166.めんどいのはいりまーす
「あたし!お師匠様と話してくる!
僕!お師匠様と話ししてきます!
俺!オヤジと話ししてくるぜっ!」
そんな言葉を同時に発して、アテスピ団の3人は食堂を出て行ってしまった。やれやれだ。
完全にゲームって認識がそこだけスコーンと抜けてる感じだ。
人の事は言えないけど、多分アテスピ団にとってNPCは“ゼアズ”という存在になってるんだろうな。
レイさんの目論見通りに。
これはこれで有りなんだろう。人生を2度楽しめてお得でもある。
とりあえず今日はここまでという訳で、ログアウトする事にしよう。
「おやっさん、皆が戻って来たら“明日の夕方頃”に時計台広場にいるからって伝えて貰えます?僕これからちょっと用事があるもんで」
「あいよ」
コップを片付けに来たおやっさんにそうお願いをして、僕は食堂を出る事にする。
「ああ、今日は助かったよ。あいつ等も相当へこんでいてなぁ」
おやっさんの言葉に、あぁそう云うものもあるんだろうなとは思う。
師と慕われていたにもかかわらず、弟子に追い抜かれるというのは忸怩たる思いも“人”であればあるだろうと思う。
「まぁ、全部ララのお陰ですけどね」
「まっかせてなのです!」
僕がララに丸投げすると、さも当然と言った風に胸をえっへんと反らす。
いやまぁ、正直助かってますけと。色々と。
「あぁそうだな。ララさんのお陰だな。うんうん」
その納得のひと言におやっさんも、うんうんと頷いている。
さて、じゃあ行こうかと立ち上がり、ウリスケに声を掛ける。
「ウリスケ―、行くよー」
「グッ」
僕が声を掛けると、ウリスケはすぐに起き上がりテーブルからピョンと飛び降りて来た。ん?狸寝入り………の訳ないか。
「じゃあ、おやっさん。よろしくお願いします」
「おう。お前さんも気を付けてな」
僕はおやっさんにひと声かけて食堂を出る。
時間的には日を跨ぐ頃合いになる。とっとと寝なくちゃだ。
食堂からだと東の路地からの方が近いので、そこから東大通りに抜けて時計台広場に向かう事にする。
「マスター。どっちの街に行くのです?」
ララが僕の横に並びながらそんな事を聞いてきた。
というか僕に選択権はないと思うし。
アテスピ団に委ねるのがベストだと思ってる。
何より自分が師事する相手なんだしね。
「ん―それはあの3人に選んで貰うしかないと思うよ。なんせ自分の師匠を選ぶ事なんだしさ。それにバラバラに向かうかもしれないしね」
街に行くのが目的じゃないから、そういう事もあり得るだろう。
「それはないと思うのです。あの3人はバカ仲良しなのです」
何気に酷い言い様ではあるけど、たしかにそんな感じではあったりするなぁ。
「まぁ、西はカアンセに1度行ってるし、東はマルオー村までは問題ないと思うから僕はどっちでも構わないってとこかな」
こう言うのは成り行き任せにした方が、何気に良かったなんて事があったりするのだ。
「分かったのです。楽しみなのです」
「グッ!」
「おー」
東大通りに出て、そのまま時計台広場へと到着する。
後はララ達とお別れをしてログアウトだ。
「じゃ、また明日ね」
「はいなのです!マスター」
「グッグッグッ!」
「あでゅー」
皆が手を振る中、VRルームへ移動してそのままライドシフトして現実へと戻る。
僕はHMVRDを外してひと息ついた後、端末を取り出し姉へと連絡をする。時間も時間だしメールでいっか。
「“例の服が出来たから取りに来てね。夕方にプロロアの街にログインするから”と」
よし送信。後は全部明日にしよう。
僕は寝室に入って布団に潜り込む。おやすみなさい。
翌朝いつもの時間に目が覚め、着替えをして日課をこなしてアパートに戻ると姉が来ていた。
