152.デヴィテスの街に到着
スコールはこちらの都合もお構いなしに降り注ぐ中、僕達はこのまま休むことなく先へと進む事となった。
戦闘のあった場所で過ごすというのも何となく憚れた為だ。
完全防備(雨笠雨具着装)の中、湿原地帯を駆け抜けていると、次第に雨足が収まって来てやがてスコールは止んでいった。
「湿原地帯を抜けました。ここで休憩にいたしましょう」
先頭を行くナチュアさんが立ち止まりそう提案してきた。
なる程、ちょうどこの辺りが境界線の様に街道が土から石畳へと変わっている。
そして街道の外側はぬかるむ湿原から草原地帯へとこちらも変化していた。
戦闘時以外に行くこともないと思う場所だけど、僕も不自由を感じる分ストレスは溜まっていたみたいだった。
何となくほっとと言うか、肩の力が抜けた気がする。
あの戦闘から2時間程が経過している。そしてどういう訳か分からないけど、満腹度がえらい減っていたのだ。
ちょうどいい塩梅に、横倒しになった石柱が街道の脇に幾つもあったので、そこへと座って休憩を取る事にする。
僕はメニューを出して、料理欄を表示させてからララへと尋ねる。
今回の戦闘のMVPはまごう事無くララだったからだ。
「ララさま〜。何を御所望ですか〜?」
「ララはこれを所望なのです」
僕が冗談交じりにそんな事を言うと、それに乗ってララが答えてくる。のりのり。
そしてララがホロウィンドウを見ながら指定したのは、冒険者ギルドで買ったものだった。
ウリスケがショビッツさんの分のお菓子をちょろっと食べて落ち込ませた時に渡した奴の残りだ。
僕はそのチィズ小丸玉を出して、ララ達の前へと置く。お約束の視線を感じたので、反対側にも置いておく。
「良かったらどうぞ。買ったものですけど」
「ありがと〜ラっギくん」
レイさんがやって来てさっそくチィズ小丸玉を口へと放る。
「私がお茶を入れます」
「お願い、プロメテーラ」
プロメテーラさんが簡易コンロを取り出してお茶の用意を始める。
何とも用意がいい。さすがナチュアさんの料理長?ってとこか。
ララとウリスケは嬉々としてチィズ小丸にかじり付いてる。
ナチュアさんとヴァーティさんも美味そうに口に頬張ってもしゃもしゃ食べている。
そしてこんもりとあったチィズ小丸玉の山が瞬く間に消えていく。
満腹度に関しては、単に量を摂ってもその分が増える分けでなく、1個でも数値的にはその料理や食べ物が持つ数値のみが回復するものらしい。(ただHPなんかは量を摂れば摂るだけ回復するみたいだけど)
そして反対に違う料理や食べ物を口にすると、その分満腹度が回復するという話だ。(別に同じものいっぱい食べて回復してもいーと思うんだけどなぁ)
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
ナチュアさんがプロメテーラさんから木のコップを受け取り、息を吹いて冷ましてからお茶に口をつけていく。
「ラギさんもよろしかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
プロメテーラさんが僕にもコップを渡してきたので、遠慮せずにありがたく受け取り口をつける。あちっ。
僕は慌てて息を吹きかけて冷ましてから再度お茶をすすっていく。
香茶の様で、鼻腔へ清々しい香りがすぅっと抜けていく。
これが仮想現実というのだから技術の進歩とは凄いなぁと改めて感じ入ってしまう。
気持ちがほっこり和んできたところで、僕はナチュアさんに聞いてみる。
「それでデヴィテスの街まではあとどの位なんですか?」
マップ自体通ったところしか表示される事がないので、先の方の事は全く分からないのだ。
「そうですね………。襲撃に時間を取られましたので、何事もなければあの山の間を抜けていけば夕暮れ前には到着すると思います」
何事もなければねぇ………。或いはまた襲撃者がやって来るって事なのかな?
