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おにぎり屋ふくふく

おにぎり屋ふくふく|シャケは半分こ

作者: 絵宮 芳緒
掲載日:2026/05/17

その日、ふくふくには、いつもより香ばしい匂いが広がっていました。


焼いたシャケの、ほぐれるような香り。


「今日はシャケいっぱいだねぇ」


ふくさんが、ほかほかのおにぎりを並べていきます。


シャケ。 タラコ。 ツナ。 かつお。 梅。


湯気が、ふわり。


その瞬間。


クロの耳が、ぴくりと動きました。


長いしっぽも、ゆらり。


「見てる見てる!」

トラが、けらけら笑います。


「クロ、絶対シャケ食べたいんだ!」

まぐろも、楽しそうに目を細めました。


「今日は隠してないねぇ」

ミケは、やれやれという顔。


「ほんと分かりやすいわね」

シロだけは、静かに微笑んでいます。


クロは、そんな声なんて聞こえていないみたいに、じっとシャケを見つめていました。


ふくさんが、くすっと笑います。


「あとでねぇ」


「にゃ」


返事みたいに、クロが鳴きました。


そのときでした。


店の外から、小さな声。


――みぃ。


クロの耳が、もう一度ぴくりと動きます。


――みぃ……。


弱くて、頼りない声。


トラが、窓の方を見ました。

「なんか聞こえた!」


外を見ると、店の前の隅っこに、小さな子猫が座っていました。


まだずいぶん小さい。


毛並みは少し汚れていて、不安そうに体を丸めています。


「ありゃまぁ」


ふくさんが、そっと外へ出ました。


子猫は、びくっと体を震わせます。


クロも、静かに近づきました。


でも、すぐそばまでは行きません。


少し離れた場所で、じっと見ています。


子猫のお腹が、くぅ……と鳴りました。


トラが、小さく声を漏らします。

「お腹すいてるんだ」


まぐろも、しっぽを下げました。

「いっぱい我慢してたのかな」


クロは、子猫から目を離しません。


それから、ふいに振り返ります。


視線の先。


シャケおにぎり。


ミケが、目をぱちぱちさせました。

「……え?」


クロは、シャケおにぎりの前まで歩いていきます。


ふくさんは、何も言いません。


ただ、静かに見守っていました。


クロは、おにぎりをくわえます。


トラが、ぱっと顔を明るくしました。

「やっぱり食べるんだ!」


でも――


クロは、おにぎりをくわえたまま外へ向かいました。


子猫の近くまで行くと、その場に、ぽすんと置きます。


でも、すぐには離れません。


シャケの匂い。


クロは、少しだけ迷うみたいに、おにぎりを見つめました。


それから――

ぱくり。


「やっぱり食べた!」

トラが声を上げます。


まぐろが、くすっと笑いました。

「クロだもんねぇ」


クロは、満足そうにひとくち食べると、残ったおにぎりを子猫の前へ押します。


「……にゃ」


やわらかな声。


“食べていいよ”――そんなふうに聞こえました。


子猫は、おそるおそる近づきます。


くんくん。


それから。


ぱくり。


夢中で食べはじめました。


トラが、目をまんまるにします。

「クロ、半分こしたの!?」


まぐろも、びっくり。

「めずらしい……!」


ミケは、ふっと笑いました。

「ほんと、不器用なんだから」


シロは、やさしく目を細めます。

「優しいのよ」


クロは、知らないふりみたいに顔をそらしていました。


でも、しっぽだけが少しだけ得意そうに揺れています。


子猫は、最後のひとくちまで食べると、小さく鳴きました。


「……みぃ」


クロは、その声を聞いて、ゆっくり目を細めます。


それから。


「にゃ」


今度は、少しだけやさしい声でした。


夕方の風が、ふわりと通り抜けます。


ふくさんは、そんなクロを見ながら笑いました。


「おやおや」


「クロも、お兄ちゃんになったのかもしれないねぇ」


クロは、少しだけ照れたみたいに、ぷいっとそっぽを向きます。


でも――


そのしっぽは、ずっと嬉しそうに揺れていました。

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