記者会見とちょっとした仲間割れ
200X年 10月 14日 土曜日
午後7時50分
首相官邸の記者会見室には大勢の報道各社が詰め込んでいた。
皆一様にピリピリした表情をしている。
無理も無い、ついさっき新潟で事故にしては不自然な大規模爆発が確認されたのだから。
もしかしたら日本史上初の大規模爆弾テロかもしれないのだ。
非常事態ではあるがマスコミにとっては購買数をあげるまたとないチャンスである。
記者達は緊張した表情の裏側にとんでもない政府発表を期待する商売根性を抱いていた。
そして、そんな記者達の前に政府のスポークスマンである内閣官房長官・雪野忠良が姿を現した。
雪野は会見室の真ん中に置かれてある会見台の前に立つと、書類を見ずに直接記者達の目を見て話し始めた。
「今日午後未明、新潟市内新潟駅周辺で極めて大規模な爆発が確認されました。この爆発が爆弾などの人為的なものによるのか、それとも事故であるかまだハッキリとはしておらず現在確認中です。現在政府はさらに詳しい状況把握に努めており官邸に危機管理室、及び対策本部と特別安全対策委員会を設けており事態の収拾に全力をあげております」
カメラ映りの良い雪野は淡々と、そしてはきはきと話を進めて行く。
と、会見室にいた記者達から質問の声が上がった。
「爆発現場の近くにいた市民の証言では、なにか空を飛んでいた飛行物体が市内に突入したとのことですが?今回の爆発事件が外国からの攻撃との認識はありますか?」
「複数の市民がミサイルらしき飛翔物体を目撃したと取材に答えているのですが?」
「……我々には今回の事件が外国からの攻撃であるとか、そういった報告はきていません」
「ですが複数の市民が目撃しているんです」
「そういう報告は聞いておりません。すみません、もう時間ですので会見はこれまでにさせていただきます」
まずい質問が出てきて、雪野は早々と会見室から退出しようとした。
そんな雪野の背中に記者達から怒号にも似た質問が浴びせられる。
「今回の事件が外国からの攻撃だとされた場合、どういった対応を取られるおつもりですか?!」
しかし、雪野は振り向きもせずに官邸の奥に引き返していった。
後を追おうとする記者達がSPに止められている。
別室ではその記者会見の模様を他の閣僚達がテレビ画面越しに見つめていた。
雪野が退室したところが映った後、画面はテレビ局のスタジオに切り変わった。
「しかし、マスコミも鼻がいいですね…」
テレビ画面に食いついていた経産相の篠山がため息交じりに言う。
それを聞いて外相・瀬戸川は皮肉めいた笑みを浮かべながら返した。
「オウム事件と阪神大震災以来の大祭りになりそうだから、そりゃマスコミも必死だわなぁ。できる限りもりあげんと」
「祭りって…瀬戸川さん、その言葉は不謹慎でしょう」
篠山が眉をしかめるのを見て、これまた笑いながら瀬戸川が弁明した。
「あらま、失敬失敬。そういうつもりじゃなかったんですわ」
瀬戸川は笑うが、篠山はさらに不快そうな表情を浮かべた。
この二人は衝突こそしないものの、以前から馬が合わない仲だった。
もともと篠山は東京の旧財閥である名家の出自で、父も外相を経験した元国会議員である。
いわゆる二世議員というやつだ。
対して瀬戸川は三重の農家出身のたたき上げだ。もちろん父親は国会議員でもなんでもない農業経営者である。
二人は何かと相違点が多い。
馬が合わないのも当然だろう。
「他のテレビ局も、今のところ詳細不明と報道しているけど時間の問題ね」
テレビのチャンネルを回しながらそう言ったのはアマゾネスこと飯井畑遥である。
時間の問題と言ったのは北東共和国のことだ。
雪野は記者会見で詳しいことは分からないと言っていたが今回の事件は北東共和国からのミサイル攻撃である可能性が高い。
