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149.さようなら鎧男

 

 

 

 よくある事だ。

 人というのは慣れ始めると、それがさも当たり前であるかの様に振る舞ってしまう。

 油断ともいえる。そこら辺は後で反省すればいいとは思う。

 

 そう、この戦いの中で僕は油断してしまった訳だ。

 振り下ろされる剣を直前で躱すのは、その手前で避けてしまうと横スライドで位置を修正される恐れがあるからだ。

 

 そしてまさかそれを直前でやられる事になるなどとは、思ってもいなかったのだ。


「あっめぇんだよっ!くそエルフがぁっ!!」

「がっ!かはぁっ!!………」


 という訳で、肩に担いだ剣をそのままに突っ込んできた鎧男に対して、まるでルーティンワークの様に左へと横飛びした瞬間、同じく左へスライドしてきた鎧男のショルダータックルをまともに食らって僕は吹き飛ばされてしまったのだった。

 

 そして飛ばされ転がされて街道を外れて、そのまま湿原地帯へと入ってしまう。

 HPは2割ほどを削られたのを確認しつつ、頭を振りながら立ち上がる。そしてずぶりとぬかるむ地面の感触に少しばかり焦りを感じてしまう。………はぁ〜ふぅ〜、ちょっと落ち着かなければ。

 

「マスター!」

「ふぅー、やれれた……」

「ぷへぇ………」


 ララが慌てて僕の方へとやってくる。アトリも一緒に飛ばされた為、同じく湿原のぬかるみの中だ。

 

「はっはっは――ーっ!ひぃーひっひっひっひ!これでしまいだっ!くそエルフッッ!」

 

 ゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、ぐるりと大回りに移動しながら鎧男が剣を構える。

 街道まで5m程あるので、このまま移動するのは少しばかり厳しいと感じた。

 ここで体当たりが来るとは予想もしていなかったので、やっぱり油断と慢心は大敵だ。少しだけ反省。………よし、終わり!

 

 これはじーちゃんからの教え諭された事だけど、その時己がどんなミスをしたとしても、それを引き摺っていてはダメなのだと。

 世界は個人の思いや考えを置き去りにするのが当たり前である。なので悔やむ悩むはその時一瞬。後は終わった後で悔やめばいいと。

 

 そして今はその時。何が最善なのか最良なのかを頭から煙が噴き出るくらい考えろ、悩め、懊悩しろ。

 それが人が、人間が一歩一歩を進む術なのだ。

 小っちゃい子供に真面目くさった顔で、じーちゃんがそんな事をのたまっていた。

 

 その時は一体何を言ってるのかさっぱり分からなかったけど、今思い返してみると、なるほどなぁと納得をしてしまう。じーちゃんすげぇなぁと、今は思う。

 

 たとえその時(それ)がゲームの中であるとしても、電子的にでも肉体を得ているのならば、それは現実と変わりない。

 今更ながらにそう感じいる。

 苦境に陥っている筈なのに、僕は口元を緩め笑みを浮かべる。

 

 迫ってくる赤髪鎧男を見据えながら、その一挙手一同足を逃さぬよう目で負い見極め様と心掛ける。どの道やれることなど限られてるのだ。

 避ける事と射る事だけだ。たとえ地に伏し這いつくばったとしても、僕は諦める事はしない。

 これがゲームの中だとしても、身体が存在して()る限りは。

 

「させないのですっ!」

「ウィンドカッタ!」

 

 ララの放った2連射のつまようじの矢が、アトリの風魔法で加速されてこちらに迫ってきた鎧男へ襲いかかる。

 

「ちぃいいっっ!クソ虫がっ!」

 

 たかがつまようじの様な小さな矢であっても、顔面に向かってくる威力のあるものに危険を感じた鎧男は、堪らず左へとスライドして回避をする。

 その2人の姿に思わずくすりを笑みが溢れる。

 そう僕は1人じゃないのだ。助けてくれる人達なかまがいる。

 

 今この間も、ナチュアさん、プロメテーラさん、ヴァーティさん、レイさんが事にあたっているのだ。

 こんなところで足踏みしている場合じゃない。

 どの道くるぶしまでのちょっとの抵抗。思った程動きに制限されるものじゃない。制限されるのなら、それを上回る工夫をするまでなのだ。

 

 僕はすっくと立ち上がり意を決する。

 あんな鎧男なんかにやられてたまるか。

 ゲーム。そうゲームならそのシステム、あるいは法則に従っていればどこかで先に進む道を―――または抜け道を見出す事は出来る。(あくまで僕の経験則だけど)

 

 だけど僕がいるこの世界(VR)は、その様相がまるっきり違っていた。

 ユーザー―――PC(プレイヤー)の為でなくあくまでそれはついでで、本来のNPCとこの世界を知って識り尽くして下さいと言わんばかりであった事に。

 いんや、それは深読みし過ぎかと思い直して、僕は鎧男へと弓を構える。

 もちろん狙いはグリーブのそのどちらかの1つだ。

 

 ララとアトリの攻撃で僕への軌道を逸れた為、大分距離ができていた。

 ふぅと息を吸い込み、気持ちと呼吸を整える様に吐き出す。

 仮初の肉体でも精神面こころに効果的だと無理にでも思い込み、改めて狙いをつける。

 

 素早く動き回る標的を狙い当てるのはけっこー大変だ。

 ある程度動きの未来さきを予測して射なければならない。

 いつでも回避できる様に踵を上げて膝を少し折り曲げる。

 

 矢を番えグリーブに狙いをつけてると、時たま照準に変化が見られた。

 透明な丸印に赤い色がつく時がある。

 なんじゃらほい?と首を傾げはするがとりあえずお約束って事で、色が出たところへ狙いをつけて射って見る事にする。

 もちろんアーツ名を声に出して。

 キリリと弓を引き狙いを定める。今!

