忘らるるゆめー1
ぼくは、ひとりでうまれた。
心臓に王の力を宿し、世界に望まれて生まれたぼく。予言された命。ぼくは、神の子。おかあさんの命を奪って、ぼくは、ひとりで生まれた。
めいっぱいこの世の空気を吸い込んで、ぼくは泣いた。たぶん、生まれ落ちた瞬間に、この世界の簡単さを理解したから。ほら、ぼくを待ち望んでいたと、彼らが迎えに上がる。帝王軍。ぼくのための、祭壇だ。
「ジャック様、また一人で戦場へ向かわれたのですか」
司祭の海成が言う。彼は、ぼくの世話係のようなもの。
「まあね。退屈だったんだ」
「あまりやんちゃをなさらないでくださいよ」
「はいはい、海成は心配性だなあ」
どんなに強い奴が立ち塞がったって、ぼくが負けるわけがなかった。だってぼくには、世界を統べる王の力がある。無敵だ。ぼくが唱えれば風が吹くし、天を指せば星が降る。この世は僕の思うがまま。海成だって、それをわかっているんだ。なんにも心配することないのに。
「ジャック様は、我らが王です。ありがたいその御身は、本来、やすやすと人目に晒すものではないのですよ」
それはもう、何百回も聞かされた。もちろん、つまらないのでお断りだけど。
ぼくより遅れて、作戦を終えた軍団が次々と帰ってくる。みんな傷だらけだ。かわいそうに、自分をまもる力がないんだ。ぼくは彼らの行進をぼんやりと眺める。何人かがぼくに気付いて、こっちを見る。そして、きまり悪そうにまた目をそらす。帝王軍には、たくさん、たくさん人がいるけど、ぼくが知ってるのはふたつだけ。ぼくを崇めるやつと、ぼくを嫌うやつ。もちろん全員と話なんかしないけど、なにも言わなくたってふたつの視線は好き勝手に飛んできた。だからぼくの周りは、いつも静かで、うるさかった。
「おい海成、いるか」
ある日部屋で退屈を持て余していると、ファンレンが海成を訪ねてきた。彼は帝王軍の幹部。海成も、ぼくも、一応“幹部”ってことだから、名前と顔くらいは知ってる。
「貴方ですか……今度は一体何なんです」
海成は突然押しかけられていかにも面倒という感じだった。そしてその内容は、実際に面倒なものだったらしい。
「今度遠征に行くんだがよ、すまねえがうちの坊主、面倒見てくれねえか」
「……ここは託児所ではありませんよ」
「まあまあ、似たようなもんじゃねえか」
……似たようなもん、とは、ぼくのことを言っているの?ああ、ほら。また視線が飛んできた。どうやらファンレンは、ぼくが嫌いらしい。
「……ファンレン。ジャック様は」
海成が小声で嗜めるけど、ファンレンは聞いちゃいなかった。
「ま、そういうわけで頼むわ。おい、入って来な」
「ちょっと、話を聞……」
きい、と扉が開いて、部屋に男の子が入ってくる。ぼくよりも背のちいさい、するどい目つきの男の子。太陽みたいに燃えるオレンジの髪が、ファンレンとお揃いだ。
「アレンだ。よろしく頼む。じゃあ、俺は半年くらいで帰れるようにするからよ」
そう言うとファンレンはひらひらと手を振り、男の子を残して部屋を去っていった。
「……ジャック様……」
海成が、ばつが悪そうにぼくを振り返る。
「いいよ」
ぼくは立ち上がり、男の子に近付いた。さすがにこの子を追い出すほど鬼じゃないけど、しばらくは一緒に生活するんだ。最初に教えてあげないとね。
「はじめまして。ぼくはジャック。帝王軍の王様だよ。……おぼえておいてね、ここでは、ぼくが最強」
男の子の茶色い瞳が、ぼくをまっすぐに見上げる。そして———口元で、薄く笑った。
「お前なんか最強じゃねーよ」
顔がかっと熱くなるのを感じた。男の子は涼しい顔で、ぼくの隣を素通りしていく。そのままテーブルに腰掛け、小さな紙の束をぱらぱらとめくりはじめた。
「ぼくを馬鹿にするの?」
テーブルにばん、と手をつく。
「違うのか?」
茶色い瞳が挑戦的にぼくを見る———ぼくの、知らない視線だ。
「座れよ。最強かどうか、試してやるから」
「……座ったままで戦えるの?」
