102.センセーからの依頼
朝食を姉と取り(出汁雑炊と焼き鮭と出汁巻き卵)、朝のニュースを見ながら家の細々としたことをしようかなと立ち上がろうとした時、端末がメールの着信を知らせてくる。
こんな朝早くからいったい誰だろうと思い端末を確認するとセンセーからの着信だった。
んー卒業というか終了にに関しては、全部可を貰ってるので、しばらくガッコーに行くこともないんだろうと思ってたんだけど、何か不備でもあったんだろうか。
中を見てみると、11時にゼミ室へ来てくれの1文だけだった。
はてさて一体何だろうかと思いながら、時間が来るまで考えていた通り家のことを色々やった後、自転車に乗って駅へと向かう。
その途中ララが端末から声を掛けてくる。
『マスター、今日丸チューで特売をやってるのです。野菜がすごくお安くなってるのです』
丸チューとは駅までの途中にあるスーパーだ。僕も帰りがけに立ち寄っては食材や消耗品を買いによく利用させて貰ってる。ララが今日の特売品や安いものを教えてくる。
今が9時ちょっと前なので、時間もあるのでちょいと寄り道して買い物に行くのは問題ない。(丸チューは9時開店)
幸い背中には私物を持ち帰るようにと、何も入れていない大きめのデイバッグを肩にかけている。帰りは大変だが、あるいは一旦引き返して買ったものを置いてから出掛けても時間的には充分間に合う。でも、あれ?
「……ララ、もしかしてセンセーに何か頼まれた?」
思い返してみると、バッグを持っていくように言ったのもララだった。
だかと言って特に何か言おうとは思わないけど、話してくれれば大した手間でもないと思ったのだ。
「いいえ、フーちゃん3号さんからのお願いなのです。最近満足にご飯を食べてないとのことなのです」
この場合の“満足”とは何も食べていないということではなく、偏った食生活をしているという意味だろう。
多分デリバリーピザやら何やらばかり食べてるんじゃないかな。
僕は溜め息を吐きつつ丸チューへと向かうことにする。
駅へと至る大通りを左に入った支道に丸チューはあり、開店前のざわつきが周囲に響いていた。
僕が駐輪場に自転車を止め入り口に行こうとした時、カラーンカラコーンと鐘が鳴り響く。
「おはようございますっ!開店で――――すっっ!!」
店員さんの透き通るような声が開店を告げる。その声に僕もつられて入り口へ向かうと、十数人の待ち構えていたお客さんが我先へと店の中へと入っていく姿が見えた。
「すっご………」
特売日がこんな凄いことになってるとは露知らず、僕は思わず口元を引きつらせてしまう。
「戦争の始まりなのです」
ララが厳かにそんな事を言う。怖いからやめて。
中に入ると賑やかなのはごく1部で他は静かだったので、少しだけホッとする。(賑やかなのは詰め放題のとこ)
まずは野菜コーナーへ向かい特売品の品定めをすることにする。
僕が考えたのは野菜を多く摂るんだったら鍋が良いかとなという事だった。
なので、白菜、春菊、ニンジンなんかを見て回ろうと買い物カゴを手に取り足早に向かう。
「すっごい大っきいのと小っさいのがあるのです!」
「Fベジだね」
ファクトリーベジタブルー――通称Fベジは室内に設置された農業設備で作られた野菜のことである。
通常より大きかったり小さかったり、味が濃厚だったりと美味しいらしい。
他に遺伝子操作《DNアソート》と配合で作られたモノのことを言うとのこと。
昔ほど遺伝子操作や組み換えされたものに関しては特に忌避感もなく、普通に市場に流通している。
逆に人気があるので、値段はリーズナブルなのに手に入れ難いというのが実情だ。
『これは広告になかったのです』
目の前にはドでかい白菜が10程が山積みされ、台には小さな白菜が山程積まれている。
大きさはドでかいのが通常の4倍位。(60kgの米俵くらい?)
