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花火  作者: マポリー
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02

 平日。


 今日も昨日と変わらない晴天。朝だっていうのに蒸し暑くて嫌になる。


 暑いからどうなるわけでもないが、ただただ暑い、耐えられない。


「早く学校行きてぇ……」


「学校に着いたら何かあるのか?」


 俺の心からの嘆きを受けて、タカが尋ねてくる。


「だって、学校着いたらクーラーあるじゃん」


「……忘れたか? クーラー昨日潰れたんだぞ」


「あ、あぁ……そうだったな……」


 その事実を思い出して、心の奥に押し止めていた気だるさが湧きあがってきた。


「今『学校行くのだるいわ〜』とか思っただろ」


 タカが呆れた顔でこちらを見てくる。


「そうだよ、なんか悪いかよ。学校着いてもこの暑さから逃れられないんじゃ行く気も失せるだろ」


 タカはいつも通りだ。人の心を察するのが上手い。持ち前の冷静さはこの炎天下でも変わらないようだ。


「駄々こねたって行かなきゃいけないことにかわりはないんだ、我慢しろ」


 そんな正論を押しつけられて、たまらず怪訝な顔をする。


「……にしても、遅いな」


「ん? あぁ、カナか」


「ああ。いつもなら来てもおかしくない時間なんだが」


 タカに言われて初めて気付いた。確かに遅い。


 俺達三人は毎朝このT字路に集まって、学校へ行く。カナが来るのは大体一番最後だ。そうだとしても今日は若干遅い気がする。


「あいつ寝坊かぁ〜?」


「そんななんでもないことならいいんだが……あ、来たみたいだぞ」


「マジ!?」


 タカの言葉を聞いてカナの家があるほうの道を振り返る。


 ……いた。制服らしい服装の小さな人影。


「おーいカナ〜! 遅刻するぞ早く来い!!」


 呼び掛けたが、返事が無い。


「カナー! カナ……?」


「あ、フミ、タカ、おはよー……」


 俺達のすぐ側にきてようやく言葉を返してくれた。だがその言葉には活力が無くて、いつものカナらしい雰囲気が感じられない。


「カナ……なにかあったのか?」


 タカが即座に察してカナを気遣う。


「大丈夫だよ、ちょっと暑さでだれてるだけだから……」


「そっか、なら良かった!」


 それなら俺も一緒だ。早く学校へ行って、直射日光だけでも避けよう。


「本当に暑いだけか?」


「カナがそう言ってるんだからそうなんだろ! 早く学校行こうぜ」


 タカがいやにしつこい。なんでこんなにしつこくする必要があるんだ。このまま直射日光に照らされ続ければ本当にバテてしまう。


「ありがとね、タカ。ホントに大丈夫だから気にしないで」


 そう言ってカナが笑顔を見せてくれる。


「待たせてごめんね。じゃあ行こっか」


 三人が集まったのでゆっくり歩きだす。


 ……それでもタカが心配そうな表情をすることに、俺は一抹の不安感を覚えていた。












 ……リビングのほうから騒がしい音が聞こえてくる。


 罵る言葉や、はたく音。


 私はそんな音を部屋の隅で縮こまって聞いている。


 最初は些細なことのはずだった。なんでこんなことになっちゃうの……?


 私が心で聞いてもあの二人には届かない。言葉で聞いても……多分届かない。二人がああなってしまったら、言葉に代わるのは暴力しかない。


 リビングから皿が割れる音が飛んできた。思わず身を震わす。


 物に当たり始めたら人は怖い。いくらでも壊せてしまうのだ。壊しても怖くないから、壊すことが快感だから。


 …………怖い。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 いやだ、こわい、いやだ。


 音が止んだ。来る。怖い。いやだたすけて。


 何か怒鳴ってる。分かってる、何を言ってるのか、わかる。


佳奈子、こっち来なさいって。

「佳奈子、こっち来なさい!!」


 いやだ。怖い。こわいいやだ。部屋の隅で縮こまってるから。邪魔しないから怒らせないから。嫌……嫌!!


