156.キラくんの行動を観察する その29
居間に簡易テーブルと付け足して、あたし、ミラ、ガモウさん、ヤマミさんとキタアオキちゃんがそこに鎮座して料理を待つ。
「よかったらこれ食べてて下さい」
そこへキラくんが肉の切り分けや仕込みをする前にと漬物を出してくる。
大き目のお皿にてんこ盛りにのせられた漬物を口にすると、皆が無言で食べ始める。周囲にはパリッパリッという音だけが響く。あ、あたしも。
ん、これあの時のFベジ製ハクサイの漬け物だ。
そしてこれを食べてる内に堪らなくなったミラとガモウさんが、持参してきた缶ビールをプシと開けて飲み始める。
それに釣られる様に他の2人もそれに追随する。
あたしはそれには参加せずにキラくんが忙しなく動いてる間を通り、ウーロン茶を冷蔵庫から取り出してこれに徹する事にする。
この後HMVRDを使うので、酩酊する訳には行かないのだ。う〜ん、でも烏龍茶より緑茶の方がいいかな、これ。
なんかこれ前にあたしが奪ったのよりも味が濃ゆい感じがする。
くぅ〜っ、たしかにこれはビールが欲しくなるっ!むむぅ、ダメダメ!誘惑に負けちゃダメだ!
でもこの前食べたやつよりなんか美味い感じ。
酸味辛味が馴染んだというか、共に手を取り合うって感じかな。じんわり舌に染み渡ってくる。
そしてパリパリの食感。はふぅ〜ん……!いやいやダメダメっ!
あたしの懊悩を余所に、4人がビールをあおっている所にホットプレートと切り分けた豚肉を抱えてキラくんがやって来た。
そしてホットプレートを卓袱台へとセットして電源を入れる。
「皆さんで自由に焼いてって下さい。今、野菜も持って来ますんで」
艶々しい豚肉を見て、あたしを含めて皆が歓声を上げる。
「どうしたの!この肉?」
ヤマミさんが豚肉をしげしげと見てから、顔を紅潮させて聞いてくる。
「あ〜、お裾分けで貰ったんです。流通できるほど量がないってことで」
「そかー………残念」
ヤマミさんてば肉の見定めもするのか。あれ?ヤマミさんて確かアパレル関係の会社じゃなかったっけ?もしかして、こっち方面にも手を伸ばしてるのかにゃ?
なら少しぐらいは情報流してもいっかな、うん。
「ヤマミさん、実はこれって移植用に生育された豚ちゃんで、この肉ってその残り物ってやつなんですよ」
「っ!………ほほぅ」
あたしの言葉にニヤリと口角を吊り上げるヤマミさん。とは言っても移植用に調整されてるから、旨いとは限らない。
その辺りもあたしの目を見て、ヤマミさんは察した様で軽く頷いている。
「サキさ~。この漬物まいよ~。どこで買ったか知ってるぅ?」
今まで黙々とビールと漬物に注力していたキタアオキちゃんが、豚肉をホットプレートに載せながら話を振って来た。
そしてそれを聞いた3人の視線があたしへと集中してくる。
え?何?
「………え〜…キラくん自家製のヤツだよ。前にあたしも食べたし。ちなみにFベジだよ」
「「ほぉー……」」
「へぇ〜…Fベジ?」
「ファクトリーベジタブルってやつか?ふつーのと何か違いがあんのか?サキ」
ヤマミさんとガモウさんが関心の声を上げ、キタアオキちゃんが頭を捻り、ミラが補足する様に聞いてくる。何と言う連携。
「すっごい大きいんですよ。僕が両腕て抱えるくらい……ですね」
あたしの代わりに居間に入って来たキラくんが説明をしてくれる。ほぇ〜そうなんだ。知らなんだ。
「こっちはFベジじゃないですけど、あとこれがタレです。あと塩とコショウ置いておきますね」
そう言いながらキラくんは薄切りのタマネギ、ニンジン、カボチャ、ジャガイモにキャベツとトマトを載せたお皿を卓袱台の上に置き、母さん謹製の焼き肉のタレと塩コショウの入った容器を置いていく。
「最初は何も付けないで食べてみるといいですよ、これ」
キラくんがそう言って居間を出ると、皆の視線が豚肉の上へと集中する。
そして焼き上がった肉をそれぞれが手に取り口の中へ。
「……………」
「………ぬふ〜」
「ほぉ………」
「うま………」
しばらく咀嚼してから言葉を漏らし、すぐさまビールを煽る。
カァーとひと吠えしてからは、めいめいが肉を焼き始める。
ミラとキタアオキちゃんは肉だけを焼き、ヤマミさんとガモウさんは肉と野菜を載せていく。
もちろんあたしは肉だけだ。
その間にもキラくんが出来上がった料理を持って来て、卓袱台に置けないほどになってしまう。
ボークステーキ、豚の生姜焼き、ボークピカタと豚肉三昧だ。
そしてあれだけあった料理がまたたく間に減っていく。
それと同様にお酒も。(ヤマミさんとガモウさんがどこかに連絡して配達してもらったりしてる)
そして極めつけの料理がやって来る。
形は角張っているものの見た目は唐揚げの様なものを箸で取りひと口齧る。
「っ?はふぅ〜〜んっ!」
思わずそんな声が漏れ溢れ出る。
サクリとした表面にトロンとした食感の中身。
お昼に食べたのと同じ角煮が中には言っていたのだ。
「うま、」
「………ん〜」
「んぐんぐ」
「ほぁ〜………」
4人がそれぞれの表現で感嘆の声を上げる。
普通に角煮を出せばいいものを、キラくん変にひと捻りしたものを作ったりする.