 

「“パーツブレイク”」

 

 ひゅひゅーんと放たれた矢が吸い込まれる様に右足のグルーブへと命中した。けれどかぃーんとやはり間の抜けた音と共に弾かれてしまう。

 はい。移動、移動。

 つま先足立ちで、ぬかるみの抵抗を少なくしながら1歩1歩鎧男と反対方向へと位置を変える。

 

「何度やっても無駄ムダムダムダァ――――――ッッ!!」

 

 相変わらずゲラゲラ笑いながら高らかに声を上げている鎧男を見てると、何とも鬱陶しく感じてしまう。ちょっとだけイラッとしてきた。

 という訳で(何が?)MPを気にしないで合間を見ながら派生アーツを放っていく事に決めた。要は一点集中だ。

 ララとアトリは少し離れたところから鎧男を牽制してたのだけど、向こうもララ達の存在に苛ついた様で、攻撃目標をララ達へと変えて剣を繰り出してきた。

 

「虫ケラの分際でっ!うぜぇんだよっ!!」

 

 剣の腹部分でブウゥウンと風音を呻らせてララとアトリへと鎧男が叩きつける。 


「あぎゃっ、」

「へぶっ」

「ララっ!アトリっ!」

 

 思わず叫ぶ僕を余所に叩き飛ばされたララ達は、しばらくそのまま宙を漂い地面に落ちること無く停止した。あれ?

 

「くっくっく。脳筋バカのやる事などお見通しなのです」

「ばかめ」

 

 どうやら剣の振りに合わせて後ろへ飛んで躱したみたいだと気付いた。ふぅ、ヒヤヒヤした。

 

「ララ、アトリ大丈夫?」

 

 ひゅ〜と僕のところに戻って来たララにポーションを使って回復させてから尋ねる。(躱したといってもそれなりにダメージを受けていたのだ)

 

「ちょっとダメージを受けたけど、大丈夫なのです?」

「おけ……?」

 

 まぁったくっ、どっちがクソ虫なんだかなぁー……。ちょい頭にきましたねぇ……。

 AI?人?はぁあ?そんなの関係ないですねぇ。ララとアトリ(うちのこ)達にコナ掛けたんですもんねぇ。奴は僕にとっての“敵”ですねぇ。ええ。

 敵はてってー的に●●●●(ピ―――)さなくてはならないですねぇ。

  

 

 

「ふふふふー。ララ、アトリ。てってー的に奴を殺るぞ!」

「わ、わかったのです!殺るのですっ!!」

「お、おけ……」

 

 ララ達が躊躇気味に返事を返してくる。

 MPあるだけアーツを放って殺ろう。見てろよ鎧野郎。

 

「“パーツブレイク”」

「“パーツブレイク”」

「“パーツブレイク”!」

 

 街道へ戻るふりをして奴を僕の方に向かわせながら、アーツを何発も放っていく。

 そして奴の剣の構えや身体の動きをつぶさに観察し、振り下ろされる剣を濡れる事も気にせず転がる様に斜め前へと飛び込んで躱していく。

 ララとアトリは、剣の届かない上空から弓と魔法でヤツのHPを削っていく。

 そして何度目かの交錯の後、MPゲージも残りわずかになった時それは起こった。

 

「“パーツブレイク”」

 

 奴も小細工を弄する気も無くなったのか、左右に動いてフェイントを掛けるでもなくまっすぐ僕の方向へと突っ込んでくる。

 ただ剣は肩に担がず腰溜めに後ろへと流している。

 どうやら縦斬りじゃなく横薙ぎで倒そうと目論んでるみたいだ。

 

 ではその前に赤色の付いた照準に合わせてシュパンと矢を放つ。

 そして違う事なくその位置に命中した瞬間、かぃーんという間の抜けた音でなくピキキンというガラスか何かそんな堅くても脆いものが砕ける音が響いた。

 

「な、何いぃい!?ぐばばっっ!!」 

 

 突然機能を停止したグリーブに奴が声を上げ、同時に慣性のついていた身体は急に止まる事もできずにもんどり打って湿原を転げ倒れる。僕の目の前に。ふふは。

 

「ララ!」

「はいなのです!“グランディグ”!」

 

 僕がララに声を掛けると、合点承知とばかりに悪い笑顔で土魔法を奴の足元へと放つ。(気分は悪代官と悪徳商人。お主も悪よのぅ。だ)

 

