178.まぁそんな予感はありました
ショビッツさんを先頭に僕達は冒険者ギルドを出て、あの職人長屋へと向かう事になった。
ただ以前と違って反対方向に向かっているのが少し気になったけど。
「大丈夫なのですマスター。向かうところは同じなのです」
相も変わらずのエスパーララの言葉に、なる程ど納得に至る。
何も目的地に向かう経路は1つとは限らないのだから。
「ショビッツ様。ところで職人長屋というのはどんなところなんですか?確か職人通りというのがプロロアの街にもあったんですけど、長屋というのは聞いた事ないんですけど?」
ペイくんがショビッツさんの横に並んで気になったらしい事を訊ねている。
へー……職人通りなんてあったんだ、プロロアの街。
「おーもちろんここにもあるぜ、職人通り」
「あ、そうなんですか」
えっ?なんかあっさりとショビッツさんが答えてる。
「ああ、あたし等職人長屋の人間ってのは、要ははみ出し者って奴だな」
それはそれでどうかと思う。
まぁショビッツさんを見てれば、他の人たちもそれなりに灰汁の強い人間ではあるのだろうし。
中央公園前を北へと曲がり、そのまましばらく進むと脇道へと入って行く。
その間もペイくんとショビッツさんの会話は続いている。
「はみ出し者って………何か他の方々と諍いがあったという事ですか?」
ペイくんがちょっとばかり恐々とショビッツさんへと訊ねている。まぁそんな事言われりゃ誰だってそう思う。もちろん僕もだ。
だけどショビッツさんの答えはそんな深刻なものじゃなかった。
「そなんもんはねーさ。ただあたし等が群れるのが好きじゃねえってだけの話さ。そんなんがそこに集まって職人長屋になったって訳さ。まぁ昔からそこに住んでんのもいっけどな」
その言葉を聞いてペイくんはほっと安堵の息を漏らしている。
そんなに肩肘張らなくてもいいとも置いうけど。なんか現実でも苦労性なのが垣間見えてしまった。なんともホロリとしてしまった僕だった。
細い路地をしばらく歩きそこを抜けると、目の前には見たことがある家々が並んでいたのだった。
「へー………あそこからここにつながるんだ〜」
確かに西があれば東があるし、北があれば南があるのだ。
そんな当たり前の事に思い至っていると、姉が袖を引っ張って聞いてくる。
「ラギくん、ラギくん。ここってアレを買ったとこだよね?」
おそらくアレとは雨具の事だろうと見当をつける。
「うん、雨具はここで買ったんだ。アーハンさんの道具屋でね」
「はへー、それじゃそこ紹介して貰える?あたし雨具持ってないしさ」
「うん、いーよ」
「やたっ」
「チャ!」
ん?ルリも欲しいのかな雨具。ならそれも見繕ってもらおうかな。
そんな会話を姉と交わしてると、ショビッツさんが1軒の家の前で立ち止まってそのまま中へと入って行く。
その家からは微かに槌を叩く音が聞こえる。
「ザァアーーーーンきぃーーーーーちぃいいーーーーっっ!生きってかああああっっ!!」
ショビッツさんが引き戸をガララと引きながらでっかい声で呼び上げる。
槌を叩く音がピタリと止まった。そしてドタドタと足音がこちらに向かって来る。
「じゃかしぃいいわっ!ロっリバッバァあああ!ちゃんと聞こえるわっ!ちったぁ年相応にしろやっっ!!」
「どぉうあれがロリババアーーーーじゃぁあああっっ!!その髭毟るぞぉああ?我りゃああっっ!!」
あまりのインパクトと迫力に、僕達は何も言う事が出来なかった。ま、どっちもどっちとは思う。
「ちっ!何じゃ一体。人がせっかくええもん作っとる時によっ!」
「はっ!どぉうせ適当に思いついたもん作っとるだけだろうが。それよりオメェの弟子希望が来てるんだ。しっかり挨拶しやがれや!」
はー………豪快だねショビッツさん。やってきたザンツという人は、顔中を毛に覆われた40代くらいの小柄な男性だった。
胸毛に覆われた上半身をさらし汗でテカっている。筋肉の塊って感じだ。
ただその藍色の目がショビッツさんの言葉を聞いて、ギラギラと光り輝いている。
うん、きっとやばい人だ。(いい意味で)
そこにハヤトくんがザンツさんの前に立ち挨拶を始める。
僕達は半歩下がって、その様子を見守る事にする。
「うっす!自分はハヤトって言いますっ!ガンツの親父からここに来て修行しろって言われて来たっす!これ親父からっす!!」
そしてハヤトくんは手紙のようなものをザンツさんへ差し出す。
「………ふん、ガンツから聞いとる。ふむ、どれだけやれるか見てやる。話はそれからだ。こっちに来い!」
「あざぁっす!よろしくお願いしまっす!」
ハヤトくんから手紙を受け取ると、ふいっとそっぽを向いてからザンツさんがそう告げる。そして一人奥へと向かってしまう。
負けん気が強そうなハヤトくんは、舌舐めずりをしてからザンツさんの言葉に頷いてその後について行こうとする。
その前にあっと気づいて僕達に顔を向けて言ってくる。
「そんじゃな!しばらくは修行すっからさ、またな!ラギ!!
