今度こそ彼にハッピーエンドを
囚われから解放されたお姫様が、真っ直ぐに駆けていく。
いとしい愛しい彼女のための騎士の腕の中に。
ぼろぼろになっても、その身が危険にさらされても、お姫様を助けるためにやってきた騎士の元に。
しっかり抱き合って、額と額を合わせて、キスをして。
あぁ、なんて素敵な光景。
あぁ、なんて幸せな光景。
あぁ、なんて残酷な光景。
彼女は気がつかない。
彼とともに彼女を助けに来た魔法使いに。
彼は気が付かない。
彼とともに苦難を共にし、力を合わせてお姫様を助け出したその魔法使いが呪いを受けたことを。
二人は気が付かない。
呪いを受けた彼が、その呪いを抑え込めるために、その身を犠牲にしようとしていることに。
彼も、彼女を愛していた。
でも、親友である騎士が、お姫様に恋をした。
彼は、想いを伝えられなかった。
彼は、親友が受けるはずの呪いをその身に被った。
二人のお話が、めでたしめでたし、で終わるように。
そうして、彼は幸せな二人を眺める。
その身を呪いに引き千切られながら。
呪いが彼を喰い破る前に、呪いごと、自分を消し去る呪文を口ずさみながら。
あぁ、神様。
この世はなんで、こんなに不公平なんだろう。
彼は気が付かない。
呪文を口にしながら、いまだ抱き合う二人を目に焼き付けている彼を、私が見ていることに。
あぁ、もう、時間がない。
彼の、瞳が絶望に曇る。
せめて、せめて。
「仕方がないから、私くらいは一緒にいってあげる」
彼を食い破ろうとする呪いごと、力いっぱい抱きしめる。
彼が二人を見なくてもいいように、正面から。
さいごに見た、彼の瞳は絶望じゃなくて、驚きに染まっていて。
私は彼を消し去る力を感じながら、ゆっくりとほほ笑んだ。
どうか、どうか。
神様が少しでも彼を見ているのなら、
次に彼が生まれてくることがあったら、彼が今度こそ幸せを掴めますように…………
「………また、あの夢。」
園部 凜は未だぼぅ、とする頭を押さえつつ、体を起こした。
午前7時45分。
ぎりぎりまで寝ていたいからの時間設定。ゆっくりしている暇はない。
パジャマを脱ぎすてて、クローゼットにかかっている制服を手に取る。
シャツのボタンを留めて、スカートのファスナーを閉める。
靴下は王冠マークついたの黒。赤いリボンを首元に。
あの夢を見た日は気分の晴れるピンクのカーディガンがいい。
鏡の中には女子高生。
「ここは日本。わたしは園部 凜。剣を持てば銃刀法違反で捕まるし、当然魔法なんてものもない。」
それでも凜は気が付いている。前世の『私』に自分が引きずられていることを。
自分の思いが、『私』のものなのか『わたし』のものなのか、考えるのはもう随分前にやめた。
「りーん、そろそろ起きないと優くん来ちゃうわよー!」
7時52分。2分遅れている。
「今行くー」
机の上においた鞄を掴んで、急ぎ足で階段を下りる。
ミルクたっぷりのカフェオレに、バターを塗った6枚切りの食パン。
顔を洗って、歯磨き。8時13分。
面倒くさいから伸ばしっぱなしにしている髪の毛に目立つ寝ぐせがないことを確認。
ぴんぽーん
「残念、時間切れ。」
はちみつ入りのリップクリームをひと塗り。
「いってきまーす」
「おはよーユウ」
「おはよう、リン」
今日も今日とて柔らかな笑顔。凜の家のはす向かいに住むこの幼馴染は、ものすごく格好いいわけではないけれど、穏やかな性格と柔らかな物腰でそれなりに人気がある。
凜よりも頭半分高くて、細身の体。性格と同じように柔らかな髪の毛は日本人のわりに色素が薄くてちょっと長め。
凜の目から見てもそれなりに綺麗な顔をしていることは確か。
「宿題、終わった?」
「数学の宿題?」
「うん。」
「終わったよ?そういえば、リンは今日当たるんじゃなかったっけ?大丈夫?」
「だいじょうぶくない。だから見せて。」
しれっと言う。
「…いつもいつも、僕が見せるとでも?」
今生も凜の頭はいまいち良くない。
前世では数学なんて発展してなかったからアドバンテージも特にない。
「…見せてくれないの?」
横目に上目遣いを心がけて、ちょっと拗ねたように言えば。
「…しょうがないなぁ。今回だけだよ。全く。分からなくなったら教えるから来てって言っているのに。」
ほらね、と凜は心の中でだけ呆れたような溜息をもらす。
この幼馴染は本当に凜に甘い。
皆に優しいが、凜には特に優しい。
今も、昔も。
だから、凜は知っている。
この幼馴染もきっと凜よりももっと、大切にしたい人を見つける。
そして、きっととても大切にする。
その人の幸せを一番に考えて、そのために自分をすり減らして。
命すら投げ出すことを厭わない。
「リン?どうしたの?あぁ、大丈夫、数学の時間には間に合うって。」
「…そんなこと、考えてたんじゃないもん。」
だから、凜は決めている。
一緒に消えてあげることしかできなかった『私』。
彼が一番大切にしたい人を見つけたら、凜の全てをかけて、今度こそ彼が幸せになれるように尽くそう、と。
「ユウ、大丈夫だよ。」
「?」
『私』は彼に恋をしていた。
彼の気持ちに気が付いていたけど、何もしなかった。
彼は優しくて、素敵な人だったから、少し背中を押すだけで、お姫様もきっと彼を好きになってしまうから。
それが、彼を殺した。
「わたし、今度こそちゃんとできるよ。」
「全く、リンは毎回都合がいいなぁ。まぁ、次回に期待してる。次は助けてあげないから。」
凜は思う。
今度こそ、彼に幸せになってもらおう。
今度こそ、この恋心を上手く握りつぶして見せる。
神様、チャンスをくれてありがとう。
今度こそ、彼にハッピーエンドを。