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戦争推理  作者: 神風
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総理と凶報

登場する人物名・団体名・国家名などは全てフィクションです。実際のものとは一切関係ありません。



200X年 10月 14日 土曜日


日本時間午後7時




「しかし、疲れたな・・・」


革張りの見るからに高級そうなソファにどっしりと腰を掛けると、ため息をつくように吐き捨てた。


ここは大韓共和国最高級ホテルの最上階スウィート・ルーム。


そこに腰掛けるのは日本の新総理大臣・安塚宗次(ヤスヅカ・ソウジ)だ。


政権与党である自由立憲民主党の総裁選挙において圧倒的過半数によりつい一週間前に自由立憲民主党総裁にして日本国内閣総理大臣に就任したばかりの、48歳という総理大臣にしてはまだ若い優男だった。


安塚は総理大臣になってから息をつく暇もなく、前首相時代からこじれていた大陸諸国との関係を修復するために今現在日本の隣国であるこの大韓共和国に首脳会談のために滞在している。


今はその首脳会談を終えてこうやってホテルで一日の疲れを癒しているところだ。


肝心の首脳会談の方はというと、はっきり言って大した収穫はなかった。


今まで両国間の最大問題であった歴史認識問題や領土問題については双方とも従来の主張を繰り返し終始平行線のまま。


唯一意見が一致したのはいつまでも対立やにらみ合いを続けているのではなく、価値観を共有する民主主義国家同士として友好関係を築かねばならないということだけだった。


結局最後に「両国の発展と友好の為に建設的な関係作りを目指す」というなんとも抽象的な共同声明だけを出して会談は収穫の無いまま終わった。


「わざわざ飛行機で飛んできて、その結果が形だけの共同声明か・・・」


なにか、空振りを振ったような虚無感が安塚を支配していた。


今度は本物のため息をついて、首もとのネクタイを邪魔そうに緩める。


あんな派手な記者会見や首脳会談をしておいて結果はゼロだったのだ。典型的なA型血液の持ち主である安塚には国際政治というものがここまで非効率的で鈍重だとは実感がなかった。


「仕方ありませんよ、総理」


顔をしかめる安塚に、側近の一人である政策秘書の藤沢彰正(フジサワ・アキマサ)が慰めの言葉をかける。


「わが国と韓国(大韓共和国)との間に横たわっている問題は単純ではありません。歴史問題が領土問題に、領土問題が歴史問題に、そして歴史問題と領土問題が民族問題にもつれ合って一朝一夕に解決できるようなものでは無くなっているのですから。そんな中で首脳会談が実現しただけでも成果ですよ」


藤沢は60歳、安塚よりも年上である。二世議員である安塚の父親(もちろんこちらも政治家)に秘書として仕え、その後安塚が政治家になることを決めた日に政治家を引退していた安塚の父親から「息子をよろしく頼む」と頼まれ安塚の秘書となった。


経験豊富で万事冷静、温和な性格から周りからずいぶん慕われている人間だ。


周りからの評価も高く、政治家として安塚の父親の後継者の役割を担うのは藤沢ではないかとも言われていた。


しかし、安塚の父親が後継者に指名したのは藤沢彰正ではなくその息子安塚宗次だった。


選挙基盤も安塚が継いだ。藤沢にはおこぼれさえなかった。


そのため現在も藤沢は自分を後継者に選ばなかった安塚の父親に、そしてまんまと後継者になった安塚自身に恨みを持っているのではないかと噂されている。


しかし、実際の安塚と藤沢の関係は政治家と秘書としてとてもよくいっていた。


二人の近い所にいる人間たちにはそういった噂はやはり噂でしかなく、マスコミが好きな与太話にすぎないと見られている。


実際、二人は今でも家族ぐるみの付き合いをしている仲だ。


「首脳会談が実現しただけでも成果、か。・・・でもマスコミは今回の結果に黙っていないだろう」


「マスコミは政府を批判するのが仕事みたいに思ってますから、いつものことですよ」


藤沢は柔らかな笑顔を浮かべて、スウィート・ルームのカーテンを開けた。


最上階の窓から見える首都カンジョウの夜景は絶景だった。


「いつものことですまされることじゃない」


安塚は藤沢とは対照的に、しかめた顔で窓を見つめる。


「事態は憂慮すべきものだ。わが国と韓国が連携を取れる目途はいつまで立ってもたたない。今、我々の目の前に迫っている問題には両国が一致協力して取り組まなければならないというのにいつまで立っても我々と協力しようとしない。このままではイル・クムファの思う壺だ」


