154.キラくんの行動を観察する その27
「――――――サキさんですね」
あたしがその日所用で顧客のとこへ行き、ミラの会社へとやって来た時その男が現れた。
「どちら様?」
初対面の人間に問われて名乗るなどと言う迂闊な事はしない。
なので逆にあたしは問い返す。
「ぼ、私はフォーガード所属の弁護士、ヌバタマと申します」
ぎこちなく名刺を端末から差し出してくる。
ホロウィンドウに表示されたものは、確かにその弁護士の名前と所属が書かれており、電子認証を確認すると確かに本物である事が分かった。
襟元のバッチも法曹界の人間が付ける天秤が描かれている。
まぁた弁護士かぁ~………と、先日に続きちょっとだけうんざりしてしまう。
そしてこの男はこう言い放って来た。
「あなたを訴える用意は調えています。その前に示談に応じませんか?」
突然のその言葉に、だけどこの前のあいつ等とは全く違う態度に訝しみを覚えながらあたしは言い返す。
「人様に訴えられる様な事はしていませんが、どういう事ですか?事と次第によってはこちらも出るところに出る事になりますが?」
愛車に軽く寄りかかりながら相手を睨め付ける。あたしのその態度にカチンときたらしい男は、少しだけ声に憤りを載せて発する。
「何しらばっくれてんだ!あんたがお年寄りから金を騙し取った事は調べがついてるんだ。観念するんだな!」
あたしより少し下と思われるこの男は、こちらを見下すような視線を向けて青さを表してくる。
わっかいなー。青々過ぎて目も当てられない。
弁護士スーツを身にまとい、中肉中背で黒髪のやたらと目がクリクリしているのが特徴といえば特徴か。チワワンと称しよう。クリ目とキャン吠えはぴったりだ。
変な正義感ばかりが肥大している感じがあたしには見て取れた。
確かフォーガード――――法ガードとも言ってたか。
その弁護士事務所のは人権派の弁護士が多数所属してるとこだったと記憶している。
誰か知ってる知己いたかな?まぁ他から当たる手もあるけど。
いんや、そんな事はどうでもいいのだ。こんな人間にかまけてる場合じゃない。
膨大な量の処理案件を前に皆業を煮やしてしまっているのだ。
多少の取りこぼしはあったとしても、これ以外に手はないとあたしは感じている。
稟議書もどきは作ったので、あとは説明あるのみなのだ。
こんな些事にかかずらわってる場合じゃない。
「どうぞ、ご随意に。それが間違いだった時は、そちらもあなた個人ではなく事務所としての責任を追求させて貰いますので、そのように認識して下さい。では」
あたしはそうチワワンに一気にまくし立てる。
そのあたしの言葉を理解したチワワンは、顔を青褪めさせながら立ち去るあたしの背へと声を上げる。
「ま、まてっ!な、なら被害者と面通しすればあんたがやったか分かる。明日、この時間に!」
あたしの物怖じせぬ態度に焦りを覚えたチワワンは、そう言って立ち去っていった。
なんなのよ、もー………。
「ヌ、タ?」
『ヌバタマです。あるじ様』
「あぁ、そうそう」
あいつが行った事がちょっとだけ気になってしまったのだ。
“お年寄り相手に金を騙し取った”とはどういう事なのかと。
それがある意味本当に事実であれば、民事ではなく刑事事件に発展するものだ。
なのにあの言い様だと、言外に事件にはせずに示談で済ませようとしているとしか思えない。ふぬ。
「レリー、ちょっとあれの担当案件について調べてくれる?出来るだけ合法の範囲で頼むわね」
『かしこまりました。あるじ様』
そしてあたしが玄関に辿り着く前に答えが返ってくる。
『あるじ様、分かりました』
おー、さすがあたしのレリーは優秀だ。
『あの方が扱っている案件は、寸借詐欺に類するものです。何名かの高齢者に対して株取引について話をされた方がおり、その際に現金を預けたというものの様です』
あー、昔えっらい幅を利かせてたオレオレ詐欺とか振り込め詐欺とか言ってたやつか。
まぁあれもAIによるATM管理とか、公共周辺警戒システムの導入で粗方駆逐されたと聞いていたけど、未だ根絶には至っていないのが実情だ。(犯罪って消えるもんでもないしねぇ)
旨い話にはなんとやらだけど、レリーが調べてきたものをホロウィンドウで確認してると以外にも騙し取ったという人物の名前が出て来た。
「サキサカ アヤメ………?」
『はい。その方がこの案件の首謀者のようです』
………サキしか合ってないじゃないかっ!チワワンどうやってあたしだと特定したのか訳分かんないんだけどっ!!
