141.ちょっとうれしいお白州体験!
NPC達が近付いて来るのを、僕達はただ黙って見つめる。
10m程迄近づくと、その中の1人に見知った人間が前に出て来た。
「馬鹿な奴だ。こんなとこに来るなんてな。わざわざ襲ってくれと言ってるようなもんだろう。くっくく」
う〜ん、なんてテンプレな台詞だろう。
そう、言わずと知れたラーディー氏とその隣にはピンサン。
「多少痛めつけても構わねぇ。だが殺すなよ。証文に署名をしてもらわにゃならねぇからな。くっくく」
僕の経験上、鼻息荒く興奮した女の人や何やら瞳のハイライトを消した女性に追い掛け回された事はあったけど、こんな如何にもな人達に囲まれる事はあまりなかった。(プリンタガンつきつけられたぐらい?)
なのでこの状況には少しばかりドキワクしてしまう。
ふむふむ、時代劇だとやっぱり42分〜45分の辺になるんだろうか、これ。
NPC達が得物を構えながらジリジリと近付いて来る。
それに対してララが弓を構え、ウリスケがブーメランを口に咥え態勢をととのえる。
僕も皆に倣って構えを取る。
そんな中ちょっとだけ最悪の事態を考えてしまう。
ガルディオールさんが、ドウィック老人と結託していた場合だ。
その場合僕は騙されたと言う事になり、健闘虚しく瀕死の状態になりララを奪われ死に戻る可能性も………あるだろうか……。
んん、いんやっ。こんな事は現実で散々っぱら経験して来た事だ。
人が1人で生きてく事が出来ない以上、誰かに何かを委ねなきゃいけない事も多々あるのだ。
すべてが規定されたゲームであっても。
でもこんなところでは必ずしも変なフラグとか、不可能クリアのイベントはないと僕は思っている。
何ともいぢわるなシチュエーションではあるけど、結局僕自身は自分がやれる事をやるだけなのだ。
ただちょっとだけそんな最悪が頭に過ってしまった。
性は経験で変わっていくなんて言いながら、変わってない己を自覚してしまう。我ながら矛盾している。
そして索敵に、僕達と奴等を囲む様に反応が現れる。
来た。
ピィリリリィイイイイ―――――ッ!
NPC達が得物を振り上げ襲い掛かろうとした瞬間、けたたましい笛の音が鳴り響く。
「な、何や!?」
「あっ、やべぇやん」
「ちっ、囲まれてるやんかっ!」
「どういう事やっ!ラーデーはん!」
「てっめぇっ!嵌めやがったなっ!!」
「っっっ!!」
周囲から現れた揃いの緑の服と革鎧を纏ったNPC達の姿に、襲い掛かろうとしたNPC等は慌て、ピンサンが僕を睨みつけて叫んでくる。
いえいえ、僕は指示に従っただけで嵌めたも何もない。
どちらかと言うと嵌めたというよりは、嵌りに来たというのが正しいんじゃなかろうかと思う。
「貴様等っ!我が街衛警団の訓練場で何をやっている!ここは一般人は立入り禁止と知っているはずだ!」
いえいえ、知りませんでした。いけと言われて来ただけですし。
「知らないのです」
「グゥ〜……」
「しら」
ララ達も僕と同様に声を張る人物―――緑の服と革の鎧のスキンヘッドの如何にも鬼軍曹といった風体の――ーを見ながら首を傾げる。
でもなんか大事になってきたなぁ………。どうなるんだろ?これ。
「まずは武器を持ってる者たちを捕らえよ!街中で武器を振るうことは御法度となる。その上街守る任を担う我等の拠点での振る舞い、許される事ではないっ!」
「「「はっ!」」」
鬼軍曹さんの命令に、同じ緑服の人達が近付いてNPC達を拘束していく。
「ちょぉ、待ってぇや!」
「痛たっ!やめぃてっ!」
「わいは頼まれただけやがなっ!関係あらへんっ!」
「ちょ〜出来心や、知らんかったん、頼むわ。勘弁してぇなっ!」
武器を放り投げ抵抗をやめたNPC達が捕まり連行されて行った。ごしゅうそうさまだ。
そして鬼軍曹さんがこちらを見ながら、厳つい表情のまま尋ねて来る。
「さて、あなた方は武器を持っていなかったので、拘束はしないが、何故ここにいるのか説明して貰おうか?」
「え、そ、それは〜」
「……………」
鬼軍曹さんの視線にビビりながら、ラーディー氏は口ごもりピンサンは僕等の方を無言で睨んでいる。
さて、僕はなんと説明したらいいのだろうか。
ガルディオールさんの指示で来たと正直に言ってもあまり良さ気じゃなさそうだし、もう少し打ち合わせとかしとけば良かったな。
