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花火  作者: マポリー
3/5

03

 あれから、俺はずっと悩み続けている。


 なんでカナはああなってしまったのか、どうしたらカナを救いだせるのか。


 きっとカナは家の中で辛い気持ちを噛み締めながら、俺達の知らない何かと闘ってる。


 俺だってそんなカナを助けたい。でも俺にはどうすることもできなくて……


「はぁ……」


 深い溜め息をついて窓の外を眺める。


 カナがいなくなってからの昼休みはいつもこんな感じだ。答えの無いことを考え続けて、重い溜め息を吐く。少し前までは三人で食堂に行って騒いでいたが、その習慣もなくなった。


「……また悩んでるのか?」


 聞き慣れた声。振り返ると、予想通りタカが立っていた。また溜め息を聞きつけて声をかけてくれたんだろう。


「そうだよ……」


「あんまり悩みすぎるなよ? 考えたところで状況は変わらないんだし」


「だけどさぁ……」


 分かってるんだ、そんなことはとっくに。


 でも、辛かった。カナは俺達に何も教えてくれなかった。ずっと一緒にいた親友なのに。だから、俺はなにもできない。それがもどかしくて、寂しくて……


 そこまで考えて込み上げてくるものを感じた。咄嗟に顔を伏せる。


「辛いのは俺も同じだ。でもな、俺達まで悩んで落ち込んでたら、カナを助けられないだろ?」


 タカの言葉が痛い。俺はすぐ感情的になって、大事な時になにもできなくて……


「……あ、そういえばさ、今日あれの新刊、出るんじゃなかったっけ?」


 俺が伏せていると、タカが別の話題を振ってきた。あれの新刊……?


 ケータイを開いてスケジュールから今日の予定を見る。あぁ、俺達が読んでるマンガのことか。確かに今日が発売日らしい。


「一緒に買いに行かないか? どうせフミは最近家にこもりっぱなしだろ」


 否定はできない。あれ以来何もする気が起きなくて学校以外はどこにも行っていない。


「あんまり引きこもってると体に悪いしさ?」


 ……たまには、悪くないか。


 タカの顔を見て小さく頷いた。


「じゃあ放課後な、フミん家まで迎えにいくよ」


 また頷く。


「じゃあ生徒会の仕事残ってるから俺行くわ。寝てばっかりじゃなくて、たまには歩いて体動かせよ?」


「……いってらっしゃい」


 そう小声で呟く頃には、タカの背中はそこに無かった。


「……ふぅ」


 軽く深呼吸してみる。ちょっと気分がすっとした。

 タカは常にかなり忙しい。休み時間は生徒会のことで走り回ってることがほとんどで、昼休み以外で俺と話せることはあまり無い。その昼休みさえ、毎回こんな感じなんだけど。


 いつも率先してリーダーシップを発揮している。中学の頃は生徒会と学級委員を掛け持ちして、おまけに部長もやってたっけ。今でもその積極性は変わらず、二年連続生徒会会長だ。