そう僕が眉間に皺を寄せていると、それを見たナチュアさんは口元を緩め僕の考えを否定してくる。
「おそらく襲撃者はもう現れないと思います。首魁たるロヴィオット家の当主が弑されし今、それを為せるのは彼の子でありますし、その様な力もございませんから」
………僕が何も言ってないのに、安心させる様にナチュアさんはそんな事を言ってきた。そんなに考えてる事が顔に現れやすいのだろうか?あるいは心を読めるエスパーが普通にいるのか。
内心ビビりながら、ナチュアさんの言葉に表情を普通にして納得を頷きで返す。
「あの山には時たまモンスターが出て来るのデス。出て来なければすぐに着くのデッス」
ヴァーティさんの説明になる程と理解するけど、“時たま”ってのがちょっといやらしい感じだ。どうか出てきませんよーに!
「それでは参りましょう」
お茶を飲み終え後片付けをしてから、ナチュアさんがそう声を掛けてくる。あとちょっとだ、頑張ろう。
先頭をプロメテーラさんとヴァーティさん、その後ろからティエリアに乗ったナチュアさんが、後方は僕達とレイさんで隊列を組み草原地帯を進み始める。
ここから先はスコールも降らないという事で、雨具はしまう事にする。
ララとウリスケは名残惜しそうに雨具を渡してきた。
他で使う事なさそうだもんなぁ。
そうして草原地帯を南へ向かって進んで行くと、眼前には小高い山といった風体の緩やかな坂といった道が上の方へと伸ばされているのが目に入る。樹々に阻まれて向こうを見渡す事は出来なくなっている。
「マスター、セーフティエリアなのです」
その山道の麓に例のオブジェが置かれているのをララが知らせてくれたので、みんなに断り登録を済ませてから山道へと入って行った。
街道自体は石畳のままなので山道特有の歩き難さはないものの、樹々の生い茂った周囲は少しだけ光を閉ざして暗くなっている。
坂道のあるプロロアの森って感じかな。周囲を索敵しつつ、僕はそんな感想を思い浮かべた。
道に不慣れなせいで、少しだけナチュアさんたちと間が開いたのをこれ幸いと、僕はレイさんへ気になっていた事を聞いてみる。
多分分かってはいるんだけど………、だってこれはゲームなのだから、倒されたモンスターの末路はそれしかないのだけど。
それでも僕は聞こうと思った。
「レイさん、戦闘で倒されたNPC――ゼアズはどうなるんですか?」
レイさんはほんの一瞬だけ目を伏せてから答えてきた。
「うん。モンスターと同じだよ。倒されれば存在は消える」
そっか、やっぱり………。いやうん。分かってた事だもんな。
たとえ人の様な姿を模しているとは言え、所詮はゲームのキャラクターなのだ。
ただモニター越しではない現実と見まごうばかりのこの世界ではちょいとばかり感覚的に受け入れ難いところも出て来たりもしたりする。(ララとウリスケなんか事を考えれば余計にだ)
いやまぁ、結局は倒しちゃってるんだけどね。
「でもぉ、ちょっと不公平なんで1回だけ死に戻り出来るけどね」
レイさんはそう言っていたずらっぽくそんな言葉を付け加える。
なんと!ならば彼等も………ってそう言えば鎧男が未練たらしく何やら言ってた様な………。確かリタンなにがしって、何だったっけかなぁ。
「神の慈悲って言って、自身の過去を振り返る機会を与えてるってわけ。まぁそれでも省みる事があるのかは人と同じだよね。ふふっ」
嬉しそうなでもそうでもない様な、そんな何とも表現のし難い表情をしてレイさんが少しだけ微笑む。
それは己が見守るべき、それでも手の平から漏れてしまうものまでをも慈しむ様な、そんな感じの笑みに僕には見えた。
ん?ならば僕が倒してしまったあの2人も、あるいはそのリタン何やらで死に戻ったのかも知れ……。
「ちなみにラギくんが倒した2人は、何処かに召されました。なむなむ~」
茶化すような声音で僕の胸の内を読んだかの如くに、そんな言葉をレイさんが投げ放って来た。
ぐっはぁ!表面上には出さないものの、レイさんからの言葉を受けてさすがに精神的にダメージを受けてしまう。
この辺りはじーちゃんに散々っぱら言われてきた事だから今更ではあるんだけど。
人間なんてものは完全に分かり合う事なんでない。分かり合えるのはほんのひと時の泡沫のようなものだ。
