106.ツンデレ店長と裁縫師見習いの技
とは思いつつも、ペイくんの頼みに僕はすぐに快諾する。
「いいよ。ずっとって訳じゃないよね?でもそんな事でいいの?」
「はい。今日これからでいいんですが、構いませんか?」
僕がそんな事でいいのか聞くと、逆にこれからでもいいかと聞いてくる。
今日は時間に余裕もあるし、ラビタランズに頼みをするのも明日以降で構わないので、心良く応じる。
「うん大丈夫だよ。2人とは何時頃合流するの?」
「はい。現実時間で6時に時計台広場です」
おぅふ。時間まで30分位しか無いな。
「じゃ、とりあえず時計台広場に行こうか」
僕がそう言ってペイくんを促すと、ペイくんがそれを止めてくる。
ん、他に用があるのか。いやぁ、ちょい焦りすぎだな僕。
今日は何ともいろいろ滑り気味だ。
「先に服を作っちゃいますので、色とか希望ありますか?」
色か―。んー何色がいいかな。普段着のピンクは………ありえないし、アトリが青でウリスケが赤、ララがみどり………黄?。ん―、目立つのは嫌なんで地味めな色にして貰いたいから………。
「灰色でいい?」
「………地味ですね。分かりました、じゃあアッシュグレーにしましょう」
ウンウン、ララ達が目立つ分僕は埋没するのがいいだろう。
僕の思惑に気付いたようにペイくんがボツりと呟く。
「いくら地味めにしても、もう充分目立ってると思うんだけど………」
聞かなかったフリー。聞かなかったフリー。
「じゃ、すぐ仕立ててくるんでちょっと待ってて下さい」
ほぉ、そんなにすぐに出来るんならぜひ見てみたい。
「よかったら作業を見せて貰えるかな?決して邪魔したりしないから」
僕の頼みに何故か顔を赤らめて答えてくれる。
「えっと………構わないですけど。………単調ですよ?」
そもそも仕事とか作業なんかは単調でつまらなく感じるものだ。
でもその中で“何か”を見つけ出すことが、ある意味楽しくもあり面白いのだと僕は思っている。
何かをやるのに無駄も無意味もないのだ。
それは必ず何らかの形で自分自身に返ってくる。良くも悪くも。
ただこれは僕の経験則なので、他に当て嵌まるのかは分からないけどね。
「うん、お願いするよ」
「分かりました。じゃ、ついて来て下さい」
ペイくんがそう言って西の方へと歩き出した。僕等もその後を追いかける様に歩き始める。
しばらく歩くと(1分程)左側に並ぶ建物へと向かい、その間の狭い路地へと進んでいく。
「こっちです」
ペイくんは僕達に声を掛けるとそのまま奥へと入って行った。どこに行くんだろうかと思いながら店の看板を見てみると、サルト服飾店と書かれていた。
それを確認してから、僕等もペイくんの後について路地へと入っていく。
どうやらこの商店街の建物はいわゆるウナギの寝床というように奥に長く建てられているみたいだ。
10m程進むとペイくんが右側にある引き戸をガララと引いて奥にいるらしい人に挨拶をしている。
「師匠、こんにちはー」
「店長だって言ってんだろうがっ」
すぐに女性の怒鳴り声が返ってきた。ちょっとびっくり。
「びっくりなのです」
「グッグゥー」
「おど」
ララ達も僕と同じで驚いたみたいだ。お腹に響くよね、この女性の声。
目の前の作業場と思しき場所に老齢ではあるが背筋のシャキッと伸びた女性が立っていた。
「今日は何だい?依頼はないよ」
そのきつめの言葉にペイくんは苦笑しながら女性に答える。
「場所貸して下さい。ちょっと作りたいものがあるんで」
「ん?あんたは………。はんっ!あんたがこいつ等の元凶かい。騒がしくていい迷惑だよっ!まったく」
僕等のことを知ってるらしく、なかなかな辛辣な物言いをしてくるお婆さん。偶然とは言えこの状況になったのは僕が起因なのだからして(たぶん)、ひと言くらいは謝っておいた方がいいだろう。
今日の僕は謝ることにかけては限界突破しているのだ。ふっふー。
「図らずもこのような形になってしまい申し訳なく思います。ただしばらくで結構ですので様子を見て頂けると有り難く思います」
「なのです」
「グッ」
「よろ」
ペコリと一礼。ララ達も一緒にお辞儀をする。
「っ!」
僕が軽く頭を下げて一礼すると、顔を赤くしたお婆さんが悪態を吐く。
「はんっ勝手におし!ペイっ!布はそこにあるものは好きに使いな」
そういって作業場から立ち去って行った―――――と思ったら戻ってきて飲み物とお菓子をを持って来てから捨て台詞?を吐いて再び去って行った。
「ふん!客が来たのに持て成しもしないなんて言われたら私の沽券に係わるからね。片付けはちゃんとするんだよっ!ペイっ」
「はいっ、了解しました師匠」
「っ、店長だって言ってるだろ!」
その様子を見て、ついララが呟く。
「ツンデレなのです」
「グッグッゥ〜」
「つんで、れ~」
「だねぇ………」
