119.何故かなし崩し的採用?
翌朝、目が覚めるとむくりと起きて布団から出て、軽く伸びをして覚醒を促してジャージに着替えていつもの日課のトレーニングをする為アパートを出る。
どうやら姉はずっと工房に入り浸っている様で、アパートには戻ってこなかったみたいだ。
途中コンピニで食材を幾つか買い込んでアパートに戻る。
軽くシャワーを浴びて、汗を流してからキッチンに向かい朝食作りを開始する。
昨日はコッテリ気味だったので、朝はちょいアッサリとしたものにする。
「卵〜と〜、牛乳と〜、チーズとハムぅ〜〜」
鼻歌を口ずさみながら材料を冷蔵庫から出していく。
作るのは甘くないフレンチトーストだ。
バットに卵多めに牛乳を入れてかき混ぜて、そこに塩コショウ少々。
後は8枚切りの食パンの真ん中に軽く切れ目を入れて2つに折って、その間にハムとチースを挟み入れて卵液へ入れて裏表万遍なく浸していく。
それをバターを溶かし入れたフライパンへ並べ入れて弱火で焼いていく。
バターの香りとパンのジュ〜と焼ける音が辺りに漂う。
その間にカットサラダを2つの小鉢に分け入れてプチトマトを幾つか彩りに添えていく。
後はパンを2袋分(16枚)のフレンチトーストを焼き上げて朝食の出来上がり。
姉が来なかったら残りはお昼にすればいいやと思い居間に行くと、姉がいつの間にか居てミニPCで何やらやっていた。
「はよ〜。キラくん」
「………………」
あれ?いつアパートに来たんだろ………。
いつもならドアをダバンと音を立てて入ってくるのですぐに分かるんだけど、フツーに入ってこれらると気づかないのかもしれない。
或いはララが何やらやってる気もしないでもないけど………。
まぁ気にしてもしょーがないだろう。
ちょっとだけ溜め息を吐きつつ、卓袱台にフレンチトーストとサラダを置いてキッチンへ舞い戻りコーヒー(インスタント)を入れる。
居間に入ると案の定フレンチトーストの1/3がすでになくなっていた。
朝からお腹大丈夫だろうかと思わないでもないが、いつもの事だ。(よく考えるとコッテリではないけど、アッサリではないなぁ)
姉の前にマグカップを置いて、僕もフレンチトーストをいただく。
「はぐ、ん、ん」
卵でコーティングされたパンと中のハムと程よくとろけたチーズがいい感じで調和している。自画自賛ではあるが、それなりにまぁまぁ美味い。(と思う)
姉は箸休めにかーさん謹製のドレッシングをかけたサラダをもしゃもしゃ食べている。
ドレッシングもそろそろなくなりそうなので貰いに行かなくちゃと思ってる。
家に帰った時に貰うのを忘れていたのだ。不覚。
レシピは教えて貰ったんだけど、なかなか同じ様な味にならない。
「相変わらず朝もガッツリだよね。キラくんのご飯」
「そぉお?」
アッサリ目にしたと思っていたらガッツリだったみたいだ。
中にマーガリンやマスタードを塗らなかったから、そこまでじゃないと思ってたけど違ったらしい。次から気をつけねば。
サラダとフレンチト-スト(僕5枚他は姉)を食べ終えて、テレビを眺めながらまったりコーヒーを飲んでいると、姉が今日の予定を聞いてくる。
「今日なんか用事とかある?キラくん」
「んー、特に無いかなぁ。バイトもないし、ウサギロボ作りで工房に籠るくらいだと思うよ」
「分かったー。あたしこれから会社 に行くから、後で連絡すんね」
「了解~」
そんな会話を交わして姉は出かけて行った。
食器を片付け洗い終えて、さて工房に行こうかと思った時メールの着信音が鳴る。
端末を出してメールを確認すると、相手はフドーセンセーで用があるからゼミ室に来るようにと書かれてあった。
多分ウサギロボの催促だと思うけど、来いと言われれば行くしかないだろう。