時間的にはまだ早朝と言われる時間台だ。いつもだと朝食の出来るタイミングで来たりするので珍しい。
「はよーっ!キラくんっ!」
「おはよーサキちゃん。今日は早いね」
「んーま〜ほら、出来上がったの早く見てみたいじゃん」
姉がそわそわとしながら言ってくる。ほほぅ、ほんと何気に珍しい。
「分かった。でも朝ゴハン食べてからね」
「もっちのろん!」
そう言って姉はミニPCを操作し始める。なんとも古い言い回しだ。
という事でさっそく朝ゴハンを作る事にする。
今日は定番の鮭のバターソテーと大根の味噌汁に卵焼きだ。
あとはFベジのお新香と言ったところだ。
フライパンにバターをひと欠け入れ、鮭を2切れ入れて弱火で火をつける。
大根(これがFベジ)を3cmほど切って短冊切りのあと千六本にしていく。直径が15cmもあるのでこれだけでけっこーな量になるのだ。
アルミ鍋に大根を入れて軽く炒めてから出汁粉と水を入れて煮込んでいく。
鮭にバターを絡めて裏返す。ジュワーと鮭の焼ける音と香りが漂い鼻腔をくすぐる。
思わずお腹の虫がくぅと鳴く。
しばらくそのまま焼いていく事にして、次に卵焼きを作る為ボールに卵3コと白だしと水を加えてかき混ぜていく。
あらかたかき混ぜていったところへ炭酸水をちょびっと入れて軽くかき混ぜる。
これはちょっと前に見た、懐かしクッキングという料理番組のアーカイブでやってた事だ。
卵液や天ぷら粉なんかに少々混ぜて焼いていくと、とてもエアリーになるのだとか。
なので面白そうなのでやって見る訳だ。
エアリー………なんかいい響きだ。
鮭が焼き上がったのを見てそれぞれ皿へと移していき、そのフライパンの上に長方形の型枠を真ん中へと置く。
これを使えば専用器具を使わずとも卵焼きが作れるって逸材だ。
最初にスクランブルエッグを作って片方にひと纏めにして芯を作り、その後は通常通りに焼いては巻きをくるくると繰り返していく。
こうした方が手間もかからず時間短縮も出来るので一石二鳥なのだ。
コロコロとした卵焼きが出来上がり、最後に火力を上げて表面を少しだけ焼いていく。そのまままな板へと移し6等分に切り分けてお皿へ。よし、これでおっけー。
鍋の方もくつくつと煮えて大根もしんなりして来たのを見て、火を弱めて味噌を適量溶かしこんで少し煮立ててこちらも完成だ。
ゴハンはすでに炊き上がっているので、茶碗によそって出来たものを居間と持って行く。
居間に入ると姉はミニPCを片付けてすでに待っていたりする。
「おまたせ」
「んにゃあ、待ってないよー」
ニュースを見ていた姉がなんて事ないという感じで言ってくる。
鮭のバターソテーとゴハンと味噌汁とお新香をそれぞれの前に置いて、真ん中に卵焼きを置く。
「ふぅおお」
料理を前に姉が変な声を上げる。いつも食べてるのになぁと思わないでもない。
「「いただきます」」
パンと手を合わせて食前の挨拶をして、まずは味噌汁を啜る。
「「ずずっ………はぁ〜………」」
うんうん、まずまずの出来。続いて卵焼きをひと切れ小皿に取り分けて何も付けずにひと齧り。
「うぐうぐ。ふんふん」
なる程なる程。これがエアリーってヤツだね。何気にふっくらした気がする。味付けはまさにプレーンと言ったところか。
次に醤油をひと垂らししてパクリ。
うんうん、卵のふんわり感と醤油がベストマッチしている。
僕はこっちの方が好きかな。
やるな、炭酸水。僕は炭酸水に無限の可能性を今感じたのだった。
「ふわふわ〜〜、んま、んま〜〜ぁ!」
姉は6切れあった卵焼きのうちすでに半分を食べてしまっていた。
僕はすかさずひと切れをこちらに移動させて、姉の方へと皿を寄せる。
「あいがと〜、いらくん」
口に物を入れながら礼を姉が言ってくる。はぁ。そして姉は最後のひと切れをパクンと口の中へと放り込む。
