも冷たく凍てついた視線が、言葉と共にオレを貫きながら浴びせかけてくる。

 オレはその視線に無言で応える。

 そう、こうやって彼女はオレがやる事を尽く潰してくるのだ。

 オレの正義は彼女にとっての正義ではないということだ。

 ならばオレはオレがいるべき世界で、正義を行使すればいいだけなのだ。

 

「分かりました。あなた(・・・)に2度と迷惑は掛けません………」

 

 オレは低く唸るように言葉を吐き出すように紡ぐ。

 

「っ!!」

 

 ある意味決別に近いものだとオレは感じる。

 それで何でシィホワが傷ついたような顔をするのか。それはオレの方だ。

 たとえシィホワが学内で、いや学外でもその存在を不動なものとしていたとしても、オレに対する行動を阻害する事には賛同できない。

 ならばシィホワの存在し()ない場所で、オレの正義を為せばいいだけなのだ。

 

 許嫁?勝手にすればいい。心とか気持ちが通わない存在に何が為せるものか。

 オレは不遜に鼻を鳴らしながら、これ以上シィホワといる必要を感じる事がないと判断し、リビングから立ち去る事にする。

 

「じゃ、これから人と会う約束があるから」

「出掛けるの?」 

 

 オレの言にすぐに問い掛けてくるシィホワに、苦虫を潰すような顔をしながら適当に返す。

 

「出掛けない。ゲームで知り合いと会う用事があるんだ。お役目は終わりだろ?だったら金輪際ほっといてくれよ」

 

 皮肉を交えてオレはシィホワへと言い放つ。

 その冷たい表情は変わる事なく、さらにオレへと問い掛けをして来る。

 

「ゲーム?どうしてここにゲームが出て来るの………」

 

 多分シィホワが思ってるのは、いわゆるコンシュマー系やアーケードにあるモニタータイプのものだろう。おそらくオレが誘った事なんか覚えちゃいないだろうな。

 現実を謳歌しているだろうシィホワには想像もつかないものだろうが。ふん。

 

「オレはゲームでも付き合いがあるって話だよ。オレが誘って“あなた”が蹴った【アトラティース・ワンダラー】ってゲームでね」

「……………」

 

 さすがに自分が拒否ったものには、わずかばかりの反応を示すけど、それだけだ。

 

「本日は訪問有難うございました。また、よろしくお願いします」

 

 そう言ってオレはシィホワの顔も見ずリビングを出て行く。

 たとえ彼女がどんな顔をしていても、オレには関係ない話だ。

 2歳年上の敬うべき人間だとしても、オレにはオレの信念がある。

 現実で邪魔してきたとしても、自分が拒否した世界ではどうにも出来ないはずだ。

 そんなことを考えてほくそ笑みながら、オレはHMVRDを被りライドシフトの後ゲームへとログインをする。

 

 オレは常駐している第3サークルエリアのブレッズガイスの街にログインすると、メニューを出してフレと連絡を取る。

 すぐに返事が来て、ちょうどフレとその当事者に近しいPCが会っているというので、近くの食堂で待ち合わせをしてオレは話を聞く事にする。

 

 このブレッズガイスの街はある意味最前線と言っていい場所だ。

 この街は全体が3層になっていて、上層が王族、中層が貴族、下層が平民という形態を為している。

 上層に行く為には、それに関するクエストをこなして、心象を良くし(こうかんどをあげ)ていく必要があるという訳だ。

 

 特に種族クエストなんかは(俺の知る範囲では)この街では見当たらないので、あらゆるPCがこの街でプレイしているって訳だ。(まさに多国籍と言っていいい)

 それにここはそれなりに経験値も美味しいのだ。

 強くなければ正義ってのは行使できない。

 その為にはLvを上げて、能力ステータスを上げる必要があるのだ。それが必要であるが故に。

 

 下層にある平民区の食堂にオレは向かい待つ事にする。

 味はともかく満腹度を上げる為に幾つかの料理を頼み、満腹度を補充していると件のPCがフレと共にやって来た。

 オレの対面に座ると、騎士風のPCは笑顔を向けて挨拶をして来る。

 

