103.ロボット製作依頼となし崩しで工房設立
「えーと、どういう話なのか説明してもらえます?センセー」
ゼミ室へ戻りソファーに腰を掛けて話を聞くことにする。
どこがどうしてそうなったのか。何で僕なのかということを。
センセーが腕を組みつつ眉根を寄せて少しだけ唸ったあと説明を始める。
「えーとな、お前が提出してきたロボであそ……動作の確認をしてたら、そこに学長がやって来てさ」
今遊びって言おうとしたような………。はぁ。
学長って言えば、確か30半ばの金髪碧眼のゆるフワ三つ編みの眼鏡美人だったな。
ちょっと釣り上がり気味の眼で見つめられると、ゾクゾクするとかカラサワが言いてたっけ。あいつも懲りないよなぁー。
「ほんで、これは何だ。どこで買った。私も欲しい。いや必要だって言い出してさ。………んで〜」
まぁ、そういう事になる訳だ。
何か全体集会なんかで見た印象と違う感じがするのは、気のせいだろうか。私も欲しいとか言いそうにないバリバリのキャリアウーマンというか、完全無欠の女傑っていう感じなのに。
「本人に確認しろ―って言ってあるからそろそろ来ると思うんだけどな」
えっ、そんな偉い人がここに来るの?まじっ!?
ちょっとだけ汗ジトになりながら、何の確認なのかを聞こうとセンセーに口を開いた瞬間にドアからノックが響いてきた。
「入るぞ」
返事も待たずにドアがガチャリと開けられる。うわぁ……本当に来たよ………。
長い金髪を1本に三つ編でまとめ、うなじの上辺りで軽く結い上げている。少しつり目気味の碧眼はこちらを射抜くかの様に鋭い。
もともと省庁から出向という形で学長へと就任した様で、物事の見方は公平かつ厳しいらしい。
フレームレスの眼鏡がその鋭さを助長するかの様にキラリと光る。
基本、偉い人なんて身近に見ることが全くなかった僕は、その小市民故に少し気後れしてしまう。
学長は勝手知ったるなんとやらで、コーヒーサーバーからコーヒーを入れてセンセーの隣へドサリと座る。(ようは僕の正面)
何と言うか……空気が重く威圧感が半端無いんですけど………。
「君があのウサた……、ウサギのロボットの製作者か?」
確認する様に僕へと問い掛けてくる。……突っ込みはよしておこう。
姉といい、アンリさんといい、僕の周りには過剰にウサギさん大好き人間が多い。いや、もちろん僕も大好きだから作ったんだけどね。
「修士論文と一緒に提出したウサギ型のロボットなら僕が作製しました。はい」
僕がそう答えると、ギラリと瞳を輝かせこちらに前のめりになって話を始め出す。
「私こここの学長をやっているカグラ アスハという。あぁ、もちろん知っていると思うが、こうして会うのは初めてなのでな。でだな、常日頃職務に従事していると様々な問題が降り掛かってくる。特に学長などをやっていると官公庁やら商業組体からの訳分からん要求要望に頭を抱えたり、あらゆる事務処理に負われることもある。更に最近はVR施設の設置やらの予算の請求とかマジ馬鹿じゃなかろうかと怒鳴りたくなることもある」
なんだろう……一気に自己紹介と現在の状況をまくし立て始めた。後半はセンセーに対しての当て付けなのか、チラリとそっちを見ながら言っている。
当の本人はしれっとコーヒーを飲みながら横を向いている。どういう状況なんだろうな………これ。
「この激務の中、息ぬ―――調べ物をする為こちらのゼミ室に来たところ彼女が愛らしい物と踊りを踊っているではないか。私はそのモノに魅入られてしまい譲って欲しいと頼んだのだが、これは学生の提出物なのでダメだと断られた。ならばとその人物に同様のモノを作ってもらう事は出来ないか問うと、本人に聞けと言われたのだ。私の人生の中で今1番必要としているモノがこれなのだ!どうかお願い出来ないだろうか?君!」
さらに一気に己の思いの丈をぶつけるかの様にまくし立てる学長。ん?結局何が言いたいんだ?あれ?(混乱中)
『マスター。きっとプレゼンテーションなのです。これ』
ララが僕にだけ聞こえるような声でこそリと伝えてくる。