この後は鮭を食べ、ご飯を掻き込み味噌汁を啜っていく。
鮭は一時期不漁や何やらで高級魚になりかけたけど、人工海流を活用した養殖なんかでまた大衆魚の地位に返り咲いた。ありがたやありがたやだ。
合間にお新香を齧りつつ、程なくきれいに食べ終える。
「「ごちそうさまでした」」
そして食後の挨拶をした後、それぞれ食器を持ってキッチンへ。
「じゃあ、あたし工房でライドシフトして待ってるね」
「ほいほーい」
秘密基地とは言い得て妙だ。
食器を洗い終わってから、僕も座椅子に腰掛けてHMVRDを被り起動させてライドシフトをする。
VRルームからログイン。そして出現場所の選択画面。
そういや聞いてなかったか。とりあえずラビタンズネストでいっかな。
ラビタンズネストを選ぶと、画面が拡大して僕を飲み込んでいく。そしてラビタンズネストへと出現する。
「ラッギッく〜〜〜んっ!!」
そして突然のダイビング抱きつき。どうやら朝って事で現実では抑えていたみだいで、こっちでは全力運転だ。
「はいはーい。サキちゃん渡すよ―」
「おおっと!お願いしまっす」
抱き付きからピョンと離れて、手を差し出してくる。
いやいや、分かっててやってるんだろうと思うけど………。
はぁ、と諦念混じりの息を吐きながら、僕はメニューを出して作って貰った和装服を姉へと渡す。
「のほーっっ!これこれっ!」
まるで予め知っていたかの様な反応を見せて、姉が装備を変更する。
「ふぅおおっっ!サキさまばっちぐーなのです!」
「グッグッグ―――ッッ!」
「まーべらー」
側で静かにしていたララ達が、姉の姿を見て声を上げる。
うん、確かに似合ってる。
普段の姉であれば着物にタイトスカートってのはちょっと?って感じだと思うけど、VRでの姿だとなんでか似合っている気がした。
と言うか太ももが眩しい。
姉がその場でくるりんと回転すると、ツインテールと垂れ下がる帯が踊る様にクルリと翻る。
「サキちープリちー」
「サキちービュリほー」
「サキちーマ〜ベら〜」
「ねへへぇ〜、そうかな?」
いつの間にかそばに来ていたちびラビ達が姉を褒めそやかすと、姉はいつになくテレテレとして身体をふにゃふにゃと動かしだす。
………なんだかいつもの姉と違って、なんとも対応に困ったりしてしまったりする。
「あー………でもやっぱちょいスースーするかぁ………。あっとこれいーんじゃね?」
姉が何かを呟いてメニューを出して操作をすると、新たに装備を身につける。
「…………っっ!!」
僕は思わず目を見開く。
な・ん・じゃ・こ・りゃっ………あ!?
太ももからふくらはぎ、そして足元に至るまでに淡い黒色のストッキング状のものが姉の両足へと纏わされていた。
「じゃ〜〜ん!どお?どお?これ、よくない?ラギくん」
そして姉が再びくるりんと回転する。おおっ!
その細くも均整のとれた両足を彩る様に淡い黒が艶めかしくまとわり付き、薄く伸びた部分は微かに地肌を覗かせその魅力を引き出していた。
なんかドキドキしてきた。思わず視線が下へと移ってしまう。
「う、うん………。いいと思うよ、うん」
なんとか視線を戻して、姉へそう答える。
「グッ!」
「サキさま、素敵なのです!」
「えくせれん」
ララ達も口々に姉を褒めそやしていく。
「ほほ〜っ!ありがとー。よしっじゃあ、あたし今日はいろいろあるからこれで落ちるね」
姉はルンルン気分でそう言うとログアウトして行った。
そして僕は胸に手を当て深呼吸をひとつする。はぁ〜〜。あとも1つ。はぁああ。
あーまだドキドキしてる。よもや姉を見てドキドキする日が来ようとは。
もしかして僕ってストッキング好き………なのだろうか?
いやいや、ストッキング履いてる人なんてよく見かけ………ないか?あれぇ?