「うん、頑張って」
「ハヤト、頑張れ!
ハヤト、ファイっ!」
「おうっ!!」
僕達は互いに言葉を交わし、そしてハヤトくんは奥へと行ってしまった。なんともあっさりとしたものだ。
「おしっ!んじゃ次な」
ショビッツさんがそう言ってザンツさんの家を出て、東へと向かい歩き始める。
「今度はペイくんのとこかな?」
「そうなんですか?」
僕がなんとなく思ったことを口にすると、耳にしたペイくんが聞いてきた。
「うん、ショビッツさんの家はもっと先の方だからさ。多分そうじゃないかなぁって思っただけなんだ。違ってたらゴメンね」
「いえいえ、気にしないで下さい」
「おう!ここが、チカ助―――チカーシカの家だ。お~~~い、チカ助生きてるかぁ――――ぁ?」
ショビッツさんが左側にある家の前に立ち、僕達に説明してから中へと声を掛ける。
ところでどこから吉とか助とか出て来たんだろうか。ちょっとだけ謎だ。
「はぁぁ…………………い~…………」
微かに家の奥から返事が聞こえて来た。
ここはほかの家と違って趣が違っていた。
ザンツさんの家やショビッツさんの家は木造のものに対して、この家は壁が石造り――――漆喰のようなものだった。
ペタペタという足音とともに奥から人がやってくる。
身長は180cm越えで、腰まで届くかと思われる紫紺色の髪に頭の上にはぴょこんと猫耳が生えた20代後半の女性だ。
なぜ女性だと分かるのかと言えば、バスローブのようなものを羽織っただけで、思いっきり前がはだけていたからだ。
文字通りのスッポンポンで2つの膨らみはかなりのボリュームで、羽織っている布を上へと押し上げていて下へと視線―――――
「ラギくん見ちゃダメっ!」
「ペイも見ちゃダメだよっ!」
と僕は姉に、ペイくんはアスカちゃんに(多分)目を手で塞がれてしまった。
「おま〜なんつーかっこしとんじゃ、チカ助よ」
「うぁ〜………、あ〜しょびっつしゃん、おあよ〜………」
今は現実だと午後なので、こっちは夜間帯になっている。
夜型の人なんだろうか。いやいや、まーゲームだからなぁ………。
「取り敢えず前隠せ。男もいるんだからよ〜」
「あんや?こりゃあ失礼しましたぁ。よいしょっと。これでいいですかぁ?」
目の前の女性がショビッツさんに注意されて、ゴソゴソと何やらやってようやく視界がクリアーとなる。
前を完全に留めた女性―――チカーカシカさんの姿が目の前にあった。
ペイくんがササッと前に出て挨拶を始める。
「初めましてチカーシカ様。僕はペイと言います。お師匠様の指示により、チカーシカ様に教えを請いに参りましたよろしくお願いします。あ、これ紹介状とお土産です。良かったら食べて下さい」
いつの間にかお土産まで用意していたとは、そつがないなぁ―ペイくんは。それにしても皆礼儀正しいな………。正直この頃の年の僕はここまで礼節を重んじたりとかしてなかったと思うから、本当に大したもんだと思う。
ペイくんの挨拶に眠たげな目をしていたチカーシカさんに変化が起きて、眇める様にペイくんをじっと見据える。
「ん〜………じゃあちょっと試してみよっか〜………。こっち来てぇ」
チシーカカさんは紹介状とお土産を受け取って、顎をクイッと動かして移動を促す。
「はい、分かりました」
ペイくんが頷いてチカリカさんの後に続く。
「ペイくん頑張って!」
「ペイ!ガンバっ!!」
「はい、ラギさん今回はありがとうございました。アスカも頑張って!」
立ち去るペイくんを僕達は激励すると、ペイくんも頭を下げて礼を言ってから奥へと行ってしまった。
チカーシカさんの家を出ると、僕はショビッツさんとアスカちゃんに別れの挨拶をする。
「じゃあ、僕達はアーハンさんのとこに行くんで、これで失礼しますね。あ、アスカちゃんも頑張って!」
さすがに新しい弟子との触れ合いの場にお邪魔してまで話を聞くもの無粋だと思う。なので次の機会があればその時にでもいいだろうしね。