プレゼン?あぁ、作製依頼ってことか。そういやセンセーがはじめに言ってったけな、なる程。
「同じ様なものを作るのなら構いませんよ。はい』
僕が作製を了承すると、パァと顔を綻ばせる学長。
バックにバラの花びらが舞い散る錯覚を起こさせるほどの威力があった。
「そうか!ありがとう!!それでだな。注文という程のものではないんだが、色は白で目は紅、着衣は……そう!執事が身にまとう様なもので、片眼鏡をつけて欲しい。出来ればスケジュール管理もでき、話し相手にもなる様なものがいいのだが、どうだろうか?君」
またまた一気にまくし立ててくる学長に僕は何も言えず口をあんぐりと開けてしまう。注文多っ。
すぐに我に返り、何と返事をすればいいのか考えあぐねていると、センセーがそこへ口を出して来る。
「え〜と、あーしは色はピンクで眼は紺か黒。メイド服でオーソドックスな長いヤツな。スケジュールはフーちゃん3号がやってくれてるから話し相手になるヤツでヨロシク」
いきなり便乗しつつぶっ込んできた。ってかセンセーも欲しいのかよ。………ったく。
「えー………中身はともかく外側は作っては見ますが、ある程度時間を頂くことになると思うんですが………」
仕切り直しも兼ねて、僕がそう言うと学長もおとがいに手を当てふむと頷く。
「どれぐらいかかるのかな?」
学長からのその問いに、僕は少し頭の中で計算して答えを出す。
「だいたい4ヶ月から半年ってとこですかね。ここを修了して色々やる事もありますし、機材も手元にありませんし」
「な、なん………だとっ!?」
僕の答えに絶望したような表情を見せて立ち上がる。
だってねぇ、そういう依頼ならガッコーの機材使う訳にもいかないし、AIについてはちょい検証も必要になる。
「学校の機材使えばいーぢゃねぇか、許可出すぞ」
どこからか出したお菓子をボリボリ食べている。あ、僕の………。(3種のチーズあられスナック)
僕は溜め息を吐きながら反論する。
「そんな訳には行かないでしょう。大分余裕が出来たと言っても3Dプリンタを使う人間は大勢いますし、僕自身バイトとか修行とかしたいんですから」
この時期でも台数が増えてと言っても、3Dプリンタはいまだ何人かが作業をしている。
「そ……そんな、ろ、6ヶ月ぅ〜〜〜〜……」
学長をフラフラと身体を揺らしドサリとソファーへと崩れ落ちるように座り込む。だってねぇ……。
「えー、市販のアニマボットとかあるじゃないですか、それじゃダメなんでしょうか?」
現在はセラピロイドやら動きそっくりの動物のオモチャなんかも多種多様に出ている。
探してみればお眼鏡に適うモノもあるはずなのだ。
それにオーダーものになると(素人の作でも)それなりにお高くなってしまう。
「はじめはそうしようとも考えたのだが、あのウ、ロボットを見てしまってひと目惚れしてしまったのだ!!」
とは言っても、時間ばかりはどうしようもないしなぁ。僕が何と言えばいいのか困っていると、センセーが有り得ない1つの提案をしてくる。
「もーいいからさぁ、ササザキ前倒しで工房作っちまえよ。なら半年先なんて言わずに作れんだろ?」
「はぁっ?」
いきなり何言っちゃってんかセンセーは。
確かに将来はロボット製作工房を作りたいとは言ったったが、それはあちこちの工房で修行して、技術と資金が溜まってからの話だ。
今世界にはロボットクリエイターとかデザイナーと呼ばれる人間が数多いる。
そういう人達の元へ赴き教えを請いながら働き技術を上げていく予定なのだ。
「センセー無茶言わないで下さい」
僕が鼻息荒くセンセーに注意をするが、それを聞いた学長が項垂れていた頭をバッと上げて良い事聞いたと話し始める。
「よし!私が資金を提供しよう。それならばそれ程時間も掛からずに製作できるだろう。な!君!!」
掴みかからんばかりに近寄り学長が興奮も露わにそう言ってくるのを、少しばかり引き気味になりながら僕は身体を後ろへと逸らす。(実際手も伸ばしてきてる。こわっ)
