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花火  作者: マポリー
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04

 風の中を走る。その感覚が今の俺には何故か心地良く感じた。こんな時に何を考えているのかと自分を疑いたくなる。


 月明かりに照らされた校舎はとても不思議だ。いつも見ているはずの廊下さえ、無限回廊のように見える。


 俺が駆け上がっているこの階段だって無限に続いているのではないか、そんなこともなんとなく頭を過る。


 そんな思考をしながら、俺は必死に見慣れた校舎の階段を駆けあがっていた。


 見慣れた数々の風景が目に飛び込んでくる。だが今の目的地はそれではない。


 俺の頬を汗が伝う。それを感じながら、今踏んだ段が最後であることを確認した。息を整えながら、前方を見る。


 屋上へ続く扉。俺の目の前に重く佇んでいた。


 きっとこの先にいる。なぜか俺には確信しかなかった。


 当然のように、俺はドアノブに手を掛け――――











 その日の夕方。俺は家でくつろいでいた。日曜なんだから、たまにはいいじゃないか。


 と言っても、することはあまりない。友達とメールするか、テレビを見るかぐらいだ。


 だから正直暇。……今は。


 今日の夜には花火大会がある。……タカとカナと、三人で一緒に行く約束をしていた花火大会だ。


 実際、カナと行けるかどうかは微妙だ。俺は四日前に駅前で会って以来、連絡さえ取れていない。タカにいたってはカナの家の前で張り込みをした時以来だろう。


 ……それでも、なんとなく、三人で一緒に見れる気がした。


 確証はない。実際俺は連絡が取れてないわけだし。それでも、三人なら会える、そんな気がする。


 ――ピンポーン


 そんな電気的な音が俺しかいない家にこだました。タカだろうか? それにしては早い気がする。


 俺は垂れ流しになっていたテレビを消し、玄関へ小走りに向かった。ドアを開ける。


 立っていた人物は……まるで想定外だった。


「どうも、○○県警の者です」


 その言葉に俺は後退った。警察が家に来るなんてもちろん初めてだ。


 そんな俺の動揺も気にせず、警察を名乗る男は話を続ける。


「多田史也さんはあなたですね?」


「あぁ……はい。俺ですけど……」


 自分の名前が出たことに心底驚いた。俺が何かしたんだろうか? ……最近したことを思い返してみるが思い当たる節は無い。


「あぁ、そうですか。なら話は早いですね。先ほど、ご友人の篠崎佳奈子さんの捜索届が出されました」






「…………え? それってつまり……」




 ……行方不明?


