126.お屋敷へご招待
冗談はさておき、僕は溜め息を吐きながらヴァーティさんに話し掛ける。
「よくここが分かりましたね」
「ギルドの方が親切に教えてくれたデス」
………守秘義務とか無いのかな、ギルドって。
ゲームの中なんだから現実と同じとは行かないか。
それにそろそろいー時間だし、話を聞くにしても一旦ログアウトして夕ゴハンを食べてからの方がいいだろう。
これ以上さすがに逃げ回るのも何だし、話だけは聞く事にしようと思い口を開く。
「話を伺うのは構わないんですけど、これからちょっと予定が入ってるんで後にして貰えるとありがたいんですが」
僕のその言葉を聞いてヴァーティさんは相好を崩していつがいいですかと尋ねて来る。
「ではいつがいいデスか?できれば今日であると良いのデスが?」
僕はちょっと上を見て考える。
作るか買うかで時間は変わるし、姉がやってくる可能性がないこともない。
まぁ、ついでにお風呂に入ったるする時間も含めて言っておこうか。
「今から3時間後ぐらいでどうでしょうか?その後は特に予定もありませんので」
「分かったのデス。では3時間後冒険者ギルドの前で待ってるデース。ではっ!!デス」
シュビッと片手を軽く上げて通りを北へ走っていくヴァーティさんを見送り、僕はどこでログアウトすればいいのか思い悩む。
と、いやララに聞きゃいーじゃんと思い至り、ララへと尋ねる事にする。
「ララ、この辺りに安全にログアウト出来るとこってある?中央の公園に戻るのも時間掛かるかなって思ってさ」
「任せてなのです!こっちに小っさな公園があるのです」
僕の問いにララがパビューンと飛んで誘導するように先へと進んで行く。
僕とウリスケもその後を追って通りを右に曲がりしばらく進むと右側に本当に小さな公園が目に入って来た。
「ここなのです!」
「サンキュー、ララ」
中へと入るとベンチが2つと水飲み場があり、木々に囲まれた中にポッカリと空いた空間の真ん中に球と円すいを組み合わせたようなオブジェがポツンと置いてあった。
街中は攻撃不可だけど色々抜け道はあるらしく、下手に道でログアウトすると酷い目にあるらしいので正直ありがたい。
僕はさっそくベンチに座ってメニューを開きログアウト作業を行う。
「じゃあ、一旦ログアウトするね。しばらくしたら戻ってくるから」
「了解なのです」
「グッグッ!」
「おけ」
3人と挨拶を交わし、メニューからログアウトボタンを押して|VRルームからライドシフトして《いつものように》現実へと戻りHMVRDを外す。
「うわっ!?」
何気に下を見ると、姉が軽くあぐらを組んだ僕の足の上で寝転がっていた。危うくHMVRDを落としそうになった。あっぶ。
「キラくぅ〜〜〜〜〜ん………」
ライドシフトした事に僕に気づいた姉が寝ボケた声で名前を呟くと、ぐるりと身体を反転させて僕の両膝をガシリと掴み顔をグリグリ擦り付け始める。
「お腹空いた〜〜〜〜〜っ」
ぐりぐりぐりぃいい〜〜〜っ!
うおっ!かなり危険な体勢だったので慌ててやめさせる。
「サキちゃん、ストぉ――――ッップッ!」
「おにゃか空いたぁ―――――――っっ!!」
何やら精神的に色々あったみたいで、現実でまで幼児化してる気がする。
姉の頭をポンポン叩いて落ち着かせて、何とか起こすことに成功する。
買い物に行こうかなと思っていたけど、姉の様子を見てうちにあるもので済ませる事にする。何かあったかな。
「何か食べたいものある?サキちゃん」
僕が尋ねると、ちょっと上を向いて考えるとあっと思いついた様にキッチンへ向かい、ガサゴソしてそれを見せてきた。
「これ食べる☆」
姉が差し出してきたのは、いわゆる袋麺といわれるタイプのインスタントラーメンで名前が“牛乳で担々麺”―――通称牛担麺と呼ばれるものだった。
5個1パックで売っているヤツと違い1袋のみで売ってる高級志向のもので、カップ麺よりちょい高いかなってぐらいでそれの程の値段ではない。(袋麺にしてはちょっとって感じだ)
牛乳で沸かす専用のもので、スープがそれ用に調整されているらしくお湯で作ると酷い事になるらしい。(僕はやった事ない)
僕もどちらかと言え温かい牛乳が苦手な人なので最初は躊躇したけど、食べてみるとこれがまた絶品で担々麺の辛さと牛乳のマイルドさが絶妙なバランスで、縮れ麺がスープに絡んですんごく美味く僕のフェイバリット5人衆の1人だ。
収納棚の奥に隠していたのを見つけられてしまった。姉の食への嗅覚を甘く見ていた。
まぁストックはいくつもあるんで構わないんだけど、僕は溜め息を吐きながら頷き返す。
「分かった。ゴハンとかはどうする?」
「んとね~。チャーハンがいい!」
「了~解。んじゃ、ちゃっちゃと作るね」
「よろしく~☆」