荷崩れたり爆発したりせずに、よく揚げられるものだなぁと感心してしまう。
「ろ言う訳れ、アチスらントを入れらした〜」
しばらく飲み食いしてると酔いが回ってることに気づく。あれ?
ウーロン茶を飲んでたはずなのに、ん?これウーロンハイ?
確かミラから受け取った………。まさかっ!?
「サキさぁ〜も、おもろい娘見つけるよねぇ〜」
キタアオ……もうキーちゃんでいいや。キーちゃんが手酌でポン酒をコップへと注ぎクピリと啜り言ってくる。
「らまらまれすよ〜。ろっちあっていう〜とぉ〜、あの弁護士《えんごしぃ〜》の珍プレーのろかげ的なァ?」
あたしは呂律のまわらない舌でそう言いながら、ミラをジロリと睨め付ける。
その視線を受けてミラはニヤリと口角を上げ笑う。
くぅっ!やられた!!今日はもうHMVRDを使えない。
酩酊した状態でライドシフトは出来ない。脳波パターンの乱れがあると弾かれてしまうのだ。
こうなった以上は仕方ないと、あとはガッツリと飲みにまわる事に決める。
ウーロンハイをクィとあおり、空いたコップへビールをなみなみと注いでいく。そして一気に飲む!くはっ!これこれぇっ!!
そして角煮唐揚げをパクり。んふーうまうま。
「そいつって成り立てヒヨッコじゃないの?焦りすぎて事を為すなんてのはよくある話でしょーが」
「だよねぇ。だがちと事前調査もやってないんじゃ先が知れるというもんだがね。キラくん!これイケるね」
「じーちゃん秘蔵の古酒《クース―》ですよ。まぁ、もーいいかなって」
いつの間にやら料理を作り終えたキラくんが飲みに加わっていた。むむぅ、ここで観察す《み》る訳にも行かない。
たくさんあった豚肉料理は姿を消し、今卓袱台にはポテチやらサキイカなんかの乾きもんが置かれていた。あとデリバリーのピザが、ホットプレートがあった所にでんと置かれてある。あれ?
酩酊の上に意識まで飛んでたみたいだ。うむむ………。
「ミィアァ!あんらあに飲まえてんのおっ!」
「のははは〜〜〜っ!ジンとウスキーとぉスピリッツにあろなんだっけぇ?なはははあ〜〜〜〜っっ!!」
「……………」
ダメだこいつも酩酊してる。
「サキさぁ〜〜。それ食わしてぇ〜〜」
キーちゃんがあたしが確保した豚肉料理へと箸を伸ばしてくる。狙いは角煮唐揚げ!だがすかさず皿を回避しつつ、そのまま唐揚げを口へと放おる。
「あ、あ〜〜〜………」
くっくっく、ちびちび染み染み味わいながら食べていたものを容易く渡すはずがないのだ。甘いぞキーちゃん!
「らいらいあんら、いっらい食っっらじゃんかぁ!しとのもん取るんりゃないわにょ!ぴじゃ食え、ぴじゃ!」
そんなこんなでその夜は酔いに任せて過ぎていった。あふん。
「ぬぐぅ………。んふぁぁあ?………」
今まで沈んでいた意識が浮上してきて、記憶が再現される。
うぬぅ………。やっちまったか。
普段はある程度節度を持って飲むんだけど、今回に限ってはそれに抗う事が出来なかった。ミラのバカ。
あたしが目覚めたのは、キラくん工房にあるあたしの秘密基地。
社長椅子っているか万能椅子にどかりと寄り掛かり、リクライニングを倒した状態で寝ていたのだ。
そしてスーツとプラウスはハンガーに掛けられていて、代わりに愛用のスエットを身に纏っていた。あうぅふ。
記憶のない現状に顔を顰めつつ、いつもの事かと諦めの息を吐く。
あたしは酔っていても自動的というか無意識にこういうとこはしっかりしてるらしい?のだ。
横になったまま軽く伸びをして時間を確認すると、午前五時ちょっと過ぎ。
酩酊感は全くなく意識ははっきりしている。
これならライドシフトしても問題ないだろう。
朝ゴハンを食べるので時間はそれ程無いけど、見れるだけ見とこうかな。
バッグから出したHMVRDを被りさっそくライドシフト。
弾かれることもなくVRルームに入るとレリーと挨拶を交わし、キラくん観察装置を起動させる。
あの後から増えた項目を見ながらどこから見ようかと眺めていると、なんか変なのが追加されてるのに気づく。
「ダイジェストモード?」
「はい、あるじ様。昨日アップデートされた際加えられたものです。ご覧になる項目をチェックしてダイジェストモードを選びますと、見所を選択して映しだす様です」
ふぅん。アニメの総集編みたいなものかな?