「え、えーと、作製するのは了承しましたので、その事はご勘弁下さい。僕自身工房は先の目標という訳ですので、学長がお金を出して頂くものでもないですから」
ええーっとちょっぴり情けない声を上げながら学長はソファーに座り直す。
「まぁしゃーねぇな、のんびり待てや。アスハ」
ザララと袋を上に傾けて口に流し込みお菓子を全部食べてしまった。……ああ。帰りにまた買わなくちゃ。
「うっさいな〜。黙れよっも〜」
学長がセンセーへ口を尖らせて悪態を吐きそっぽを向く。何とも気安い仲って感じだ。
とりあえず作製依頼を請けて要望を再確認してガッコーを後にする。
もちろん丸チューに立ち寄り色々食べられたものは買い直す。
アパートに帰ってから夕ゴハンを食べて、風呂に入った後ログインする。
ララの希望に沿って鍋を作ることにした訳で、商店街で食材を色々と買ってラビタンズネストへ向かう。
相変わらずのちびラビタンズの歓迎を受けてから、長老に場所を借りて広場で鍋料理を作りはじめる。
おやっさんから借り受けた1m程の大鍋を竈に載せて鳥ガラとネギっぽいのや玉ねぎっぽいの根菜類などと水を一緒に入れて炊いていく。
そしてメニューから【調理】スキルを選び〈時間短縮〉を使用する。
これはLv20になった時に使える様になったもので1/2、1/3、1/4、1/5と時間が短縮できる仕様になっている。
ただ時間が短くなる毎に出来上がりのLvと味が低くなっていくとのこと。
とりあえず1/3で時間短縮をかけると大鍋の中でビデオの早送りように中身が踊る。その間に肉や野菜を切り分けていく。
「ララ、大鍋ちょっと見ててくれる?灰汁が出たら取ってね」
何故かこのゲームでは煮たりすると灰汁が出てくる。細かすぎだ。
「了解なのです!じっくりしっかりやるのですっ!」
ふんむと両手を胸の前で握りしめララが気合を入れて言ってくる。
さすがに豆腐とか味噌とかはこっちにはないので、葉野菜、根菜と肉だけの鍋になるけどね。
「てりゃー、とりゃー、ちょいやー」
スプーンを抱えたララが声を掛けながら出てくる灰汁を掬っては投げ掬っては投げを繰り返している。
「グッ!グッ!グッ!ググーッ!!」
そして小鉢を両前足で持ったウリスケが二足歩行で、投げ出される灰汁をひょいひょい移動しつつキャッチしている。何とも巧みな連携に思わず感心してしまう。
そこへ姉とラミィさんアンリさんがやって来た。
挨拶を交わす間もなく、姉がジャンピング抱き付きをしてくる。
「ラギっく〜〜〜〜ん!朝振りぃ〜〜っ!」
僕の背中に抱き付きスリスリくんくんの姉仕様だ。この姿にもだいぶ慣れてちょっとの事では動じなく
なっていた。
「何やってんだ?これ」
ララのウリスケの様子を横目にラミィさんがそう聞いてくる。
僕は眉尻を下げつつ昼間食べた鍋のことを話し、ララがお願いしてきたのでせっかくだから、ラビタンズの皆にも食べて貰うことにしたと話す。
「へぇ〜、グッタイミングだったな。ラッキー」
腕に長老を抱っこして笑顔でそう言う。
「ん゛〜〜〜〜っ!ん゛〜〜〜〜〜っっ!!」
アンリさんは顔をくしゃりと緩めてちびラビタンズを頬ずりして愛でている。コンドォーさんが処置なしという様に肩を竦めている。
「マスター、見てみてなのです」
ララの声に背中に姉を乗せながら大鍋を確認する。
8分目ほどになったスープは白濁した色へと変化している。鳥ガラや野菜を取り出してスプーンで掬いひと口味見。
ん、大丈夫かな。そこへ塩をザザと入れて掻き回し再度味見する。
少し濃い気はするがおっけーということにして、ララとウリスケにも味見して貰い問題無さそうなので、野菜と肉を大鍋へ入れてフタをする。
くつくつ音を立てて煮え上がるのを待つ間、昼間の出来事を姉達に話する。
「ってな話があったんだよねー。いやぁ、びっくりしたよ。だって学長だよ、学長」
大鍋からの匂いに誘われてか、ラビタンズの皆が広場へと続々やってくる。そして鍋を囲んでひくひく鼻を動かしている。
「キラ様っ!私にもぜひ1つお願いしますっっ!!」
右手をビシッと真上に掲げアンリさんが立ち上がる。え?
