理不尽なゲーム
王立魔導学園の裏庭。
夕闇に包まれた庭園の片隅で、一人の男子生徒が地面に押さえつけられていた。
「おい、ルーク。次の『告白ゲーム』の贄はお前だ」
男子生徒の頭を靴底で踏みつけているのは、アレン・フォン・グランベル。 公爵家の三男であり、学園内のカースト上位に君臨する男だった。
その背後には、取り巻きの生徒たちが数人。全員が面白い見世物でも始まるかのように、下卑た笑みを浮かべている。
彼らの手には、奇妙な形をした魔導具が握られていた。
『告解の拡声器』。
発した声を魔法で増幅し、男子学生寮の全室にまで届ける呪いの魔導具だ。
「明日、あの陰気な特待生女、エルザに告白しろ」
「……エルザさんに?」
「ああ。もちろん本気じゃない。適当に愛してるだの、付き合ってくれだの言えばいい。どうせ振られるんだからな」
アレンは愉快そうに笑った。
「そして俺たちがその様子を記録する。そしてお前の惨めな失恋か、騙されたバカな女のOKを、男子寮全員に聞かせてやるよ」
「……断ったら?」
「あ?」
靴底に力がこもる。
「お前の実家は、しがない男爵家だったな。領地の小さな商業利権くらいは持っているんだろ?」
アレンはルークの耳元で囁いた。
「公爵家が本気になれば、そんなもの一日で潰せる。お前の家族に迷惑がかかってもいいのなら、断ってみろよ」
「…………」
「分かったか?」
ルークは泥に汚れた顔を上げた。
目の前にいる男を睨みつけたい衝動を、必死に押し殺す。
拒否すれば実家が破滅する。
従えばエルザに恥をかかせたうえ、自分も全校生徒の笑い者になる。
どちらを選んでも、アレンたちが笑うだけだ。
「……分かった。やればいいんだろ」
「最初からそう言えばいいんだよ。身の程を知れ、底辺貴族」
アレンたちは笑いながら去っていった。
最後まで、誰一人としてルークのことを気に留める者はいなかった。
◇
翌日の放課後。
旧校舎の埃っぽい教室。 窓際にはエルザが立っていた。
特待生として入学した彼女は、成績優秀で魔法の才能もある。しかし、貴族社会のしがらみに馴染めず、周囲からは少し浮いた存在だった。
そして教室の外。
遠視の魔導具を覗き込みながら、アレンたちが待ち構えていた。
「始まるぞ」
「さあ、ボッチ同士の告白劇だ」
アレンは記録結晶を構え、口元を歪める。
一方、ルークはエルザの前に立っていた。
「あの……エルザさん」
「はい。ルーク君?」
「ずっと、君のことが好きだったんだ。僕と付き合ってほしい」
指定された台詞を口にする。
その声は、少し震えていた。
エルザは驚いたように目を瞬かせた。
「えっと……」
彼女は少し考えたあと、申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんなさい。交際は家同士の問題もありますから……。まずはお友達からでは駄目ですか?」
「そ、そうだよね。ごめん」
その瞬間だった。
バンッ!!
教室の扉が乱暴に蹴り開けられた。
「残念だったな、ルーク!!」
アレンたちが雪崩れ込んでくる。
「『告白ゲーム』大成功だ!!」
「公爵家の三男様が見届けてやったぞ! 底辺貴族の惨めな失恋をな!」
「ぎゃははははははっ!!」
アレンたちの笑い声が教室に響き渡る。
「聞いたか? 友達ならいいってよ! つまり男としては完全に対象外、終わってるってことだ!」
「今日からお前の告白は男子寮中の笑いのネタだな!」
勝負は決した。
アレンたちの完全勝利。
ルークの完全敗北。
誰もがそう思った。
――その瞬間。
【システム起動】
【対象者アレン一派による『告白ゲーム』の終了を確認】
【勝者の確定を検知】
【スキル『理不尽なゲーム』が発動します】
突如、ルークの足元に漆黒の魔法陣が浮かび上がった。
「……え?」
アレンの笑顔が固まる。
パキッ。
彼らが手にしていた記録結晶に亀裂が走った。
パキパキパキッ!!