ってかアプデすんのかい!ピーピングシステムって………。
時間もないことだし、ものは試しと使ってみる事にする。
昨日見た続きから最新のもの迄をチェックしてダイジェストモードを起動させる。
キラくん達は公園から出現して、南門でナチュアちゃん達と合流しそのまま南街道を歩き始める。
デヴィテスの街を収める家の人間とは思えないくらい質素なものだ。まぁ理由は道すがらに話していたけど。
本当に物語らしいというか、現実的というか。
あんな目にあったのならそれも仕方ないのかも知れない。
このダイジェストモードというのは、何と言うかセンテンス毎に切り替わるものみたいでチャプターの様に切り替わる前に説明文が表示されるので(“ラギさん街道を行く”とか)、ブツ切りな感じはあまりしなかった。(それでも唐突感はあるけども)
つーか何であんたがいるのかなぁ?レイちゃんさ。本人も楽しみたいのかも知れないけど、GMダヨネ?
それはさておき、時たまキラくんの動きが変だったりしたりする。多分あれスキルに動かされる感のあるヤツだ。
そして降り始めるスコール。雨具を装備するキラくんの姿はかっこいー。
ララちゃんウリスちゃんもそれなりにサマになってる。いーなー。
モンスターとの戦闘はプロメテーラさんとヴァーティさんが余裕で倒していってる。キラくんは弓で牽制するぐらいだ。
本人としては護衛任務なのにいーのかなぁって顔してる。あと馬人間に思わず突っ込み入れてて笑ってしまった。ぶぶ。
このエリアってちょい性質悪いもんなぁ……。下手に街道を外れると足を取られるし、スコールで視界遮られるんで評判はあまり良くない。(街道自体はマップ埋めの必要はないから、そこまで酷いものじゃないけど、やる奴はやる)
その後特に何事もなく村へ到着し宿に入ってログアウトかなと思ったら、キラくんはメニューを開いて何やら考え込んだ後、下へと降りて宿屋の主人と話をして厨房を借りて料理を始める。
肉の塊を出してそれを細かく挽いて挽き肉へとしていく。
それを形成していって小判型へと成していく。
そしてそれ等を次々と焼いていく。………うまそ〜。
相変わらずキラくんはブレないなぁ。
出来上がったものを皆で食べて感想を言っている。
「ウマ、美味いのです」とかララちゃんがダジャレめいた事を言ってたりする。
………あー、ウマなんだあれ。へー……。
そして今回のメインイベントとも言うべき戦いが始まる。
“ラギくん戦う”というあっさりした表題なのに内容は濃ゆいものだった。
ってか懸案事項だらけだった。……なんじゃこりゃ!?
キラくんの相手はあの鎧男。歪んだ顔が何とも小憎らしい。やっちゃえキラくん!
ナチュアちゃんが周囲のモブを、プロメテーラさんとヴァーティはゴーレム相手だ。
産廃防具を使いこなす鎧男や、ただのゴーレム(と言っておこう)が変化して人の様な姿へとなるなんてあり得ないことだ。
そして極めつけがキラくんがあたし達が冗談で盛り込んだスキルで見えないNPCを倒し、ゴーレムを屠った時に起きた事だ。(鎧男は防具を破壊され、ララちゃんに埋められてキラくんに倒されたので溜飲が下がったものだ。ざまぁ!)
外部との回線が開きかけたのだ。もちろんサーバーCPとHMVRDは繋がっている。
ただそれ以外の回線とは一定の条件下で繋がらない様になっている。
それがプログラムが新たに作り組まれ起動され様とする兆候が見受けられたのだ。
そのデータがキラくんのHMVRDに侵入する寸前、ララちゃんの攻性防壁にあっさりと消されてしまった。
AIがゲームの魔法を媒介してプログラムを作り上げ、別世界へ旅立とうとするなんて………。
んにゃヤマトの例があるからあり得ない話じゃないんだけど。
ここら辺の管理もやんなきゃなぁと、頭のメモ帳に記録していく。やれやれ、一難去ってまた一難かー。
ちなみにキラくんが悶えてた理由も分かってしまった。
あの怒り方父さんそっくり。身内に害が及ぶと頭に血が上るのは遺伝なのかな?ぶぶっ。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