「知らずに勝手に入ったしまった事はすみません。少し広いところで従魔を遊ばせようと思って来たんですが、突然このNPC達が現れて襲って来たんです」
「ちっ、ってっめっ!」
「警士さん!違うんですっ!こいつがっ!」
僕が説明すると、ピンサンがこちらを睨み、ラーディー氏が弁明を始める。
でも、それくらいしか言えないもんなぁ、僕は。
「お待ちくださいませ。警士様方!」
「ドウィック様っ!」
「ご主人様っ!」
何処からか現れたドウィック老人に喜声を上げるラーディー氏とピンサン。
さっきまでの態度とうって変わり、勝ち誇った様な顔になる。
「そこのラギなるものが、小妖精を譲り渡すという契印を交わしたのですが、いきなり逃げ出したので私共は追いかけた訳なのです」
「契印だと?」
「はい、こちらにございます」
ドウィック老人はいきなり嘘八百を並べて説明を始め、懐から証文らしきものを鬼軍曹さんへと見せていく。
「ラギ………殿か、これに名を記した覚えは?」
「いいえ、今初めて見ました。それにそんな約束を僕はしていません」
「嘘言ってんじゃねぇっ!俺ァ手前ぇがこれを書くのを見てたんだ」
ピンサンが自信満々で虚偽を報告してくる。どこから来るのだろう、その自信は。
いつどこでと問い質したいところだけど、話の流れに従いジロリと睨むだけに留めておく。ララの方がギロリと睨みつけてるし。
「ひっ………」
ビビるぐらいなら言わなきゃいーのに。
「この者もこのように申しておりますれば、我等の言い分は正しきものと思いますが、警士様、如何なものでございましょう?」
ドウィック老人はそう言いながら、鬼軍曹さんに近付き何かを手渡そうとする。それ悪手じゃね?ジ-さん。
「ならばここに評定の場を設けましょう。自分の主張が正しいと言うのなら問題ないでしょう」
輪の外からの声にドウィック老人がびくりと動きを止めて声の方へと顔を向ける。
「副団長!」
その鬼軍曹さんの言葉に苦々しい顔をしながら何かを言おうとしてやめて、小さく舌打ちをドウィック老人がする。態度悪いなー。そしてめげない。
「いえいえ、こちらが正しいものですのに、評定の場など必要ございませんでしょう。ほら、とっととその小妖精を渡すんじゃ!バカ者がっ!」
先の台詞は副団長さんに、後のは僕へと吐き捨てるように言って来た。ジーさんやけになってね?
「偽の証文を出して何言ってるのです!バカはそっちなのです!!」
「ぐぎぎぃ、虫の分際でっ!」
けっ!って感じでララがドウィック老人の言葉を一蹴する。
その態度にドウィック老人は思わず手がピクリと動き出すが、周囲を見て歯軋りしながら憎まれ口をたたく。
ララを虫扱いするとはっ!いくらお年寄りでも許せない事があるんだぞっ!!
ちょっとばかり腹に据えかねて来たので言い返そうと口を開こうとすると、それを遮るかの様に副団長と呼ばれた―――ガルディオールさんなんだけどね、が話を進める。
「お互いの主張が平行線という事で、さっそく評定の場を設けさせていただきます」
「で、ですからこの契印付きの証文がすべてを語ってるのです!そんなものなど…………、っ!」
どうにも評定の場とやらを必死に回避しようとして、ドウィック老人がガルディオールさんへと詰め寄る。そりゃ偽物だしなぁ。
「であるならば、それがまさしく正しいものであると証明する為にも、評定の場で申し開くのが最良と思いますが?」
「後ろ暗いところがないのであれば、やった方がいいのです?それとも何かあるのです?」
ガルディオールさんが言葉を遮って言い放ち、ララが少し高いところから胸を反らしながら煽る様に言い放つ。
「う、……ふんっ!どうせコチラが正しいのだ。やりたければやればいいだろうっ!ワシには関係な………」
「な~に言うとんのや!1番の当事者がどこ行くんや、われっ!」
しゃがれた割れ鐘声がビリリと耳に響く。
今日はいろんな人が突然やって来る日だなぁ。
「お呼び建てして申し訳ありません、天蓋様。こちらへお願いいたします」
「おうっ!」
ガルディオールさんにカノップスと呼ばれた短躯の老人は、鷹揚に頷き付き人と共に歩み出る。
気付いたら横の方に評定の場とやらの設置が終わっていた。いつの間に。
緋毛氈が敷かれた上には折り畳み椅子が1脚と3脚が左右に置かれ、その対面には大きな黒い机と高い背凭れのついた豪奢な椅子が置かれていた。