紫色の光が結晶から溢れ出し、教室全体を禍々しい魔力で満たしていく。
【相手が一方的に設定した理不尽なルールを検知】
【スキル『理不尽なゲーム』によるルール改変を開始します】
【改変条件:相手に同等以上の理不尽を強制すること】
「な、なんだこれは……!?」
アレンたちが後ずさる。
その中央で、ルークはゆっくりと顔を上げた。 先ほどまでの怯えた表情は、もうどこにもなかった。
「ゲームを仕掛けてくれてありがとうございます、アレン先輩」
「ル、ルーク……?」
「僕のスキルは『理不尽なゲーム』。相手が一方的に決めた理不尽なルールを解析して、その相手に別のルールを自動的に作成して返すカウンタースキルです」
ルークは静かに笑った。
「ただし、返すだけではありません。相手が作ったルールよりも、さらに理不尽なエグいゲームに書き換えられるのです」
【新規ゲームを生成します】
【ゲーム名称:絶望の告白】
【参加者:アレン一派】
【ルール変更】
【参加者は今この瞬間から三日以内に、以下のいずれかの女性へ愛を告白しなければならない】
【対象①:王太子の婚約者】
【対象②:王妃】
【対象③:学園長の娘】
【告白を遅延した場合、ペナルティを執行】
【ペナルティ:男性の象徴を毎日1ミリずつ縮小させる呪いを発動。元の長さの半分に達するまで継続する】
【なお、告白を拒絶された場合は追加ペナルティを執行。男性機能を永久に失う呪いを発動する】
「…………は?」
アレンの口から、間の抜けた声が漏れた。アレンたちの腕にルールが書かれた文字が浮かび上がる。
「な、なんだよ……これ……」
そして彼らの下半身に、奇妙な魔力の輪が浮かび上がる。
じわり、と。
股間に締め付けられるような感覚が走った。
「う、嘘だろ……!?」
「毎日1ミリって……! おい、冗談だろ!?」
「王太子の婚約者に告白しろって!? そんなことをしたら不敬罪で処刑されるぞ!!」
「王妃様なんて、もっと無理だろ!!」
「じゃあ学園長の娘さんはどうするんだよ!? あの人、学園長に溺愛されてるぞ!? 下手したら放校処分だろ!?」
取り巻きたちが次々と悲鳴を上げる。
選択肢は三つ。
どれを選んでも、社会的な破滅が待っている。
告白を拒否すれば、毎日少しずつ男としての尊厳を失っていく。
告白して振られれば、今度は取り返しのつかない呪いが発動する。
まさに、彼らがルークに仕掛けたものと同じ、一方的で逃げ場のないゲームだった。
「お、おい! 解除しろ!!」
アレンがルークの胸ぐらを掴もうとする。
しかし、その手は見えない壁に阻まれた。
「どうしてだよ! こんなのおかしいだろ!!」
「おかしい?」
ルークは首を傾げた。
「アレン先輩。昨日、僕に何と言いましたか?」
「……っ!」
「拒否権なんてない。従わなければ家族を潰す。そう言いましたよね?」
ルークは一歩、アレンに近づいた。
「スキル『理不尽なゲーム』が同じことをしているだけです」
「ふ、ふざけるな!!」
「安心してください。ルールは公平です。あなたたちが僕にしたことと同じように、ゲームの終了条件を満たせばいいだけですから」
「こんなの公平なわけあるか!!」
「……そうですね」
ルークは微笑んだ。
「だから、理不尽なゲームなんです。それにアレン先輩は言いましたよね。告白に失敗した男は、男として終わってると。だから理不尽なゲームは自動的に告白失敗=男性機能不全にしたわけです。口は禍の元ですね」
その言葉に、アレンたちは絶句した。
窓際で一部始終を見ていたエルザが、口元に手を当てて小さく笑った。
「あら、アレン様。アレが慎ましい男性がお好きな女性も、世の中にはごくわずかにはいらっしゃいますのよ」
「なっ……!」