「あ―――ーっ、あたしも――――ーっ!!」
「んじゃ、私も〜〜〜〜っ」
そして姉とラミィさんもそれに便乗してくる。
うっ、何か余計な話をして自分から墓穴を掘った気が………。迂闊だった。
「んん〜、でも作る場所無いから時間が掛かっちゃうと思うんだ。だから無理だと………」
僕がそう言って断ろうとすると、姉がパチンと指を鳴らしてセンセーと同じ事を言い出しした。
「せっかくだから場所っていうか、工房作っちゃお?元々そのつもりだったんだし、善は急げってことで、レリー」
「はい、あるじ様」
レリーさんが答えると、ホロウィンドウを出して何やら操作を始めていく。
「場所はアパートの駐車場。物置小屋の隣でいいよね。あと―――」
あれ?何か外堀がどんどん埋められていく気がする。
「ちょっ……、ま」
「3Dプリンターは何台必要りますか?キラ様」
レリーさんが僕にそう聞いてきたのに、半ば反射的に答えてしまう。
「えっと、2台あれば充分かと―――」
「畏まりました。キラ様が利用されてるものの上位機種を注文します」
「いやっ、だから―――」
「工房名はどうしますか?」
「キラくん工房で―――」
「いやっ!FT――フォーチュンテイルでお願いしますっ!!」
幸運のしっぽもしくは幸運のお話をもじったものだ。さすがにそんな名前の工房で働くのは嫌だ。断固御免被りたい。
やむ無しと言った体で、以前から温めていた名前を出す。
「申請完了しました。後日通知が来ると思います。これでキラ様が主の工房が出来ることになります」
「……………」
あれー………なんか喋ってる間に工房が出来てしまった。どうコメントしていいか分からない………。
「ありがとうございます?………」
「気にしなくていーよ、ラギくん!あたしの為だからっ!!」
この間も姉は僕に貼り付いていたままだ。はぁ……。
「マスターいい頃合いなのです」
ララがそう言って来たので、大鍋のフタを開け中を確認する。
開けるとふわり〜んと鍋からいい匂いが漂ってくる。
「「「「ふわぁ〜〜〜〜〜っ」」」」
周囲にいた皆が喜声を上げ、じゅるりと生唾を飲む音が聞こえてくる。
鍋を軽くかき回して、ちょいと味見。
ん、濃いと思ってたけど、煮込まれたかで味が落ち着いてきていて、まぁそれなりに食べれる。
「はーい。配るから皆並んで―」
『『『『は〜〜〜い』』』』
僕がそう言うと姉達を先頭に1列に皆が並ぶ。皆お行儀がいい。ゼミ生達とは大違いだ。思わず笑みがこぼれる。
お椀を出して次々と大鍋からよそって渡していく。
ララとウリスケには先によそってテーブルに置いておいた。
「鍋美味しーのですっ」
「グッググゥ〜〜ン」
姉とラミィさんが何度かお替わりをしてきて、アンリさんはちびラビタンズにあーんして楽しんでいた。
その日はゲームなのにゲームらしいこともせずに鍋を食べて過ごし、ログアウトしたのだった。
翌日バイトを終えてアパートに帰ってくると、駐車場に平屋の立派な建物がでんと建っていた。
「………へぁ?」
僕が唖然とそれを見ていると、作業服姿の男の人が目の前にやってきて話をしてくる。
「ササザキ様ですか?こちらにサインをお願いします」
現れたホロウィンドウに受け取り了承と書類にサインをすると、ペコリと一礼して去って行った。
「ありがとうございました」
男の人が立ち去るのをただ呆然と見送り、はぁと溜め息を吐き肩を落とす。
なし崩し的に一国一城の主となってしまった僕だった。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
遅くなりましたm(_ _)m