僕は手を口元に当てながら考えを巡らすけど、なかなかいい解答には辿り着かない。
後でちょっと確認してみようと心のメモに刻んでおく。
「マスター、ササミさまから添付ファイルのメールが来たのです」
僕が百面相をやってると、ララがメールの着信を知らせてきた。
多分ウサロボの衣装に関するものだろうから、現実に戻ってから見てみる事にしよう。
「それじゃ、僕もログアウトするね」
「はいなのです」
「グッグッグ」
「おつかー」
「「「おうさま、バイビー」」」
………ちびラビ達はどこでそんな言葉を覚えてくるんだろう。謎だ。(或いはアンリさんあたりか)
まぁ慌ただしくも、僅かな時間のログインだった。
ライドシフトを終えてHMVRDを脇に片してテレビをつける。
ニュース番組では、どこぞの会社が大暴落を起こして代表取締役が解任させられたと報じている。
ただその取締役だったという人間は、最近役職に就いたばかりというのにもかかわらず黒い噂の絶えない人物だったとか。
女性問題やその他揉め事が、枚挙に暇がないとかずらずらと語られていく。
ってかそんな人間を企業のトップに据えるっていうのが理解できないんですけど………。
僕の疑問に答える様に、一族経営の弊害の1つですね等と締めくくっていた。要はお坊ちゃん社長がオイタして酷い事になったって訳だ。ふむ。御愁傷様だ。
おっとそれはそうと、まずはササミさんのメールを確認しなくては。
僕は端末を取り出して着信メールを開く。
「えーと“アイデアがいくつも湧き出してしまったので、先方へどれがいいか選んで貰って欲しい。もちろん幾つ選んでくれても構わない。以上よろしく!”と」
てな訳で今度は添付ファイルを開いてみると、出るわ出るわ、執事服とメイド服のオンパレード。
めくってもめくってもデザイン画が尽きないので一覧にして見てみると、全部で執事服が56着、メイド服が33着ありました。
「……………」
正直やり過ぎじゃんと思わないでもないが、ササミさんの情熱の現われだろうと諦める事にする。
こう言うのは学長とセンセーに丸投げすればいーのだ。
という訳で2人に添付ファイルを付けてメールを送る。
後は直接連絡しあえる様にササミさんのメアドもつけておく。
文句言われたら謝ればいいや。(多分そんな事にはならないだろうと予感する)
さて、ひと通りの事が済んだので、今日はウサロボ三昧といきましょうかね。
工房に入ると、姉はすでに出掛けてしまったようで誰の気配も見当たらない。
機材の電源を入れて、さっそく作業を始める事にする。
さぁて、ちゃっちゃとやりますか。
・
・
・
結局、全ての部品(外装も含め)組み立て前まで作り上げてしまった。そしてララにまた叱られえてしまう。(今回はウリスケに体当たりをもらって気が付いた。すみません………)
そしていつの間にか端末にメールの着信が何十件も来ていた。
おぅふ、………全部ササミさんと学長とセンセーからのものだった。
とりあえずすぐに3人に連絡を取って事なきを得る。
お昼を抜いてしまったので、軽くインスタントラーメンを食べてから座椅子に腰かけHMVRDを被り、今日2度目のライドシフト。
今度はプロロアの街を選び、時計台広場へと出る。
ララ達と挨拶を交わしてから、まだ夕方前なので少しだけ待つ事にする。
ちょっとだけ広場の中を見てみようかなと思ったのだけど、その前にアテスピ団の3人がやって来た。
「「「ラギさんっ!こんにちはっ!!」」」
「っ!………うん、こんにちは」
突然の接近に驚きつつも、かろうじて何とか挨拶をする事ができた。あーびっくりした。
あれぇ………な〜んか皆の目がキラキラしてる。どうしたんだろう。
「ラギさんっ!あたし達っ!
ラギさんっ!僕達っ!
ラギっ! 俺達っ! 」
ググっと顔を寄せてくる3人。そして。
「「「カアンセに行こうと思いますっ!!」」」
ジャジャ〜ンとバックに掻き文字が見えてきそうな勢いだ。
「なぜカアンセなのです?」
勢い込んで言って来た3人を、落ち着かせる様にララが訊ねる。
「ガンコよりワガママ!
ヤンデレよりツンデレ!
テンネンよりマジメ! 」
アスカちゃん、ペイくん、ハヤトくんがそう叫んで拳を掲げる。
「「「なんでカアンセにしましたっ!!」」」
「ガ―――ッ!
したっ!
っす! 」
ああ………。アテスピの皆までがマスターと同じ様に。
朱に交わればという奴なのかも知れない。いや、悪くはないよ、悪くは。
「分かったのです。それでいつから向かうのです?」
「「「明日の朝からいいですか?」」」
ふむ、明日は土曜日で学生さんはお休みだからってことかな。
僕がララに頷くと、ララは腕を組んで首を縦に振りつつ話しだす。
「了解なのです。では各自、準備をしておいてなのです!」
「りょ〜かいですっ!
わっかりましたっ!
オッケーだぜッ! 」
何故か全員がララに敬礼をビシッとする。何これ………。
「食いもん買いに行こ―ぜ!」
「あ、あたしポーション作るっ!」
「ラギさん何が必要なのか教えて下さい」
アテスピ団の3人が行動を起こそうとした時、その向こうから声を掛けられてしまう。
「あれ?おうさまじゃん。おうさま――――っっ!」
声の方へと顔を向けると、あーやっぱりと言う残念な思いがその場を支配する。
「うざいのです」
「グゥ………」
「やれやー」
ララとウリスケとアトリがゲンナリとした声を上げる。はい、僕もです。
「Lv上げと装備に新調したぜっ!さぁ、PvPやろうぜっ!おうさまっ!」
はい、めんどいのはいりまーす。はぁ………。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
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