「………何ともシュールな……」
だだっ広い敷地にぽつんと置かれたものは、何とも不可思議な感じがした。
「畏れ入ります。こちらへお願い致します」
そこへ誰かが僕に声を掛けてきた。
そちらへと顔を向けると、蒼髪のショートカットの女性警士さんがペコリとお辞儀をしてくる。
その人―――ルーリナさんに案内されて左側にある折り畳み椅子へと腰を掛ける。
ドウィック老人達は、右側にある3脚の椅子へとすでに着いていた。
その対面の大机の前には先程の老人が席に付きこちらを睥睨している。髪型が音楽室にある額縁の絵の人みたいに、銀の3段ロールのヘアースタイルとカイゼル髭がさらに貫禄を醸し出していた。
「知らぬものもおる様なんで紹介をしとくわ。わいはこのカアンセで評定審官を務めるカノップス・ジャジメトンと言う。ほな、簡略ながらここに評定の場を設ける。双方それぞれの言い分伺いを始めるで。片やドウィック・ドイアーク、片や―――」
僕の方を見て来たので名乗ろうとしたら、ガルディオールさんがカノップスさんに耳打ちして、それにニヤリと笑い頷き話を続ける。
「―――ラギの、それぞれの主張を聞こう」
こうして始まった評定の場だけど、裁判というには検事も弁護士も存在しない、民事っぽいかとも思うけど、これはどちらかと言えば―――
「ふぉぉ!お白洲なのです!カンドーなのです!!」
ララが僕の右肩に乗り興奮しながら小さく声を張る。
「おなりぃ〜」
左肩のアトリは何故か知らないはずの時代劇について翼をはためかせ呟いている。
「グッ!」
ウリスケも納得した!って感じで後ろ脚を前にちょこんと伸ばして座ってる。(普通に伏せても良かろうに辛くないのかな?)
ドウィック老人が自分の主張をしている間に、側にいるルーリナさんに(小声で)いろいろ聞いて見た。
街衛警団の仕事内容や評定審官とは何なのかとか。
まぁ字面から推測した通り、カアンセの街の治安維持を担う組織の様で、犯罪捜査から交通整理、巡回警らと多岐に渡るらしい。
他に外敵から街を護るための街衛騎士団というのがあり、そちらのほうが立場が上なんだとか。あいつ等威張るので頭に来るとかルーリナさんがブツブツ言ってる。
そしてカノップスさんが就いてる評定審官とは、街の人間のありとあらゆる揉め事を審判するもので、カノップスさんはその中でも5本の指に入る人だとか。ガルディオールさんと仲がいいらしい。
だからこんな茶番に付き合っているのかも知れない。
最後に契印とは、この街で交わされたあらゆる約束事を遵守しなけらばいけないという印らしい。
無茶もいーとこだけど。
これによっていざこざの半数近くが収められてるので、有効なのだとか。まぁゲームだし突っ込み過ぎるものあれだしね。
そんな話をしてる間もドウィック老人の創作話は熱を帯び、僕がどれだけ非道な人間だとかと言い出してくる始末。
ちょっと前に会ったばかりの人間に酷い言い草だ。僕もララもちょっとムカって来たぞ。
僕の番になると、これまでの経緯を事細かく説明する。
アーハンさんお店での事、イカサマ博打の事とそれぐらいかな。
僕の説明の合間にも、隣りの2人(ラーディー、ピンサン)が野次を飛ばして否定してくる。
国会討論かとか、思わず突っ込みそうになってしまう。
双方の主張が終わり、これから評定審官がそれらの話を吟味して判断を下す段になり、ドウィック老人がさらに言い募る。
「何よりもここに契印付きの証文があるのが、何よりもこちらが正しいことの証左でございます。審官様には判断を誤らぬようお願いいたします」
殊勝な態度をとってはいるけど、言ってる事はもはや脅迫だ。
ならばと僕も挙手をして発言の許可を乞う。
「評定審官さま。ひとつお伺いした事があります」
「何じゃいラギよ。言うてみぃ?」
評定審官という厳粛そうな職の割にはぶっきら棒な物言いに、許可を得たと判断し僕は話し始める。
「反撃なのです!」
「グッ」
ララ達の言葉に背を押され僕は反撃に出る。
「その契印付きの文書は街の公式なもので、そこには必ず本人の正しい名前が記されなければいけないんですよね?」
「当ったり前やがな。でなきゃ公式文書とは言えへんわ」
何言ってんだこいつは?という目で僕を見るカノップスさんに、僕は厳かにそれを告げる。