「ちがうよ。知らないのか?トランプ。教えてやるから、そこ座りな」
* * *
「な、最強じゃなかったろ」
瞬殺、だった。ぼくの手元に残ったカード。いじわるなピエロが描かれていて、ぼくのことを笑っているようだった。
「うううううう……」
「悔しい?」
彼は、余裕の笑顔。
「純粋すぎるんだよお前。こういうのは、策略なの。わかる?」
「……わかんない」
「練習すればいいよ、誰だってそうさ。お前が勝てるまで、付き合ってやるからさ」
それから、ぼくらは毎日一緒に遊んだ。トランプのほかにも、いろんなゲームをして、負け通した。負けるのはとても悔しくて、すごくムキになったけれど、できることが増えるのはとてもうれしかった。アレンのことも、最初はイヤな奴だな、って思ってたけど、いろんな遊びを教えてくれて、ぼくはその全部でみるみる上達した。やっぱりぼくは、天才だ!きっと、このままだとアレンを負かすのにそう時間はかからないな。
* * *
「ねえ、アレンはぼくのことを、前から知っていたの?」
あるとき、思い立ってアレンに尋ねたことがある。二人して部屋を抜け出して、ひみつきちに行った、星空の夜だ。
「うん、知ってた。親父から聞いてたから」
やっぱりそうだった。ぼくには有名人の自覚があった。
「じゃあ……アレンは、どっち?」
「どっちって?」
「ぼくを、崇拝してた?それとも、キライだった?」
とても、気になっていたことだった。会ったことない人たちも、ぼくに対してなにかを思う。影響力が強すぎたんだ。有名になりすぎて、好き勝手に解釈されて、ぼくは、いったい、何人いるんだろう。そんなことを考えて。
アレンは、ぼくをどう思っていたのかな。……ああ、でも、ファンレンの子どもだから、きっとぼくが嫌いだったかもしれない。
そう思っていたから、アレンの答えには、拍子抜けした。
「あんまり興味なかったかな」
「え?」
「あ、でも、会ってみたらすげーガキだからびっくりした」
「は?!」
「こんなのが“神の子”かよーって。お前、案外ふつーの子どもだよな」
ばかにしたような言葉だけど、何でかぼくは、うれしくて涙がでた。
* * *
半年後、ファンレンが帰ってきた。アレンは、約束通り引き取られていった。ぼくは、もっとアレンと一緒にいたくて、アレンを帝王軍に引き入れたいと提案した。ぼくが頼めば、ダメという奴はいない。でも、アレンは断った。
「それはいやだ」
「そっか……」
肩を落としてしょげていると、アレンがからっと笑った。
「そんな顔するなよ。軍学校卒業したら、ソッコーで会いにきてやるから」
「え!?」
ぼくは、ばっと顔を上げた。
「そ、それ、本当……?!」
「もちろん。“お前が勝てるまで相手してやる”って約束、まだ果たしてないからな」
アレンはいたずらっぽくそう言って———ほんとうにそれを、実現させた。
「アレン!今日もぼくの勝ちだね!」
作戦から帰還すると、真っ先にお互いの手がらを比べあった。カードゲームじゃただの一度だって勝てないけど、実戦だとぼくは負け無しだった。だけどアレンも相当に強くて、何度も組んで戦って、ぼくたちは本当に無敵だった。
「やっぱり最強だよ、お前」
アレンがそう言って笑う。ぼくもうれしくて笑った。
そんな日々がずっと続いて、毎日が本当に楽しくて、退屈しのぎに戦場を荒し回ることは、もう忘れていた。
そう、しあわせな日がこれからも……続くはずだったんだ、ずっと。
アレンが幹部に昇進するかもしれない。
そんな話がある日、ぼくの耳に入ってきた。ぼくはというと、その知らせを聞くやうれしくて、大はしゃぎした。アレンが幹部になったら、難しい作戦にもどんどん出られる。もっともっと、一緒に戦えるようになるかもしれないんだ!ぼくは居ても立ってもいられなくて、本当に久しぶりにわがままを通して、昇進試験を兼ねたその作戦に同行した。
まだこのときは、あんなことになるなんて、考えもしなかった。