勇者と峭寒
※ 0時に予約投稿していた途中までの文章が公開されてしまいました。
ネタ的にはそれでも通じるんですが、なんか収まりが悪いので、時間のある方は改稿版も読んでみてください。
『こおりのはな』は『なもないきたのむら』よりもさらに北、『こおらないいずみ』にあるという。
正確にいえば、『こおらないいずみ』に『こおりのたね』を沈め、一昼夜おくと『こおりのはな』が咲く、ということらしい。
『こおらないいずみ』のだいたいの場所も教えてもらった。
だが、肝心の『こおりのたね』の在りかはわからない、という。
――困った。
ここで手がかりが途絶えてしまい、勇者は途方にくれた。
何で『こおらないいずみ』で『こおりのはな』が手に入るのか、とか、一昼夜で花が咲くとかどんな魔法だ、とか、ツッコむところはいろいろあるが。
――とりあえず、場所だけでも確認しとくか。
目印とだいたいの方向を確認して、勇者は村を後にした。
『こおらないいずみ』までは、徒歩で約一昼夜だと聞いた。
……が、どうやらそれは雪が積もってない場合の話らしい、と気付いたのは、ずぶずぶと腰まで埋まる雪を掘りながら進むようになった二日目の日没を迎えてからのことだった。
――薬種の探索行でも同じような失敗したじゃないか。俺の馬鹿。
勇者は自分で自分を罵った。
幸いなことに、天気は悪くない。食料も念のために余裕を持って用意してある。一日目同様、雪の中に穴を掘って夜を過ごす。十分な暖かさではないが、外気に曝されるよりはましだ。
そう自分に言い聞かせながら、体を休めるだけの浅い眠りに就く。
翌朝。
幸運はまだ続いていたようだ。薄曇りという移動にちょうどいい天気。
進む速度が一日目、二日目よりも遅くなっている気がするが、かまわず掘り進む。道は合っていると信じて。
時々小休止を入れながら掘り進み、目印となる灌木の茂みを目にしたのは午後の早い時間のことだった。
―――やっと着いた……
勇者は安堵の息を洩らしたが、次の瞬間彼は息を呑んだ。
「なっ……なんであんたが居るっ!?」
泉の前に佇んでにっこりと手を振っていたのは、村の薬師だった。
「なんで、って、『こおらないいずみ』の水を取りにきたの」
薬師が言うには、この水は整腸剤その他の飲み薬のベースになるのだという。
「そ、そうか……じゃなくてっ! あんた俺が村を出たとき村にいたろ!?」
「そうだっけ?」
たしかにいたはずだ。「バイバーイ」と手を振っていたのを、確かに見た。……気がする。
「なんで俺より先にここに着いてるんだっ!?」
そもそもここに至る足跡はなかった。
宙を飛んだかそれとも移動魔法か。
「まあ細かいことは気にしないで」
細かい事か? これが。
「それより、きれいな景色だと思わない?」
そう言って薬師が泉の方を手で指し示す。
言われて改めて景色に目をやる。
白く雪を被った灌木の茂みに囲まれた、青い水を湛える『泉』。
きれい、と言われればきれいだが。
「どこかシュールだな」
「しゅーる?」
ああ、こっちにはない概念か。
シュールレアリスム。超現実主義。
現実とは思えない風景。
……もっとも、こちらに来て目にするものは大方そんな感じなのだが。
「この世のものとは思えない、かな」
ふうん、と勇者の答えを聞いた薬師がつぶやいた。
「割とまともな感覚してるのね。人ってやつは『きれい』にこだわると極端に走るのに」
薬師のつぶやきは強い風にさらわれて勇者の耳に届かなかった。
「……なあ。なんでこの泉は凍らないんだ?」
吐く息が白く凍るのを眺めながら勇者が薬師に訊ねた。
「さあ? なぜだと思います?」
薬師はこの勇者の態度を面白い、と感じた。今までそんなことを疑問に思った者はいなかったのだ。
『こおらないいずみ』は、『凍らない』『泉』だから。皆そういうものだと受け入れてきた。
「……考えられることは二つ。一つは、水が氷点まで冷えていない。もう一つは、これは、水ではない」
勇者がぶつぶつと口の中でつぶやき始める。その様子を薬師が興味深げに眺めている。
「ねえ? そうやってぶつぶつ考え込んでいないで、いずみを見てみれば? 実物をよく見たほうが、案外答えはすぐわかるかもよ?」
自分の世界に入り込みつつある勇者に向けて薬師が声をかける。だが、勇者から返ってきた応えは、
「やだ」
だった。
「……やだ、ってなんで?」
「今までの経験からすると、こういうところには知らない魔物がいたりするんだ。村からここまでの間、雪漕ぎには難儀したけど、魔物は出なかったから、用心してるんだ」
「……なるほど。で、答えは出そう?」
勇者が首を振る。
薬師は一つ溜め息を吐いて泉に近づいていく。
泉のほとりで、薬師はマントの中から桶を取り出し、無造作に水を汲み上げた。
――その桶、どこにしまってたんだ。やっぱり魔法か。
勇者のツッコミをよそに、薬師はさらにマントの中から取り出した数本のガラス瓶に水を満たしてゆく。
やがてすべての瓶に水を満たし終えると、薬師は桶に残った水を周囲――の雪の上――に撒いた。
水は凍りかけた雪を少し融かして、そのまま雪にしみ込んだ。
「さて。あたしはこれで帰るけど、勇者は?」
「その前に……その瓶、見せてもらってもいいか?」
どうぞ、と差し出された瓶の中身に勇者がじっと目を凝らす。
水の中に無数に散らばる薄片がキラキラと光を反射するのを見て、勇者が「ふうん」とつぶやく。
「……『こおりのはな』が何だか判ったような気がする。……ズルをするのは許されるだろうか?」
勇者の問いに薬師が肩を竦める。
「さあ、どうかしらね。で、どうするの?」
「村までの近道を知っているなら、教えてほしい。正直、雪を漕ぎながら歩くのは、疲れる」
うんざりした勇者の表情に薬師は破顔し、勇者の方に手を差し伸べた。
勇者が薬師の手を取ると、薬師は数音節からなる呪文を小さく唱え、二人はその場から姿を消した。
しょう‐かん【峭寒】
きびしい寒さ。