僕がキッチンに入ると、姉は袋麺を渡して居間へと行ってしまう。さて、それじゃ作りますか。
それ程手間もかからないので、すぐに取り掛かる事にする。
まずはラーメン丼を取り出し冷蔵庫から牛乳を出して日付と量を確かめて丼へと注ぎ入れる。
こうするとスープが多くなったり足りなくなったりしないので、いつも僕はこのやり方だ。
それをそのまま雪平鍋に移し、コンロに載せて火を点け弱火にする。
その丼に炊飯器からゴハンをよそって、軽く水とオリーブオイルを少し回し入れて軽く掻き混ぜてしばらくそのままにする。
次にキノコ入り野菜炒め用のパックから1/3を雪平鍋に放り込み、ボウルを取り出して卵2個を割り入れ塩コショウして掻き混ぜ卵液にする。
それをそのままに今度は豚バラ肉とベーコンを小口に切り分けビニール袋に入れた小麦粉をちょろと入れ中に空気をぷーっと入れて振り回す。数回バフバフさせて小麦粉がまぶされたのを確認してフライパンへIN。
ある程度焼けてきたらそれを端っこに寄せて卵液を投入。
じゅわーと音を立てて卵液が泡をたてながら踊りだす。
しばらく待ってから掻き混ぜて、そこへゴハンを入れてフライパンを返しつつゴハンと肉と卵を混ぜていく。
隣の雪平鍋がくつくつ沸きだしたので、袋麺をパカッと開けてスープとかやくを取り出し麺をそこへ入れる。
「ララ。5分カウントで2分したら教えて」
「ラジャーなのです」
アパート担当にタイムカウントを頼んで、隣のフライパンにしゃもじを使ってゴハンを掻き混ぜていく。
何気に忙しなく感じるが、頭の中で行程は組み立ててあるので問題ない。
チャーハンの方は醤油と塩コショウで味を調え味見して出来上がり!1/4を残して皿へと載せる。もちろんこっちは僕がいただくヤツだ。
『マスター、2分経ったのです』
「ほい了解」
ララが伝えたきたので、鍋の麺をほぐしつつカヤクの袋をパリリと切って鍋へと入れる。
このカヤクは大振りの挽き肉が入ったペースト状のもので、牛乳の白が淡く茶色に染まっていく。
弱火のまま今度はフライパンの残りを茶碗へとよそっていく。
下手に全部1つの皿に載せると全部食べられてしまうおそれがあるんで、注意が必要なのだ。(経験則)
『マスター、5分経ったのです』
「はいよー」
ララの声に応えスープの袋を切って鍋へと流し入れる。
薄いカフェオレ色が赤が混じった薄茶へと変化していく。と同時にスープにトロ身が出て来て牛乳とゴマとスープが入り混じった何とも言えないかぐわしい匂いが目の前に広がる。
思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。あ、口の中に唾液が………。
思わず漏れた欲求を押し殺して、出来たラーメンを丼へと移す。うにゃー、うまそー。
出来たラーメンとチャーハンを両手に持って居間に行くと、ミニPCをいじっていた姉が相好を崩しこちらを見やる。
「はい、おまた〜。ラーメンとチャーハンです」
砕けた調子で姉の前にラーメンとチャーハンを置く。
「にゅひょ〜〜っ!待ってましたっ!!」
ミニPCを脇に置いて、箸とレンゲを手に取りさっそく食べ始める。
「あ、そのスープ、チャーハンに掛けるとけっこーいいよ」
僕がそう言ってキッチンに戻って自分の分のラーメンを作り始めると、「にゃひゃ〜〜っ」という姉の声が聞こえてくる。………いや、いーんだけどね。
さっきラーメンを作った雪平鍋を軽くすすぎ、新たに出した丼に水を入れそれを鍋に流し込みそこへ乾燥ワカメと野菜炒めのパックを半分ほど入れ火を点ける。(今度は中火にして)
こっちは5袋1パックの定番ラーメンだ。
居間から聞こえる姉の奇声を耳にしながらお湯が沸いた鍋に麺を入れ、ある程度時間が経ってからほぐしつつ適当に時間を見てスープを入れる。
味噌の香りが鍋の前に立ち上がり、様子を見て火を止め出来上がったものを丼へと移して行く。
たまに食べたくなるお約束の札幌No.1のミソラーメンだ。
牛担麺はネット通販扱いなので、気が向いた時に注文するから別のものを食べる事にしたのだ。
それに時間も掛からずテキトーにしても美味しく作れるので、すぐに食べれるというメリットもある。(別にもったいないから食べないという訳じゃないのだ)
丼と茶碗を持って居間に入ると姉はすでに食べ終わっており、お腹を叩きながら幸せそうな顔をしていた。
そして僕が食べ始めると、今日あったことを愚痴混じりに聞かされる。
どうやら今日の傲岸不遜男はどこぞの会社のオーナーらしく、どこで聞きつけたのかその会社の顧問弁護士とやらが抗議に姉の仕事場にやって来たらしい。
街の往来で名誉を毀損する暴力行為を働いたと訴えるぞと脅してきたとか。
いや、どう見てもあっちが先に手を出してきたんだけど、その弁護士はそう言ういちゃもんをつけて示談金を掠めとるのが得意らしく、終始姉を見てニヤニヤ笑っていたとか。