「今警察が篠崎さんを捜索しているところです。そこで、ご友人の多田さんが何か知っていることは無いかと……」


 ――その言葉を聞く前に俺は家を飛び出ていた。


「ちょっと多田さん!?」


 警察の制止を振り切って、俺は全速力で走りだした。


 ……とりあえず警察は振り切ったみたいだ。突発的に飛び出してしまったがこれからどうしよう。


 あ、そうだ。一番相談しなきゃいけない奴を忘れていた。ケータイを取り出して、電話帳からその名前を探した。素早く発信ボタンを押す。


「……もしもし。俺だ! 聞いたか!?」


『あぁ、俺も今聞いた。家を出たところだ』


 さすがはタカだ。俺とやることが一緒だ。伊達に長い付き合いはしていない。

『とりあえず二人で手分けして探そう。今どこだ?』


「今は……駅の近くまで来てる」


『……分かった。じゃあフミはそのまま街の方を探してくれ。俺はカナの家の近くを回ってみる』


「了解!」


 ささっと連絡を済ませ、俺はケータイを閉じた。やはり頼れるのは親友だろう。


 とりあえず住宅街のほうはタカに任せ、街の方を探すことにしよう。見つからなければまた相談すればいい。


 ……一応、本人にも聞いてみるか。


 一度足を止めて、ケータイを取り出す。新規メールを開いた。


「……今、どこにいる……っと」


 なんでわざわざこんなメールを送るのか自分でも分からない。でも送ったら何か違うような気がした。


 手早くメールを送信し、ケータイを戻す。


「待ってろよ、カナ……!」


 俺は夕暮れの街へ駆け出した。











 辺りはすっかり暗くなっていた。それでも人が多いのは花火大会の影響だろう。浴衣姿の男女をよく目にする。


 先ほどから俺は街の至るところを探した。駅前やショッピングモール、以前カナを見た路地裏にだって行った。


 それでも……そのどこにもカナが居た影すら見当たらなかった。俺の探し方では見つけられないのだろうか。


 そんなことを考えて肩を落としながら、俺はタカと落ち合う約束をした場所へ足を向けていた。


 いつものT字路。ちなみに、そのすぐ近くに俺の家がある。


 俺の家が見えだした頃、家の側に立っている人影にも気付いた。先に来ていたのだろう。少し申し訳なくなって小走りになる。


「……どうだった?」


 タカが俺に尋ねてくる。その表情は期待二割、諦め八割といった感じだった。


「全然ダメだわ。そっちは?」


「全く……。小学校とか中学校とか友達の家とか思い当たる場所は全部当たったけど手がかりすら……」


 タカが申し訳なさそうにうなだれ、暗い表情をする。いつも平静を保っているタカのこんな表情は初めて見た。


 そんな表情をされると、こっちまで申し訳なくなってしまう。


「収穫無し、か……」


「だな……」


 お互い、凄く辛いだろう。少なくとも俺はそうだ。だからこそ、そんな感情を共有できるのはかなり心強い。


「さて……どうする? このまま二人して落胆してたって、事は進まない」


 タカが口を開く。いつもは自分が仕切るタカがこんなことを聞くのも珍しかった。


「うーん……」


 誰かの行動を指示する、なんていうのはあまりやったことがない。いつもは指示される側だ。


 それでも、今は俺にできることがある気がした。


「とりあえず……」


「とりあえず?」


「休むか!」


 とびきり明るい声で言ってみた。俺には能天気に考えることしか向かないのだ。


 タカも笑って返してくれた。


「だな! 俺達が疲れてボロボロじゃ仕方ないしな。もう暗くて探すには状況が悪い」


「じゃあ、お互い帰って寝るか」


 俺ができる精一杯のことは、親友を気遣うことくらいだ。


「あぁ。じゃあおやすみ。また明日な」


「おう。おやすみー」


 手を振ってタカを見送る。小さくなっていく背中が少し寂しかった。


 ……一人。街の喧騒から離れたこの住宅街では、虫の聲すら聞こえない。


 本当の孤独だ。徐々に寂しさが膨れ上がる。


 そんな気分を払拭したくて、俺はその場を離れた。


 といっても行く場所は無い。とりあえずどこかへ行きたかった。どこかへ行けば孤独から逃げられるような気がしたから。


 少し歩いた所で、ある場所に行き着いた。


「公園……?」


 小さい時によく来た場所だ。暗くてよく見えないが、おそらくそうだろう。


 中学に入って以来、すっかり来ることはなくなった。遊具はブランコとシーソーくらいだし、トイレが無ければベンチも無い。


 それでも小学生の間はよく三人で遊びにきたものだ。三つあるブランコを全部占領して夕方まで話し込んでたっけ。


 少し思い出に浸りながら公園に入った。思ったより大量に雑草が生えていた。やはりあまり人は来ないのだろう。


 昔のようにブランコに座ろうと雑草だらけの公園を進む。


 そこでふと、目に入るものがあった。


 俺が座ろうとしていたブランコ。正にそこに居座る……人影? 暗くてよく見えない。


 さらに進み、それの正体が少しずつ明らかになる。


 どこか見たことのあるシルエット。でも、あまり見慣れたものでは無さそうで自信はない。


「あの……すいません」


 その人影はびくっと身を震わせてこちらを見た。顔を見て確信する。


「カナのお母さん……ですよね?」


 カナという名前を聞いて人影が少し揺らぐ。動揺していることは間違いない。


 それでも、その人影は時間をかけて、ゆっくり小さく頷いた。


 俺が知る中で一番カナを知る人物だ。そして、恐らくこの人が捜索届を出したんだろう。


「お久しぶりです、史也です」


「……あぁ、多田さんとこの子か……」


 その声に、以前無理矢理家の中へ入ろうとした俺とタカに怒声を浴びせた時のような力は無い。


「……佳奈子のこと?」


 俺が声をかけた理由はよく分かっているらしい。こっくりと頷いて返事をする。


「なにが聞きたいの?」


「全てです。カナがいつ行方不明になったか、その理由は」


 きっぱりと返事をする。この機会を逃したらきっとカナへの手がかりは見えない、そんな気がした。


「そうねぇ……」


 カナのお母さんが大きく溜め息をつく。


「まずカナが行方不明になったのは四日前の水曜日。お昼くらいだったかしら」


 ……俺がカナと会った日だ。行方不明になったのが昼ということは俺が会ったのはその後だ。


「行方不明というか家出なんだけどね」


「家出?」


「あの日、カナは何も言わずに家を飛び出した。最初は私も『すぐ帰ってくるだろう』って思ってたわ。でも……あの子何日経っても帰ってこないのよ? 不安で不安で仕方なくなって、今日捜索願を出したわ」