 実のところ、こんな積極的なタカが俺も羨ましかったりする。頭が良くて、冷静で、皆を統率できて。


 ……その点俺はどうだ。頭が悪くて、すぐ感情的になって、独りよがりで……


 ……だめだだめだ!! 頭を振ってマイナス思考をシャットアウトする。最近ネガティブになるのが癖になっていて、心底自分が嫌になる。


 ……ふと、手の中にあるケータイを見た。考え事ばかりして閉じることを忘れていたらしい。


 ケータイを閉じようとして手をかけた時、ふと気になるものが目に映った。


 スケジュール。今日の日付には「新刊発売日」と書かれている。


 それから四日後、日曜日のところに「三人で花火」


 ……もう、すぐそこまできてたのか。約束した頃はあと二週間ちょっともあるのかー、なんて思ってたけど。


 あの時は三人でいるのが当たり前だった。三人で学校へ行って、休み時間は騒ぎ倒して、皆へとへとになりながら帰る。


 それが当たり前で……今はその当たり前がすごく恋しい。


 三人でへとへとになるまではしゃぎたい。三人で眠くなるまで話したい。三人で。


 ……窓から見える空は少し雲行きが怪しくなっていた。どんよりした空は俺の心を映しているみたいで。


「三人で……花火見たいなぁ」


 俺の虚しい願いは、昼休みの喧騒にかき消された。










 放課後、俺達は約束通り駅前の本屋で新刊を買い、近くの広場のベンチでそれに読みふける。これは三人でいた頃からの習慣だった。


 大体三人はほぼ同時に読み終える。だからそのすぐ後にあのキャラクターのセリフがかっこよかっただの、あの展開は予想できなかっただのと語り合うのだ。


 今日もそんな形だった。確かにカナはいなかったけど、二人が読み終えるタイミングはやっぱり一緒で、ゆっくり語り合えた。


 最近は考えてばかりで、こうやって気を抜くこともなくて、俺には凄く楽しく思えた。久しぶりに幸せだと思える時間。


 マンガについて一通り語り終えたところでタカが口を開いた。


「……どうだ? 気分転換にはなったか?」


「ん? あぁ、なったよ。久しぶりにバカ笑いしてさ、楽しかった」


「そうか」


 俺の心底楽しそうな表情に満足したのか、タカも穏やかに笑った。


「……また次の刊が出たら三人で買いに来ような」


「……あぁ」


 突然で少し戸惑ったが、俺は素直に返事をした。


 タカはどうとも思っていないふうを装っているが、実際の所は違う。俺が、俺とカナが一番よく知っていることだ。


 タカだって、内心はもどかしくて寂しくてどうしようもないのだ。でも表には絶対それを出さない。周りの人を不安にさせまいと。


 タカは昔からそうだった。他人に気を遣って、自分を二の次にする。そこもリーダーたる所以なのかもしれないが。


 俺と、思ってることは一緒で、少し表し方が違うだけなんだ。


「あ……」


「どした?」


 タカが気の抜けた声を漏らす。無意識に返事の言葉が出ていた。


「雨だ……」


「え、マジかよ」


 タカが両の掌を空へ向けていた。俺もそれを真似する。微かに雨粒が手に落ちる感触が伝った。


 すると、タカが慌ただしく立ち上がる。


「やばい、俺濡れたらまた母親に叱られる……フミはどうする?」


「んー……もうちょっといるわ」


 なんとなく家に帰る気分にはなれなかったので、そう返事をする。


「分かった、じゃあ先帰るな。風邪引かないようにしろよ」


「そっちもなー」


「……あ、マンガ持って帰ろうか?」


「ん? ああ、じゃあ頼むわ」


 タカに言われて気が付いた。このままでは大事な新刊を濡らしてしまう。


 マンガをビニール袋にしまい、タカに手渡す。


「じゃあこれは明日渡すな。んじゃ!」


 そう言うとタカは街の中を駆け出した。


「今日はありがとなー!!」


 もう小さくなったタカの背にそう叫ぶと、走るために全力で振られていた右手が小さく上がった。


 ……一人。雨は先ほどよりも強くなり、ポツポツという心地よい音が響きだした。


「これからどうするかな……」


 ここからは何も考えていなかった。ここに残ったのはなんとなくだし。


 これ以上濡れると体に悪いと判断したので、とりあえず駅の軒先まで避難する。


 すると雨が先ほどにも増して強くなった。ポツポツというようだった音は、いつしか騒音に変わる。それに直前の心地よさは感じられない。


 すっかり強い雨になってしまった。どうやら夕立に遭遇してしまったらしい。足下にも雨が届きはじめた。


 このままだと体まで濡れてしまう。少し奥へ行って、遠く見守ることにする。


 ……これは予想外だ。ここまで降られると無事に帰ることはできそうにない。売店に寄ってビニール傘を買うか。


 そんなことを考えながら、まだまだ強くなる雨を眺める。


 外に出なくなって暫く経ち、こうやって間近で雨音を聞くことも無くなった。そう考えるとこの騒音さえいとおしい。


 不思議と、この雨音も聞き続けてみると心地いいような気がしてきた。雨を見ると、沈んだ気持ちを洗い流してくれて、そのあとはすっきりした晴天のように心も晴れる、そんな気がする。


 いっそこのまま雨をじっと眺めて時間が経つのを待つのも……?


 俺が感傷的な思考に浸っていると、少し異様な光景によって現実に引き戻された。


 雨の中に少女がいる。背は俺と同じくらいで、細身だ。その子のどこが異様なのか? 傘を差していないのだ。


 その少女は激しい雨に打たれながら、ゆったりと歩いていた。


 ふとその少女のことが気になりだし、駅の軒先まで出ていく。


 その途中で、俺の中で驚きと戸惑いが生まれた。


 その少女の顔は駅の中からでは見えなかった。だが、近づくにつれてのその見慣れた少女の横顔が現れたのだ。




「……カナ?」


 俺の小さな声は雨の中にかき消される。ダメだ、もっと自信を持たなきゃ、伝わらない。


「カナ!!」


 その少女の足が止まった。雨音の中でもその叫びは響いたようだ。


 意を決して雨の中、歩を進める。


 ある程度近づいたところでカナが急に走りだした。慌てて俺もそれを追いかける。


 カナは薄暗い路地裏へと逃げ込んだ。何回も曲がられ、徐々に距離が離れる。


 ……やばい、振り切られる。そう思っても久しぶりに酷使している足は思うように動かない。


 ……俺が必死に走っていると、カナはいつの間にか減速していた。俺もカナを恐がらせないように一定の距離を保って減速する。


 二人は、薄暗い路地裏の一角で立ち止まった。


「カナ!」


 あの小さな背中まで、声を届かせなきゃ、伝わらない。


「カナ……どうしたんだよ!? 学校には来ないし、顔は見せてくれないし……」


 反応はない。


「あれから俺もタカも寂しいんだよ、なんか大事なもんが抜け落ちたみたいで……」


 カナの肩がぴくりと揺れた、気がした。


「俺、わかんないよ……。カナがなんで悩んでるのか……どうしたら助けられるのか……」


 ダメだ、こんな弱気じゃ! もっと、ちゃんと伝えないと。


「俺は……カナを助けたい!!」


 今伝えなきゃ、終わってしまう、そんな気がした。


「次の日曜日、前約束してた花火大会あるだろ!?」


 だから……俺は、俺は!!


「三人で一緒に、花火……見れるよな?」


 ……反応はない。


 と、カナの頭が不意に動いた。背中を向けたまま横顔を向ける。寂しげな表情が俺の脳裏に焼き付いた。


 カナの口が、開く。




 だいじょうぶ、だよ。




 口がそう動いたように見えた。いや、きっとそうだろう。


 そしてカナは薄く微笑んでから、路地の角を曲がって消えた。


 俺はそれを見届けて、膝から崩れ落ちる。


 雨音の中で。


 ここまでが書き溜め分なので、ここから更新スピード落ちます。


 できるだけ早く書きたいですが……(´・ω・)

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