マスコミもミサイルらしき飛翔物体の存在に感づいているようだし、その飛翔物体と北東共和国からの攻撃と言う二つのキーワードが結び付けられるのは時間の問題だろう。
そうなれば日本国内の世論は一気に加熱する。
報復攻撃に向けて…
「黒田さん。どうせ後々攻撃するんだから、今のうちに自衛隊に出動命令でも出しておいたほうがいいんじゃないですか?」
飯井畑はソファに腰掛けながら、薄ら笑いを浮かべて防衛庁長官の黒田に話しかける。
「それは首相の許可がないと…それに今この段階で世論を不適切に刺激するのはよくないでしょう」
黒田は苦々しく笑いながらやんわりと飯井畑からの提案を拒否した。
しかし、飯井畑は続ける。
「別に首相の許可なんて必要ないじゃないですか。自衛隊が国家の非常事態に出動するのは当たり前ですよ。それに世論も刺激できるときに刺激しといたほうが、戦争になった時に便利ですし」
飯井畑はさも当然のように話をするが、飯井畑の言葉に篠山が反応した。
「いい加減にしてください飯井畑さん。さっきから一体何を言ってるんですか!まだ攻撃かどうかもはっきりしていないのに、貴方は戦争でもしたいのですか!」
名家の出身で、普段は物静かな篠山が珍しく声を荒げた。
顔が少し紅潮している。
「ふざけた言動は慎んでください」
しかし、飯井畑は一歩も引かない。
「私は実に真面目ですよ。篠山さんこそその戦争アレルギーをどうにかなさったらいかがです?」
「飯井畑さん、あなたは戦争を望んでいるのですか…?」
「望んでいるかは別として、恐れるものでは無いと思っています」
「貴方は戦争というものが何なのか分かっていない。戦争になれば数え切れない人が命を落とすことになるんです」
「道徳の授業なんて聞きたくもありませんね。戦争なんてしょせん政治の一手段にすぎませんよ」
最初は薄ら笑いを浮かべていた飯井畑の顔も、いつの間にか真剣な政治家の顔になっていた。
篠山と飯井畑の間に険悪なムードが漂う。
と、その時。二人の口論に口を挟むものが出てきた
「まま、お二人とも。今は争ってもしょうがないんじゃないですか?」
ひょうきんな笑顔で割って入ったのは総務大臣の伊藤幸助である。
彼はまだ36歳と若かったが東大卒業の官僚出身というキャリア組みだ。
安塚内閣の若い星である。
官僚出身にしては珍しく、堅物ではなくて飄々とした性格だ。
「総理もまだ戻ってきてないことだし、ここで仲間割れはまずいでしょ、ね?」
明るい笑顔を振りまく伊藤の仲裁によって飯井畑と篠山の口論は何ともいえない後味を残しながら、二人がお互いに目線を逸らしたことによって静かに幕を下ろした。
事態が何とか収集して伊藤はほっとした後、まだテレビのニュース画面を眺めている瀬戸川のもとに近づき、そっと小声で言った。
「飯井畑さんが暴走した時は、瀬戸川先生が止めてくださいよ…貴方が連れてきたんじゃないですか」
瀬戸川はまたしても笑いながら答える。
「一人はああいうのがいた方がいいんだわ」
その瀬戸川の反応を見て、伊藤はうんざりしたようにため息をついた。
このなかで最も影響力のある大物がこの調子なのだ。
「それよりも、ニュース見てみなさいよ。伊藤君」
「はい?」
瀬戸川に言われてテレビ画面に目を向けると、そこには凄惨な光景が映し出されていた。
テレビ局のカメラが爆発現場に到着したのだ。
そこには燃え上がる炎と群がる救急車、消火活動を続ける消防車に大勢の救急隊員が負傷者を運んでいるのが映し出されていた。
テレビのスピーカーからは傷を負った人々のうめき声と隊員達の怒号が響き渡る。
そして画面の右下には、「死傷者最低で300人規模」との字幕が表示されていた。