 部屋のドアが音を立てて開いた。


 凄い顔をして、あの人が立ってる。詰め寄ってくる。目の前に立つ。


 こわい、にげたい。


 ……にげられない。




 その後の記憶はあまり無い。本当はあるのかもしれない。でも、思い出そうとすると、怖くて怖くて仕方がなくなってくる。


 この頃こんなのが毎日続いてる。夜になったら怒鳴り声が聞こえてきて、その次に罵声や物に当たる音が聞こえてきて、最後に……


 嫌だ思い出したくない。


 部屋の隅で縮こまるのは、とても辛い、とても苦しい、とても寂しい。


 ほら、また今日も聞こえてきた。











 最後に三人で学校に行ったあの日以来、カナとは会っていない。


 あれからもうどれくらい経っただろう。一週間くらいか。


 あれからカナはずっと学校を休んでいる。学校には風邪ということにしているようだ。


 俺とタカは、カナが休み始めてから毎日学校の帰りにカナの家を訪れている。


 しかし、おかしいのだ。


 俺達が見舞いに来たと言っても、親は絶対にカナと会わせてくれない。


 最初は風邪を移さないようにと気を遣っているのかと思ったが、どうも様子がおかしい。


 三日目か四日目頃にタカが親を押し切ってカナの部屋へ行こうとした。だが、親は玄関で血相を変えて怒鳴りちらし、俺達は仕方なく退却した。


 そんなのを昨日まで続けていた。勿論いつまで経ってもカナには会わせてもらえない。


 正攻法では絶対に会えない、そう踏んだタカは俺にこの作戦を提案した。






 休日のこんな早い時間にこんな住宅街の一角を通る人はいない、タカもよく思いついたものだ。


 ケータイを確認すると、『5:50』と黒い文字で表されていた。


「なぁ……」


「なんだ?」


「いつになったら出てくるんだ?」


 静寂に耐えかねて口を開く。かれこれ一時間近くこうやってカナの家の近くで待ち伏せしているが、一向に出てくる気配が無い。


「そんなの分からん」


「なんだよそれ……」


 長丁場になるとはなんとなく分かっていた。でも心のどこかで、ドラマみたいにさっさと展開が進むんじゃないかって思ってた。こんな考えは甘えだったみたいだ。


 なんていうかこう……そわそわする。なにもせずただただ座り込んで、開かないドアをじっと見つめるっていうのは、どうも落ち着かない。


 大体待ち伏せというもの自体あまり性に合わない。窓ガラスを割ってでも家に侵入しカナの無事を確認したい。だがそれはタカに止められてしまった。


 確かに暴力的な方法はいけないとは思う。だが俺にはその程度の方法しか思いつかない。役立たずな自分に嫌気が差す。


 ……また静寂。


 こうも何もないと暇なものだ。またケータイを見る。……さっき見た時からまだ三分しか経っていない。


 まだ何時間もこうやって静寂に耐え続ければいけないのか。そう思うと気が重い。


 いっそ本当に家に突撃してやろうか。今すぐドアを蹴破って……




 その時、眼前で動くものがあった。


 カナの家のドア。低い音を立ててそれがゆっくりと開く。


 俺達は息を飲んでそれを見つめた。


 徐々にドアが大きく開く。そこで見えた人影は……カナだった。


 俺はそれを見たと同時に心の中で喜んだ。……そして驚愕した。


 そこにいたのはカナだった。だが俺達の知るカナでは無かった。


 髪はボサボサ、目にはクマができて清潔感が無い。とぼとぼと歩く姿は力が感じられない。そこに、少し前のカナの雰囲気は無い。


 まるで、脱け殻のように。


 カナは俺達に気付かなかったのか、家のポストから新聞を取ると、何事も無かったかのように家の中へ入ってしまった。


 カナが見えたらすぐにでも駆け寄るはずだったのに……


 俺達は、愕然としたままただ座り込むしかなかった。


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