眉間をしわ寄せ縦縞を作ってると、レリーがあたしの疑問に解答を示してくる。
『推測ですが、サキという人物とトレーダーを調べてみた結果ではないかと思われます』
「…………」
馬っ鹿じゃないの?その手の生業をしてる人間にとって裏付けを取るというのがどんだけ重要なものであるか全く理解してないにもほどがあるというものだ。
行動力があったとしても、間違った方向へと進んで行ってしまっては本末転倒もいいとこだ。
それはそれとして(あー言う人間の事を考えるのすら時間のムダにしかならない)、このサキサカ某の方がちょっと気になった。
その時の売買記録(合法?キニシナイキニシナイ)を見てみると、それなりに筋は通ってるんだけど買い方を誤っていた。
銘柄によっては大量に購入しなければ、利益が上がらない事がままあったりする。
小口売買も出来ない事もないんだけど、それだと下支えが出来なくて逆に大幅な損切りどころか赤を出してしまう事になってしまうのだ。
カラ売りで売り抜ける事もやれない事はないんだけど、それにはトレーダーの等級が高くないと出来ない話になってくる。
グレードとはトレーダーのこれまでの経歴―――売買に携わって損益をいくら出したかで機関が評価するもので、これによって信用度が上がったり下がったりや売買で出来る事が増えたりする。
まぁ要は資格みたいなものと考えればいい。
この業界経験とデータが物を言うけど、時たま勘というか第六感みたいなのが要りようになる事がある。あるいはこの人物ももしやかと。
あたしはちょっとした興味が湧き上がったので、翌日はチワワンと面通ししてみる事に予定を入れる。
それが昨日の事で、仮眠室で軽く伸びをして目覚めを促して部屋を出る。
時間は早朝と言っていいものだけど、案外待ち伏せしてるかも知れない。
一歩間違えればストーカーだ。まぁチワワンの事については伝手を使ったので何とでもなるでしょう。ふふん。
顔を洗い軽く化粧ををしてスタッフに声をかけてから建物を出る。
すでに玄関前には頼んだ自動送迎車が2台停車していた。
案の定あたしが玄関から出ると、チワワンが道路脇から現れる。予想していたとは言え、やっぱこあいよ実際。
「さぁ!一緒に来て貰うぞ!被害者に謝罪と弁済をして貰うからな!」
指差すな!チワワンの分際でっ!しかも一晩で言ってる事が悪化している。面通しはどうしたんだ?
はぁ、とあたしはチワワンを残念な視線で眺めながら言葉を掛ける。
「なら私がそうか、そうでないかはっきりさせましょう。ちょうど車が2台来てますし、早速向かう事にしましょう」
「え、え?」
こちらが攻勢に出た事で機先を削がれた顔をしたチワワンにさらに畳み掛けるように指示をする。
「そちらの車に載って先導して下さい。私は後ろの車に乗って追走しますので」
「え?何で2台?」
はぁ?何であんたみたいなチワワンと一緒に乗らにゃならんのか、アホか、アホか、アホですかっ!!
落ち着けあたしっ!お〜ち〜つぅ〜けぇ〜………。うん、落ち着いた。
それなりに取ってつけた名分を披露する。
「あら、疑いが掛かっている人間と一緒に乗り込むなんて、常識的に考えれば有り得ないんじゃないんですがどう考えますの?」
「………そうですね!分かりました」
ふんっ、こんなのと一緒に車に乗るなんざ御免こうむる。だからこそ愛車を置いて行くことにしたんだから。
そう、あたしの愛車にはキラくん以外に乗せる予定はないのだ。
モヤモヤした思いをそのクリクリ眼に浮かべながら、車へと乗り込み目的地へと向かうチワワン。
あたしは後続の車へと乗り、その後を追う。
ここから1時間余の距離がある。(もちろんレリーからその関連のデータは受け取り済の上、チワワンが乗った自動送迎車のAIも掌握済みだ)
そんな時間の余裕があるのならば、あたしがやるべき事は吉良くんの行動を観察する事にほかならない。(他に何があったとしても重要度は段違いなのだ)
ホロウィンドウに表示されたキラくん達は、ショビッツちゃんに紹介された道具卸しの店へと向かっていた。
そこにはなんとも可愛らしい娘さんと、無愛想な若者がキラくん達と相対している。
そしてキラくんが雨具を買いたいと申し出ると2種類の雨具を出してきた。ぶっ!
