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勇者しょうかん  作者:
1/6

勇者と傷寒

あらすじに「全年齢OK」と書きましたが、残酷描写かも? と思われる部分があります。

「これは全年齢NGでしょ」とお思いになったらご一報ください。

 勇者は『こおりのはな』を求めて北の果て、『なもないきたのむら』に入った。

 村に入った勇者は違和感に気付いた。

 ――人影が、ない?

 一つ手前の村で一週間の吹雪で足止めを食らったのだ。吹雪に閉じ込められたのは、この村の同様のはずだ。普通ならば一週間ぶりの晴天にやることはいろいろあるはずだ。雪下ろしとか雪かきとか。

 だが、午後も半ばだというのに、そのような作業に勤しんでいる村人の姿がない。無論、村の入り口から奥へ続く道も、一週間分(あるいはそれ以上)の雪が積もったままだ。

 いったい、どうしたというのか。

 勇者は目を凝らして、建物の屋根を見た。

 ――煙が、上がっている。

 すべての、という訳ではないが、多くの民家(と思われる建物)の煙突から煙が上がっている。つまり、中に人がいる、という訳だ。

 勇者は雪を踏みしめて、一番手前にある建物へと歩を進めた。

 戸口の前に立ち、半ば雪に埋もれかけた看板に目をやる。看板に記された記号は、やどや・しょくどう・よろずや、を示している。つまり、この村で経済活動、と言えるものを行っているのは、おそらくここだけ、ということだ。このような辺境ではよくあることだ。(稀に法外なほどの値段をふっかけて『まほうのしょ』を売りつける強欲な魔法使いがいたりもするが)

 勇者はやどや兼しょくどう兼よろずやの扉に手を掛けた。

 扉の向こうからは甲高い女の苛立ったような声が聞こえる。

 ――厄介事の予感しかしない。

 だが、このまま立ち去る、という選択肢はない。

 勇者は一つ溜め息を吐き、気を引き締めて兼しょくどう兼よろずやの扉を開けた。



 どさり、と重い音を立てて魔物が倒れる。

 四肢を投げだした様子からこと切れていると思われるが、念のため頸動脈を断って止めを刺す。

 剣をしまった勇者は、少し離れたところに投げ出した鞄から、防水加工した布袋と大ぶりのナイフを取り出した。

 魔物――オウルベア――の肝臓を取り出して、薬に加工するためだ。

 本来であれば、血抜きをして、灰の中に埋めて半年ほどかけて乾燥させるのだが、状況がせっぱつまっているので生に近い状態で使うしかないのだ、と年齢不詳の村の薬師が言っていた。その代わりに、なるべく大きいやつを頼む、できれば内臓は傷つけないで倒して、と無茶振りされた。

 取り出した肝臓を指示通りに処理して布袋にしまう。

 ――これで材料は全部揃った、のだろうか?

 勇者は針葉樹に繋がれた騎獣の鞍につけられた荷袋を数え直した。薬師が処方箋を間違えてなければ、これで完了、だ。 

 勇者はのんびりと木の皮をむしっては咀嚼している騎獣の手綱を取り、ひらりとまたがった。



 村が静まり返っていた原因は風土病だった。

 『こおりのはな』のありかを知る人物もその病にかかっており、高熱で意識不明の状態なのだという。

 性質の悪い風邪に似たその病気には、特効薬があるのだが、その材料のいくつかが不足しているのだ、と村の薬師は言った。

『病人がこんなに出ていなければあたしが行くんだけど』

 と薬師に言われ、勇者は渋々材料集めに出たのだった。


 ――っていうか、オウルベアとか自分で狩る気だったのか?

 冬眠中とはいえ、それなりに手強かったオウルベアとの戦闘を思い出して勇者は首を捻る。

 ――何者だ、あの女。

 年齢不詳の外見といい、こんな僻地で訛りのない中央語を話すことといい。

 ――まあいい、詮索しても仕方ない。

 彼女も今まで通過してきた町や村の誰彼と同様、そこを離れてしまえば『二度と会うことがない』人物なのだ。



 オウルベアをしとめて一日半、ようやく村にたどり着く。

 やどや兼しょくどう兼よろずやの扉を開けると、その場に居合わせた村人たちの顔が一斉に勇者に向けられる。

 奥の方でうとうとしていたらしい薬師が、弾かれたように立ち上がり、転ぶんじゃないかと心配になるような足取りで勇者の方に駆け寄ってくる。

「お疲れ様。……で、ブツは?」

「ああ。これだ」

 勇者が背中に担いでいた荷物を手近なテーブルの上に下ろす。

「たぶん、全部揃ってる、と思う」

 ありがとう、ご苦労様、と半ばうわの空で礼を言いながらも、薬師は検品に余念がない。

「よしっ! 全部揃ってるっ! じゃああたしはこれから調剤に入るから、ゆっくり休んでっ!」

 検品を終えた薬師が、布袋をひっつかんで扉を蹴破らんばかりの勢いでやどや兼しょくどう兼よろずやの外に出ていく。

「大丈夫かねぇ、嬢ちゃん」

「ここ五日ほど、ロクに寝てねぇんじゃないか? あとで誰か見に行った方がいいな。」

 口々にそういう村人たちも、病み上がりなのか着ぶくれてスープをすすっている。


 扉の方を呆然と見ている勇者の袖を引く者がある。振り返ると、十二・三歳ほどに見える少年(たぶん)が、小さく咳をしながらテーブルの方を指さしている。テーブルの上には湯気の立つスープ皿とパンが置かれている。座って食え、ということだろう。

「ああ。……ありがとう」

 そういえば探索行の間は座っての食事なんかしていなかったな、と思い返しテーブルに着く。

 具材を継ぎ足し継ぎ足ししたであろうスープは、何とも言えない色をしていたが、

「……うまい」

 元がなんであったかわからないほどに溶けた野菜のうまみが混ざり合った、優しい味をしていた。

 たちまちのうちに三杯のスープ皿を空にした勇者は、「お替わりはまだまだいっぱいあるからね」という声を耳にしながら、眠りに落ちた。

しょう‐かん【傷寒】


漢方医学で、急性熱性疾患の総称。今のインフルエンザ・腸チフスの類。

広辞苑第六版より引用



……おかしい。なんでこんな分量になったんだ?

当初の予定では、


勇者きたのむらへ行く。

勇者インフルに倒れる。

『完』←をいをい


みたいな話にするつもりだったのに。

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