ミレイーヌ(6歳)、家族の敵である伯爵家に偵察です!
「今度遊びに行くお家は、僕らと同じ伯爵家なのだけれど、なかなか厄介なやつでねえ」
「やっかい、とはなんですか、おとうさま」
わたしが訊くと、お父さまは「はははっ」と笑った。
「う〜ん、ライバルとでも言ったらいいのかな。当主の彼とは、学生時代からの悪友なんだ」
「あくゆう、ってなんですか、おとうさま」
「悪いお友達ってところかなぁ」
のんびりなおとうさまに、わたしは立ち上がった。
「悪いお友達、だめですっ!その人のお家に行ってはいけません!」
「はははっ、そうかもね。事業もライバルだし、本当に食えない奴だものね。憎めないやつでもあるんだけどね。そこがまた腹立たしいよね」
「おとうさまにとって悪い人ですか?」
「うふふ、どうかな。敵ではあるかもね」
「敵!もっとだめですっ!おとうさま、そんなお家に遊びに行っちゃいけません!」
おとうさまの膝の上にのって、ぐいぐいと揺らした。
おとうさまは、くすくす笑っているだけ。
おとうさまの敵に会うなんて、お家の一大事かもしれません!
わたしがおとうさまを守らなくちゃです!
「あなた、あんまりミレイーヌに変なことを吹き込まないでくださいな」
「そうだね。ミレイーヌ、お友達ではあるから、仲良くしてくれると嬉しいよ」
「大丈夫です!おとうさまのことは、わたしが守ります!」
「ああ、もう…。そうじゃないのよ、ミレイーヌ」
「おかあさまのことも、守ります!」
わたしは強い決心のもと、敵のお家へ行くことにしたのです。
これは『ていさつ』というものです。
『ひつじちょう』が教えてくれました。
敵の動きを見張るのです。
そのためには、敵と仲良くなるフリをするんだそうです。
おとうさまがいつも優秀だって言っているひつじちょうが言っていたので、間違いありません!
わたし、おとうさまの敵とも仲良くしますよっ!
「こんにちは、アビグールと言います。お父さんとは、学生の頃から仲良くしてもらっているんだ」
ニコニコ顔のおじさまが、わたしに手を出したので、握手した。
この人が、おとうさまの敵……。
「ミレイーヌ・オペランともうします。おまねきありがとうございます」
「いやあ、君の家にこんなに可愛らしいお嬢さんがいるなんて知らなかったな」
「嫁にはやらんぞ」
「それはミレイーヌちゃん次第だろ」
おとうさまたちはなぜか肩を組んでたのしそうです。
むむむ、わたしは騙されませんよ。
敵なのだから、きっとこわーい悪魔みたいな顔を持っているのです。
絵本で読みましたもん。
「ミレイーヌちゃん紹介するね、彼女が私の妻で、そしてこっちが息子のイベリール。仲良くしてやってくれると嬉しいよ」
おとうさまの敵のおじさんがそう言うと、わたしよりもずっとお兄さんがニコッと笑った。
「はじめまして、ミレイーヌ嬢。イベリール・アビグールです、どうぞよろしくね」
「……お兄さんは、何歳ですか?」
「ぼく?12歳だよ」
「わたしより、えーっと、いちに、さんよんご、ろく、六個も上…」
「数が数えられるの?ミレイーヌ嬢はすごいね」
「わたし、もう子どもじゃありませんもの!」
わたしがそう言うと、イベ…なんとかお兄さんはもっと笑顔になった。
「そうか、じゃあぼくのほうがまだまだ子どもかもしれないね」
「早く大人にならなくちゃ、だめなんですよっ?」
「そうだね、精進するよ」
「しょーじん、ってなんですか、イベ…お兄さん」
「イベでいいよ。うーんと、もっと頑張りますってことかな」
イベお兄さんは顎に手を当てながらそう言った。
おとうさまと同じで、わたしに言葉の意味を説明してくれた。
……ちょっとは、いい人かもしれない。
で、でもでも、敵だって知っているんだから!
仲良くなるフリをするだけなんだからっ!