もうどう見てもキラくんが買っちゃうのが、こっちの方だと丸分かりの物があったのだ。
ってか三度笠に道中合羽ってあんまりにも出来過ぎるって思うのは考え過ぎかなぁ?
つーかあたしも着てみたいっ!お控えなすってってやってみたいっ!くぅ、何であたしはこんなのに乗ってんのか、くぅ……!
ララちゃんウリスちゃんが興奮しているのも頷けるのだ。うんうん。
あの2人にも雨笠と合羽を買ってもらってるのが羨ましいっ!うにゅうっ!
しかも妙に似合ってるのがまぁ小憎らしいこと。
そして、皆がワキャワキャやってるとこへお邪魔虫が現れる。
「………はぁあ?」
そう思わず声が出てもしょーがないと思う。
水◯黄門や伝◯捕物帳の様な話の展開にあたしは思わず目を瞠ってしまった。
ぬっふぅ〜〜っ!なんであたしはこの場にいないのかっ!ぐぅう!
そしてララちゃんの活躍であっさりとこの場は収まってしまった。
その気になれば駆逐できたであろうものなのに、ララちゃんにしては対応が甘いんじゃないかと思う。
あるいはキラくんに配慮した部分もあるんだろうと思うけどもねぇ。
その後は店主がお礼と言って色々キラくんたちに渡したり、なんでか木を組んで遊び始めたりしていた。いーなー。
そういやギャンブル関係で家が巻き込まれた事があったっけ。
勝手に連帯保証人(偽造)にした挙句逃げようとしたロクデナシ野郎がいて、逆にとーさんがその何十倍もの賭けであっさりと取り返してしまった話だ。
あー、この人敵に回しちゃいかん人間だと、その時思ったものである。
その時何であんなのを助けたのと尋ねると。
とーさんは苦笑しながら、あんなのでも役に立つ事はあるんだよと。助けたのは情けではなく理があると言外に告げる。
どう見ても情けなんだけど、理としてはそれなりの対価も得たという話なのだ。
そんな風に見えない糸を紡ぐ先は必ずある。先を見越してそれを途切れぬ様に行う。
それが自身が世界を揺蕩う為の存在意義とも言える。
なぁんて事を考えながら観察を続けた。
実家とは反対方向に1時間ほど行った郊外っていうかベッドタウンって感じだ。
そういや介護ホームや老人ホームってのを毛嫌いした人向けに街を作ったよって話があったっけ。
一部モデルケースで格安で一軒家を売りに出してたようなのをニュースで見た記憶がある。
あるいはここがそうなのかも知れない。
街中の一軒の家の前で前の車が停まってチワワンが降りてくる。
あたしも車を降りてチワワンに続いてその家へと向かう。
チャイムを鳴らすとドタドタを音を立てて一人の老人が現れた。
「サキちゃん!サキちゃんはどこじゃ!弁護士さん!!」
小柄で禿げ頭のおじーさんで、チワワンの胸ぐらを掴む勢いで問い掛けてきた。
「い、あ………」
その勢いに押され言葉を出せずにいるチワワン。
隣にあたしがいるのにこの反応とくれば、どう考えてみてもわかるもんだろう。
「お元気かどうか様子を伺いに来た次第です。どうですか?」
代わりにあたしがおじーさんへと様子伺いの旨を伝えると、相好を崩して答えてくる。
「おー、あんた弁護士さんの助手さんかい。別嬪さんじゃのぉ。わしはこの通りピンピンしとるよ。それよりはよサキちゃんを探してくれや」
結論から言えばこのおじーさんを含めてこの街のご老人達は、親切にしてくれたサキサカ某にもう1度会いたいという話だった。
なら弁護士じゃなく興信所使えばいいのにとも思ったが、いつの時代にも年を経るとその辺の考えがなくなるみたいだ。
そして騙し取られたと言われた事に関しては、特に気にしてないみたいだった。
「………………」
何軒かの家を巡った後、チワワンは顔面蒼白となっていた。
それはそうだろう。全員が全員あたしの事をチワワンの助手扱いしていたのだから。
「あ、ああの…………」
とチワワンが口を開いたところで自動送迎車がやって来て、壮年の男性が降りてくるとチワワンへ向かって怒鳴り始める。タレた頬と眠た気な半眼だ。ミスターブルドと称しよう。
「シンジローッ!おんしゃ何考えとんじゃ、このごうつくもんがっ!!」