小さいのは僕の手の平ほどのもの。(何の意味があるのか)
大きい物は持って行きようがないので、小さい方を(お1人様5個まで)限度数まで取って次に行こうとすると、遠くから声が聞こえてきた。
「Fベジがあるわっ!」
「「「「きゃああ――――ーっっ!!」」」」
ドドドッと地響きが聞こえそうな勢いの奥様方を見て、僕は慌ててその場を離れる。
『まじ、怖いのです』
「うん、そだねー」
ララの感想に僕も口元を引き攣らせその様子を見やる。
細身の身体なのにも関わらず大っきい白菜をひょいと持ち上げカートへぶっこむ主婦や買い物カゴでガードしつつ、ひょいひょいと小っさい白菜を手元に引き寄せ奪うおばーちゃん。
「主婦すげー」
『かっこいーのです!』
うん、ララはそう言うと思ったよ。
その後は普通の地物の野菜や、肉、キノコ類、豆腐、コンニャクやその他諸々をカゴに入れてレジに向かう。
まだ特売品を漁ってるようで、レジには誰も並んでない。
現在は無人レジが主流で人が立ってることは殆ど無いのだけど、何故か丸チューでは店員さんがレジに立っている。
僕がレジ前に行くと店員さんがにこやかに挨拶してくる。
「いらっしゃいませ―ッ!ありがとうございまーす」
と言うなり買い物カゴを手元に寄せて作業を始める。
買い物カゴをスキャナーの右に、左に精算カゴを置いて買い物カゴの中の物を次々とスキャナーの間を通して移動させていく。
チェック音がピピピピーと連続で鳴り響く。
「………すっご」
『神の御業なのです。かっこいーのです』
どうやらララのこのフレーズはマイブームのようだ。ま、いっか。
2分と経たずに全てを移し会計金額が表示される。
「こちらの金額になります」
僕は表示された金額を確認しながら、端末を取り出して読み取り板へとかざし会計を済ます。昔は金額を言ってたんだけど個人情報ウンヌンカンヌンとかでこういう形態になったらしい。
「ありがとうございましたー。またのご利用お待ちしておりまーす」
精算カゴに山積みされた品々を抱えながら移動する。………ちょい買い過ぎたかも知んない。
何とかデイバッグへ詰め込んで、店を出て駐輪場で自転車に乗り込み駅へ。
指定の駐輪場へ自転車を留め、電車へ乗り込みやっとガッコーへ到着する。おもっ。
ひーひー言いながらゼミ室へと辿り着く。中に入ると開口一番センセーがひと言。
「ササザキ―――ーッ!ご飯作って――――っ!!」
自分の席で両手を振り上げてそんな事をセンセーが言って来た。子供ですかあなた。
「はいはい。じゃあ用意しますんで、待ってて下さい」
「ふぇ?」
僕がそう返事をして作業室へと入って行くと、センセーが変な声を上げて驚いていた。たまにセンセーを驚かせるのも悪くないな。
作業室の中には誰もおらず閑散としている。まぁまだ冬休みだし、ロボ馬鹿のゼミ生もゆっくり過ごしているんだろう。
となると、ちょっと食材を買いすぎたかもしれないな。
作業室の端には向かうと、以前よりも調理器具やら食器が充実してる気がする。
収納棚を見てみると、………土鍋まである。
うん、まぁこっちとしては都合がいいから突っ込むのはやめとこう。
ピコーンとSEがなった後、ホロウィンドウが現れそこに映しだされたフーちゃん3号が挨拶をしてくる。相変わらずブリちーだ。
『本日はありがとうございますデガス。お休み中のところ申し訳ありませんデガス』
ペコペコ頭を下げてくるフーちゃん3号を宥めながら話し掛ける。
「気にしなくていいよ。やる事も(ゲーム以外)特に無かったから。僕もこっちですることあったしね。それより明けましておめでとうございます」
『あけましてめでとうなのです。フーちゃん3号さん』
僕といっしょにホロウィンドウに表示されたララが挨拶をする。フーちゃん3号は僕等の言葉に目をパチクリさせてお〜っと口を開ける。
『そうだったのデガス。あけましておめでとうございますデガス』
『学内の掌握はどうなったかなのです?』
ララが確認する様にそんな事をフーちゃん3号に聞いている。
『バッチリ!デガス。完全掌握したデガス。今は分校への掌握を実行中デガス。ちょろ過ぎデガス』