「初めまして。リュド―さん。私はゼックウと言います。よろしくお願いします」

「リュドーです。こちらこそよろしくお願いします」

 

 自己紹介と共にフレンド登録申請が表示されたので、オレはすぐに承認する。こんなことは日常茶飯事だ。

 

「で、そいつの事を詳しく教えてくれますか?」

「ええ、もちろん」

 

 

 ゼックウ自身はこの件には関与していないが彼のフレが被害に会ったようで、加害者はんにんのスクショをしっかりと撮っていてオレ達へと送ってきた。

 

「ふ〜ん………。こいつが?」

「ええ、PCN(プレイヤーネーム)はラギと言うようです。プロロアを拠点としているみたいですね」

「はぁあ?まさかぁ!?」


 オレは疑いの目をゼックウへと向ける。Lvが上がれば次のステージに行くのが当たり前だからだ。

 

「それは分かりません。ですが、実際に奴がいるのは間違いないようです」

 

 ゼックウが見せてくるスクショは、次々と映像を変えてその姿を見せてくる。(ん?ノイズが走る?)

 

「それで奴の立ち寄る場所が判明しました」

「へぇ、どこなんだい?」

「プロロアーノ商店街というところらしいです」

 

 は?初めて聞いたぞ、そんなとこ………。

 オレの訝しむ様子にゼックウは笑顔で話を続ける。

 

「どうやら最近発見された場所のようです。奴はそこによく入り浸っていると聞きました」

 

 落ち着いて声音で、緑髪の人族のそいつは言って来る。

 

「ふーん。じゃ、そこで仕留めりゃいいって話だな」

 

 フレが納得したように呟く。

 

「ええ、そうであれば私のフレも満足すると思います」

 

 ゼックウがニンマリと笑みを浮かべ立ち去ると、俺達は軽く話し合いをしてその翌日に鉄槌ジャジメンの決行があっさりと決まる。

 そのことに少しばかりの違和感を持ちながら、事態は進んでいく。

 

 オレ達正義の鉄槌のやる事は至って単純だ。

 大人数でそいつを囲み、ひたすらPvPを申し込む。

 ゲームで示せるのは話し合いや合議でなくただLvを有する力のみ。

 

 条件はただ戦うのみで、何もドロップする事はない。(経験値はもらえるが)

 ただそれを大人数で繰り返すのみだ。

 そうPvPを拒否した時点で、そいつは自分の負けを周囲に宣言することになる訳だ。


 多少強引とも言えるが、匿名性の高いネットプレイヤーはちょっと注意したぐらいじゃ屁とも思わない。

 だから言質をとることを第1にこんな事をやってる訳だ。

 2度とこんな事はやりませんと表面上だけでも言わせる事。

 これが結構効果を出す。

 

 それこそがオレ達“正義の鉄槌ジャスティスジャッジメン”の方針である。

 だがその時のオレには、気づく事が出来なかった。

 これが何者かに誘導されたものなのだと。

 

 話はトントン拍子に進み、俺達は行動を起こす事にする。

 奴が拠点としていると分かっているものの、必ず現れるとは限らない。

 なのでヤツを誘き出す為に、オレ達はゼックウの案に乗ることにした。(オレはしぶしぶだが)

 掲示板けいばんで奴のあらゆる行動を晒し、次に拠点と思われるプロロアーノ商店街で奴の卑怯な振る舞いを噂という形で流す。

 ところがそこで一旦抵抗が生じてしまう。

 

 プロロアーノ商店街にいるNPCがその行動に反発してきたのだ。

 NPCが何言ってんだと思いつつ籠絡しようと言葉を重ねても、どうにも要領を得ず逆に問い質されてしまう。

 本当にその人間がラギという人物なのかと。

 

 その回答を持つ当事者のフレたるゼックウは、理路整然と言葉を重ねるものの逆に訝しめられてしまう結果となってしまった。

 互いの感情が沸点を超えてまさに一触即発という状態の中、そこに当人がやって来た。

 その表情は険しく、こちらを見る視線は刺々しいものである。

 

「あなた方は集団で人様に迷惑を掛けて何をやってるんです。何様ですか?」

 