 その表情は何故か切羽詰まっていて、不安というより焦りのようなものを感じた。


 その表情は言葉に相応しくなく、大きな違和感を感じた。普段はそんなに細かいことは気にしていないのに、なぜだろう。


 それ以上のことは聞けそうにないので、次の質問に移る。


「それで……理由は? 何か思い当たることはありますか?」


 またしても小柄な影が揺れた。変なことを聞いただろうか。


「……え……ぁ……」


 口籠もる。何か隠しているのだろうか。


「どうしたんですか?」


「……ぎゃ……たい……」


「はい?」


 声が小さくてはっきりと聞こえなかったので、威圧的に聞き返す。


 長い沈黙の後、怯えるようにおそるおそる口が開かれる。


「ぎ、虐待を……しました……」






 ――それを聞いた瞬間、俺の右拳は左頬を捉えた。それがブランコから転げ落ちる。いきなり支える物が無くなったブランコは大きな音を上げて揺れた。


「あ、アンタは、自分の娘を家出させるまで追い詰めたのか……ッ!」


「仕方なかったじゃない!! 父さんに離婚を持ち出されて、知らない間に家を出て、私もう何がなにやら……」


 目の前の女が力無く泣き崩れる。それでも俺の頭の中で爆発した炎は消えるどころか勢いを増す。


「だからって自分の娘をぞんざいに扱って良い理由になるか……?」


 反応はない。泣き声が住宅街に反響するだけ。


「なんとか言えよ!!」


 胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。涙でしわくちゃになった顔があらわになった。


「お前が虐待した痕を見せたくないから家に入れなかったんだろ? お前に虐待されてボロボロになったカナを見せたくなかったから!」


 胸ぐらを掴む力が増す。もう、抑えるものが無かった。


「弁解しないのか?」


 ……返答はない。俺はその反応に妙な落胆を覚え、手を離した。俺が掴み上げていたそれは再び崩れ落ちる。


 もうこいつに質問しても得るものは無いだろう。


 それでも一つだけ、聞きたくなった。


「……最後だ。行く場所に思い当たることはあるか?」


 吐き捨てるように言う。どうせ返事は返ってこないだろうが。


 それでも、俺はなぜか期待してしまった。この人は、まだカナを想っている。だから助けられるって。


 ……その期待は間違いだったようだ。いくら待っても反応はない。諦めて公園を出ようと振り返る。


「……あの子、家に籠もっている間、ずっとカレンダーを見てたわ」


 唐突な言葉に、思わず向き直った。


「確か……今日の日付だったかしら。今日の日付には……」






 花火大会……?

「花火大会って書いてた」


 ケータイのメール着信音が鳴る。素早くケータイを開けると……カナからの返信だった。




「花火が見えるところにいます」




 俺は、何かを考える前に走りだしていた。











 この時間ならまだ開いているはずだ。部活が終わってそれほど時間は経っていない……。


 家の周りに高層マンション等はない。三人の家は全員一軒家なので特別花火が見やすいということはない。


 そこで、俺達が容易に入れて花火が見やすい場所。学校の屋上しか思いつかなかった。


 普段、屋上は鍵がかかっている。しかし、先日のクーラーの故障で、屋上に設置されている空中設備を修理することになっていたのだ。そしてそれを修理しにきた業者が簡単に出入りできるよう、屋上が開放されていた。


 そんなことを思い出しながら必死に階段を駆け上がる。


 汗が滲む。足が悲鳴を上げる。だが、今の俺にそのことはさほど気にならなかった。


 理由はただ一つ。カナと花火が見られるから。


 タカと見られないのは少し寂しいが、三人で見に行けるんだからまた今度誘えばいい。また皆で別の花火を見に行こう。


 ……そして現在に至る。目の前の扉は思った以上に重い。それでも開けられないことはなかった。


 体重を乗せ、一気に扉を開ける――






 一瞬、目の前の光景が、理解できなかった。


 こちらを向いて仁王立ちしているカナ。そして、カナに抱え込まれるように怯えているタカ。


 タカの首には……煌めく刀身。


「ナイフ……!?」


「いらっしゃい、フミ。花火始まるよ」


 一発目の花火があがる。


 地上から発射された玉が尾を引いて天高く登り……炸裂する。


 その光に照らされたカナは口の端を歪め、不気味な笑みを浮かべていた。


 花火大会は、始まったばかり。


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