ちょっとだけ溜め息を吐きながら普段着に着替え、自転車と電車を乗り継ぎガッコーへと向かう。
学内は新年を迎えながらもそれなりに人がいて、僕の格好は悪目立ちする方なので何気に視線を感じるのだけど、いつものことなのでスルーしてゼミ室へと向かう。
軽くノックをして中に入ると、珍しくセンセーが机に座り何やら書類作業をしていた。
「おっ、はよ―ササザキ。早かったな」
「まぁ連絡もらいましたんで来たんですけど。………なんの用ですか?」
僕の問い掛けに引き出しを開けて、なにかの書類を取り出して机の前に放り出す。
「修論はおっけーだ。おめでとー。けっこー面白かったよ」
センセーの言葉を聞いて、どうやら修士論文は合格を頂いたみたいだ。
自信はあったけど、結果を聞くとそれとなく安堵する。
後はサンプル機体を返してもらえればそれで終わりだ。(学位授与式はあるけど)
と思ったけど、センセーは何の反応も示してこない。
「あの………センセー?」
「あ、それに署名してな」
フリップボードに綴じられた書類を手に取りボールペンを借りて署名をしようとして、あれ?と思い手を止める。
それもその筈で、1番下のところに記名欄があってその上部分が白紙で隠されていたからだ。
気になったのでその白紙をペラとめくる。
「あっ………」
「ん?臨時嘱託職員契約書?………」
ジトとセンセーを見るとあからさまに目を逸らす。
「センセー……。これなんですか?」
「んー………。ササザキここ出たらこの後どうすんだ?就活もしてねぇみたいだし、それなら私のとこで助手とかどうかなって思ってな」
助手ねぇ……。目的が透けて見える気もするけど、ただ人手は足りてると思うんだけどなぁ。
「フーちゃん3号がいるんだから、特に人手が足りないって事は無いんじゃないですか?いつの間にやら学内で活躍?してるようですし 」
僕が反論にもならない言葉を告げると、ホロウィンドウが現れ中のフーちゃん3号が頭をペコリと頭を下げて一礼する。相変わらずらぶりーだ。
『おはようございますデガス、キラさま。電子空間上ではナンとかなるんデガスが、現実空間では手も足も出ないデガス。ゼミのミナさんもご自分の作業があるので、こちらまで手が出ないのデガス』
確かに机の上には山と積まれた書類の類が散らばっている。用はお片付け要員兼お食事係ってとこか。
「でもこうゆーのって学長や事務局長とかの許可とか必要なんじゃないんですか?」
センセーいち個人でどうこう出来るものでもないと思うので、少し気になり尋ねてみる。
「心配御無用っ!」
バンとゼミ室のドアが開いて、学長が現れてくる。………このタイミングで出てくるのって聞き耳でも立ててたんだろうか。
「私はもちろんのこと、事務局長にも話は通してあるので問題ない。むしろ笑顔で賛同してくれた。と言う事で職員としてここの機材を使って、ぜひウサギロボを作製して欲しい」
………学長さんの目的から言えば、こういう手があると言われれば従うしかないだろうな。少し強引ではあるけども。って欲望だた漏れだ。
そういや工房作ったことセンセーに言ってなかったか。
あれよあれよという間に出来ちゃったもんで、こっちに知れせるの忘れてたよ。
書類をそっと机に置いて、僕は説明を始める。
「えーとですね。実は僕、工房作っちゃいまして、勤め先?は問題なくなったんですよね」
仕事があるかどうかはともかく。
「「はぁあっ?」」
いや、そんなに驚かなくてもいいと思うんだけど………。
「なもんで、職員の件は別のひ―――」
「と言うことはウサギロボは作って貰えるのだなっ!」
臨時職員の事を断ろうとしたら学長さんに遮られ逆に問い質される。
「ええ。時間はやっぱり2ヶ月ほどいただきますけど、注文は請けたいと思います」