くっくっくっと悪い笑みを浮かべるフーちゃん3号にララも半目になりつつニヤリと笑う。
「ふっふっふ。そちも悪よのぅなのです』
『いえいえ、ララさまにはかなわないデガス』
くっくっく、ふっふっふと笑い合ってる2人をそのままに、デイバッグから買ってきたものをテーブルへと並べ僕はさっそく下拵えに取り掛かる。
鍋は特に手も掛からないから簡単だ。切って並べて煮るだけだしね。
これだけじゃ少し寂しんで、ごはんもパック程買ってきたけど、そこにあるものを見て思わず声を漏らす。
「なん………だと?」
そこには一升炊きの炊飯器が鎮座していた。いつの間に。
『はいデガス。キラ様が食事を作られてからゼミ生の皆さんでお金を出し合ってそれを購入し、料理を作り始めたのデガスが………』
何とも言い難そうに口篭ってから意を決したようにフーちゃん3号が口を開く。
『先生を始め、ゼミ生の皆さんの料理の腕前が壊滅的だったのデガス。そう、壊滅的だったのデガス』
重要なことなので2度言ったみたいだ。そうか壊滅的かぁ………。
『何故かみそ汁は甘く、ゴハンはピシャピシャかガリゴリ、みなさん意地になってそれ等を食べて満足にまともなものを食べてないデガス』
どんだけ不器用なんだ?いや、料理だけの話なのか………。
「でも、外食とか出前とかしてたんじゃないの?学食は……休みか……」
僕はそんな話を交わしながらも、収納棚にあったコメを炊飯器の内釜に入れ、研いでから水を適量入れ内釜を戻しスイッチオン。
包丁を取り出し、野菜を適当な大きさに切り分けざるに入れ軽く水洗い。
キノコ類も石突を切り取り小分けにし、コンニャクは手で小さく千切っていく。
土鍋をコンロに載せて、買ってきた鍋スープ白湯鶏出汁味を半分流し入れて水を8分目まで入れてから火を点ける。
そこへ切り分けた野菜、キノコ、こんにゃく等を詰め込むぐらいに入れてフタをする。火は弱火っと。
『なので本日はキラ様に来て頂いて非常に有りがたいのデガス。助かったのデガス』
フーちゃん3号はサポートとアドバイスは出来ても、本人がやらないとどうしようも無いもんな。
『近頃の先生はVR空間に篭もりっぱなしで、注意しても言うことを聞いてくれないのデガス』
チラッチラッとこちらを伺うようにフーちゃん3号がそう言ってくる。えー、僕に注意しろって?僕が言っても聞かないと思うけどなー。
「言ってみるけど、僕でもダメだと思うよ」
『ありがとうデガス。キラさま』
フーちゃん3号がペコリと一礼。うん、プリちーだ。
『フーちゃん3号さん、データ共有するのです』
『はいデガス。ララさま』
互いにピーキュララ〜という音を立てながら何やらやってる。そういや昔テレビで見たデータ処理を思い出す。
慥かカセットテープにデータを記録する時の様な音だ。……なんだかなぁー。
2人を横目に、鶏肉、豚肉を取り出し、ひと口より少し大きめに切り分けて、軽く塩を振りかけしばらくおいておく。
フライパンを取り出しコンロに載せ火を点ける。火力は弱火にして温まってきたところへ肉を投入。
表面を軽く焼くだけなので、裏表を焼いてそのまま鍋へとイン。
鶏肉、鶏皮、豚バラと焼けたそばから鍋へと入れる。そしてちょい味見。ん、やっぱ薄いわ。
そこにキューブタイプの鍋スープの元の海鮮醤油味とバターをひと欠けポイと入れる。
そしてパタリとフタを閉じて、あとは煮えるのを待つのみだ。ふぅ。
「鍋か〜。鍋といやあいつ等酷いんだよ。聞いてよササザキ〜」
僕が買っておいた新製品のアボカト風味のじゃがチップをパリポリと貪り食っている。あーあ。
「センセー勝手に僕のモノ食べないで下さいよ〜」
「え?そうだったの!?悪りぃわりぃ。後で払うからさ」
くっ、まるで悪びれがない。気付かなかった僕も僕だけど………。
「もちょっとで出来ますんで、食器出してもらえます?」
「おー、まかせろ」
センセーが袋を傾けザラらと中身を口へと放り込む。ああっ。
「あーっ!ササザキ先輩が来てるーッ!!」
そのタイミングでいつものメンバーが作業室へと入って来た。
「ちっ」
彼等を見てセンセーが忌々しそうに舌打ちする。ん?
