戦争行為と不自然な動き
200X年 10月 15日 日曜日
深夜0時15分
死者126人・重軽傷者307人
事件発生から5時間以上経って、死傷者の第一報が速報で流れた。
「けっこうな数じゃない」
飯井畑が無機質な声で感想を漏らす。
その横で篠山が暗い顔をしていた。
「どう?篠山さん。ここまできたら北東共和国からの攻撃だと疑いようはないわ。国民もだまってないわね」
飯井畑が勝ち誇ったように言い放つ。
その言葉に篠山は暗い顔で答えた。
「確かにそうですね」
それから黙り込む。
その様子を見て満足したのか興味を無くしたのか、飯井畑は暗い顔の篠山を置いて部屋から出て行き特別安全対策委員会の会議が開かれている別室に向かった。
その光景を横目で眺めながら、瀬戸川は隣にいた防衛庁長官・黒田に話し掛けた。
「こりゃ、大変なことになりそうですな。防衛庁も」
黒田は笑って答える。
「それは外務省も同じでしょう」
「あぁ、まぁそうですけどな。ところで自衛隊はどうするんです?飯井畑君の言うとおり出動命令でも出しますか?」
「何を言ってんですか瀬戸川さん。前にも言ったようにそれは総理の命令が…」
「じゃあ、安塚君…いや、安塚総理がどう決断すると思う?」
「何でそんなことを聞くんです?」
「いや、ちょっとね」
瀬戸川が不自然に笑うのを見て、黒田がいぶかしがる。
「瀬戸川さん。まさか総理を疑ってるんですか?最長老の貴方がそんな調子では他が…」
「疑ってる訳じゃなくてさ、ちょっと彼にはそういうところがあるからなぁ、と。彼には公務のときであろうと私事のときであろうとこういう危機的状況に陥ったことがないだろう?
だからちょっと心配してるだけだよ」
「……」
黒田は眉をひそめて瀬戸川を見つめた。見ようによっては睨みつけているように見える。
だが瀬戸川は構わずに話を進めた。
「しかし、北東共和国も何を考えてんですかなぁ。まさかホントに撃ってくるとは、いよいよ開戦ですかな」
「……アメリカの通信傍受では人民軍総司令部が戦争準備命令を発令してたようですが」
「ほう。にしてはミサイル着弾から約5時間、あちらさんの報道機関も政府機関もいっさい声明を出してませんな。やけに静かだ」
「確かにそうですが、まだ不自然なことが」
「ん?」
「ミサイル着弾の前日まで北東共和国人民軍の無線通信は通常どおりに運営されてたそうです。
普通、戦争前夜の軍隊の無線通信というのは作戦が外に漏れないようにシャットダウンされるものなんです」
「作戦が外に漏れない自信があったのかもしれんね」
「そうかもしれませんが。個人的に北東共和国には戦争をする予定がないのかもしれないと思います」
「ではなぜミサイルを?それに人民軍は戦争準備に取り掛かっているんでしょう?」
「ええ。しかし、それでも戦争を本気で考えている節が所々かけているのは事実です」
黒田の口から漏れてくる情報は確かに奇妙だった。
北東共和国がミサイルを撃ってきたことも、戦争準備に取り掛かっていたことも事実。
だがその後の動きが不自然だ。
ミサイルを撃ってきてから5時間たっても沈黙を保っている上に人民軍にも動きが無い。
一体北東共和国の指導者は、イル・クムファは何を考えて何を目的に行動しているのか?
いまいちつかめない。
「しかし、ま。連中のやったことが戦争行為であるのは揺るぎの無い事実か…」
瀬戸川は苦笑いを浮かべながら言った。
それと同時に内閣官房長官の雪野が入ってきて、韓国から緊急帰国してきた安塚総理がたった今羽田に到着したと伝えた。