第3章・第7話 碧海の神託
巡察終了後。
アル達は再び海上神殿へ戻っていた。
夕暮れ。
碧い海が、
ゆっくり橙色へ染まり始めている。
海上回廊を歩きながら、
アルは小さく息を吐いた。
「思った以上に、
大変なんですね」
ミレーナは静かに頷く。
「アクアリオンは、
流れ続けることで成立しています」
「止まれば、
多くの国へ影響が出る」
遠くでは巨大輸送船が動いている。
海流制御塔。
水路門。
物流中継施設。
海全体が、
巨大な循環機構になっていた。
「世界中と繋がってるんですね」
アルが呟く。
「はい」
ミレーナは静かに海を見る。
「アクアリオンは、
世界の流れを支える国です」
その声には、
強い責任感が滲んでいた。
⸻
神殿内部。
碧硝子の円卓室。
レイオスも同席していた。
「さっきの動き」
レイオスが腕を組む。
「普通の人族じゃねぇな」
アルは少し困ったように笑った。
「……自分でも、
まだよく分かってなくて」
レイオスは数秒黙る。
だが。
それ以上は聞かなかった。
「まぁ、
強いなら問題ねぇ」
ぶっきらぼうに言う。
その時だった。
――ピシ……
小さな水音。
アルが顔を上げる。
同時。
ミレーナの表情も変わった。
碧い瞳が揺れる。
静かだった空間へ、
冷たい水が流れ込んできたような感覚。
『流れが止まる』
声。
頭の奥へ直接響く。
『循環が閉ざされる』
『深海を辿れ』
アルの目が見開かれる。
「……っ」
隣を見る。
ミレーナも同じだった。
レイオスが眉を寄せる。
「どうした?」
だが。
彼には聞こえていない。
ミレーナは静かに息を吐く。
「……神託です」
空気が変わった。
レイオスの表情も鋭くなる。
「内容は?」
ミレーナはすぐに円卓へ向かった。
「地図を」
海兵が即座に海図を広げる。
巨大な海域図。
各施設。
輸送路。
外洋拠点。
巡察路。
全てが記されている。
ミレーナが指を走らせた。
「現在までに、
コラプト出現が確認された施設は――」
一つ。
また一つ。
印が付いていく。
海流施設。
物流拠点。
外洋中継所。
水路門。
小規模施設まで含めれば、
既に複数箇所。
アルの表情が変わる。
「……こんなに」
レイオスが低く呟く。
「全部、
流れの要所だ」
ミレーナは静かに頷く。
「小規模を含めれば、
ほぼ全域で異常が起きています」
そして。
残った場所を見る。
三箇所。
沈黙。
アルが呟く。
「……ここだけ、
まだ出てない」
ミレーナの瞳が細くなる。
「固有施設」
アクアリオンの中枢施設。
大水流循環中枢。
そして。
残る二つの施設。
レイオスが即座に顔を上げた。
「狙われるなら次はそこか」
ミレーナは頷く。
「神託の内容とも一致します」
『流れが止まる』
つまり。
循環機構そのものを、
止めようとしている。
空気が張り詰めた。
レイオスが即座に判断する。
「護衛部隊を二手に分ける」
「残り二施設へ先行配置」
海兵達が動き始める。
ミレーナは静かに立ち上がった。
碧い巫女装束が揺れる。
「私は固有施設へ向かいます」
その視線が、
アルへ向く。
「アルトゥス様」
静かな声。
「どうか、
同行をお願いします」
アルは迷わず頷いた。
「もちろんです」
『キュ!』
クウも鳴く。
レイオスが槍を担ぐ。
「なら急ぐぞ」
海上神殿の外。
夜の海が、
静かに揺れていた。
まるで深海の底で、
何かが目を覚まし始めているようだった。