「ミレイーヌ嬢、よかったらぼくと庭に出ない?今咲いている花がキレイなんだ」
「お花…!レディーはお花を楽しむものだと教わりましたっ、行きます!」
「ありがとう。ミレイーヌ嬢をお連れしても大丈夫ですか?」
「ああ、うちの子をよろしくね」
おとうさまが笑ったから、わたしはこのイベお兄さんを見張るんだ!と気持ちが強まった。
お庭を歩くとき、イベお兄さんはゆっくり歩いていました。
「イベお兄さんは、歩くのがおそいんですか」
「えっ?」
「おとうさまは、もっとサクサク歩くので」
「へえ〜、そうなんだ」
そう言いながら、歩くスピードは遅いまま。ゆったりです。
「さあ、着いたよ。どうかな、ミレイーヌ嬢」
「真っ赤です!」
「ふふ、そうだね。赤い花、ミレイーヌ嬢の今日のドレスに似合いそうだね」
イベお兄さんは近くにいたおじいさんに声をかけて、一本切ってもらっていた。
それを、わたしに「はい」とくれました。
よくわからなくて、わたしはじっと見つめました。
「なんですか?」
「ミレイーヌ嬢にあげる。おめかししているその白いドレスに合うと思うよ」
イベお兄さんはやっぱりニコッと笑って、わたしに花を持たせた。
ニコニコしている顔にムッとしたくなって、走り出したくなって。
よそのお家で走るなんて、だめなのに。
「……痛い」
「え?」
「なんか、痛い、です」
「えっ、どこかケガでもした?棘のない花だったと思うけどっ…」
イベお兄さんがわたしと目が合うくらい体を近づけた。
焦ったような声に、敵なのにまだまだねと思ったはずなのに、わたしは下を向きました。
なんだか、体の真ん中がバクバクしていて、もっと痛い。
どうしちゃったんだろう…。
敵の攻撃…?
知らないうちに魔法でもかけられたのかしら。
それなら、この人、とっても強い悪の魔法使いかも…!?
「ミレイーヌ嬢、どこが痛い?医者に見せるかい?」
「…体の真ん中が、痛いの。でも、大丈夫です」
「大丈夫なの?」
心配そうにしているイベお兄さんは、わたしと同じで、敵だから仲良くなるフリをしているんだ。
だから、これは優しいフリなんだ。
そういうことですね、騙されたりしないんだからっ!
「大丈夫なの」
そう言うと、イベお兄さんは「そっか」と言って、離れていきました。
それが正しかったはずなのに、もっとキリキリ痛むのはなんで?
恐るべし、我が家の敵だわ…!!
「おとうさま、あの敵たちはとっても悪いです!イベは悪の魔法使いに決まっています!」
家に帰るなりそう言うと、おとうさまはわたしの頭を撫でて、おかあさまは眉毛がヘニョってなった。
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、だって、わたし魔法をかけられたんですっ!今もずっとです!」
悪の魔法をかけられたから、早く帰りたいとお願いを言って、帰ってきました。
早く魔法をとかなくちゃっ。
「どんな魔法?」
おとうさまとおかあさまは、顔を見合わせました。
わたしはしっかり『ていさつ』してきましたからねっ!
きちんとご報告するのです!
「どきどきってする魔法です!」
わたしがはっきり答えると、2人はきょとんとした。
大事な話をしているのにぃ〜!
「体の真ん中がバクバク言ってるんです、変なんです!お家に帰ってからも直らないなんて、あのお兄さん絶対悪い魔法を使ったんです!どきどきが止まらないんですっ!」
わたしが手をぎゅっと握って主張すると、おかあさまは「ぷっ」と後ろを向いて肩を揺らして、逆におとうさまの眉毛がへにょってなりました。
なんで、そんな顔するんですかっ。
わたし、変なことは言ってませんのに!
「あーあ、ミレイーヌが嫁に行ってしまう…」
「あなたが悪いですよ、敵だなんて言うから」
「反省します…。そうだな、ミレイーヌ。そのどきどきの魔法は、きっとイベリールくんにしか解けないはずだ」
「そうなのですか!?」
あんな優しそうな顔をして、とんだ悪者ですわ!
わたしがおとうさまの腰にくっつくと、ひょいっと持ち上げてくれました。
おとうさまと目が同じ位置です、お話ししやすいです。
そういえば、イベお兄さんも背が高かったです。
悔しいですね。
「そう、だからまたイベリールくんのお家に遊びに行こう」
「わかりましたっ、またていさつに行くんですね!」
「う〜ん、違うんだけどなぁ…」
「あなたが自分でミレイーヌの誤解を解いてくださいね」
「このままでも可愛いけどねえぇ」
「あなた」
「はい」
おかあさまが怖い顔になりましたが、イベお兄さんもおじさんも、悪魔の顔にはなりませんでしたね?
次会った時には、見せてもらわなくちゃいけません。
だって、そうじゃないとおとうさまとおかあさまを守れないからです!
わたしは、悪の敵にくっしたりしませんから!
了
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