「おおっ!ありがとうありがとうっっ!!」
学長さんが僕の腕を取りぶんぶん振ってくる。第1印象とあまりにかけ離れてて何とも腰が引ける感じだ。
あ、そう言えば2人に渡そうと思ってたのがあったんだ。
僕は学長さんの手をなんとか外して、ディバッグから小さな箱を2つ取り出す。
「で、ですね。しばらく待たせるのも申し訳ないって事で、ためしに作った物なんですけど、良かったらどうぞ」
2人は箱を受け取ると、さっそく箱を開けて中を確認する。
「「これは?」」
取り出した物を手の平に乗せて首を傾げる2人。そこまでリンクしなくてもよかろうに。
「メールとスケジュールのお知らせギミックですね。メールの着信とスケジュールを声で知らせてくれるってヤツです」
「「ほぉおおっ!」」
手の平のそれを見をキラキラさせて2人が見つめる。いや、それ程の物じゃないですよ。
僕が作ったそれはウサギヘッドで台形のボディに棒のような手足を付けただけのものだ。
PCや携帯端末に有線もしくは無線接続をすると、『メールが来たよ』と『◯◯時に△△があるよ』と伝えるだけのものである。
もちろんメール読んでとかスケジュールの内容も聞けば、答えることも出来るようになっている。多分。 センセーが同封された取説を見ながら机のPCに接続していく。
学長さんがボイスインフォーマーを手に持ち、それを興味津々でセンセーの後ろから食い入るように見ていた。ちなみにセンセーが白ウサで学長さんが赤ウサだ。
ボイスインフォーマーの背中にあるスイッチを入れると、『スイッチオーン』の声とともに両足を折り曲げ前方に伸ばして座る姿勢になる。これが待機状態となる。
この待機状態でも有線で繋がってると、時折り腕を上下に振ったり首を左右に回したりする。
「おおぉ………」
「ふむむ……」
いや、そんな風に唸る程のものじゃないんだけどなぁと胸の内で思ってると、いいタイミングでメールが着信する。
『よいっしょ!メールが来たよ。メールが来たよ』
そう言って白ウサが尻尾と両足でバランスを取って立ち上がり、腕をフリフリしてメール着信を知らせてくる。
「読んで」
センセーがそう言うと白ウサの目がピカリと光りメールを読み上げる。
『1月14日午前9時12分着信です。To母。やほー、アキラー元気でやってる?で、実は父さんの知り合いから頼まれたんだけど、アンタお見合いしない?ちょっと会って食事するぐらいでいいんだけど、アンタも出会いがないからって言ってたでしょ?だからこれを機会にちょっと考えて―――』
センセーの家庭内の赤裸々を白ウサが踊りながら読み上げる。
「ストォ―――ッップっ!!」
センセーの声に白ウサはピタリと動きを止めて待機状態へと戻る。
「…………」
「お前も大変だな………いろいろ」
「アンタだってそうだろうに………」
何とも微妙な空気になってきたので、僕はこっそりお暇しようと移動する。
「待て、ほらこれ書いてけ」
「そうだ。署名して行きなさい」
うっ………諦めてなかった。これ以上は平行線を辿りそうなので、仕方ないので条件を詰めて交渉することにする。
「はぁ〜、でも毎日は来れませんよ僕。後バイトもあるし」
「分かってるって。週1、2でいいから、片付けと食事を頼む」
ぶっちゃけたよセンセ―。まぁそれくらいならいいかと、渋々ながら署名をする。
「では私はこれで失礼する!」
学長さんは書類を手に取り、そう言って部屋を出て行った。さっそく赤ウサを繋げてみるのだろう。
これでなし崩し的に僕はガッコーの臨時嘱託職員となってしまったみたいだ。やれやれ。
未だ就活してる人間には恨まれそうではある。
(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