「おー、そんじゃな〜ラギ坊」
「ラギさんありがとうございました。ララちゃん、ウリスケちゃん、アトリちゃん、ルリちゃんまた会おうね。あ、サキさんもお元気でっ!」
「でっす!」
「もちろんなのです。頑張ってなのです」
「グッグッグッ!」
「がんば」
「チャ!」
「アスカちゃんもお元気でねっ!」
僕が挨拶とアスカちゃんに励ましの言葉を送ると、ショビッツさんは適当に手を振り先に行ってしまう。
アスカちゃんも僕に返事を返し、ララ達と挨拶を交わす。ララとウリスケはしーちゃんと何故か互いに向かい合い敬礼をビシとしてたりする。
姉に関してはついで感があるけど、これは仕方がないだろう。
姉も特に気にする事もなく言葉を交わしている。
知り合って間もないのだから仕方がない部分もあるのだ。
「それじゃ、失礼します」
そう言って頭を下げてから、アスカちゃんはショビッツさんの下へと駆けて行った。
「よし!これからHPポーション100本作れよ!」「はい!了解ですっ!」なんて声が聞こえてきた。
………無理せず頑張ってほしいものだ。
「ちょっと寂しくなったのです」
「グッ」
「さっと」
「チャ?」
ララ達がちょっとだけ肩を落としながら呟く。
「まぁ会おうと思えばいつでも会えるよ。じゃ、行こうか」
「アーハンさんのとこなのです?」
「うん。サキちゃんの雨具を買いにね」
「ふっふー。ありがとね〜」
そんな会話をしながら僕達はそのまま東へと歩き始め、程なく店の前に到着する。
「ここがそうなの?なんとまぁ、ベタね」
「うん。まぁ道具卸って言ってたからお店って感じじゃないよね」
「へー」
姉がキョロキョロとイーヤン道具店を見ながら聞いて来たので、簡単にそんな説明をする。
「こんばんはなのです。お久しぶりなのです!」
勝手知ったるなんとやらの様に(それ程でもないが)ララが店へと入って行く。
「あっ!ララちゃん、久しぶり!元気だった?」
「元気、元気なのです!」
あれはアーレさんの声かな。僕と姉もその声に導かれるように店の中へと入る。
「こんばんは。お久しぶりです」
「あ、ラギさん!ご無沙汰です!」
「………よう」
店の中に入ると、アーハンさんとアーレさんが揃っていた。
僕はさっそく本題に入る事にする。
「えーと、サキちゃ―――この人の雨具を見繕ってもらいたいんですけど、いいですか?」
「もちろんです!ちょっと待ってて下さいね」
僕の注文にアーレさんがすたっと立ち上がり、奥へと行く。
「チャ!」
「ルリさんお目が高いのです。そこには面白いものがいっぱいあるのです。あっアーハンさま、矢の追加をお願いするのです」
「……ああ、分かった」
ルリがいつの間にかアーハンさんが作った“夢で見たもの”を入れてる箱を漁っていた。
アーハンさんはルリを見て、訝しみつつもララの注文に応じて作業を始める。
その後は近況などを聞き、特に何事もなく過ごしていると聞いてちょっと安心する。
あの手の輩は逆恨みが得意だし、気にはかかっていたのだ。
姉は僕と色違いの雨具を買ってご満悦で(一応ルリの分も買っておく)、アーレさんと楽しそうに会話をしている。
そこにふいと肩をガシリと掴まれる。
誰かと振り向くと、そこには笑顔のショビッツさんが立っていた。
「ラギ坊!これから歓迎会やっから料理作ってくれ!!」
「…………」
おそらくアスカちゃん辺りから何かを聞いたんだろう。ショビッツさんの目はギラギラと光り、口元には涎が付いていた。
うん、ショビッツさんがきっと絡んでくるって、まぁそんな予感はしてたんだけど、料理とはねぇ………。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
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