 NPC相手に迷惑も何もない。

 お前こそがPCに迷惑を掛けてるくせに何を言ってるのか。ふざけ過ぎだ。

 

「黙れ。お前こそPC(プレイヤー)達に迷惑を掛けてるだろうが。オレ達は全部知っているんだ」

 

 そう言いながらオレはラギというPCの迷惑行為を一つ一つ連ね言っていく。

 だが奴の反応が変だった。奴ばかりか、周りの人間も首を傾げ囁き合っていたのだ。“誰?それ”と。

 その様子に何故かオレの胸に不安が広がっていく。

 ゼックウにスクショを見せられ確認したはずなのに。

 オレがその態度に動揺していると、後ろから3人のPCが出て来た。

 

「なーに。こういう分らず屋は叩きのめせば理解できるさ。何が“正義”なのかをよ」

 

 その鋼の鎧を纏ったPCは、他の2人とともに奴の前に立ってPvPを申請する。

 一瞬こいつ等誰だ?と訝しむが、フレの誰かが連れてきたのだろうと思い静観する事にした。

 ………嫌な正義の使い方だ。

 

 従魔を含めた3対3でPvPが始まる。ただ申請画面を奴がスクショで撮ってたのが妙に気にかかった。

 

「つえぇ………」

 

 高レベルPC3人と小さなボーアと妖精の従魔では不公平過ぎやしないかと思ったものの、鉄槌を下すことと考えれば仕方ないと思っていたが、その戦いは圧倒的としか言えなかった。

 従魔は攻撃に加わらず、奴1人で3人のPCを倒してしまったのだ。

 

 あれはLvというよりはプレイヤー個人の技量によるものなのだろう。

 そしてオレは胸中に一抹の不安が湧き上がって来る。

 こんな人間(PC)がモンスターをトレインなんてするのか?

 他人に押し付けようなんて考えるだろうか。

 

「てめぇっ!俺達の装備を返しやがれっ!!」

 

 PvPが終了すると、3人のPCが初期装備の姿でラギへと食って掛かっていた。

 

「何言ってるんです?あなた方がこの方法で申請してきたんですよね。スクショで確認しますか?」

 

 皆に分かるように拡大されたホロウィンドウには、確かに装備アイテムの総取りの設定がされたいた。バカなっ!

 

「おいっ!お前等一体何やってんだ!!」

 

 オレが奴等3人を問い質そうとすると、鎧を着ていたはずのPCは苦虫を潰したような顔をして逃げ出した。

 

「あっ!おいっ!!」

「話が違うだろうがっ!ゼックウ!!」

「…………」

 

 後方にいたゼックウに罵倒を浴びせ、その場から3人が去って行ってしまった。

 ゼックウ?どういう事だ!?

 オレが何がどうなっているのか状況が分からず、周囲を見回すが他のPC(なかま)も似たようなものだった。

 

「先程の事についてまずは説明するのです。マスターがモンスターを引き連れたという話は全く逆の事なのです」

 

 奴のそばにいた妖精が朗々と響く様に話を始めた。

 えぇ?ええっっ!?どういう事だ!?

 

「何者かがマスターを陥れようと画策したものなのです。これを見てなのです」

 

 妖精がパチリと指を鳴らすと空中に大きなホロウィンドウが現れ、それと同時にそれぞれのPCの前にもホロウィンドウが出てくると、それは始まった。

 

 上空から映しているだろうそれには、先頭に1人のPCとその後方には何十体ものモンスターが土煙を上げて走っていた。

 そして画面が切り替わり横からその様子を映し出さると、PCの姿が確認出来るようになる。

 モンスターに追われ逃げ走るそのPCの姿はエルフ男ではなく、なんとも世紀末な格好をしたモヒカンの人族の男だった。


 「なっ、なんでこんなぁっ!?」

 

 どこからか慌てふためく様な声が聞こえるが、オレは気にせず画面へと意識を集中させる。

 

『“ぎゃはははあ――――――――――っっ!!みっちづれだぁああ――――――――っっっ!!”』

 

 街道にPCの存在を確認すると、そいつは進行方向を街道へと変更して突き進む。

 そこには件のエルフ男と、PCが3人ほど見る事が出来た。

 