安塚の声には焦りと怒りが篭っていた。


イル・クムファというのは日本の近隣国の一つである北東民主主義人民共和国の総書記、つまり最高指導者である。


現在、日本と北東民主主義人民共和国には国交はないうえに深刻な対立状態にある。


北東共和国が起こした日本人連れ去りの「邦人拉致事件」をきっかけに両国は事実上冷戦状態に突入した。


さらに最近になって北東共和国がミサイル乱射事件を引き起こしたものだから事態はいっそう悪化している。


北東共和国とその指導者イル・クムファは明確に日本の、いや北東アジアの平和を乱す脅威だった。


「イル・クムファを押さえつけるには各国が共同で圧力をかねばならないのに、それができない」


安塚は悔しそうに唇をかみ締めていたが、藤沢はあくまで笑顔を絶やさなかった。


「この国にはこの国の事情があるのでしょう。総理、焦ってはいけない。じっくりと機会が転がってくるのを待つのです、焦りは自らをつまづかせる」


藤沢は諭すような口調でそういった。


安塚は政治家として経験が少ないせいか、功を焦るきらいがあるのだ。


そして焦りに任せてやってきたことは今まで例外なく空振りに終わっている。


安塚は総理大臣としてまだ少し未熟だった。


まぁ、実際のところ未熟でない総理のほうが珍しいのだが。


「あぁ、そうだ総理。明日は中央劇場で民族舞踊をご覧になるのでしょう?でしたら事前に予備知識でも調べていたらどうですか、資料もってきますよ」


さらっと話題を変えた初老の側近秘書に向かって、安塚は「愚痴って悪かったな」というような何とも言えない表情をしてダルそうに目を閉じた。


「いや、いいよ。それより飯が欲しい」


「分かりました。ではルームサービスを」


部屋の受話器を取りに行く藤沢を視界の端に捉えながら、安塚はソファから立ち上がりもっと良く窓から夜景を見ようとした。


と、その時、藤沢の携帯が小うるさい電子音を鳴らした。


藤沢は少し慌てて携帯を取り出し電話に出ると、何回が相槌を打って安塚に向き直った。


そして話し終わるとさっきまでの笑顔は一体何処へ、藤沢の顔には硬い表情が張り付いている。


「どうした、何かあったのか?」


藤沢の表情をみて安塚は一気に不安になった。藤沢のあんな表情は今まで見たことなどなかったのだ。


藤沢は重そうに口を開く。


「総理。今さっき日本の新潟市内にミサイルの着弾が確認されたそうです。直前にレーダー確認されたミサイルの機影は北東共和国の方向から飛んできたと…死者などの詳しい被害状況は不明です」


「何!?」


安塚は思わず大きな声を出した。


「それは北東共和国が打ってきたってわけか?!日本の、それも市街地に?!」


藤沢の口からはさらなる凶報が続く。


「それともう一つ、これはアメリカからの情報ですが、北東人民共和国軍総司令部が軍の全部隊に戦争の準備を命令したそうです」


安塚の頭の中がいきなり真っ白になった。


突然のミサイル攻撃、


そして戦争準備を進める敵対国家。


想像もしていなかったことがいきなり訪れて、つい今さっき過去のこととなったのだ。


頭の理解が追いつかなかった。


「信じられん」


そして、ここから長い長い国家の命運を賭けた「推理ゲーム」が始まったのだが、


安塚自身はそんなゲームが始まっていたことも、自分がこの時をもってそのゲームの盤上に立たされたことにも気づいていなかった。

もちろん東北民主主義人民共和国は北朝○がモデルです

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