「げふぅっっ!!」
怒鳴るやいなや、チワワンへボディブローの一撃。そして後ろへと回り込んでコブラツイストを極める。
「ぎぃあああっっ!!」
「なーんも考えなしに動くなちゅーたのに、何やっとんのじゃおんしはっ!ほーれんそーもせんとよっ!」
「あぎゃぎゃぎゃ―――――――っっ!!」
街の往来でプロレスごっこが始まってしまった。
おそらくこの男性は件の事務所の関係者なのだろう。
あたしが知り合いの弁護士に連絡してお願いしておいたのだ。間に合って?よかったよかった。
「お………じさん……」
「おんしが勝手に動きまわちゅうのは知っちょったが、よもやこん方に迷惑をかけゆうとはっ!!馬鹿もんがっっ!!」
「え?」
「こん方はこんな小口の詐欺なんぞにかまける暇もないほど稼いどるお人なんじゃ!おんしゃにはよく、もっと、ちゃんと、物事を調べろ言うとるじゃろがっ!!」
端的説明有り難うございます。
チワワンからあたしへとミスターブルドが向き直り270度ぐらい腰を折って頭を下げてくる。
「ほんに申し訳ありもせんでした。自分フォーガードの代表責任しとりますヌバタマ ジュンイチロウ言うもんです
「この度はこの様な事でお出でいただき恐れいります」
あたしも軽くペコリと頭を下げる。
「いえいえっ、こちらの方こそこの馬鹿ちんが大層ご迷惑を掛け申しました。ほれっ!」
「す、すみませんでしたっ!」
チワワンが後頭部にアイアンクローを咬ませられてグイと頭を下げさせられる。くくくっ、ざまぁ。たっぷり叱られるがいい。
それにチワワンのお陰で美味しい商談も色々貰えた。これもwin―winと言うものだ。
「お気になさらずに。でもまぁ、あまりに猪突猛進は控えた方がよろしいと思いますね。では」
そう言ってあたしは車に乗り込みその場を立ち去る。
もうチワワンと会う事もないだろう。さらば、チワワン。
あっちに戻るまで1時間はあるのだ。それまではキラくんの観察を続けようとホロウィンドウを起ち上げる。
「なんとぉっ?お白州ぅ!?」
道具卸しの店から出て後から来た街警衛団の団長?と話をしたキラくんは運動場の様なとこへ行くと、破落戸共がやって来てキラくんを包囲する。
そこへ衛士達がやって来てそいつ等を捕らえとやってる内に裁判というか、時代劇でよく見るお白州みたいなのが始まった。
何この面白イベントっ!
あたしも参加したかったわよっ!
多分レイちゃんが画策したNPCイベントの1つなんだろうけど、何とも大掛かりな事になってる。
そして大◯越前…いや遠◯の方かな。そんな感じの人が一喝して一件落着となった。くぅ………あたしも時代劇は好きなんだけどぉ〜………。
ちょっとした羨ましさを太股をパンパン叩いて誤魔化してると、車は目的の場所へと到着する。
仕方なしにホロウィンドウを閉じて、車を降りる。
よもやこんな事でここに来ることになろうとは。
キラくんの入学式以来かも知れない。
そうキラくんが通ってるガッコーだ。ん?通っていたになるのか。
でも助手っぽい事をやるようになったと言ってたから通ってるでいいだろう。
あたしは門を過ぎて、特に誰にも誰何される事もなく学内へと入る。
よもや学生さんだとは思いもしなかった。彼女にお世話になっていたおじーさんおばーさんからの話を聞き、写真を見せて貰いすぐにレリーによって人物は特定された。
そしてサキサカ アヤメちゃんは、このガッコーの学生さんだと判明したという訳だ。
どうやら彼女は今食堂にいるらしく、あたしもレリイーの案内でそちらに向かう。
昼前ではあるけれどそれなりに学生で賑わっている中、1人ポツンとうどんを啜っている彼女の姿が目に入る。うん、写真とおんなじだ。
ついでにあたしも食券(おにぎりラーメンセットB)を購入し、彼女の前に座って開口一番。
「ねぇ、あたしのアシスタントやってみない?サキサカ アヤメちゃん」
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます!感謝です! (T△T)ゞ