まぁそんな事で姉が白旗を上げることなど決してなく、逆に反撃をすることは火を見るより明らかだ。
だがその直後その弁護士に何かの連絡が入って、顔を青褪めさせて慌ててその場を立ち去ったとか。
ニッヒッヒと笑っているから、多分姉がなんかやったんだろうとは思う。
その後も似たような輩が何人もやって来て、全く仕事にならなかったらしい。
この後も色々立て込んでるとかで、疲れを癒やすためにアパートに来たら僕がゲームをやってるのを見てこれ幸いと寝転んでいたみたいだ。正直びっくりするからやめて欲しい。
そしてぎゅ〜〜とぐりぐりを(僕の背中に)繰り返し、アパートを去って行った。突風だね。も少し落ち着けばいーのに。
姉が去ってから食器を洗いお風呂に入り、しばらくまったりしてからHMVRDを被りライドシフトしてログインする。
出現場所を“続きから”にすると、拡大してきたゲームタイトルに呑み込まれ中へと入る。
目の前にはオブジェが見えて、空は暗く星が瞬いている。
夜間帯に入ったのをぼんやり見てると、魔法陣が3つ手前に現れララ達が出てくる。
「さっきぶりなのです、マスター」
「グッ!」
「マスタ。おか」
「うん、ただいま。っとちょっと待っててねスキルセットするから」
メニューを開いてサブスキルスロットに買ったスキルをセットして、鑑定をメインへセットしなおす。これでよしと。
まずは鑑定を試して見る。
「鑑定」
僕がそう言うと、対象物に逆三角のオレンジのマーカーがピコンと表示される。
視線を移すと、その先に対象物にマーカー移動していく。
試しにオブジェに視線を向けてひと言。
「それ」
するとホロウィンドウが出て来て、鑑定結果を表示してくる。
?オブジェ:球体に円錐を組みあわせたもので
忠の文字を宿している
ぐるぐる回転するようになっている
4、8、12、全てはそこへ集約する
なんだかよく分からないけど、何かあるんだろう。
今の僕にはあんまり関係なさそうだ。
こうして目に入る物をいろいろ鑑定して、Lvをいくつか上げていった。
ひと通りスキルの検証とLv上げを終えて、僕はベンチから立ち上がり冒険者ギルドへ向かうことにする。
「お待たせ。じゃ、行こっか」
「はいなのです」
「グッグ!」
「ごー」
公園を出て通りを歩きスキルショップを通り過ぎて大通りに抜けてそのまま西へと進みほどなく冒険者ギルドへと到着する。
すでにヴァーティさんが先に来ていて待っており、僕達に気付くと軽く手を振ってきた。
そしてその横には黒塗りの立派な馬車が停めてあった。
あ、ヤな予感。
下がりそうになる眉尻を抑えつつ、ヴァーティさんに近付き挨拶をする。
「すいません。お待たせしました」
「お気になさらずにデス。ご案内するのでこちらにお乗りになってデース」
ガチャリと馬車の扉を開けて、僕達を誘導する。やっぱりー。
僕が少しばかり躊躇していると、ヴァーティさんが畳み掛ける様に言葉を続ける。
「お話を兼ねてお食事をご一緒したいという事でこうしてきたのデス」
「グッ!!」
食事と聞いてウリスケが反応して、我先にとピョンと飛び上がり馬車へと乗ってしまう。
どっかのレストラン辺りで話をするってことなんだろうか。
「も~ウリスケさんはしょーがないのです」
そう言いつつもララもうきうきしながら馬車の中へと入って行った。
「マスタ。いく」
アトリも急かす様に言ってくる。お腹空いたのかな。
そういや色々あって今日は何も食べたなかったか。
しゃーないな、僕はふぅと息をひとつ吐いて馬車へと乗り込む
中は対面式の座席になっていて、外見に比べて広く感じる。
ウリスケはすでに後ろの方の席に座り鼻唄を歌って寛いでいる。
ララもその隣で座席の感触を楽しんでいた。
「マスターふかふかなのです!」
確かにフカフカだ。やるなー。
僕が座るとヴァーティさんが扉を閉めて前の方へ座り、御者に合図をすると馬車が動き始める。
ヴァーティさんは特に口を開くこともなく、僕達4人は景色を眺めつつあれが食べたいこれが食べたいなどと話しているうちに、馬車は大きな家が立ち並ぶ区画へと入って行く。
しばらく進むと御者が何かを知らせる様に笛を吹く、すると手前の大きな門がギギギィーと音を立てて開いていく。
そして大きな門を通り過ぎ、林の中を進むと目の前に大きくて立派なお屋敷が現れ馬車はその前で停車する。
ヴァーティさんは馬車を降りて僕達に一礼。そして―――――
「デヴィテスを治める街治長グレィドン・デヴィテス様のお屋敷にようこそデース」
(ー「ー)ゞ お読みいただき嬉しゅうございます
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