「どうか、強く生きてくださいね」
エルザの微笑みは、いつもより少しだけ意地悪だった。
◇
「ルーク!! 頼む!! 解除してくれ!!」
アレンが膝をついた。
「金ならいくらでも払う! 公爵家の名前を使って、お前の家に便宜を図ってやる!!」
「必要ありません」
「なぜだ!?」
「このスキルは一度成立したゲームを誰も解除できません。僕を殺したところでゲームは終了しません。むしろゲームはクリア不可能な家族を巻き込む理不尽なデスゲームへと変貌します」
「そんな……!」
「頑張ってください。三日間、まだ時間はありますから」
「ルークゥゥゥッ!!」
旧校舎に、アレンたちの悲鳴が響き渡った。
その騒ぎをよそに、エルザがルークのそばへ歩み寄る。
「ルーク君」
「エルザさん?」
「先ほどの告白なのですが……」
「あ、あれは、その……」
ルークは気まずそうに目を逸らした。
「アレン先輩たちに脅されて、仕方なく言わされたものです。本当にごめんなさい」
「そうでしたか」
エルザは少しだけ残念そうに目を伏せた。
「でも、私は少し嬉しかったんですよ」
「え?」
「以前から、あなたのことを見ていましたから」
エルザは柔らかく微笑む。
「……エルザさん」
「もちろん、今日のことも驚きました。あなたが強い人だと分かって、もっと好きになりました」
彼女は頬を赤らめ、ルークの顔を見上げた。
「ですから、改めてお願いします。私とお付き合いしていただけませんか?」
「…………え?」
今度はルークが固まる番だった。
「僕は男爵家の三男ですよ。家からも、自分の結婚相手くらい自分で探せって言われています。将来は良くて平民の文官止まりです」
「それなら問題ありません。私の家は庶民だから文官なら上出来と家族に褒められます」
「……じゃあ、まずはお友達から始めませんか?」
「はい。喜んで」
二人は照れくさそうに笑い合った。
その日、旧校舎では一組の新しいカップルが誕生した。
◇
その日の夜。
男子学生寮では、奇妙な賭けが始まっていた。
「なあ、アレンは結局どうすると思う?」
「王太子の婚約者に告白して処刑される方に銀貨五枚!」
「いや、学園長の娘に告白して、学園長に半殺しにされ、放校処分に十枚だ!」
「俺は三日間何もできず、呪いで縮み続ける方に賭けるぜ!」
男子生徒たちは大盛り上がりだった。
もちろん、賭けの中心人物であるアレン本人は、その場にいない。
いや、正確には部屋に閉じこもっていた。
なぜなら、トイレに行くたびに賭けの参加者たちがナニの様子を確認しようとしてくるからだ。
「おい、アレン! 今日の進捗はどうだ!?」
「うるさい!! 帰れ!!」
「おいおい、仲間だろ? ちゃんと応援してやるよ!」
「殺すぞ!!」
その怒鳴り声が、男子寮の廊下に響き渡った。
こうしてアレンたちは、三日間の期限が終わるまで、人生で最も長い時間を過ごすことになった。
そして一年後、ルークはエルザと一緒に学園の中庭でお茶を楽しんでいた。
「ルーク君。ところで、あのスキルって他にもゲームを作れるんですか?」
「ええ。相手が仕掛けた理不尽なゲームなら、基本的には何でも」
「そうですか……」
エルザは紅茶を一口飲み、にっこりと微笑んだ。
「では、今度は私とゲームをしませんか?」
「え?」
「負けた方が、勝った方にキスをするんです」
「それって、恋人同士のゲームですよね?」
「はい。理不尽ではありませんよ。でも、理不尽を混ぜたらどうなってしまうのかしら?」
そう言って笑うエルザを見て、ルークも笑った。
「そうだね、僕らの関係もそろそろ進展させる時期なのかもね」
今度のゲームには、誰も傷つけるルールなど必要なかった。ただ乙女の好奇心がちょっぴり含まれていただけ。
(おしまい)