「ま〜だ根に持ってるんですかぁ〜?教授ぅ〜」
それを見たホンゴウさんが呆れたように問い掛ける。
「ってか、俺等が買ってきたおでんだったんですよ、あれ」
「ちょっとぐらい食わせてくれてもいーじゃないか。私が席を外してる間に全部食いやがって、この鍋はダメだからな」
何ともみみっちぃことをセンセーが言い出してるが、量が量なので食べてもらった方が僕としては助かる。
「センセーどうせ2人じゃ食べ切れないんですから、皆にも食べてもらいましょう」
僕が宥める様にセンセーに言うと、舌打ちしながらも不承不承頷く。それを見てわぁとゼミ生達が喜ぶ。
「じゃ俺食器出します」
「私卓上コンロ用意しま〜す」
「俺、飲み物買ってきます。お茶でいーすか?」
「あたしもー」
そう言ってゼミ生達がテキパキ動き始める。
なんでこんなに連携が出来てるんだ!?ってかIH卓上コンロとかあるし………。
『わんだらーなのです』
ホロウィンドウを消して声だけでララがそう呟く。
うん、わんだらー。
ちょっとふくれ気味のセンセーを他所に、卓上コンロの上に鍋を置きフタを開けると、ふわりと美味しそうな匂いが周囲に広がる。
ゴクリと誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
取り皿を手に野菜、肉、キノコをよそってスープを流し入れる。
「センセーふくれてないで、どうぞ」
センセーに手渡して、他の皆の分もよそって渡していく。
何故か僕が鍋奉行をやってるのか自分でも謎だが、まぁ最初だけで後は自分達でやるだろう。
僕も自分の分をよそって両手を合わせてペコリ。
「いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
僕の言葉を合図に皆が一斉に食べ始める。あれ?
「はふはふはふ。ん゛〜〜ん゛っん゛っん゛っ」
「白菜とろとろ〜ん。肉うっま〜っ」
「っっっっっっ!!!」
「ずっずっず〜〜〜〜っ」
相も変わらず欠食児童状態だ。皆それなりの物食べてると思うんだけどなぁ。
皆の食べる姿を眺めつつ、僕も箸を付けることにする。
取り皿に口をつけてスープをズズッと啜る。
「………うん!」
ちょい濃いかなとも思ったけど、野菜とキノコとかのエキスが混じってて何家に地味深く思える。
次に初めて食べるFベジの白菜。縦に半分に切って入れたものだ。
充分に煮えて柔らかくなってるのに、形は崩れてない。
へぇーと思いつつひと口齧る。
「ん〜〜〜っ!!」
1枚1枚がとろりと柔いのに、重なりあった葉が存在を示すように主張して歯ごたえを感じさせる。そして中に溜め込まれたスープが口いっぱいに広がってくる。初めての食感だ。
出汁が染みて何とも味わい深い。
僕がしみじみ味わっていると、目敏く底に隠していたFベジ白菜を発見したホンゴウさんが喜色を表す。
「あっ!これ、Fベジですよねっ!!うおっ、うまっ、美っ味ぁ!!」
ひと口食べたホンゴウさんが、ガツガツ頬張る。
それに気付いた他の皆も鍋の中を漁り出す。もう行儀悪いな―。
センセーはいつの間にかFベジを半分確保してこっそり食べている。そつが無いというか何と言うか………。
1升炊いたご飯はあっという間に無くなり、鍋の具もほとんど無くなっていた。
皆満足そうにお腹を叩いたりしてるが、隠しダマはまだあるのだ。
僕は立ち上がり冷蔵庫へ向かい、それを取り出す。
「「「「あっ!しまったっっ!!」」」」
皆はそれを見て愕然としている。まぁ、あとちょっとは入るだろう。
スープだけとなった鍋の中にうどん5玉とカレールーを2欠け。
そしてその上にとろけるチーズを山盛り載せてフタをする。
しばらく待つとカレーの芳しいい香りが目の前に漂ってくる。
「くぅっ!お腹いっぱいなのによだれがっっ」
「ベルトを緩めればまだ………っ」
「い〜匂い〜」
「はぁ………」
フタを開けて中を見ると、カレー色のスープに山吹色のチーズを纏ったうどんが美味しそうに鎮座していた。
「「「「「ふおおぉぉぉぉ〜〜〜〜っっ」」」」」
皆苦しそうな表情の中笑顔を見せていた。
チーズカレーうどんはセンセーが2玉、僕が1玉。他の皆で残りを美味しく頂きました。
『マスター!ララ達もお鍋やりたいのですっっ!!』
ララの声が切実に聞こえてきた。鍋ねぇ………。
後片付けをした後、センセーが僕を呼んだ訳を話してきた。
「え?ロボット製作の依頼………ですか!?」
「そ、修士論文で作ったウサギのヤツを注文したいんだとよ」
………ゴハン食べたいだけじゃなかったんだ………。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます (T△T)ゝ




