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忘らるるゆめ−2

「アレン、行こう!」

「ジャック、待てって!」

 作戦内容は、砦の攻略。昇進試験には申し分ないステージだった。敵の数は多い。でも、どれもぼくの敵じゃない。ぼくは「あまり加勢しすぎないように」という海成の言いつけを無視して、次々と立ちはだかる者たちを倒した。だって、どきどきする。この先の夢のような日々が、あの砦の向こうにあると思うと、じっとしてなんかいられない。

 ぼくは走った。アレンより前を。砦が、ぐんぐん近付いてくる。そして、ついに、手が届いた。

 塀を乗り越え、ぼくは石造りの窓に飛び込んだ。


 灯りのない薄暗い廊下を歩いていく。地図はないけど、ぼくはどちらの方向へ行けばいいか、ちゃんとわかった。砦を取り巻く石と空気が進むべき道を教えてくれる。

 少し飛び出しすぎたみたいだけれど、アレンたちもそのうち追いつくだろうからと思って、気にせず先へ進む。螺旋階段を下って、地下の廊下に出たときに……誰かの気配を感じて、ぼくは立ち止まった。

 その人は、すぐ先の角から現れた。暗くて顔はよく見えないけれど、歩くたびにひらひらと揺れるあれは……白衣?こちらを警戒する様子はない。武装もしていないようなので、ぼくは黙って様子を見た。

「きみは……ジャック君?」

 男の人の声が言った。

「おかしいな……きみが来るとは聞いていなかったんだが」

 聞いてなかった?どういうことだろう。

「ぼくが勝手についてきたんだよ。それより、おじさん、誰なの?」

「私は帝王軍の技術開発部の者だよ。ここには間者として潜んでいてね」

 カンジャ。要するに、この人は敵に扮装した味方ってことか。

「アレンという子が来ると聞いていたのだけれど……まあ、君でもいいや」

 そう言って、男の人は小さな箱みたいなものをぼくに差し出した。

「帝王軍が作製した、新型の起爆装置だよ。今回の作戦は、こいつの実用テストも兼ねているんだ。箱型だからね、そいつの名前はパンドラさ。本隊まで戻ったら、その箱を開けてくれ。そうすれば砦が丸々吹き飛ぶようにプログラミングされてるから」

「そうなの?」

 聞いてなかったな。言ってくれてもよかったのに、と思いながら、箱を受け取る。大きさに反して、ずしりと重い。

「とにかく、これを開ければ作戦完了ってことだね?」

「ああ、そうだとも」

「わかった。ありがと、おじさん」

 ぼくは箱を握りしめて、階段を駆け上がった。はやく、はやく。あたまには、アレンの驚く顔が浮かんでいた。間者の人が「気をつけてね」という声が、最後に聞こえた。



  *  *  *



「……ククク、本当に純粋で、無知、なんだねぇ」



  *  *  *



「アレン!」

 本隊に戻ると、いちはやくアレンの姿を見つけて駆け寄った。

「ジャック!どこ行ってたんだ、一人飛び出して……」

 と、アレンがぼくの手のなかに目をとめる。

「……なんだ、それ」

 ぼくは黒くて小さな箱を、アレンの目の前に近付けて見せた。

「帝王軍のカンジャの人にもらったんだ。爆弾だよ。これで砦を丸ごと吹き飛ばすんだ」

「間者……?そんな話は聞いてないけどな……」

 アレンが眉根を寄せる。

「うん、ぼくも知らなかった。まあでもこれで、任務完了できるよ。この、パンドラで」

「パンドラ……?ジャック、待て———」

 アレンがなにかを言う前に、ぼくは蓋に手をかけて、引き抜いた。小気味良い音がして、箱がひらく。瞬間、白い閃光に包まれた。



「う……」

 何が起きたのか、わからなかった。視界が開けたときには、本隊のみんなが、死体みたいに転がっていた。うめき声が聞こえて、かろうじてみんな生きていることがわかる。

 全身が痛くて、重くて、ぜんぜん思うように動かせない。なんでこんなことになったの……?遠くの砦を見る。どこも崩れていない。先ほどと何も変わらぬ姿で、そびえ立っていた。

 ……そっ、か……。

 こうなることを知っていたみたいに、敵の軍勢が束になって押し寄せてくる。たくさんの人が、なす術もなく殺されていく。ぼくの方へも、槍を持って近付いてくる人たちがいた。けれど、避けたくても身体が起き上がらない。はじめて味わう感覚。あの槍で刺されたら……ぼくはどうなるの?想像して———身震いがした。

 ……痛い。痛い痛い痛い痛い……いやだ、怖い……!

 槍が翳される寸前、ぼくは天を指した。




 次に目を開けたら、みんな死んでいた。




 敵も、味方も、空気も、ぜんぶ死に絶えて、残骸だけがそこかしこに散らばっていた。塊が折り重なって、どこまでも赤くて……向こうの地平に消えてく空だけが青くて、だけどぜんぶ白い。

「アレン……」

 ぼくは動けないまま、少し離れたとなりに横たわるアレンに話しかけた。

「……聞いてる……?」

 アレンは返事をしない。目を開いているのに……茶色い瞳は、もうぼくを映してはくれない。

「いやだ、よ……アレン…………ぼく、まだ……きみ、に…………かっ、て、な……いよ…………」

 鳥が飛んできて、アレンのからだを啄みはじめる。やめてよ……お願い、やめて……。




 それからのことは、よくおぼえていない。

 気が付いたらあの部屋にいて、海成がいて、泣きながらよくわからないことを言われて、しばらく外に出してもらえなかった。ようやく軍内を歩き回れるようになっても、ぜんぜん生きた心地がしなくて、ただあの白昼夢のような景色のなかに、意識を彷徨わせていた。

「先日の砦の攻略、敵は全滅だったそうじゃないか」

「ジャック様がやったんだ」

「やはりあの方は神の子だ」

 だれかがそんな話をしている。

「いや、しかし……味方も全滅だったのだろう?」

「星が降ったそうだよ……」

「無差別に、か……。やはり、悪魔の子だな」

 うるさくて、ぼくは目を閉じた。

 挑戦的でやさしい、あの視線がないのなら、もう誰もぼくを見ない、なにも聞こえない世界に行ってしまいたい。壊れた白い景色を抱いて……すべてをそこに押しやって……。

 ねえ、アレン?もう、思い出せないんだ。はるか昔のことのように。きみは、どうやって笑っていたの?ぼくは、どうやって笑ってたっけ……?

 思い出せないのなら、いっそ忘れてしまいたい。あの頃のように、きみなんか居なかったみたいに、ぼくは、戦場に出る。


 ……そうだよ。



 ぼくは、ひとりでうまれた。

 ぼくは神の子。

 ひとりでも戦える。ぼくは、最強だ。


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