僕等がそんな感想を呟いていると、ペイくんがフォロ-?する様にお婆さんのことを説明してくる。
「あの方はこのサルト服飾店の店主のサルト・フェニエラさんて言います。僕が冒険者ギルドの依頼で来てからお世話になってます。口調はあんなんですけど、色々親切にして貰ってます」
「「「「お――――っ」」」」
やっぱりツンだけどデレっぽいみたいだ。なんとも色んなNPCがいるもんだと感心してると、ペイくんが作業台の前に座り道具を出し始める。
おっと邪魔しちゃ悪いな。僕達は端っこで見学させて貰うことにしよう。
「じゃあ、僕たちはこっちで見てるから」
「あ、はい。すみません」
僕が話し掛けると集中し始めたペイくんが気付き返事をしてくる。おりょ悪い事したか。
と思ったけど、すぐさま視線を戻し作業に集中しだす。おおっ。
そして脇にある扉を開けて中に入り、灰色の布を持って来て作業台へ広げ、メニューを出して操作するとハサミを取り出し一気に布の裁断を始める。
なんで採寸もしないでいきなり裁断をするのかと言えば、やっぱりゲームだからだとしか言いようがない。
ある程度平均的な体格のものであれば(ドワーフとかは別)ゲームの方で補正をしてくれるかららしい。
まぁ、そこまで拘る必要もないし、あまりリアルにしても興が削がれるからだろう。
「なかなかやるのです」
「グーッ」
「ぷろへっしょなる」
布をちょきちょき切るのではなく、刃を固定して割く様に切り分けていく姿を見て、現実でも相当な腕があると理解する。確かプレイヤースキルとか言うんだったっけか。
VRでも脳が認識してる行動は反映される様で、ある程度滑らかになるらしい。(そこら辺はステータスとの兼ね合いもあるらしいけど)
裁断したパーツをそのままに、いったん布を巻き直して部屋へ入って戻してから、縫製を開始する。
その間わずか5分程。サルトさんが出してくれたハーブティーとクッキーをいただきながらその姿をポカーンとみんなで見てると
、ペイくんは腕を動かし糸をシュパッと針穴に通し端を指でくるっと巻き結んで、パーツを合わせて縫い始める。
ちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくぴっ。
ちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくぴぴっ。
見た感じまるで地味なのだがそのスピードが途轍もなく、瞬く間に前身ごろ後ろ見ごろを合わせて縫い、袖を縫い合わせて上着が出来る。
次にズボンに取り掛かり、裾口は細めでスリムタイプのジーンズのような感じだ。
そしてあっという間にズボンが縫い上がる。全部合わせて正味15分。凄いなんてもんじゃない。
軽く出来上がったものを眺め瑕疵がないか確認した後、ペイくんが僕達の方を見て笑顔を見せる。
「出来ました。どうぞ」
ホロウィンドウが起ち上がり、トレード画面が表示される。
僕はそれを見てすぐに受け取りの承諾をすると、アイテム欄に今受け取ったばかりの服が追加される。
内容はこんな感じになっている。
アイテム:ワソウ服 Lv4
防御+5
前あわせというあまり見ることのない造りの服
そのせいか人の注目を浴び易くなっている
製作者の仕立て愛と思い込み溢れるひと品
「………………」
突っ込みどころがあり過ぎて言葉にならない。
地味な色にして貰ったのに注目を浴び易いとか、思い込みって思い入れじゃないのか?とか………。
もちろん装備しないという選択はないので、ある程度目立つのは仕方ないと妥協する事に決める。
なのでさっそく装備してみることにする。ポチッとな。
「かっこいーのですマスター!く〜る&じゃすてぃすなのですっ!」
「グッグッグ―――ッ!」
「マスタ。ぐ」
ララ達がここぞとばかりに褒め始める。
初心者装備の中に灰色のワソウ服が装着されている。
矯めつ眇めつ眺め回し、軽く手足を動かしてそのフィット感に悪くないとついほくそ笑む。
「気に入って頂けたようで良かったです」
僕の様子を見て安心した様に息を吐きながらペイくんが言ってくる。
「うん、ありがとうベイくん」
僕がそうお礼を言うと、ペイくんがニコリと笑顔になる。
「それじゃ、もうすぐ時間になるので時計台広場に向かいましょう」
「お、そうだね。行こうか」
サルトさんに帰る旨を告げて(返事なし)、サルト服飾店を後にして時計台広場へ駆け走る。
やがて空が夕焼けから夕闇に変わる寸前にようやく時計台広場へ到着する。
ハヤトくんとアスカちゃん達はすでに2人並んで立っていた。
「あれ?ラギさんっ!どうしたんですか?」
僕等に気付いたアスカちゃんがやってきた僕に不思議そうに聞いてくる。
僕が簡単に服を作って貰った代わりにパーティーを組む事を説明すると、2人がペイくんに向かってサムズアップをして声を合わせて賞賛する。
「やったなペイっ!ナイスだぜ!!