いつでもどこでも相対する覚悟を心の隅っこに持ちなさいと。
相変わらずの子供に何を言わんやの台詞だけど、年を負う毎にしみじみと伝わってくるものだ。
まぁそれでも姉とか、とーさんかーさんに対しては僕は絶大な信頼を置いている。
ただそれ以外の人に対しては、僕の経験上やはりじーちゃんの言葉というのは、確かに僕の心隅っこへと刻まれていたのだ。
だから敵対する相手に、僕は容赦しないのだろう。
それが現実でも仮想であろうとも。
まぁそんな人間は現実じゃ滅多にないけどねぇ。(襲われた事もあったけど)
「分かりました。ありがとうございます」
僕はレイさんにそうお礼を言って前を向いて歩き進んでいく。
山道の中ではハニハンタベアという熊の様なモンスターと、フォレスタンモンクーという猿のモンスターの2種類が襲ってきた。
ハニハンタベアは腕に横縞模様の入った黄色い毛皮のやつだ。
やたらと甘い香りをさせてくるのだけど、それほど脅威とは感じられない。いや見た目子熊だし、がおーと吠えながら襲い掛かってくるのをヴァーティさんが嬉々として狩っていった。
どうやらドロップアイテムにハチミツが出て来るようで、「もっとデスっ!」と狩人の如くヴァーティさんが目をギラギラさせている。
フォレスタンモンク―は、猿というよりはゴリラの腕とオラウータンの身体をした奴で、大きさは僕の腰程くらい。
ホッホッホッと声を上げつつ拳を振り回して攻撃をして来る。
こちらは集団(3〜5体)で襲って来るので、僕も派生アーツのLv上げに利用させて貰ったりした。
レイさんが奴等の後ろに回り込み、そのお尻を叩き笑っている姿はちょっと怖かったけど。(ホホホーッってやめて欲しい)
それほど高くないもない山の様で、すぐに頂上へと辿り着く。
「おおー………」
「きれいなのです」
「グッグッグゥ!」
「みずいぱ」
頂上からは樹々が開けていて、空が広がり視界が良くなる。
そして眼下にはデヴィテスの街とその先に風景の半分を占める程の大きな湖が広がっていた。
その景色に僕達が思わず見入っていると、ナチュアさんが笑顔で僕達へと告げる。
「ようごそ。デヴィテスの街へ」
ライドシフトを終えてHMVRDを外しそっと卓袱台へと置く。
あの後デヴィテスの街へと入り、途中でナチュアさん達とは別れる事となった。
屋敷まで是非と言われたものの、現実の都合もあったので、申し訳ないと思いつつも辞去して(この時点でイベントクリアのホロウィンドウが現れる)ナチュアさん達を見送ってから公園でログアウトする。(レイさんもまったね〜と言って去って行った)
デヴィテスの街は壁でなく樹々で囲まれた何とも落ち着きのあるものだった。
建物は規格が統一された様に円柱を基本としてそれを組み合わせて様な物ばかりで、異国の風情を感じたりした。
魔人族の街らしく多くの魔人の人々が街中を行き交っているのを見て、ようやくと実感したものだ。
そして1番目に着いたのは、湖の上に立つあの塔だ。
“天樹魔塔”とか“試練の塔”と言われる真人族の人間だけが入れるダンジョンの様なものだとか。
そんな事を思い返しながら、僕はふぅ〜と息を吐く。
何とも濃ゆい時間だったなぁ。
街道を移動しただけの話なのに、現実じゃ味わえない何ともなものである。
そしてあの事を思い出して、僕は顔を両手で覆いばたりと倒れる。
いくらララ達に危害を加えられたとは言え、頭にきてからのあの言動に恥ずかしさを覚えてしまう。
ですねぇ〜とか(まんまと―さんの口癖)、ララ達への態度とか、もう完全に羞恥の黒歴史だ。(この年で!)
(うきゃあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!)
暑くなる顔を押さえ足を折り畳んで身悶え今の中をごろごろごろと転がる。
「キっラく〜〜〜ん!お肉食っべよぉ〜〜〜っ!!」
そこへドバガンとドアを開けて姉が突入してくる。
「うぎゃああ〜〜〜〜〜っっ!!」
転げまわる僕の姿を見られて思わず声を上げてしまう。
踏んだり蹴ったりだな、もー………。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
次回は姉回です




