第37話 引っかかり
できない。
でも、あきらめるほどでもない。
その中途半端な場所に、
何かが引っかかっている
――何回やっても、入らない――
水球を浮かせる。
息を整える。
風を、そっと。
シュッ。
スーッ。
水球は揺れる。
ぐらり。
持ち直す。
フラフープの手前まで、進む。
……あ。落ちる。
ぽとり。
今日も。
レオが顔をしかめる。
「今の、惜しいだろ」
……惜しい。
どうしたら、届く。
深呼吸をする。
もう一度。
包む。
押さない。
包む。
風が強くなる。
膜がきしむ。
水球がゆがむ。
あ、と思った瞬間、
ぱしゃ。
割れた。
ガイルが肩をすくめる。
「さっきの方がよかったね」
……糸口が、見えない。
昨日より、長く飛ぶ。
割れない時間も増えた。
でも。
“できた”じゃない。
ノア先生は何も言わない。
ただ、静かに見ている。
その視線がやさしくて、少しだけ落ち着かない。
秋までに、普通にできればいい。
そう言われた。
時間はある。
……普通って、どういうことだろう。
できないまま、今日が終わる。
胸の奥に、小さな焦りがたまっていく。
イメージは、ある。
あの、シュッ、スーッ……。
風で包む。
お椀のように。
分かっている。
それなのに、できない。
そのもどかしさが、静かに続いている。
――休み時間――
次の授業まで、少し時間があった。
「外行こうぜ!」レオがボールを持っている。
校庭はにぎやかだ。
強い日差しが刺す。
「パス! パス!」
「走れー!」
笑い声。
砂を蹴る音。
ボールが転がる。
レオが勢いよく蹴る。
ドン。
高く跳ねる。
「おおっ!」
ガイルが追いかける。
「待てー!」
ボールは弾む。
バン。
また弾む。
地面に当たって、軽く跳ね返る。
足に伝わる、あの反発。
……弾む。
オリバーの動きが、ほんの少しだけ止まる。
周りでは歓声が上がる。
誰かが転んで笑っている。
でも。
水は、弾むのか?
水球は弾まない。
当たれば、割れる。
膜はある。
でも、衝撃が一点に集まる。
外側が、もっと均一なら?
力が散れば?
ボールが転がってくる。
「おい、ぼーっとすんな!」
レオの声。
慌てて蹴り返す。
胸の奥に、さっきとは違う引っかかり。
焦りじゃない。
疑問。
強くするんじゃなくて。
整える。
その言葉が、まだ形にならないまま、頭の中を転がる。
⸻
――うまくいかないなら、別の方法で――
紙を取り出す。
・水球の膜
・厚さ
・均一?
・衝撃
・風の圧力
・包むと押すの違い
書く。
ぐちゃぐちゃでもいい。
レオがのぞく。
「何やってんだよ」
ガイルが言う。
「研究者みたい」
そこへクラスメイトが顔を出す。
「何それ? 球の表面?」
「面白い考えだよね。初めて聞いたよ」
にこにこしている。
悪意は感じない。
しまった。
急に始まるこの感覚。
……「また始まった」
昔、誰かが笑いながら言った声がよみがえる。
胸が、ぎゅっと縮む。
息が一瞬、うまく入らない。
紙を握る指に力が入る。
そのとき。
「別にいいだろ。考えてんだから」
レオの声。
短くて、ぶっきらぼうで。
でも、まっすぐ。
空気が、戻る。
ガイルが言う。
「俺、それ好きだけど。弾む水って強そうじゃん」
オリバーは小さく笑う。
紙を折る。
チャイムが鳴る。
立ち上がるとき、手が少しだけ震えている。
「今」
心の中で言う。
まるで呪文みたいだ。
胸の奥は、まだ静かじゃない。
どうせ、できないかもしれない。
失敗しても、今と同じだ。
なら。
やってみるくらいはいいか。
授業が始まる。
ゆっくり息を吐く。
震えは、まだ消えない。
それでも、足は前に出ている。




