第9話 揺れない水
今日も校庭で、魔法の実習があった。
校長先生は相変わらず端に立ち、全体を見渡している。
最初の頃のような緊張感はなく、子どもたちもだいぶ慣れてきていた。
穏やかな午後だ。
風はほとんどない。少しあった方が涼しいのに、とオリバーは思う。
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順番が回ってきて、オリバーは前に出た。
集中する。
呼吸を整える。
頭の中を、できるだけ静かにする。
白い粒が集まり、ゆっくりと形を成す。
水球は、以前よりも大きくなっていた。
今では、バスケットボールほどの大きさだ。
ただし、真球ではない。
表面はわずかに歪み、近くで見ると細かく波打っている。
それでも、崩れない。
水は落ちず、形を保ったまま、そこにある。
「いいですね」
横から、ノア先生の声がした。
「とても安定しています。前より、ずっと」
「……ありがとうございます」
自然と、そう返事をしていた。
⸻
先生の水球を、思い出す。
あの、透き通った真球。
一切の歪みがない、完成された形。
――同じ水魔法でも、まるで別物だ。
もちろん、分かっている。
まだ一年生だ。
比べるような段階じゃない。
それでも。
今、水を操りながら、オリバーの意識は別のところにあった。
風が、来ないか。
勝手に、混ざらないか。
壊さないで。
暴れないで。
いや。
そう願いながら、水を保っている。
真球を作りたい。
でも、それ以上に――壊したくない。
胸の奥が、ひんやりと冷える。
これは、うまくやっているのだろうか。
それとも、
何かを出さないように、抑えているだけなのか。
自分は、何を望んでいる?
「これで、いいのか?」
頭の中で、問いが浮かぶ。
この程度で。
この形で。
自分は、何になりたい?
答えは出ない。
⸻
「はい、そこまで」
ノア先生の声で、水球はゆっくりと消えた。
水は落ち、地面に吸い込まれていく。
実習が終わり、列に戻る。
レオが、すぐ隣に来た。
「オリバー、今日すごかったな」
いつも通りの、明るい声だ。
「……うん」
少し遅れて、そう返した。
喜んでいる“ふり”は、できる。
期待に応える顔も、作れる。
でも。
自分が前に進んでいるのか。
それとも、同じ場所で足踏みしているのか。
分からなかった。
水は消えた。
形も残らない。
それでも、
胸の中の違和感だけは、消えないままだった。