グッジョブ!よ。ペイっ!! 」
同時に声を掛け、そしてビシッとポーズを取る。アテンダントスピリットも一緒で。
ペイくんも前髪をビシッと払いサムズアップ。なる程、3人集まってのこのノリなんだ。さっきまでのペイくんに違和感があったけど思わず納得してしまった。
こういうロールプレイもあるって事だろう。ある意味充実してていいね。
確かリーダーはハヤトくんだったかな。パーティー申請して貰って、外に出る事にしよう。
「夜は初めてだからドキドキするぜっ」
「ポーションいっぱい作ってきたから任せて!」
「ワクワクするね」
ビシッ、ビシビシッッ!!3人が揃ってポーズを決める。
いやぁ、ブレないって方向が変わるといいって事もあるんだね。ふっ。
ん?ちょっと待って。今なんか不穏なことを耳にした気がする。えーと………。
「えーもしかして夜のフィールドに出るって初めて?」
「だぜっ!
はいっ!
ですっ!」
ビシッビシビシィ!声を揃えてポーズを決める。ある意味大したもんだ。
「今まで夜はどうしてたの?」
何となく分かっちゃいるけど、確認の意味で聞いてみる。
「夜はだいたい街の中で生産系のクエストやってたんだ」
代表してハヤトくんが答え、他の2人がコクコク頷く。
何でも始めた早々あっさり3回死に戻りしたらしく、それ以降は街の周辺でちまちまLv上げをしてたと言う。
そりゃそうか。昼と比べて夜は1.25倍ほどモンスターが強くなると姉が言ってたから。これがまた曲者なのだ。
昼間帯と同じ感覚で戦闘をすると学習した人間は当然同じモノは全て同様だと“勘違い”をおこす。
例えば剣で3回攻撃すれば倒せると認識すると、その“常識”に囚われてしまい、認識以外の事態に陥った時に冷静な判断が下せなくなるなんて事になる。
そこら辺は経験を重ねてくしかないんだと思う。VRでも現実にしても。
なら後は夜間帯に必要なアイテムを持ってるのか、確認のため3人に聞く。
「灯り玉は用意してあるの?」
「はい!ばっちりです。夜の攻略スレで確認しました!」
アスカちゃんが右手を前に出しギュッと握りながらポーズを取る。
攻略スレとはさすがに僕と違うね。僕なんかララと姉に任せっきりだったもんな。
「それじゃ、パーティー申請をしてからワイルドッグあたりから戦ってみようか。冒険者ギルドでクエスト依頼請ければギルドランクも上がるだろうし」
僕がそう言うと、3人がおーっと口を開け感心する。えっ、そこぉ?
「それじゃ、行くぜ!」
「「お――――っ!」」「ゴッ」「おー」「おーっす」
ハヤトくんが声を上げると2人と3人のアテンダントスピリットが右手を掲げて応える。そして―――
「「「アテスピ団(仮)!出撃!!」」」
3人と3人が例のポーズをビシッと決める。
そしてララが右の親指人差し指小指を立てて、目元に寄せてキラっとアイドルポーズ。
ウリスケは2本足で立ちながら片足を上げ両前足を斜め下に広げてバシッとポーズ。
アトリは見えないけど、なんかやってるっぽい。びしとか言ってるし。
いや、僕はやんないよっ。ほんとにっ!
その様子をPCやNPCが微笑ましそうに見ている。
そしてポーズを決めた後、パーティーを組み冒険者ギルドで討伐依頼を請けて、僕達は東門から夜のフィールドへと向かった。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