「僕の名前は“ラギカサジアス”と言います。ラギとは皆が呼びやすい様に言ってるものなので、正しい名前ではありません」
「っ!?」
「なっ!?」
「……………!」
ドウィック老人達3人が、僕の言葉を聞いて顔面蒼白になっていく。
「ほぅ……。お前さんそんな名前やったんかい。ほんでそれを証明できるんか?」
僕はメニューを出してギルドカードを実体化させて、ルーリナさんへ渡す。
ルーリナさんはそれを持ってカノップスさんへ。それを見てカノップスさんはギロリとドウィック老人をねめつける様に見やる。
「ひ………」
「なぁ、ドウィックよぅ……。こぉりゃあ~一体どういう事やろなぁ?公文書である契印付きの文書に略称が書かれてるんはおかしいわなぁ?」
「そ、それは………」
ドウィック老人はカノップスさんの疑問に弁明しようとして口ごもる。
ショビッツさんに名乗りを遮られた事がこんなとこで出てる来るなんてねぇ………。僕はドウィック老人を横目にして嘆息する。
そこへお付きの人から受け取った書類の束を、カノップスさんがドウィック老人の目の前へと放り投げる。ドウィック老人はバラバラに散らばる書類を見て目を瞠る。
「な、何故これがっ!?」
「ああ、お前ぇーんとこに行って押収させてもろた。よくもまぁこんだけと呆れたもんやわ。でやなぁ、余所から来たてめぇは知らんかったんと思うんやが、契印付きの文書は全部が全部控えを役所にとってあるもんなんや」
さらにジロリとカノップスさんがドウィック老人をねめつける。
この時点から評定の場は、断罪の場へと切り替わる。
「そ~んでなぁ。な~んでだかお前ぇの契印文書は、役所に控えが全く無ぇ。どういう事なんやろなぁ?ドウィックよぅ」
「わ、ワシは決められた手続きをしただけだ。手抜かりがあったのなら役所の方じゃろっ!ワシには関係ないっ!!」
この期に及んでもまだ白を切り通そうとするドウィック老人。往生際が悪い。
「ぐわはっはっはっはっはっ!んな訳無いやろがっ!!もう全~部ウラぁとれんてのやっ!この証文の人間のとこん聞き込み行って、手前ぇが賭けやら何やら持ちだして騙くらかしたあって、ネタは上がってんのやっっ!」
「ぐぐっ………!」
顔面が蒼から白に変わり、眉間に皴を刻みカノップスさんを睨むドウィック老人。進退窮まった感じだ。
でもいつの間にこんな仕込みをしてたんだろう。あれから1時間と経っていないと言うのに………。優秀だなぁ街衛警団。
「わいの【鑑識】侮るんやないでっ!八重舌奏のバペッドン!正体は割れてんのやッ!観念しいやっ、われっ!!」
おー、カノップスさんは【鑑識】持ちなのか。
どうやらドウィック老人のステータスを見て、称号か何かを看破したみたいだ。
ガタンッと椅子を蹴り飛ばし、ドウィック老人が動く。
「このクソガキがっっ!全部貴様のせいだっ!死ねぇっっ!!」
カノップスさんに正体を暴かれたドウィック老人―――バペッドンは懐から短刀を取り出して僕へと襲い掛かって来た。脇を締め短刀を腰溜めにして突っ込んでくる。
その姿は老人とは思えないほど素早い動きを見せている。
いや、襲うより逃げなよ。と思いつつその突然の行動に僕は対処できないでいた。
「グッ!」
「甘いのです!」
そこへ肩から飛び出して来たララが、弓をカチャン・バシュ、カチャン・バシュ、カチャン・バシュと3連射。バペッドンの額へと命中する。
「ギャッ!てめぇっっ!!うがっっ!………」
威力は無いものの不意をつかれ立ち止まったバペッドンの後頭部を、いつの間にかウリスケが投げたブーメランが背後から襲いその一撃に堪らず倒れ伏す。
「グッグッグ!!」
「やったのです!」
イェーイとララとウリスケがハイタッチを交わして喜んでいる。
残りの2人も逃げ出そうとして、警士の人達に取り押さえられていた。
「これにて一件落着〜〜ぅなのです!」
「グゥ〜〜〜ン!」
「ちゃく〜」
ララ達が決めポーズをして台詞を言っている。楽しそうなのでまぁいいか。
何だかなぁな部分はあるけど、僕としてはお白州っぽいものも体験できたし、それがちょっとばかり嬉しかったりもしたのだった。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