「こんな映像は捏造だっ!!」

 

 ゼックウだろう声が叫び声を上げて、その映像を否定する。

 だがそれはあり得ないだろう。画面左下にはゲームのタイトルロゴがしっかりと載っているからだ。

 すなわち運営公認の映像ものって事だ。

 

「マジかよ………」「あれ?こいつ………」「ゴーナルじゃね?」「あいつか………」

 

 ザワザワと波が広がる様にPCの声が響いてくる。

 ………どうやらオレ、オレ達は嵌められたみたいだな。

 とんだ道化だ………。

 また画面が切り替わり、今度はエルフ男とモヒカンが話をする場面となる。

 ここでもオレが見聞きした事と真逆の事が行われていた。

 オレは歯をギリリと噛み締める。

 

「おいっ!ゼックウさんよっ!どういう事なんだ!これはっ!!」

 

 オレは後ろを振り向きゼックウへと声を荒げ問い質す。

 

「いやっ!私も知らなかったっ!私はそう聞いただけなんだっ!」

 

 ゼックウは後退りながら弁明をするも、オレ達の不審は増すばかりだ。

 

「火のない所に煙は立たぬということわざがあるのです。でも、あなた方は煙ばかり見て、本当にその火を確認したのです?煙だけ見て火を見た気になったのです?それを鵜呑みにして周囲の人たちに迷惑をかけて恥ずかしくないのです?」

 

 情け容赦なく妖精がオレ達を糾弾してくる。

 くっ、なんにも言い返せねぇ………。

 

「おいっ、ゼックウ何とか言えよっ!!」

 

 オレはその矛先をゼックウへと向ける。だが奴は何も言わず視線を左右にさまよわせるばかりだ。そして何かブツブツ言始める。

 

「約款を知っているのです?別に1人で幾つのアカウントを持っていても問題ないのです。でも公序良俗に反する行為に関してはペナルティを負う事になるのです。ゴーナルさん」

 

 え?ゴーナル?誰が!?

 

「やめろって言ってんだろっ!!やめろぉおお―――――――っっ!!」

 

 突然ゼックウが声を荒げて雄叫びを上げる。

 い、一体どうしたってんだ?

 するとゼックウの身体が頭からタイルが剥がれる様にポリゴンが舞い上がり、変化―――いや、変身

した。

 そこには騎士然とした男の姿はなく、世紀末スタイルのモヒカン男の姿となっていた。

 

「複垢?」「まじ?」「2台持ちって金持ちかよ………」

 

 そう周りのPCが騒ぎ出す。ソフト一体型のこのゲームじゃアカは1つしか取れない。アカが複数あるということは、そいつが2台以上HMVRDを持っている事になる。マジか………。

 

「満足なのです?ゴーナルさん」

「ンな訳あるかぁあああ――――――っっ!てめぇ等の泣き叫ぶ姿見る為に仕掛けたんだよぉおおおっっ!!何なんだよっ!これはよぉおおおお―――――ーっっ!!」

 

 妖精の言葉に火がついたように泣き叫ぶモヒカン。正直見ていたくなかった。

 そしてブツンと電源が消されるように、モヒカン男はこの場から消えてしまった。

 そしてオレ達“正義の鉄槌”も。

 何とも尻切れトンボな幕切れだった。

 

 

 後日談として、オレはアカBANになることもなく一週間のログイン停止で済んだ。フレも同様らしい。

 ただチェーンクエストをやってた途中で、こうなってしまったのが少しだけ痛手ではある。まぁ自業自得なんだが。

 そしてオレの正義は火が消えた様に沈黙する。

 

 そして日曜の午後一。ピッタリの時間にやって来たシィホワがお茶をひと口飲んでからオレに一枚の紙片を差し出す。

 そこには例の相談者と金を借りた奴、そしていつもオレとつるんでるクラスメートの名前が書かれてあった。

 

「これは?」

「タオルンを喰い物にしようとした者達です。すでに処理は済んでいます」

 

 ………そいういやあいつ、一昨日おととい急に転校する事になったとか言ってたけど。………処理ってこえ〜よ………。

 オレが少し引き気味にシィホワを見やると、シィホワは眉間に皺を寄せて何かを呟いていた。

 