「ちいっ!てっめっ!うわっ!?何ぃっっ!?」

 

 剣を支えにして立ち上がろうとした奴の足元がずぶりと沈み、膝上まで湿原に足を囚われて身動きが取れなくなった。

 

「“グランディグ”!」

 

 ズブンとさらに奴の体が沈み込み、大腿部の中程までが埋まっていく。

 この時点で僕の身長より少し低いくらいになっている。

 ちょっとばかり腹に据えかねているので、何発か殴っても問題はないよね。うんうん。

 

 ゆっくりゆっくり僕は奴に近づく。身動きが取れなくてもそこは冒険者の端くれだからなのか、剣を肩に担いで待ち構えている。ただ僕が弓を構えることなく近づいてくるのを訝しんでいる様だ。

 いや、だってあれだけヤッテクレタ相手に対して、どうにも殴らずにはいられないよね?

 

「く、来るんじゃねぇっ!」

 

 奴の攻撃範囲にするりと入ると、肩に担いでいた剣をこちらに向けて振り下ろしてくる。

 でも足元もおぼつかず腰の入ってない剣には威力もないので、ちょいと手甲で弾き返してまずは顔面に数発。

 

「あがっ、あががっっ、てっめっ!」

 

 打つ打つ打つ打つ。

 

「がぶぁっ!あぎゃ、ばべっ、て、ばぁっ!!」

 

 うつうつうつうつうつ。

 

「てっ、あがっ、めっ、ぶがっ、やめっ、べぶっ!」

 

 顔面をひたすら打ってると、鎧男が堪らず強引に剣を振り薙いでくる。それを四つん這いになって避けて、再度殴りつけようと拳を上げる。

 これは堪らないとばかりに剣を盾にして顔をかばう鎧男へ構わずその剣越しに拳を穿つ。

 

 ガンガンガンガン!

 ガガガン!ガガガン!ガガガガン!

 

 剣と手甲の衝撃音が周囲に響く。

 ビリリと振動が剣へと鳴る。

 そして無意識に拳を繰り出していると、何故か3連打を打ち始める。

 それに逆らわずに休みなく剣へと打ちつける。

  

「ちっ!てめぇっ!いっ、い……かげっ!」

 

 僕の攻撃に焦れ始めた奴が身体を動かすたびに、それを邪魔する様に先んじて剣腹に拳を奮う。

 

 ガガガン!ガガガン!ガガガガガン!

 

「って!知っ、くっ!この虫けっ、痛ぅ!!」

 

 僕が攻撃してる間もララ達が奴の背後へ付けて、つまようじの矢と魔法で攻撃をしている。

 きっと奴の後頭部にはたくさんのつまようじの矢が突き刺さってる事だろう。

 

「お、おい!まっ、待ってくれっ!俺はっ!こ、こうさんする、だっ、だかっらっ、もぅっっ!!」 

 

 ガガガガン!ガガガガン!ガンガガガガガン!

 

 拳が剣腹に当たるたびに振動が振動を呼び震える。

 ん?何かなぁ………。聞こえない聞こえない。

 そして、この3連撃で盾にしていた剣はものの見事に砕かれる。

 ペキシーンという音がして剣の破片が飛び散り打撃を加えていたとこから破断して、その裂け目から驚愕の表情を見せる奴の顔があった。

 

 ピロコリン!

 [派生アーツを手に入れました]

 

 そのまま右拳を奴の顔面へと振り落とす。

 

「あぎゃっ!!」

 

 大腿部までぬかるみに埋まっている為、衝撃を逃がす事も出来ずに奴はそのままもろにダメージを受ける。倒れることもままならず仰け反ってしまう。

 

「まてっ、待ってくれっ!!俺は神の慈悲(リタンソール)を使っちまって後がないんだよっ!HPが0になったら――――」

 

 その言葉を言い終える前に、僕は拳をまた振り落す。


「さようならぁ」

「やぁめろぉおお――――っっ!!」


 そのまま顔面へ一撃。


 ピロコリン!

 [派生アーツを手に入れました]

 

 再びメッセージが現れてアーツ取得を知らせて来たけど、今はそれどころではないのだ。

 だけど次の攻撃を加える前に、奴の身体が光りだしてそのまま粒子を輝かせながら撒き散らす。

 鎧男ヤツは叫んだ状態で動きを止めて、彫像の様な姿のまま弾け消えて行った。

 しばらくその光の粒子の残滓が宙を漂い、やがてそれも散り去っていく。

 そのまま呆然としながら、ちょっとだけ頭に血が上ったことを省みてがっくりと肩を落とす。

 

「あー………やっちゃった。はぁ……」

 

 どうも僕は頭に来てしまうと見境が無くなってしまうみたいだ。

 今日は反省する事がいっぱいあるな………やれやれ。

 そういやNPCって倒すとどうなるんだろうか?

 そうして僕はしばらくの間戦いの余韻を噛み締めて、湿原の中で佇んでいた。

 

「………マスターを怒らせちゃダメなのです……」

「………おけ…おけおけ……」

 

 



(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます

 

ブクマありがとうございます!感謝です (T△T)ゞ (ウレシーッ) 

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