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La gran historia~遠き日より憧憬を込めて~

限りなく愛情に近い友情

作者: 御月 雪華

※いつか書く予定の長編小説のワンシーンを抜き取ってみました。これだけでも読める内容です。

「花はいりませんかぁ~~」

 その少女は花を詰めた籠を腕に掛け、通り過ぎる男達に懸命に呼びかけながらそこそこに広い通りの端に今日も立っていた。

 目の前をある者は忙しなく、ある者はほろ酔いで、ある者は冷やかし気味に通り過ぎていく男達は、気紛れに少女から花を買い、時に少女自身に値踏みする視線を向け水を向けてくる。少女はそれらを慣れた仕草でかわしながら、時々籠の中に視線を向けて花束を見栄え良く整えた。

「その青と白の花束貰える?」

「あ、はいっ。ありがとうございますっ」

 東の空を幾つもの星々が彩る頃、少女の俯いた茶髪に快活な若々しい声が掛けられた。男にしては高く、女にしては低い声の持ち主は、少女よりも頭一つ半高い長身を旅の埃に薄汚れた外套で包み、柔らかな表情で少女の持つ籠の中の花束をそっと指先で触れた。

「綺麗だな。勿忘草、だっけ?」

「はい。その青、お好きな人多いんですよね」

 空の蒼を写した深い青を湛える可憐な花を白い繊細な飾り布で包んだ本日一押しの花束を褒められて、少女は誇らしげに微笑む。この界隈で売るには少々意味深過ぎる花であるため売れ行きは微妙だったが、どうやら本日最後の花束も無事に売れたようだ。

「贈り物ですか?」

「ん、まーね」

 少女に数枚の銅貨を渡して花束を受け取った若者は、花にそっと顔を寄せて静かに香りを吸い込み、柔らかな眼差しで穏やかに微笑んだ。

「有難う、良い夢を」

 花を手にゆっくり歩き出しながら少女に軽く片手を上げた若者は、道を行き来する大勢の男達に紛れてあっと言う間に見えなくなっていく。その背中を暫し唖然と見送っていた少女は、夢から覚めたように慌てて居住まいを正すと、もう見えはしないと分っていながら深々と頭を下げて叫んだ。

「ありがとうございましたっ」

 頭を上げた視界の端に、人波の向こう頭の群れから飛び出した片手がゆっくりと振られるのが映った。




「姉様。お届け物です」

 彼女付きの童女が可愛らしい声で扉の外から呼び掛けて来る声に、今日は気分が乗らないと客を取らずにいた彼女は気だるげに読んでいた詩集から顔を上げ、寄りかかっていた乾燥させた花弁を詰めた寝具から身を起こした。

「お入りなさい」

「はい。失礼いたします」

 礼儀正しく挨拶して入ってきた童女は、銀の盆に恭しく捧げ持った可愛らしい花束を仕える女に差し出し愛らしく微笑んだ。

「今、廓に来られたお客様がこれを姉様にと。お名前は姉様に渡せば分る、分らなければ分らないで構わないとおっしゃられました」

「まあ、誰かしら?」

 花束は愛らしく確かに彼女の好みに合うものだ。しかし、彼女を贔屓にしている顧客は上流層が多く、言い方は悪いが、愛らしくともそこ等の花売り娘から買って来たような平凡な花束を贈ってくるとは思えないのだが。

 彼女は銀盆の上の花束を手に取り、白い飾り布に覆われた青い小花を改めて眺めて、その花がこの界隈で見るには珍しくも意味深な花であることに気が付いた。

「勿忘草……」

 『私を忘れないで』、そう願い乞う、空に恋した青い花を贈ってきた客。

 分るなら分るし、分らなければ分らないで構わないと、花の持つ意味とは異なる態度を示す客。

 彼女が高価な宝石等よりも、愛らしいささやかな贈り物を好むことを知っている客。

「これを贈ってくれたのはどんな人?」

「少し伸びた黒髪の短髪に、黒い瞳をなさった20代前半のお綺麗な方です。男性に綺麗なんて表現は失礼かも知れませんが……」

 後半部分を少し頬を染めたばつの悪い表情で告げた童女は、「私にも飴をくださいました」と嬉しそうにはにかんで小瓶を見せた。

「っ、まさか……っ!!」

 居る。

 一人だけ居る。

 彼女が勿忘草の花が好きなことを知っている人。

 今度来る時は青い花束を持って来てくれると約束をくれた人。

 一声叫んで立ち上がった主を吃驚して眺める童女に、彼女は歓喜と不安が入り混じった表情で身を乗り出した。

「その人は下で待っているの!?」

「あっ、いいえ。花束をお渡しになられて直ぐ出て行ってしまわれました」

 彼女は慌てた足取りで窓辺に掛け寄ると、焦燥さえ滲ませた視線で通りの左右を見渡した。無意識に握った拳が胸元を掴み、美しい布地に皺を寄せる。

「姉様!?」

 傍に駆け寄ってきた童女の呼びかけにも応えられず、ただただ通りの人波に求める姿を探す彼女の視界に不意に懐かしい笑顔が掠めた。若者は彼女が自分の姿を認めたことを確認すると、軽く手を挙げひらりと振り、何の未練も無く踵を返して人波に溶け込んでいく。

 その在り様があまりにもらしくて―――

「っふ……」

 すとんと窓辺に座り込み、肩を震わせて笑う主の顔を覗き込んだ童女は、そこに後から後から零れ落ちる光る雫を見て慌てて手巾を取り出し差し出した。

「姉様……」

「……ありがとう。大丈夫よ。これはね、嬉しいからなの。大切な人が生きていて、それで約束を覚えていてくれて嬉しいからなのよ」

 心配そうな童女の温かな頬を片手で包み込み、優しく微笑みながら彼女はぽろぽろと涙を零し続けた。

 かつて彼女に子守唄をせがんだ人を想って泣き続けた。

 妹に似ていると泣きそうな顔で微笑んだ人を想って泣き続けた。

「生きてた……生きてた……」

 片手に持ったままだった青い花束を抱きしめて彼女は泣き続けた。

 勿忘草の花が好きだと言った彼女に贈ると約束した人。

 必ず生きてまた会いに来ると約束した人。

「もっと早く来なさいよね、ホントに」

 温かな喜びの涙は尽きる事無く彼女の白い頬を濡らし、大切な人のこれからの無事と幸福を願って最後に一滴尊い涙を零した。

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