「私のタオロンを喰い物にしようなどと、万死に値します」

 

 聞かなかったことにしよう。………そっかぁ、オレの正義ってのは結局ハリボテの空回りだったんだな。

 学校よろず相談なんてサイト開いて困り事を解決しようなんて浅はかだったって事だ。

 現実でもVR(ゲーム)でも散々だな。はは………。

 オレが肩を落としつつお茶を啜っていると、心配そうに瞳を揺らしてシィホワが聞いてくる。

 

「何かあった?」

 

 それは今迄の態度それと激変したものだけに、オレの方が大きく困惑してしまった。

 

「そ、そっちこそ何があったんだよ。今迄と全然全く態度が変わってんじゃんか」

 

 オレが態度の豹変を追求すると、シィホワはふぃと目、いや顔を横にそらしてボソリと呟く。

 

「管理者やめた」

「はぁ?」

 

 管理者ってオレのって事か?

 

「管理者やめたの。タオロンに嫌われてまでやる必要がないから」

 

 みるみるうちにシィホワの顔が真っ赤になっていく。


 ナニ?コノカワイイイキモノハ………。


 このマンションに来た時には、すでにあんなんだったのだ。

 数年間会っていなかったとは言え、期待していたオレは正直ガッカリしたのだ。

 小さい頃にあったしーちゃんと会えると思って。

 あの冷たい視線にさらされて、何も言えなくなったのだ。


 あれから1年が経って、この状態のまま過ごしていたのだ。

 突然こんな変化をされても困るってものなのだ。

 オレがシィホワの態度に戸惑っていると、再度顔を赤らめたシィホワが訊いてくる。

 

「そ、そっちこそ何かあったんでしょ?あいつ等の事無視してたんだしっ!」

 

 前のめり気味にシィホワが突っ込んで来る。

 そうオレの開いたサイトに助けてくれとメッセが入っていた。

 だがオレはそれをあっさりと無視した。

 きっとオレを嵌めようとした奴等は拍子抜けしただろう。

 まぁそれが正解だったようだし。はは………。

 何もないと言おうと思ったものの、まぁいいやと考え直してゲームであった事の顛末を話していった。

 

「嵌めるつもりが嵌められたって分けよね。その妖精?AIなのよね」

「多分な。NPCもNPCじゃねーみたいだったし………」

 

 今考えてみると全く人と変わりがなかったように思えてしまう。

 人間って奴は時間を置くと、ある程度落ち着きを戻して冷静になってくるのかも知れない。

 

「ねぇ………。それって私にも出来る?」

 

 “わたくし”から“わたし”に言い方が変わった。んむぅ。

 シィホワの突然の物言いにオレはまた目を丸くして見開く。

 

「と、突然どうしたんだ?いったい」

「いいじゃない………別に。少し気になっただけだもん」

 

 ぷいっと顔を横に逸らしながら口を膨らませて言う。

 とうとう口調までもが変わってしまっている。

 混乱と困惑の中、シィホワは笑顔を、今まで見せる事のなかった笑顔を見せていってくる。

 

「もちろん教えてくれるよね?タオロン」

 

 ドキリと心臓が高鳴る音が響く。ぐぅ………。

 たしかにあの時渡そうと思っていたHMVRDは手元にある。だけどいいのか?これ………。

 

「い、いいけど………。オレ今ログイン停止になってるから………」

「いつ?いつからログイン出来るの?」

 

 さらに前のめりになってシィホワがオレへと問い詰めてくる。ち、近いって!

 オレは顔に熱が集まるのを誤魔化すように、そっぽを向いて答える。

 

「えーと、3日後かな」

「分かった!私、その日に来るね!」

 

 シィホワはそう言って今迄見た中で1番の笑顔を見せてお茶を口にする。

 シィホワの突然の態度の変化に、意識が追いつけないながらも頷きを返す。

 


 

 よもや、オレがゲームの中でPC達に妬みと嫉みと嫉妬という、嵐のような視線を受ける事になろうとは、この時の俺には知り様もなかった。

 

 


(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます

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